ニャンコ、王都へ侵入す! ~カキフライと留学準備~ 前編
訓練所には歓声と声援が鳴り響いていた。
素敵なグルメに囲まれたニャンコこと私、大魔帝ケトスは神父姿で今日も行く!
あれから二週間。
グルメを貢がれ、対価として望む教えを授ける日々が続いている。
今も脳内では別の思考を働かせながら、身体は生徒達に訓練を行っていた。
飛び散る火花。
広がる魔法陣。
そして何より積まれるグルメ!
素晴らしき等価交換。
集まるグルメも多種多様で、魔王様のお目覚め大作戦の準備も着実に進んでいる。
まあ、その大半は私のお腹の中に入っているのだが。
……。
食べた料理とレシピを再現して作ればいいだけなんだから、別に問題ないよね?
目指すはグルメによる魔王様の起床!
こんなにご馳走を用意して、ケトスは偉いなあと言ってもらうのである!
ともあれ。
私の教えを受けたい者は多く、それなりに充実した日々を送っていたりもするんだよね。
ただ問題。
というか気になる事も増えていた。
死ぬはずだった教師陣と、居ない筈だった私のスパルタ教育で未来は少しずつ変動している。
この私が絡んでいるのだから当たり前だ。
けれど――である。
やはり最終的な滅びは変わらないようで――私に占術を習っている生徒もちらほらと、滅びの預言をし始めている。
どうやら滅びの原因の一つとなりそうな王都、そしてリポップポイントに向かう必要があるのだろう。
この学園だけで行動していても、滅びの根本的な因を排除できないということだ。
ならば先に向かうのはリポップポイントではなく王都。
理由はもちろん単純。
あっちにもグルメがあるからである。
この世界が結局滅ぶんだったら、壊れる前に美味しい料理はちゃんと回収しとかないとね。
と、結構ドライな考えが浮かんでいるのだ。
いっそ。
私の教育を受けた生徒と教師だけを、私の魔王様の部下として転移させ救う。
なんて提案も浮かんでくる。
見知ったモノの救助。
そして魔王軍の戦力増強、一挙両得を狙えるのだ。
私には何一つ損はないのである。
口にこそしないが、そんな黒い考えも脳裏には確かにあるのだ。
極端な話、この世界そのものには愛着ないしね。
さて授業と言えばだ。
訓練と授業を行うのは、何も生徒に限った話ではなく。
現在。
新たなグルメと引きかえに、教師との訓練中。
先ほどはマダムサンディと魔術戦をやったのだが、もちろん私の圧勝。
マダムはかなり呑み込みが早く、焔の力を効率よく引き出すことに成功し始めていた。
そのうち、ウチの炎帝ジャハル君が扱う魔炎龍をギリギリ一体、呼び出せるぐらいの領域には届きそうであるのだが――それはまあ、これからの話かな。
そして、今度の相手は――。
シューーーーーン!
飛んでくる風の刃を紙一重でかわし、私はフフっと不敵に笑む。
笑う目線の先にいるのは、女傭兵風の姿に白衣を纏った銜えタバコの女性教師。
ハザマ女史。
私がこの世界に手を貸す因となった女性である。
『おっと、危ない危ない』
「よそ見してると、あたしでも一本取れちまうよ――!」
生徒が学びたいと思うように、教師だって学びたいのだろう。
そりゃあ、相手がこの私だからね。
目の前で質量をもった残像を顕現させる彼女も、その中の一人だったのだ。
魔力抜きでも動くようになった手で、複雑な印を結んでいる。
「刃は既にあたしの手足。アンタたち! 取り囲みな――」
翻す白衣からいつもの薄着の肌を覗かせる彼女は――ギリリ。
気迫に魔術を這わせて詠唱を開始。
魔力増強タトゥーで強化されたその手から放たれた魔力ダガーが、人間形態を保つ私の周囲を取り囲む。
魔力刃による暴風結界だ。
並の相手ならこれで十分なのだろうが。
まあ、私、並じゃないからね。
紙ナイフ一本で戦う、という条件指定をされていても――。
シュシュシュシュシュ!
魔力を用いず、純粋な体術のみで刃を全て避けた私、カッコウいいね?
『悪くない攻撃だ。けど、はい――この通り』
「まじかい、こりゃ……魔力も抜きで――まったく届かないって言うのかい」
汗を滴らせるハザマ女史。
その案外に細い首元に、スッと紙のナイフをあてて勝利宣言。
『すまないね、また私の勝ちさ。グルメ提供、どうもありがとう』
「まいった、あたしの負けさ。くああぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁ、今度こそいけると思ったのにぃ! なんなんだい、あんたのその尋常じゃない体術は! 本職は魔術師なんだろう!」
ぐぬぬぬぬと唸るハザマ君に、眉を下げて微笑する。
『魔術師だからといって、体術を怠ってはいけないという事さ』
紙ナイフを闇に溶かし――私は肩を竦めてみせる。
今日もネコちゃん状態ではなく、人間形態なのだが――ふふふふふ、私は人モードであっても猫モードでもどちらでも麗しいからね。
注目が集まってしまう。
美しさは罪、というやつだろう。
歓声を聞きながら、私は手を上げ生徒達に応えてやる。
よっ――と。
脚のバネのみで立ち上がったハザマくんは、訓練で折れたダガーを収納しながら苦笑い。
「ケトスちゃん――あんた、本当になんでも教えられるんだね。まさか突剣に短剣、斧に弓、暗器にトランプまで――んで、単純な体術まで達人の域にあるなんて、そりゃ反則じゃないかい?」
『私はありとあらゆる……とまでは言わないけれど、かなりの数の武芸と魔術を訓練していたからね。年季が違うから、まあ当然さ』
魔王様を含む当時の魔王軍の精鋭達。
その中でも武術を得意とする者達。
最強の悪魔サバスくんや、名前を言ってはいけない魔神。
剣聖と謳われる男。
異世界の東洋武術をマスターした鬼天狗。
様々な武人から、魔族となったばかりの私は技を学んだのだから――。
弱かった時代を思い出し、私は少し息を吐く。
あの方を守るため。
あの方への恩に報いるため。
そう、誰かを守るために強くなろうとした結果なのだ。
だから。
きっと、いま目の前でキシシシと笑う彼女も――。
『君は聖女様を守りたいんだろう。よく頑張っていると思うし、ちゃんと腕は上がってきている。恐るべきスピードでね。単純な武術だけなら我が部下の中でも上位に位置するんじゃないかな? まあ――さすがに実戦となったら魔力差で話にならないだろうけど』
「ちなみにケトスちゃんの部下と、あたしの魔力を比較すると……ど、どれくらいの差になるんだい?」
変に期待させるのも悪いだろうし、本人のためでもない。
私は言った。
『魔竜とミジンコぐらい』
口を三角にして、ハザマ君が言う。
「魔竜は知ってるけど……ミ、ミジンコっていうのは……ああ、なんだい。生物かい?」
『ああ、こっちだと知られていないのかな。洗浄されていない川とかにいる微生物さ。あれ、甲殻類らしいよ?』
私がこういう時に嘘をつかないと既に知っているのだろう。
はぁ……とハザマ君は重い息を吐く。
「まあ、いいけどさ。とにかく次こそは一発きめて――って、学長だね。ありゃ、ケトスちゃんに用みたいだけど」
『……。あー、そういや……お昼に顔を出すって約束してたんだっけ』
ハハハハと頬を掻く私に、呆れ顔をしてみせるハザマ君。
「あの学長を無下にできるなんて、あんたぐらいのもんだろうね……まあ、あたしが急に生徒達の追加で訓練をお願いしたのが悪いんだ。すまなかったね」
「いえ、構いませんよ。ケトス様の判断でしたら、ワタシはどれほどに待ったとしても――そのご意思を尊重しますので」
瞬間移動で訓練所のど真ん中に顕現した学長は、ハザマ君に囁いて。
すぐに私に頭を垂れて整った顔立ちで言う。
「昼食のご用意ができております。冷めないうちに召し上がっていただければ――と」
『ああ、すまない。ふむ、それで今日のメニューは?』
「カキフライにございます」
カ、カキフライ!
「お伝えくださったタルタルソースと呼ばれるレシピの合成にも成功しております。料理人も評価を期待しております、できれば早く召し上がっていただきたい――と」
これは要するに、学長から呼ばれちゃったから仕方ないから行くね!
と、生徒達に理解させるための言葉であろう。
タ――タルタルソースの、カキフライ!
黄金コンボでは、にゃいだろうか!
じゅるりと舌なめずりをしそうになるが、ぐっとこらえ。
影の中で魔猫のシルエットを小躍りさせながらも――私は穏やかに言う。
『そうか、すぐに行くよ』
学長であるはずの理知的な男が頭を下げている。
その事に異論を述べるモノはもはや誰もいない。
ま、そりゃ――どうみても異常な存在である私が上位にあると、生徒達の目から見てもさすがに分かるのだろう。
『聞こえての通りだ、すまない生徒諸君。訓練はまた午後に行おう。それじゃ、またね――』
言って私は転移魔法陣を展開。
学長と共に訓練所を後にした。
◇
学長室のケトス様専用食堂にて。
ネコちゃんの姿に戻った私はお口を拭き拭き。
専用椅子の上で素敵な肉球を覗かせ、足をクイクイ♪
くわっと瞳を見開き、咢を開く!
『くくく、くはははははははは! タルタルソースのカキフライ。衣はサクッと中はふんわり。実に美味であった! 我が食堂のメニューにふさわしき逸品よ!』
学長であるヒトガタ君は嬉しそうに、瞳を伏して――。
「ああ、我が主にお褒め頂き――このヒトガタ、恐悦至極に存じます」
『まさか君がここまでグルメを作れるようになるとはねえ~』
そう。
料理人って、このヒトガタ君なんだよね。
デザートのバケツアイスを食べ始めながら、私は言う。
『それでヒトガタくん。進めておいてもらっている話に、何か進展はあったかい?』
「はい、我が主よ。王都への侵入の件でしょうか、それとも学生食堂のメニューにもカラアゲ定食を追加する件でしょうか――無論、どちらも万事抜かりなく、並行して進んでおりますが」
物事には優先順位がある。
平らげたバケツアイスを横に置き。
机の上で肉球を組んで――キリ!
『ではまずはカラアゲ定食の件から報告を受けよう』
「分かりました。報告書がこちらとなります」
大事な話だ。
ちゃんと隅々まで目を通し……うむ。
報告書をめくる私の肩が揺れる。
『くははははははは――ッ! 素晴らしい! 素晴らしいのである!』
瞳をルンルン♪
尻尾をふぁっさーとさせ、哄笑を上げる私はご機嫌モードだと知っているのだろう。
ヒトガタ君の表情も緩くなっている。
「それでは報告書の通りに進めさせていただきます。それで王都の件ですが」
『あーうん、そういやそんな話もあったね~。で、どうなってるの?』
生徒からの貢物であるバケツプリンを亜空間から召喚。
猫舌でてちてちしながら応じる。
「我が主よ。活躍に応じて加点される儀式システムは、ご存知ですよね?」
『もちろん知っているよ。私もちゃんと加点されているからね。まあもっとも、カンストしちゃって数字がバグってるから、あんまり意味ないんだけど』
日々、グルメと引きかえに、生徒達へ様々な技術を教え込んでいる影響だろう。
なんか……。
うん。メーターがはち切れて、悲鳴を上げ始めてるんだよね。
「システム上位者は王都への短期留学が認められております。留学と言っても、魔物との戦争最前線であるこの学園をしばし離れ英気を養う、休暇のようなものですが――王都に行く口実としてはもっとも自然かと思われます。申請は既にあなたの部下となった日に出しておきましたので、そろそろ承諾されるかと」
『って、今の私は教師で登録されているんだろう? さすがに留学ってのは』
ちょっと無理があるよね?
私が学生形態に変身するって手もあるけど……隠しきれない貫禄でバレちゃうだろうし。
しかしヒトガタくんは優秀な参謀。
その辺りも抜かりがないのだろう。
「ええ、ですから成績優秀な生徒数人を留学させ――その引率にケトス様、あなたと……もう一人、誰か教員を付ける――という形を取ろうかと考えているのです」
教師の情報を魔術スクリーンに映し、彼は続ける。
「幸いにも現在、教師陣もポイントがカンストしかけています。ケトス様のおかげですね。けれど――活躍をすれば軋轢も増える――人間関係でストレスが溜まっていると判断される状況にも見えますから。それを利用するのですよ。引率兼休暇という名目で同行すれば怪しまれる事も無いかと」
なるほど。
教師の高ポイントは私との訓練で溜まっているモノなので、ストレス自体はそんなに溜まっていないだろうが……。
外から見れば休みを貰えていない、とも見えるだろう。
『問題が少しあるね。まずは巻き込む形となる生徒の選定をどうするかだけど』
悩む私にしれっと学長は言う。
「そうですね。優秀な生徒を洗脳するか、我が部下のリポップ生徒を覚醒させ――組み込めばいいのではありませんか?」
『君って、けっこうさらっと邪悪だよね……』
ネコちゃんの眉間を、ぐねーんとさせる私を見て。
ん?
と、表情を変えずにヒトガタ君は言う。
「ケトス様のために洗脳されるのです。それは本人のためでもありましょう?」
ぶ、ぶれないなあ、この人。
ヒトガタ君。
かなり正しき人になろうと意識してリポップしているせいか普段は真っ当で、聖人君主なのだが――。
自分が私の部下になったことを至上の幸福。
だと思っているので、その辺を疑問に思えないのだろう。
ようするに、私が関わる時だけ。
なーんか、リミッターが外れちゃうみたいなんだよね。
言ってもきかないだろうし――。
『とにかく、留学に選ぶ生徒の選定とやり方は、私が、後で決めるとして――聞きたいことが増えてしまったのだが、いいかな?』
「もちろんでございます、何なりと」
とりあえず話をそらすことに成功である♪
後で事情を説明した上で、納得してついてきてくれる生徒を数人探すとして。
『留学って言っていたけど、王都にも魔導学園や類似する施設があるっていうことかい? その辺の事情をまったく私は知らないんだけど』
「ええ。王都に一つ、そして世界にはここの他に大きな学園が三つ存在します」
魔導地図を顕現させヒトガタ君は口を開く。
「不肖ながらこのワタシ。麗しきあなた様の部下、ヒトガタが説明、させていただきますね――』
大魔族と魔物の中ボス。
秘密の話し合いはまだ続く。




