ニャンコ、王都へ侵入す! ~カキフライと留学準備~ 後編
留学するべく王都へ向かう許可が下り、出発の前日。
肌寒くなる時間の黄昏時。
乗っ取ったままになっているニャンコ神殿で大魔帝ケトスこと私は、人間モードで微笑していた。
共に王都へ歩む事となった生徒達三人。
そして、引率に選ばれたハザマ先生と顔合わせの真っ最中だったのである。
ちなみにコタツは一時的に撤去。
神殿内には栄光の手と黒マナティがふよふよフワフワ。
仲良く遊んでいる。
私もいつもの玉座を人間サイズに巨大化させて、足を組んで座っている。
演出というヤツである。
まあ、人間の目から見ると私はラスボス。
黒マナティ達は闇の神殿に揺蕩う大邪神に見えるらしいが――。
ともあれ。
銜えタバコのハザマくんからざっくりと説明を受けた生徒達の反応は――というと。
ビシっと前にでて。
ドレスを翻し、見た目だけなら妖精さんのエリカお嬢様が、魔力扇で口元を隠しながら。
「ふふふふふ、おほほほほほほほほ! まあ素晴らしい! 世界崩壊を防ぐためにアタシとケトス先生の二人で旅に出るだなんて、英雄譚ではありませんか! やはり、アタシ達は運命の赤い糸で結ばれているのですね!」
『ははは、エリカくんはいつも面白いね。はたして私の正体を知っても、そう思ってくれるかな』
そう。
私は正体は猫魔獣でした、デデーン!
をやりたいのである!
エリカ君はふふっと苦笑してみせる。
「分かっておりますわ。ケトスさまは異界の高位魔族、なのでしょう?」
『おや、さすがに人間ではないと気付いていたか。他の二人も、まあ気付いているようだね』
視線の先にいるのは、エリカくんではない生徒が二人。
初めての実戦授業の時に私の異形さに気が付き、止めに入ろうとしていた英雄候補にいた人物である。
小柄な女性と、大柄な男性。
「それは……、まあ……」
「もちろんですよ、先生! あれほどの強さの存在がこの世界にいたらとっくに世界が滅びているか、救われているか。どちらかの結果にはなっていたでしょう。つまり! 先生は異世界召喚されてやってきた、そう思うのが普通です!」
ぼそりと呟いた方――甲殻マフラーを口元に巻く女性が、王家の血を引いている姫騎士フローラくん。
続いて声の大きい体育会系な好青年風偉丈夫が、獄炎のミシェイルくん。
だったかな。
どちらも人間にしては強い。
らしい……正直、人間の強さの比較って苦手なんだよね――。
『さて、よろしく頼むよという前に――君達には選択肢がある。今からざっくりではなくちゃんとこちらの事情を話すんだけど――まあ簡単に言うと断って貰ってもいいという事だ。その時はここでの記憶を消去させて貰うけれどね』
「あら、先生! アタシが断るはずないでしょう」
あー、そういやこの娘にも一応聞いていたのか。
『だろうね。だからごめん、君はちょっと強制参加になるだろうね。マダムサンディからも聖女候補である君は立場をなにかと利用できるから、必要だって言われているし。悪いね。君を頼りにしているよ』
「ふふふふ、当然ですわね!」
チョロいなぁ……この娘。
実際、メキメキと成長してはいるのだが――悪い男に引っかからないか、ちょっと心配になってしまう。
まあ気を取り直して、ミシェイルくんとフローラくんを見て。
『君達はどうかな? 王都の連中には睨まれるだろうし、絶対安全とも言えないからね。まあ死んじゃってもすぐにだったら蘇生をしてあげるけど、痛いには痛いだろうし。忌憚なき意見というヤツが聞きたいかな』
「あの、ちょっと……よろしいでしょうか……?」
やはりぼそりと呟くように姫騎士は言う。
『なんだい、フローラくん』
「睨まれるって……――こちらは世界を救うために……動いているわけ……ですよね? わたしも、その……王宮の血筋の、分家なんで……すこしは、話、できますよ?」
エルフみたいな長い耳をちょこんと動かすフローラくん。
続いて、糸目をくわっと見開いたミシェイル君の声が神殿を揺らす。
「オレもそれが疑問です、先生! 何故こちらがコソコソしないといけないのですか! むしろ王都のお偉方に事情を説明して、初めから協力して貰った方が楽ではないか、オレはそう考えます! 滅びの未来が見えたとなれば、頭が固く愚図で人間として終わっている王家のモノでも協力してくれるでしょう!」
うっわ、好青年風なのに結構毒舌だな。
王家全体を馬鹿にされて、隣でエルフ耳をぴょこぴょこさせるフローラ君が少しムッとしてるし。
『まあ、もっともな疑問かもしれないね』
ハザマ君もその意見に耳を傾けている。エリカくんは……ああ、なんかもう黒マナティとハンド君に馴染んでおほほほほほってやってるし。
適応力たかいな、彼女。
絶対、あの強力無比な特性の一つ、ギャグ属性を持ってるな……これ。
『向こうが協力してくれるならありがたいんだけど、それは情報を入手してからだね。生憎と私は王都の連中を知らないし――そもそもだ』
言葉を区切り、闇の霧をモヤモヤさせてドドーン。
背後に魔炎をぶふぉっと噴かせる。
もちろん、何の意味もない演出である。
『私はね――おそらく滅びの原因の一つは王都にあるのではないかと、そう思っているんだよ。それも偶発的ではなく、明らかに意図的な何かがあった上でね』
生徒達の顔に動揺が走る。
ぼそり姫騎士ことフローラくんが、ごくりと息を呑んで口を開く。
「先生の推察が……当たっていると、すると。もし……滅びを回避するために……問題を解決しに来ました、なんて……馬鹿正直に申請したら」
『そ、門前払いされるなり、攻撃されるならまだいいんだよ。返り討ちにして洗脳、事情を聞き出せばいいのだから。けれど――動かれずに、留学期間が切れるまでじっとされちゃったらね、さすがに面倒になっちゃうのさ。いっそ王都を焦土と化してしまってもいんだが――私はある方の意思を尊重し行動している、無辜なる民間人には手を出せないし出したくないからね。なるべくならこちらの事情を悟られずに、こっそり中に入り込みたいわけだ』
コミカルに手をピラピラとさせる私に、手を上げてミシェイルくん。
「質問であります! 先生はなぜ王都の連中が怪しいと思っているのですか!」
黒マナティ達と戯れるエリカ嬢も。
ハザマ君もこちらに目線を寄越している。
『ふむ、良い質問だ。確証はないし、間違っているかもしれないという前提で聞いておくれ。おそらく、主神が滅びる原因となったのは――人間さ。そして、その犯人や因となった者は王都にいる。私はそう思っている』
「王都に……いる……と思う、理由は?」
可視化した私の憎悪の一部を指の先から伸ばし。
闇の中で紅く瞳を輝かせた私は――人ならざる黒い顔でドヤ微笑。
『神様の呪いがね、ぷんぷんと香るのさ――私はどちらかというと闇の獣の方に性質が近いからね、負の感情には敏感なんだよ。滅ぼせ、滅ぼせって囁いている。ああ、恐ろしい。もっとも私の勘違いで、実は世界を救うために王都は全力を尽くしている、なんて事もあるかもしれないからね。だからこそ、慎重に行動したい。君達の引率という名目が欲しいんだ』
これ以上の事は共に行ってから。
そんな意図を含んだ笑みを送り、私は問う。
『で、どうかな。エリカくんは承諾してくれたけど君たち二人は。私について来てくれるかい?』
ミシェイルくんとフローラ君は互いに顔を見て。
ぼそほそ姫騎士フローラ君の方が前にでる。
「質問……いい、ですか?」
『ああ、どうぞ』
ちゃんと事前に情報を集めようとする姿勢は嫌いじゃない。
「どうして……異世界の魔族の……あなたが、協力、してくれているの? 事情は聞いてる……マイル先生に召喚……されたから。えと……。けど……ここまで、味方をしてくれる……理由が、分からない」
マフラーで口元をぎゅっと隠す彼女の目を見て、私は言う。
『ふむ、大きな理由と小さな理由、二つあるんだけど――どっちから聞きたい?』
「大きい方……で」
ゆったりと瞳を閉じ。
私は語る。
『私はね。とある偉大な御方を目覚めさせようとしているんだ。危険な状態とか封印されているとかではなく、ただ休んでおられるだけだから問題はないんだけど。さすがにそろそろ起きて欲しい。待つだけも飽きてしまってね。その儀式にこの世界のグルメを使おうと思っているのさ。君達にもグルメを提供させただろう?』
他の世界や私の世界のグルメも使うけれどね、と。
付け足し私は微笑する。
「先生! 質問であります――それほど強いのならば! 脅すなり! 金を稼ぎ購入して持ち帰ればいいだけではないのですか!」
『言っただろうミシェイルくん。魔王様は無辜なる民を傷付ける事を憎んでいてね、禁止されているし私も好いてはいない。これでも私は魔王軍でも穏健派でね。暴れてる連中を滅ぼして奪い取るっていうのなら大好きだが、弱い者虐めはしたくないし――憎悪している。それが理由さ』
ふふんと不敵に唇を動かして。
……。
ふと賢い私は考える。
『って――あ、魔王様って言っちゃった! まあ、いいか。なんか皆もう、そういう闇の眷属なんだろうなあとは理解していたみたいだし。もう素性を隠さなくていいよね? ハザマ君』
「ケトスちゃん、あんたの好きにすればいいよ。あたしはあんたに助けられたからね――聖女様に害が及ばない限りは、全てにおいてあんたを優先する。それだけさ」
もう、隠す必要もないかと私は魔力をバリアーで覆わず――もっと濃厚な闇の深淵。ようはいつものモヤモヤ(本気バージョン)を出現させる。
くはははははははは!
クハハハハハハハハハ!
私の影がビニョーンと延び、哄笑を上げると黒マナティとハンド君がふわりと玉座に近寄ってくる。
登場シーンを演出してくれているのだろう。
そのまま猫の影が私を包み――次の瞬間には姿が異形なるモノへと変化していた。
ようするに、いつもの素敵ニャンコである!
モフ耳をふわっと立て。
ぴんぴんオヒゲを前へ倒し――猫微笑。
魔王軍幹部、大魔帝ケトスとして顕現した私は大魔帝セット一式を装備し。
ぎしり――。
圧倒的な私の魔力に押され、玉座が音を鳴らす。
凛とした覇王の声が神殿に響き渡った。
『やあ脆弱なる人間諸君。この姿では初めましてだね、私はケトス。大魔帝ケトス。異世界の魔王陛下に仕える魔族が一柱。全ての魔猫の王。気まぐれにこの世界に滞在する、ただ世界を壊しかねない程に強力な異邦人さ』
魔王様を意識した素敵ボイスである!
ふっくらとした肉球アンヨが目立つような角度で、むにゅーっと足を動かして。
ドヤァァァァァァァァ!
闇のモヤモヤが更に広がって、神殿を昏く染めあげていく。
むろん、これもいつものただの演出である。
それでも。
空気は、変わっていた。
「うそ……っ、ね……こ、ちゃん?」
「それも、ただの猫じゃない! 人間の時より遥かに魔力が高い!」
フローラ君とミシェイル君はまともに驚いた反応なのだが。
エリカ君はというと。
「あら、お二人とも知らなかったんですの? おほほほほほほほ、嫌ですわあ。アタシほどの愛がないのですわね! こちらはそれくらいとっくに調査済みでしたのに。つまり! この勝負、お二人よりも一歩先に進んでいた、アタシの勝ちですわ!」
『って、あれ? 君――私が猫魔獣だって気付いていたのかい!』
これは本当に意外だった。
正体を知られないように幻術も使っていた。
この私の幻術なのだ、そんじょそこらの術とは違うのである。
「当然ですわ!」
『へえ、君の魂を見る限り嘘じゃないね。ねえねえ! 気になるんだけど、どうやって知ったんだい?』
興味津々で前のめりになる私の瞳は、うにょーんと広がっている。
尻尾も興奮でぶわっとしているし。
きっと魔王様に可愛いって言ってもらえる状態なんだろうな~♪
そんな私を見て。
頬に手を当てて、うっとりとお嬢様は微笑む。
その気迫には魔力すらこもっているのだが……ともあれエリカ君は口を開いた。
「あれは、ふとケトス先生の転移の波動を辿って散策をしていた日の事――ケトス先生が住んでいると思われる神殿を発見しましたの。これはお近づきになるチャンスだと思いました。毎朝毎晩、偶然に会う事を夢見て神殿前で隠匿の魔術を使ってお待ちしておりましたら、神殿を出入りする尋常ではない魔力を滾らせる黒い猫ちゃんが見えるではありませんか。そこでピーンと来たのです。ああ、この方こそが先生なのですわって! そもそも、マイル先生もマダムサンディも学長もハザマ先生も出入りしていましたしね。それにですわ。ちょっと恥ずかしいのですけれど。寝る時も、起きる時も勉学に励むときも、身を清める時も、常にお祈りしておりましたら――異界神様が教えてくれたのです。娘よ、そこのケトスの正体は猫であるぞ……? 恋するのは自由であるが……分かっておるのか、人間よ……と、異界の主神候補を名乗る白銀の魔狼様がお告げをくださったのです。あ、ご心配なく! もちろん、それを知ってもアタシの愛が途絶えることなどなかったので、白銀の魔狼様にはそれでも愛していますと申し上げましたの。そうしたら白銀さまったら、ふふふ――お、おう……そうであるか。ま、まあ頑張るといい、我は知らん――と力強く応援してくださったのです! そもそも学内に、美味しそうにグルメを味わう黒猫の噂もありましたしね。普通、分かりますわよね? ねえ、みなさん?」
『ど、どーなんだろ……』
す、すっごい喋り出したよ、この娘。
私、人間の常識とかに疎いから……ちょっと分からないんだけど。
これが普通なのかな。
いや、でも……。
他の三人を見る限り――うっわ、関わるのはやめよう……って顔して目線を逸らしてるし。
ていうか、白銀の魔狼ってホワイトハウルだよね?
あいつ。
順調に神としての格を上げてるせいか――異界の聖女の神託にまででてくるとは……ん-む、成長してるなあ。
『と、とにかく。私は異界の恐ろしき魔族幹部だってことさ』
気を取り直して、私は椅子に座り直し。
キリ!
なんかエリカ嬢に持って行かれちゃった感あるけど。
キリ――!
仕切り直した私の魔力に、皆がごくりと息を呑む。
圧倒的なプレッシャーが今、この学園を覆っている事だろう。
『怖いだろう――怯えてくれて構わないよ。これでも私は魔王様のおわす世界では殺戮の魔猫と、それなりに畏れられていてね。実際、多くの命を奪い……喰らっている。この世界でも既に何人か殺めているからね。私の教えと制約を破り、私から習った力で無辜なるモノを一方的に虐めた連中。バカで愚かな者達の末路は、君達も知っているだろう?』
そう。
私の掛けた制約は容赦なく外道を呪った。その魂を二度と起きぬヒュプノスの揺りかごに乗せてしまったのだ。
そういう呪いをかけているのである。
過ぎた力を与えてしまった者の責任でもあるから、まあ仕方ないよね。
きっと。
生徒達の何人か、聡い者達は知っただろう――私がただ陽気で素晴らしくて、美しくて、強くて気さくで麗しいだけの教師ではないと。
「ケトス先生の仰ることは一言一句、すべてが正しいですわ!」
「オレも肯定します! 世界が滅ぶかもしれない最中に理由なく弱い者虐めする連中など!」
「まあ……先生の、召喚なさった……黒龍様が……言ってましたしね。力を悪用するなって……自業自得、かな、と。それに……自分と、関係ないなら、別に――」
ん-みゅ、この世界。
常に魔物に押され気味で――殺伐とした世界観のせいか、けっこう合理的な思考の持ち主が多いよね。
まあもっとも。
この最前線に送られる生徒が特殊、という可能性もあるが。
……あ。
これ……マダムサンディのおかげだな。
たぶん私がそういう制約を生徒達にかけていたことをマダムも知っていて――それを踏まえた上で、許容するだろう生徒を選んだって事か。
ようするに。
ちょっと変な子達なのだ。
……。
なんかうまくやっていけそうである。
私はモヤモヤを魔力掃除機で回収して、ぐでーんと身体を伸ばしモフ尻尾をくるり。
ドヤるのを止めたのである。
チーズかまぼこを召喚して、くっちゃくっちゃしながら私はお腹をポリポリ。
『んじゃ、問題なさそうだね。出発は明日になるけどどうする?』
露店とか寄りたいし、朝早く出るつもりだけど――と。
観光ガイドをバササササ。
すでに威厳なんて面倒なものを放り投げた私に、フローラ君が言う。
「えと、先生。……小さい方の、理由は?」
『あー、ごめんごめん。すっかり忘れていたよ。単純さ。私はこれでも本物の不老不死でね。それなりに長く生きていると退屈な時間も多いのさ。それが答えだよ』
三人は顔を見合わせる。
「つまり! どういうことでありますか!」
『ようするに――悪意も善意も無い。ただの暇つぶしさ』
身も蓋も無い事なのだが。
それも本音なんだよね。
本気で言っていると理解できたのだろう。
後ろの方で、きししししとハザマ君の笑う声が響き始めた。
◇
出発は明朝。
メンバーはこのままとなった。
さて、明日はどんなグルメに出逢えるのか、楽しみなのである!




