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【SIDE:魔物軍リーダー】リポップ ―最強の魔物― その3



【SIDE:魔物軍リーダー】


 レベルの桁が違う黒猫。

 異界の猫魔獣、大魔帝ケトス――その圧倒的な魔力に威圧されながら、魔物達のボスの男は静かに自分の死を確信していた。


 ヒトガタと呼ばれ、リポップする度にボスと崇められ。

 今度は人間としてリポップする事で目的を果たそうとした男は、王都を守る防衛拠点の長。

 頂点にまで出世していたのだ。


 それは並大抵の努力ではなかった。

 常に清廉潔白であり続けた男は、常に思考し、常に最善を尽くし、実力で人間として出世したのだから。

 彼の魂が魔物だと知らない者は、こう彼を評するだろう。


 聖人。

 と。


 けれど、それも終わり。

 聖人と慕われる男は考える。

 思考する。

 そして、その果てにある答えはどれも同じだ。


 コレからは逃げられない。

 それほどの闇が、ギラギラギラギラ――ネコの頭上で輝いている。


 ――ああ、きっとワタシはまた死ぬのだろう。あの昏い闇の中で、ただ静かにリポップを待つのか。


 また死への想いが胸を過る。


 今のこの時間は戯れか。

 これは猫が捕らえた獲物を殺す前に弄ぶ、残虐な一面。

 遊戯に過ぎないのだろうと学長の男は考えていたのだ。


「大魔帝ケトス。その名、聞いたことがあります。碑文図書館に刻まれていた、異世界の魔――世界を恨み呪う憎悪の魔性。破壊神の名ですね。まさか実在していたとは驚きましたよ」


 存外、冷静な声が出ていた。


 なにをどうしても滅ぼされる。

 これには届かない。

 勝てるはずがない。

 諦める選択こそが正しいと、彼の全てが訴えていた。


 だからこそ、頭が普段以上に冷静になっていたのだろうか。

 そして相手も冷静だった。


 大魔帝ケトス。

 はち切れそうな程の憎悪の魔力を抱くネコは、獣のヒゲをゆっくりと前に倒し――まじまじと学長の男を眺めている。


『君の声も顔も、まったく驚いている様子はないけれど――心では本当に驚いている。ふーん……面白いね。君、魂以外の材質は人間そのものなんだ』


 ネコの貌が、男の間近にある。

 魔道具を用いない鑑定の魔術が、男の瞳には映っていた。


『冷淡で無機質な顔は、そうだね――ウチにいる色欲の魔性が好みそうな顔立ちだ。君、その姿で正しく生き続けていたんだろう? さぞ異性から好かれただろうね』


 鑑定の魔力をレジストしようともせず、受け入れたまま男は言う。


「それは――どう答えたらいいものか複雑ですね」


 ヒトガタと呼ばれた男の脳裏には、なぜだろうか。

 いつも付き添ってくれていた秘書の顔が浮かんでいた。


「それにしても魔性――ですか。感情を暴走させた魂が変異する現象、魔性。心をそのまま魔力と転化させることのできる、強大な魔の一種。色欲の魔性すら、貴方の配下なのですか」

『配下って言うか、んー、どうなんだろうね。最初は殺し合いだったんだけど――まあ、今は仲良くさせて貰っているよ』


 実際、一回殺しちゃったしねと黒猫は、ニャハハハハハ!

 魔力で浮かべた紅茶を啜って、獣毛を膨らませる。


 大魔帝ケトスはまるで商談の合間の雑談を楽しんだ顔で、静かに瞳を閉じる。


『さて、そろそろいいかな。話し合いをしようじゃないか。君は幸運だ。美味しいクッキーにありつけたからね、今の私は気分がいい。まずはそうだね、教えておくれ――私は君の事を何と呼んだらいい?』


 ヒトガタには、この猫が何を考えているかまったく分からなかった。

 けれど。

 応じないわけにはいかないだろう。


「かつて魔物の姿だった時にはヒトガタと呼ばれておりました。人間としてリポップ――転生してからもヒトガタと自分では思っております。ただ――この学園の長となった日からは学長と、そう呼ばれております」

『じゃあ、学長さんでいいかな。男で三文字以上の名前だと覚えるのが面倒でね、役職で覚えちゃうのが一番なのさ。あー、一応訂正しておくけど物覚えが悪いわけじゃないよ? 私はこれでも純然たる猫でね、記憶容量が少し人間のソレより狭いんだ』


 よく喋る猫だと学長の男は思った。

 気分がいいとの言葉は本当だったのだろう。


 おそらく。甘いクッキーが闇の獣の口を軽くさせているのだ。


 ならば、切り出してもいいだろうか。

 どうせしくじっても殺されリポップされるだけなのだ、男は魔物のボスとしての立場で問う。


「聞かせてくれませんか? 本来なら今この瞬間、既にワタシの一番強力な部下が顕現し暴れている筈だったのですが、彼はどうなったのでしょう。気配がありません。リポップ待ちの空間にも該当データがない。こんなことは初めてです」

『ああ、結界を揺らした子かな』


 言って黒猫は、紅茶に蜂蜜をデロデロと垂らしながら外に目をやる。

 促されるように男が目線を移すと――そこには見た事も無い異界の大樹が、まるで伝説の世界樹のように天高く伸びていた。


『いやあ、ごめんねえ。てっきりアレがボスだと思っていたから話し合いに行ったのにさ――いきなり攻撃してきたからね。悪いけれど樹になって貰ったよ。ほら、あそこに紅葉の樹が見えるだろう? 来年にはきっと、おいしい焼き芋を焼けるカラフルな落ち葉を作ってくれるだろうね』


 ヒトガタの貌に初めて明らかな動揺が走った。


「あなたは、リポップをさせずに魔物を殺せるのですか」

『ん? まあできるよ。樹に変えてあげたのは話し合い次第ではいつでも元に戻せるようにだからね。なんだい君、まさか君も滅びたいのかい?』


「君も、とは?」


 あんなにペラペラと喋っていた筈なのに。

 なぜか黒猫はその問いには答えなかった。


『そこはまあアレだよ。コンプライアンス的な? アレだね、うん。秘密ってヤツさ』

「そうですか――。まあ別にいいのですが」


 綺麗な樹へと生まれ変わった部下を見て、ヒトガタの唇は淡々と語る。


「存在の変換、錬金術の一種……ですね。あの魔物はいわばワタシの最強の手駒。聖女を遠ざけている今日この学園を、完全に崩壊させるはずだった切り札。人間の赤子としてリポップしたワタシが、まだ這って歩んでいた頃から――ずっと、三十年かけて魔力を注いだ魔物だったのですが」


 それを殺すどころか植物へと転身させるなど――並の化け物ではない。

 けれどだ。

 男は別の事を想っていた。


 目線の先にある樹が、不思議と幸せそうに佇んでいるように見えていたのだ。

 終わらない死。

 殺されるために生まれるリポップの輪から解放されて、歓喜しているのだろうか。


 男は考える。


 ――いや、彼らはリポップする度にリセットされていた。なら、単純に樹として生きる道を受け入れたということか。


 大樹へと羨望の眼差しを向ける男を見て、猫はちょこんと首を傾ける。


『えーと……話を進めさせてもらうよ――? 話の通じないボスを倒してがっかりしていた所に、ふと声が聞こえてね。辿ってみると君がいた。人間であるはずの君の中から、人じゃない存在の嗤い声が聞こえちゃったんだよ。そこで私の賢き頭脳がビビビーンと動いたわけさ! あー、なるほど。マイル君が都合よくダンジョン遠征へと向かった理由、そこに内部による誘導があったのだとね』


 それでここに。

 そういう事かとヒトガタは考える。


 あの時。

 普段は絶対にしない勝利の哄笑を心の中でだけ上げてしまった。

 それが全ての失敗だったのだ。


「そうしてワタシを殺しに来たと、そういうわけですね」


 呟く男に、猫は眉間にシワを刻んで言う。


『いやいやいや、なんで君を殺さないといけないんだい? そんなの絶対に面倒くさいじゃん。だって君、完璧に人間に化けているんだろう? そんなのを殺しちゃったら、確実に私が悪者扱いされるじゃないか。まだ学食にも行ってないのに、追い出されるのは御免だね』


 黒猫は学食のメニュー表を召喚して、じゅるりと舌なめずり。

 肉球で掴んだ赤ペンで、キュッキュ!

 なにやらチェックをしているようだ。


 ヒトガタはますます分からなくなった。

 この猫は、自由過ぎる。

 その本意も真意も、掴めない。


「あなたは人間の味方ではないのですか?」

『いや、違うよ』


 ならば、魔物の――。

 味方と考えそうになると同時に、大魔帝は眉を下げる。


『ああ、すまない。味方でもないが敵でもない。無責任だという自覚はあるが――傍観者みたいなものだよ。勘違いさせてしまったのなら悪かったね』

「では、なぜ我等の邪魔を?」

『単純な話さ。いいかい? この学園は既に私の領域、縄張りなんだよ』


 ヒトガタの眉がピンと跳ねる。

 確かに。

 気付かぬうちに支配権が奪われていた。


「他者の支配領域すらも上書きする、最上位のダンジョン領域化の魔術――ですか」


 男は考える。


 原理は――ネコのマーキングと同じか。


 長年を掛けてダンジョン化させた領域を、たった数日で――。

 いや、この世界に顕現して一瞬か。


 おそらくこの黒猫は即座に膨大な魔力で領域を侵食、ヒトガタが密かに学園ダンジョン化していたこのフィールドを――自らの魔猫ダンジョンへと書き換えていたのだろう。


 もはやこの学園は大魔帝ケトスのダンジョン領域。

 この猫によって既に、支配権を奪われていたという事だ。

 そうなると――。


「なるほど。この学園は既に貴方のモノ。ここに生息する存在は生徒達も含め、全てがもはや侵入者と認定されているわけですね」

『そういうこと――私は本能もネコで構成されていてね、自らのテリトリーへの執着心はそれなりに強い。初めから住んでいた者達はともかく。勝手に入り込んできた魔物なら、排除するのだって主である私の権限の内。自由に追い出したっていい筈だろう? だってここはもう、私の別荘なんだから』


 言葉を証明するように、黒猫は見たこともないほど精密な魔導地図を展開してみせる。

 学内全ての情報が魔導データ化されたその地図には、魔力を通じて誰にでも読める文字でこう書かれていた。


 ここはもう大魔帝ケトスのダンジョン領域だよ♪

 すなわち、魔王様の領域だ。

 気に入らない奴は排除しちゃうからあしからず。

 ああ、納得できないならどうぞご自由に。実力で取り返しに来てね♪


 と。


「なんですか。これ」


 思わず、間抜けな声が出ていた。

 こんな声、初めてだった。


『なにって、警告文じゃないか。書いてある通りの意味だよ。ここは私の家。人間も魔物も、居させてあげているって事さ』


 言って黒猫は蜂蜜を召喚していた書を閉じる。

 その書もおそらく――。

 どこかまた、別の異世界の大魔族の力を帯びた神話級の魔導書。


 蜂に関する強大な魔の力。

 それは魔導書なのに、魔物のボスであるヒトガタよりも力を放っているのだ。

 その書に記された者も、おそらくは規格外の存在。


 世界を揺るがすほどの大魔術と魔導書を、この黒猫は、ただ蜂蜜を召喚する事だけに行使しているという事だ。

 そしておそらく。

 蜂蜜召喚などという雑事に力を貸す異界の大魔族も、それを了承している。


 規模が違う。

 器が違う。

 思考が違う。


 分からない。

 分からない。

 膨大な力を内包するこの黒猫が何を考えているのか、まったく分からない。


 こんな存在を知らなかった。

 ヒトガタは知らなかった。

 学長の男は知らなかった。


 何度も巡ったリポップ。

 終わらない輪廻。

 苦しみ続ける世界の中。


 こんなに自由気ままに生きる存在など、見たことがない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] は、蜂蜜…。てことは本の力の元はあそこの蜂君かな? あの子からも本をもらってたんだね。 [一言] ヒトカタ君。ケトス様のお心は君でもわからないか。 でも、死にたいってのはヒトカタ君もケ…
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