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【SIDE:エリート令嬢エリカ】神父教師とお嬢様 ~謎のトンデモ教師~結末と始まり



【SIDE:エリート令嬢エリカ】


 異形なる者達の召喚された地。

 ようやく、謎の神父教師は異界語での会話を止めて。

 向きを変える。


 召喚対決だということを思い出したのだろう。

 膝をついたままのエリカ嬢を見て。


『友との会話が弾んでしまってね。さて、それでは始めようか――と、言いたい所だけど。既にコントロールを失っているねエリカ君』


 神父が手を伸ばすと、エリカ嬢の召喚獣であるはずのフェニックスがバサっと翼を広げる。

 地に伏す少女も手を伸ばす。


「フェニックス? おやめなさい……歯向かってはダメ!」


 死なない鳥であっても、この神父相手なら話は別。

 母の大好きだった鳥を、消滅させたくはない。

 しかしそれは杞憂だった。


 フェニックスは舞う。


 まるで主を挿げ替えるように羽ばたき飛んで――神父の手へと鳥足を乗せ。

 キューーーゥゥゥゥ、ッゥン!

 鳴き声を上げ、その忠誠を表すように頭を垂れ始めた。


 まるで少女の命乞いをするかのように。


『気を付けたまえ。召喚獣は主人が動揺するとその支配が弱まる。こうやって敵に寝返る事だってあるんだよ、覚えておきたまえ――』

「あ……」


 神父の手の中でフェニックスが煌々と照り始める。

 一時的に主人が切り替わったからだろう。


『ああ、そうか。君は――ふふ、娘が心配でそこに留まっているんだね。ああ、大丈夫』


 術の制御と支配権を失ったせいだろう。

 少女の召喚したフェニックスが消えていく。

 紅蓮の魔女、尊敬する恩師――マダムサンディですら賞賛した秘儀が……赤子を捻る以前のレベルで、消えてしまった。


 召喚権がエリカの元に戻ってくる。

 一度奪われた霊鳥の支配が返却されることなど、普通はない。


『その鳥には君を守るという意思を感じる。大切にするといい』


 エリカ嬢は思った。

 なんで、こんな高みにある存在だと気付かなかったのだろう――と。

 そんなこと決まっている。


 心のどこかに驕りがあったのだ。


 あれほど活躍した自分が、負ける筈などないと。

 マダムサンディに認められた自分ならなんだってできると。

 そんな、根拠のない絶対的な自信がどこかに存在していたのだ。


『へえ、君。マダムに認められていたんだ、それは凄いね。あの娘、頑固だからね。あまり褒めないタイプだと思っていたけれど、素直に認める可愛いところもあるんだね』


 世界最強に近い教師を、あの娘と言っている。

 本来なら失礼な話だ。

 けれど、当然だと思った。


 少女は顔を上げる。


 心を読まれていた事にすら、動揺はなかった。

 だって、それくらいできて当然だろうと――その前髪の隙間から覗く美しい赤が語っていた。


 魔術式の波の中。

 魔力風で揺れる神父の髪が、静かに妖しく靡いている。

 紅い瞳が、ギラギラギラ。

 黒い鼻梁の上で、輝いていた。


 少女は周囲を見渡す。


 ギャラリーは少女の要求通りに、腰を抜かしていた。

 息を呑むことすら忘れて、身動き一つとれないでいる。

 英雄候補たちですら、その身を震わせ――固まっていた。


 生物としての本能が自身に命令しているのだろう――絶対に動くなと。


 これらの神話級の化け物を絶対に刺激するな、と。


 少女は考えた。

 これは自らの要求と驕りが招いた、混乱だ。

 すぐに、事態を治める義務がある。


 ――これは魔導契約……アタシがなんとか、しないと……終わらない。


 白い意識の中で――それでも思考を働かせ。

 ぎゅっと唇を噛んで。

 心と体を奮起させ――。

 少女は言った。


「先生。訓練、ありがとうございました……アタシの負け、ですわ。後程、グルメをお持ち致します」

『ああ、楽しみにしているよ』


 これはグルメを対価とした契約。

 終わりをこちらが告げれば終わる筈。そう判断し、なんとか言葉を振り絞ったのだ。


 頭を下げる。


 それが精一杯だった。

 久しく感じることのなかった敗北感が胸を襲う。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン――と。

 訓練終了を告げる魔力閃光の音が響く。


 これほどの観客がいるのに、終わりを告げる音だけが響き渡っている。


 きっと神父は嗤っているのだろうと思った。

 こんな子どもが生意気を言って、愚かだと蔑んでいるのだと思った。


 母のために、もう二度と泣かないと誓っていたのに泣きそうだった。

 けれど。

 泣いてはいけない。

 それができる限りの強がりであり、彼女の強さでもあったのだろう。


 揺れる少女の心を眺めるように、神父は言う。


『君は強いね』

「いえ――弱い……ですわ。今日、それが分かりましたの……」


 声を押し出し、少女は唇を震わせる。


『実力がじゃない、心がだよ――強がりも実現できるなら、それは立派な心の強さだ。誇りなさい』


 敗北に沈む――そんな少女の頭をそっと撫で、神父は微笑んだ。

 大きな手だった。

 優しい手だった。


『これで君は敗北を学んだ。恥じる事ではない。今日は召喚の稽古だったけれど、うん、君はフェニックスまで呼べるんだ筋が良い。きっと、もっと強くなれるよ。お約束というやつさ。誰かのために泣けるモノは強くなれる――そう、昔から決まっているからね』


 少女にだけ聞こえる声で。

 神父は言った。


 お母さんのためにずっと頑張れた君は本当に、もっと強くなれるさ――と。


 少女ははっと顔を上げた。

 神父は嗤ってなどいなかった。

 むしろ、もっと――優しい顔をして、全てを包む闇のように微笑んでいた。


 端整な鼻梁から、キラキラキラ。

 紅い瞳が覗いている。

 目を奪われる程の――ディープレッド。


『じゃあ悪いけれど、これからオムライスを食べるんだ。続きがしたいのならまたね。グルメは後程貰いに行くよ』


 生徒をあやす手を放し――周囲を見渡し。

 黒の神父は朗々と宣言する。


『さあ、君達も学びたまえ! 知りたまえ! 若者よ貪欲になりたまえ! いつでもいい、誰でもいい。学びたいならグルメを用意し私を訪ねてくるといい。せめてこの私を多少驚かせる程度の技術をみせておくれ。死にたくないのなら、滅びたくないのなら。足掻きたまえ! 君達が望む限り、希望を捨てない限りは教えよう! 我が叡智を授けよう! 滅びゆく者達に祝福を与えよう!』


 言って、神父は大空を統べる鳥のように手を広げ。


『我が名はケトス! 神父ケトス! 偉大なる御方を信仰する者、あの方の示す慈悲に従い君達に光を齎す者の名なり! さあ、集え! 剣も儀式も、魔術も呪いも! 君達が望む限り、希望を失わない限り! グルメある限り! 明日を生きるための武器を君達に授けよう!』


 クハハハハハハハハハハ!

 声が響いて――消える。

 魔術を唱えることもなく、その身が闇の霧へと溶けて――消えたのだ。


 取り残された黒龍が――くわっと瞳を広げ、頬をぽりぽり。

 はぁ……と息を吐きながら口を開く。


 人に向けた魔力の言葉が周囲を揺らす。


「異界の子らよ。我も知らぬ神の子らよ――彼の者を信じよ。グルメある限り、無辜なる他人を虐げぬ限りはけして裏切らん。なれど――」


 警告する神の如く黒龍が、すぅっと瞳を細める。


「絶対に、彼の者を怒らせるな。手にした力で弱き者を虐げた時、この世界は無へと帰すだろう。荒れ狂う彼の者を止める手立てはない。ゆめゆめ忘れるでないぞ」


 告げたその後。


「ケトス殿。見ておるのでおじゃろう? 朕、ちょうカッコウよくみやびに決めたのである。転移を頼むでおじゃる」


 シューゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。

 天を覆っていた黒龍達も消えていく。


「では、弱き者どもよ――さらばだ」


 黒雲も消え。

 闘技場に居た他のモノたちも消えていた。


 召喚された異形たちがポンと姿を変える――ファンシーな縫いぐるみとなって、こてん。

 コミカルな音だった。

 闘技場の舞台の上に落下したのだ。


 本当に、ただのぬいぐるみ。


 それが依り代だったのだろう。ただ綿を詰めた人形から、誰も見た事のない異形を一瞬で顕現させたのだ。


 悪夢は終わった。

 神話級の異形たちは神父に従い去っていった。


 もしあの神父がこの世界を滅ぼそうとしたら――もうその時点でおしまいだ。


 誰も、何も言わなかった。

 敗北なんてモノよりも、もっと圧倒的な感覚。

 恐怖すらも許されない威圧感。

 膝をついたまま呆然とするエリカお嬢様を、無様と嗤う者は誰もいなかった。


 教師が消えて、ようやく涙を流した少女を嗤う者はいなかった。

 むしろ、あの禍々しい魔力を目の当たりにして会話をした。

 それだけで、称賛に価すると知っていたのだ。


「アタシは……愚かでしたわね――みなさま、お騒がせして申し訳ありませんでした」


 少女は泣いた。

 まるで妖精のように、声もなく泣いた。

 晴れていく天を見て。

 空を見あげて泣いたのだ。


 誰かのために泣けるモノは強くなれる。

 そんな祝福のような神父の言葉を受け止めて――。

 少女は母との優しい記憶を思い出し、美しく泣いていた。


 しばらく、そっとしてあげるべきだろう。

 と、誰しもが思った。

 ……。

 のだろうが。


 少女の肩が揺れる。

 ふふふふふ、おほほほほほほほほほほ!


「ああ、あの方こそが――アタシの運命の人ですわ! そうですわよね、お母様!」


 少女は立ち上がり、ビシ!

 それは――。

 お嬢様の初恋だった。


「そうと分かったらさっそくグルメですわ! あの方の胃袋を掴み、恋と魔術を盗んでみせますわよ! それではみなさま、ごきげんよう!」


 少女は駆ける。

 目標を見つけて心を輝かせ、微笑み走る。


 そう、お嬢様はわりとメンタルも強かったのである!


 ◇


 前代未聞の授業は終わった。


 誰しもが思った。

 そこに居たモノは理由は違えど、戦いを生業とする者。

 世界のために、最前線に立つ者。

 志を持つ者。


 だから、見えていたのだ。

 理解できたのだ。

 アレは――器が違う、と。


 そして。

 若者は思い出した。


 アレは言っていた。

 望む限りは叡智を授けると。教えると。

 なぜ対価がグルメなのかは分からないが――志のある若者は、皆、グルメを求めて行動を開始していた。


 アレにはけして届かない。

 けれど、その一部でも学ぶことが出来れば――。


 アレの前では劣等生も優等生も。英雄も教師も関係ない。

 力の幅が違い過ぎるのだから、その一部でさえ学べれば――英雄の領域にすら届くだろうと、若者は希望を持った。

 出世のチャンスだと。

 幸いにもこの学園には、活躍を純粋に評価する魔導儀式が発動されている。


 だから。

 グルメさえ用意できるのなら、誰にだってチャンスがあるのだ。

 学園に起こったのはグルメブーム。

 あの教師は美味しいグルメを持つ者を見極めて、優先して個人授業を引き受ける。


 だからまずはグルメを。

 最高のグルメを。

 心を込めた至上のグルメを――!


 ◇


 どこかで誰かが噂をした。

 太々しい声で、ぶにゃはははははは! 作戦通りだニャ!

 と、哄笑を上げてお腹を擦っていた猫を見たのだと。


 異界の水神の祝福を新たに得た世界。

 グルメと共に学ぶ若者。

 破滅の未来を回避するように――学び舎も歯車も、動き出した。



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