常識のお勉強 ~ポテトを食べた後の肉球はしょっぱい~
それは――大司祭アイラによる遠見の魔術事件から数日後のできごとだった。
魔王城の最奥の自室。ポッカポカな防火絨毯の上。
大爆炎の魔術暖房で体を温めながら、私はごろーんと平穏な日々を送っていた。
揚げたてポテトを食べ終わった肉球をぺろぺろ。
ほんのりしょっぱいお塩の味がマイルドで良し。
ぐでーんとお腹を出し、ぽりぽりぽり。
ロックウェル卿を連れての帰還は無事に終わった。
手土産のネクタルは魔族にとっては大変稀少で、神の奇跡を必要とする種族の魔族に大いに喜ばれたことも大きいだろう。
ようするに。
脱走したのにあまり怒られなかったのである!
今の魔王城はロックウェル卿のわがまま……世話で手一杯になっているのでこちらへの説教もない。
どうやって石化を防ぐか、どう結界を張るかで幹部達は競い合っている。
いやはや、これもいい修行になるだろう。
幹部連中は研究とか、鍛錬とかそういう言葉が大好きだからね。
にゃふふ、作戦が完璧すぎて自分が怖いのである。
ほんのちょっぴり世界を滅ぼしかけたこともバレてないみたいだし。
にゃは、にゃははははは!
あああああああ、無事に済んだにゃああああああ!
と。
大勝利のバンザイポーズで絨毯の上で転がっているのだが。
そんな私の素敵な猫耳に。
冷たい視線が一つ、突き刺さる。
そう。
最近、私をよく知るようになった一人以外は騙せたのだ……。
彼はポカポカな湯たんぽな身体をボーボー燃やしながら。
ジト目でこちらをちらり。
食べカスやら爪とぎグッズで散らかった私の部屋を片付けながら、もう一度。
ちらり。
思わず、目をそらしてしまう。
「なに無事に済んだにゃぁぁぁみたいな顔してやがるんですか、ケトス様」
炎の大精霊、炎帝ジャハルくんである。
恰好はランプの精に似ているがよく見ると結構美女な、無性別な魔力ガス生命体。
通称ゆたんぽ。
上に乗ると温かい。
彼の膝の上にテトテトテトと乗って、どてり。
「なにって……、私はただ大魔帝仲間であるロックウェル卿を迎えに行っていただけじゃないか、別に脱走してたわけじゃないし」
「へえ……そうなんすか」
炎のジト目が突き刺さる。
んーむ、すなおに詫びておいた方が良いのかどうか。
もうちょっとで誤魔化せそうな気もするけど。
悩む。
そんな複雑な私の心境を知ってか知らずか、彼は言った。
「ところで、アンタ様のスキルに『世界を滅ぼしかけた者』ってのが増えてるんすけど、どういうことっすかね」
「気のせいじゃないかなあ」
あれぇぇぇ、ジャハルくんってスキル鑑定できるんだ……。
「それに、その机にポテって置いてある首飾り『世界を救いし守り』って鑑定できますけど、どういうことっすかねえ」
「んー、拾った」
あっれぇえええ、ジャハルくん、アイテム鑑定できるんだ……。
ジトジトジト。
汗が肉球を伝う。
ぶんぶんぶんとモフモフしっぽが揺れる。
「言っておきますけど、オレは精霊族。魔力ガスの生命体ですし魔道具に性質が近いですから、鑑定得意ですよ」
じぃぃぃぃぃぃっと睨まれている。
よし、誤魔化すしかないな。
しっぽをでろーんでろーんと揺らして、ぶにゃん!
精一杯のかわいい顔とポーズ攻撃である。
魔王様の場合はいつもこれで全部許してくれたんだけど、さてどうなるか。
「か、かわいい顔をしたって、駄目っすからね!」
「はぁ、分かったよ。素直に話す。けど、他の幹部には内緒だからね」
諦めの息を、吐き。
私はあのギルドでの出来事を説明した。
まあ転生者に関しては伏せてであるが。
事情を説明し終わった頃には、ジャハルくんの貌は完全無欠に硬直していた。
やっぱり世界を滅ぼしかけたのは。
ちょっぴり。
ほんの少し、不味かったのかなあ……。
皺を刻みまくった眉間に手を当てて、
「ああああ、えーと、ちょっと待ってくださいね」
しばらく心を整理したようだが、彼は決意したように人を睨み。
「つまり、アンタはついうっかり憎悪を倍増する特殊能力者に肩入れして、あとちょっとで世界を滅ぼしかけたって。そういうわけっすか」
「にゃはははは、まあそういうことになるかもね」
「にゃははじゃないですよ! ちょっとそこに座ってください!」
口から炎を出しながらの説教が始まった。
ジャハルくん、いい子なんだけど魔王様みたいに私が悪いことすると結構ビシバシいってくるんだよなあ……。
私を恐れてるくせに、随分と容赦のない。
まあ嫌いじゃないけど。
「隠そうとしてたってことは、悪いことしたって自覚はあるんですよね」
「まあ、一応ね」
「はぁ……、これ以上言っても無駄でしょうし、勝手に出ていくなとはもう言いませんけど。ケトス様はもうすこし人間の常識ってもんを覚えた方がいいんじゃないっすかねえ」
「常識、ねえ」
元人間である私に人間の常識を教えるって、なんか間違っているような。
ま、説教は終わったようだし、問題ないか。
ジャハルくんの膝にもういっかいよじ登って、どてり。暗黒空間から追加のポテトを取り出して、ぽりぽりぽり。
これでも魔族の中で穏健派の私に、常識ねえ。
常識かあ。
うん。
めっちゃ常識あるから大丈夫だな。
随分とまあ、失礼な話である。
「第一問、人間が高ランク冒険者と呼ばれるようになるには何重の魔法陣を扱えるようになればいいでしょうか」
「なんだい藪から棒に」
ヤキトリ姫を思い出しながら。
「五重、ぐらい?」
「五重なんていったら極限られたトップクラスですよ! いいですか、ケトス様。人間は三重の魔法陣が使えれば一流なんです」
呆れた様子で言う彼に、私はしっぽをぺたんぺたんと叩きつけて口を三角にとがらせる。
「三重って子犬だって使えるレベルだろうに」
「んな子犬、どこにもいないっすよ」
ふ、言ったな!
私は大司祭アイラの神殿で目にした遠見の魔術を即興で展開させ。
ブォン!
私直属の配下であるワンワン達、通称スパイワンワンズの訓練場のヴィジョンを映し出す。
そこはさながら犬の軍隊。
三重の魔法陣を組み合わせ、効果を倍増させ。小規模の転移魔術で空間を飛ぶワンワン部隊の新人ポメラニアンを指差した。
ハッハッハッハと犬の吐息を漏らしつつ。
今度は四重の魔法陣を組む練習をし。
キュイーーーーーーーンと、空間を捻じ曲げる鈍い音が響き。
見事に転移に成功。
みんなからワンワン褒められていた。
「ほら、やっぱり子犬だってできるじゃないか」
「だあああああああああああああああ、アンタの部下は特別なんですよ! だいたいどっから連れてくるんですか、このモフモフワンコ達」
「さあ、なんか人間に逆襲できるほどの力を手に入れられるって噂になってるみたいで、勝手に来ちゃうんだよね」
「アンタと関わる奴はどうも常識から外れていくから困る」
それぞれ空間転移で消えていく犬を冷や汗を垂らしながら見つめ、ジャハル君は唸る。
眉間の皺はけっこう濃いのが、びっしり刻まれている。
「魔王軍が強くなることは良い事じゃないか。きっと魔王様も自衛できる戦力は欲しがってるだろうし」
「とにかく、これからも人間社会に介入するつもりならもう少し常識を学んでください! これは会議でも決定されたことっすからね。魔王様の名の下に集められた幹部の会議で決まった事っすからね!」
「ええー、いつのまに会議なんてやったんだい」
「アンタが滅んだダークエルフの里で色々とやっていた時です」
う……。
「それを言われると、ねえ……」
ジャハルくん。
本当に私の操作がうまくなってきた気がする。
だいたい私はちゃんと他人を心配できるタイプの相手に弱いのだ。
これが権力や力なんぞに擦り寄ってくる相手だったら、うっさいわの一言で虚無の彼方へ吹き飛ばす所なのだが……そう、彼は真剣に私を心配しているのである。
仕方がない。
かわいい後輩ゆたんぽのためだ。
「で、具体的にどうしろっていうんだい」
「ケトスさま、正体を隠して潜入とかってイベント好きだったりしません?」
ニヤリと炎の笑みを送ってくるジャハルくんに。
モコモコふわっふわな私の猫耳がピンと立った。
「なんだいそれ、すっごい興味ある!」
「実はオレに招待状が来てるんすけど――」
言って、彼が差し出したのは。
赤い魔術封蝋が刻印された、一通の手紙。とある王宮で行われる宮中晩餐会の招待状だった。
「全ての精霊の主、炎帝にして魔帝の位を預かる大精霊ジャハル様へ、か」
その差出国は――真ガラリア魔導帝国。
差出人の名は。
「現皇帝ガラリア=ヴル=パープルヘイム?」
んー、なんだっけな。
ガラリア、ガラリア、ガラリア……。
なんか、どっかで聞いたことのある名前だったりするが、はて。
はてなを浮かべて首を傾げる私。
思い出せないのが気持ち悪くて、しっぽがふぁっさふぁっさと揺れる。
しばらく、んーと悩んで。
まあ、いいか。
思い出せないなら大して重要な事じゃないだろうと。
ぐにゃーんと丸まり。
ジャハルくんの膝の上で欠伸。
そんな猫的お悩み解決に至った私を見つめ。
ジャハルくんは心底呆れた様子で言った。
「アンタ。自分で昔、滅ぼした帝国の名前ぐらい覚えておいてくださいよ。マジで」
と。
あー、そういやあったな。そんな国。
晩餐会と言えば美味しい料理があるに違いない。
詳しい事情なんてすっとばして。
むろん、私は二つ返事で頷いていたのである。
さあいざ進め! 次の名物は宮廷料理じゃ!




