禁忌 ~ロイヤル寝具は誰のモノ~前編
騒動の後。
犠牲者の蘇生を完了させ――本人やらその家族やらの感謝を受けてご機嫌モフモフ!
不埒な連中も撃退!
目立たないという話はもはやどうなっていたのか!
そんな計画倒れになったついでに、大魔帝ケトスこと偉くて強い私は一人。
とある場所に忍び込んでいた。
もう隠れて行動する理由なんてなくなっちゃったわけだからね。
だったら最大戦力である私がとっとと行動しちゃった方がいいわけで。
デデーン!
月明かりを浴びるモフモフ黒毛が輝いて、まあなんて素敵なニャンコなんでしょう!
で!
今いる場所はというと、王都といえば王族の住む土地。
豪奢な内装も煌びやか。
佇む兵士の装備も最高級品。
お偉いニャンコ様の肉球で歩む廊下の触感も、プニプニきらっとイイ感じ!
そう、先手必勝!
王様の宮殿に潜入していたのだ!
国のトップが教皇とやらと繋がっているのなら、洗脳するか謀殺。
そうでないのなら強制的に協力を取り付けよう!
という算段なのである。
昨日の今日でという言葉もあるが、賢き私はその先を行く。
襲撃のその日。
即行動を起こした方が何かと楽なのである。
もし国家全体が今回の事件の裏で暗躍していたのなら、襲撃が失敗に終わったと知った途端に警備を強化。忍び込みにくくなっちゃうからね。
私がいる街で民間人を襲う。
なんて言うクソ生意気な事をされてしまったせいで、気が立ってるんだよね。なーんか尻尾がぼっふぁーっと膨らんだままになっちゃってるんだよね。
ちなみに。
城内の詳細は不明だが、大体の地図ならば入手済み。
王家筋のぼそぼそ姫騎士のフローラ君からの情報である。
手段を選ばない私の性格を読んだ上で、王宮に侵入する事まで見越しての人選だったのなら――なかなかどうして用意周到。
マダムサンディの人選も優れていたと言う事だが。
ともあれ、まあそれでも侵入は容易ではなかった。
並の力じゃ破れない程の結界が幾重にも張られていたし、それなりの使い手と思われる衛兵や護衛がいるのだが――私だしね。
その辺は全部スルーして、私は眠る王の寝室に顕現。
革張り椅子の上に登場し、キョロキョロキョロ。
顔だけをうにょーんと伸ばし。
周囲を観察。
天蓋付きのロイヤルな寝具の中。
あのふっかふかなお布団で寝ているのが王様か。
罠がないか――周囲を更に注視した私の瞳が、くわ!
ベッドの脇に置かれているワインをじぃぃぃと見て。
とてとてとて。
肉球を突っ込み、取り出してチペチペチペ。
そこそこおいちい♪
チペチペと味わいながら周囲を見渡すと、アスパラに生ハムを巻いたおつまみが用意されていて――。
『――っ!』
これは食べてあげるのが礼儀だろうと、お皿の前に転移して。
ハグハグハグ。
生ハムの塩分を吸ったアスパラさんのしゃきしゃきがイイ感じ!
……。
ハッ! こんな事をしている場合じゃなかった!
ぶにゃんと急いでアスパラを食べきって、はふぅ♪
くっちゃくっちゃと猫口を動かして、お顔を拭き拭きしていたのだが――。
じぃぃぃっと、何者かの目線が刺さっていると気が付いて。
ゆっくりと振り返る私、かわいいね?
「ほぅ――面妖な。月夜に黒き猫魔獣とは……こんな夜更けに何用じゃ」
しばし沈黙。
これ、私に声を掛けられたよね?
し、しまったああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっぁぁぁあ!
食べ物に釣られて忍ぶのを忘れたニャアァァァァァぁぁあ!
何事もなかったことにして、私は瞳をツゥっと細める。
『やあ初めまして王様。夜分遅くに失礼するよ。ちょっと君に大事な用が――って、あれ?』
言葉が途切れる。
起き上がった相手に、ちょっと困惑していたからである。
赤と金の刺繍が施されたガウンを裸体に羽織り、長い髪を靡かせ――豊満な肉体を晒したまま、その人物は起き上がったのだが。
金髪赤眼の、いかにも王族といった感じの女性である。
年齢は三十過ぎ、ぐらいかな。
『王様に会いに来たんだけど、君は……奥さんか愛人さんかな?』
「ふふ、妾を知らんとは無知蒙昧なネコもいるのであるな。そうか――そなたが大魔女が言っていた南からの客人か。どうも様子がおかしいとのことじゃったが、よもや我が寝室にまで忍び込んでくるとは……いけない猫じゃ」
この余裕と覇気。
じぃぃぃぃぃっと鑑定の魔術を発動させてみると――。
その職業を見て、私の頬毛がモフっと膨らむ。
『女帝って、もしかして……マジで君がこの国のトップなのか』
「いかにも妾こそがこの王国を治める最高権力者。皆は金赤女帝と呼んでおるが。まあ好きに呼ぶがいい。王国の名の通り女王様でも、お嬢様でも――ちょっとミステリアスなお姉さんでも構わぬぞ? さすがに猫に夜這いをされるのは初めて、どうしたことか、ふふ、少し興奮してしまうではないか」
寝室に忍び込まれているっていうのにこの余裕。
たぶん本物の王者だな、こりゃ。
冗談を言うその布団の中。
複雑怪奇な結界の魔術を、いつでも発動できるようにしてるし。
『勝手に男帝だと思っていたんだけど、女帝なんだね。んー、困ったな。場合によっては謀殺する気満々だったけど。これじゃあ少しやりにくい。後、悪いんだけどもうちょっと服をちゃんと着てくれないかな。私はこれでも紳士でね、女性の身体をあまり直視するのも、ねえ?』
「女帝を目の前に暗殺を暴露するとは、肝が据わっておるな。まあよい、確かにこれでは風邪をひいてしまうな」
妖艶に微笑し、女帝は薄いシルクを顕現させて装着。
『君の方がよっぽど肝が据わっていると思うけれどね』
「妾は無防備に寝ておった。刺客ならば既に命を奪われていたであろう? そして、そなたはモフモフでありながらここまで侵入できるほどの強者と見える。騒ぐだけ印象を悪くするだけであろうからな」
ロイヤルベッドを椅子代わりに腰かけて、長く美しい生脚を組んで女帝は言う。
「妾を前にし、その不遜。さぞや名のある魔物なのであろう。良いぞ、名乗る事を許してやろう」
『どうもありがとう。では、お言葉に甘えて――私はケトス。大魔帝ケトス。ちょっと世界を壊しかねない程に強力な、美しくも優雅でロイヤルな異界の魔族さ』
猫の姿で恭しく礼をしてやり、私は月夜を背景にニヒィ!
女帝の顔が、ビシっと固まる。
「聞き間違え――ではないのだろうな」
『悪いね。残念ながら現実さ』
私の名を知っていたのだろう。
まあマダムサンディも、私の名を聞いたことがあったみたいだしね。
「して、何用じゃ」
『聞きたいことが山ほどあってね。まずはっきりさせておきたいんだが。君は私の敵かな? 味方かな?』
女帝は統治者の顔で、私を瞳の中心に置き。
ゆったりと口を開いた。
「答える前に、こちらからも聞かせておくれ。そなたはこの世界と敵対する側か、それとも守る側か。その返答次第で妾の答えも変わってしまう」
『守る側だよ。南の学園と、それともう中央学園の理事長さんも味方ということになるのかな。まあどっちでもよかったんだが、先に依頼されたのが守る側だったからね。ああ、ちゃんとした契約をしているから、契約が破棄されない限りは私は世界を守る側として動くから、そこはまあ安心しておくれ。途中で裏切ったりはしないよ? 生きようとしている人間が私を裏切らない限りはね』
言葉を受けて。
魔導契約書を顕現させた女帝は、ごくりと息を呑み。
「この契約書に誓えるかえ?」
『ふむ――互いに世界を守る側であるとの証明書か。いいよ、判子を押そうじゃないか』
言って私は肉球をペチン。
明らかに、女帝の緊張がほどけていく。
まあ、ここまで無傷で、何の騒動も起こさず侵入できる私を敵に回したくはなかったのだろう。
「どうやら、妾は命拾いをしたようであるな」
『ああ、本当にね。もし男性帝の――いかにも偉いだけしか取り柄のないヤニ臭いオッサンだったら、民間人が犠牲になるような状態を放置してるんじゃないニャ! ってなんとなく腹いせで消し炭にしていた可能性もあったからね』
言葉を受けて女帝は微笑み。
「ふふ、そのような冗談は物騒であるからやめておくれ」
優雅に唇を動かす。
が。
私の顔を見て、冗談ではないと悟ったのだろう。
女帝はその肌に汗をどっと滴らせ……。
女帝でよかったぁ……と、本音を唇から漏らした。
さて。
時間が惜しいと、私は事情を説明した。
◇
だいたいの事情。
それと大魔女との話と味方の契約。先ほど起こったばかりの魔女レストラン襲撃の件を聞き、女帝はぎしりと黒い顔をする。
「なるほどな。あやつら、ついに動きおったか」
『あいつら一体何者なんだい? 大魔女に聞こうかとも思ったんだけど彼女は今、生徒達を安全に家に帰すのに忙しくてね。だったら一番偉い人が知ってるかもしれないし、敵だったら謀殺か洗脳。味方になりそうだったらあの不死身の連中について聞こうと思ってここに来たんだけど』
ロイヤルベッドにぶにゃーんと横たわり。
生ハムをハフハフ味わう私に女帝は応じる。
「妾には未知の領域もある、導きの女神教について詳しく語る事はできぬ。語りたくとも奴らは神出鬼没。どこに潜伏しているのかもどこで活動しているのかも、分からぬのが現状なのだよ」
『ふむ……』
果肉がとろとろなメロンに刻んだ生ハムを乗っけて。
一口で半玉食べながら私は言う。
『それでも知っていることぐらいはあるだろう? なぜ奴らが人間の身でありながら不死の力を有しているのか、何を目的としているのか、何か情報をくれないかな。奴らは明らかに世界の滅びを知った上で、それを止めることなくむしろ滅びを正しい導きと言い切っていた――』
「なんと――この世界はやはり、滅びる定めにあるのか?」
月光に反射し輝く金髪を僅かに揺らし、女帝は紅き瞳を見開いた。
あー、そういや。
世界滅亡なんて、もう知ってて当たり前みたいな扱いだったけど――こっちの人だと眉唾扱いの話だったのかな。
黒きモフ毛を輝かせ、ふふん!
終わりを告げる猫魔獣として、私はヒゲを蠢かし月夜で語る。
『このままだと間違いなくね。だからこの私が仏心を働かせて、動いているんじゃないか。ああ、そうだ。後でいい、国民名簿か何かがあるのなら大魔女に提出しておいておくれ。世界が滅びてしまうのなら、そこにいる無辜なる民間人だけは可哀そうだからね。別の世界に転移させ救う事を約束しよう』
構わぬが――そう呟いて。
女帝は私の目を見て、言う。
「王族や軍人は――対象外なのであろうな」
『世界の滅びを止める役目にあったモノだろうからね。そこは自己責任というやつじゃないかな?』
私が無条件で庇護するのはあくまでも民間人。
それも徒に悪事を働いた者以外だ。
その意思は変わらない。
そう、アピールした上で――私は少し悪い顔をした。
『まあ、君がちゃんと全力で私に協力してくれるというのなら。依頼という形で引き受けないことも無い――どうかな? 君は君が助けたいと思う者達のために、ちゃんと私の手足となってくれるかな?』
「大魔帝とやらは交渉も上手いと見える。無論じゃ。協力しよう」
言葉が契約となり、契約書に刻まれる。
「導きの女神教か――妾にも掴んでいる情報は僅かにある。事実かどうかは裏が取れていない。それを前提に語るが構わぬな?」
王家の食堂につないだ亜空間から勝手に追加のメロンを召喚し。
シリアスな顔で私は頷く。
「奴らの不死の秘密は滅びた女神、大いなる導きにある。主神たる女神が滅びていると言う事は知っておろうか?」
『ああ、まあ詳しくは知らないけれどね。人間に滅ぼされたってのと、滅ぼしたのがその件の連中――導きの女神教だってぐらいの情報ぐらいはね』
答えを受けて、女帝は続ける。
「大魔帝殿は聖遺物をご存じか?」
『そりゃあ私は魔術師だから、当然知っているよ。聖人の遺体を使った魔道具の事だね。私の配下にも聖者の手から作られた者、願いをいびつな形で叶える呪われし存在。栄光の手とその亜種がいるし――それがどうしたっていうんだい? いくら聖者の遺骸が魔道具になるといっても、さすがにただの人を不死にできるほどの力が出せるとは思えないけど』
そこまで知っているのなら、詳細は省く。
と、女帝は組んでいた脚を組み替えて――意味ありげに、苦笑してみせる。
「奴らの不死は――大いなる導きの権能。人の手による能力ではない。奴らが行ったのはおぞましき儀式。妾はそう判断している」
月明かりを背に浴びて、女帝の瞳が赤く揺れる。
「殺した女神を喰らったのだよ」
……。
う、うわぁ……主神殺しだけでもまあ背徳的で冒涜的なのに。
食っちゃったか。
まあ実際に美味しくいただくとは意味が違い、滅ぼした女神の遺骸を儀式の素材として使ったという事なのだろうが。
それでもやはり、最大の禁忌である。
月夜の下。
生ハムとメロンを囲んだ女帝との会談。
この話し合いは、まだ始まったばかりだった。




