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蠢く世界 ~歯車を動かすニャンコの手~ その3



 魔物が潜入した校内は戦場と化していた。

 おそらく、今日この日こそが――学園の滅ぶ日、死屍累々が並ぶはずだった運命の日だったのだろう。

 けれど不思議な事に犠牲者はでていない。


 それどころか、各地で勝利を齎す魔術の詠唱と発動音が鳴り響いている。

 人々の顔には希望が浮かんでいた。

 誰もが皆、どんなピンチになっても奇跡的に一命をとりとめているのだ。


 まるで失われた神の加護が戻ったかのように。


 それは一匹の猫魔獣のきまぐれ。

 図書館を拠点とし活動している、とある天才大魔族のおかげだろう。


 その者は眉目秀麗。

 立てばスマート、座ればスラリ――歩く姿は優雅な黒豹。

 異世界の神に分類される存在。


 神々しい身体を黒き獣毛で包む彼が、死者が出ないように密かに動いていたのだ。

 かの魔獣の名はケトス。

 大魔帝の名を冠する偉大なりしもの。


 魔王陛下の麗しき愛猫、すなわち――私である!

 デデーン!

 ふっ――決まったのである!


 と、まあそんな事を魔王様にお見せする記録クリスタルに刻みながら私は、ぶにゃん♪

 様々な奇跡を発動させ。

 縄張りを守るように施しを与え、モフモフな尻尾をふわりと蠢かす。


 必要以上に、人間の味方をするわけではないのだが。


 いやあ、だってこの学園。

 その中央に鎮座する神殿は既に私の家だし。

 私というボス猫が顕現した私のダンジョン領域だし。


 そこに魔物が勝手に入り込もうとしてきているなら、ねえ?

 し、か、も、だ。

 あいつら! この私が呼びかけてやっているのに、無視しやがるのである!


 この私を無視だよ、無視!

 到底、それは許されざる、大罪!


 図書館の本棚の上で待機している学者帽子の眷属猫達に向かい、私は愚痴るように言う。


『まったく、人様の土地に勝手に入り込んで自分の領域に書き換えようとするなんて、図々しい連中だよねえ。警告にも耳を貸さないし、言葉も通じないし。なんなんだろう、この世界の魔物って――』

「うにゃーん?」

「うにゃ!」


 問われた学者影猫は図書館内の魔導書を捲り、バサササササ!

 該当するページを探し出すが――。

 器用に両手を上げて見せて、検索には一冊も引っかかりませんでしたニャとお手上げを示している。


『ふむ、やはり資料はなしか。この世界の人類たち自身も、この世界の魔物に関しての情報が欠如しているってことだね――意図的に隠匿されているのか、それとも突如湧いたのか……』


 そんなわけで、私は悩んでいるのだ。


 ふわふわモフ毛が悩みの魔力に反応し、ブワりと膨らんでいる。

 憂う私の後ろ姿も、かわいいね?


 過度に人間側に味方をするのはどうかと思うのだが――。

 さっきも言ったが。

 全然、こっちの話を聞こうとしないんだよね……あいつら。


 先ほどのマダム教師との戦いを見る限り、知能がないわけではないようなのだが。

 考える私が頭に糖分を補充しようとミルククッキーをバリバリした瞬間。

 世界がちょっと揺れ動いた。


『ん、転移の魔力波動かな――?』


 甘いクッキーを齧る私の前に、転移魔法陣が展開する。

 この波動は敵じゃない。

 現れたのは――私と契約をしたことにより基礎能力が向上している、白衣を纏った臨時教員の女性。


「ふふふ! あはははははは! やった、やったよ! あたしったら、完全復活じゃないか! 戦場の猟犬、華麗に推参ってね!」


 大輪のような笑顔を浮かべて、勝利のブイサインである。

 彼女の名はハザマ女史。

 依頼主でもある彼女が、悩む私に目をやって。


「っと、ありゃ帰ってきてみたら――なんだい急に。亜空間に杖を挿し込んだままにして、どうしたんだい?」

『やあお帰り、早かったね。そっちの生徒は救えたかい?』


 モフモフ尻尾をふわりと膨らませ、私は猫のお口でうにゃんにゃと問う。

 まあ、まだ病み上がりの彼女を案じて私が補助魔術を掛けているのだから、そんじょそこらの強敵程度じゃ問題はない。


「ああ、あんたの補助のおかげだよ。いやあ、あんた、サポート魔術まで超越者レベルだなんて、本当にすごいニャンコだねえ。本来のあたしなら、傷が治ったところでここまでの活躍なんてできないんだろうけど――今だけは伝説の勇者の気分だよ。なーんて、あんまり調子には乗らないようにするがね」


 ふむ。

 一応補助魔術を受けたことによる結果。

 無双も自分だけの力ではないと自覚できているようだ。


 そこを自分の力だと勘違いして暴走しちゃう人間も中にはいるのだろうが。

 一度。

 手痛い失敗をして腕の力を失っていた彼女は、謙虚さや冷静さを手に入れていたのだろう。


 私の中で、元からそれなりにあった彼女に対する感情が、更にちょっとだけアップする。

 まあ、嫌いじゃないということだ。


「で――その杖は……またトラブルかい? あたしが転移して、生存者をあんたの縄張りの神殿に移してもいいが」

『んー、ちょっとね。情報収集と人助けと気まぐれと魔術実験への好奇心が重なった結果――救世主みたいなことをしちゃったみたいな感じかな』


 貴婦人を救った魔杖を回収し、私はビシ!


『くはははははは! 君にも見せたかったなあ、私の偉大なる大魔術を――! こう、登場シーンから救出シーンまで全部ビシっと、研ぎ澄まされていたからね!』


 いつものように笑いながらドヤってやったのである!

 貴婦人教師のサンディさんが生徒たちを無事守り切ったことを確認し――私は時間操作魔術を行使した猫目石の魔杖に感謝を述べる。


 この杖、それなりレベルなんかじゃない強力な神器なので、けっこう自分の意思を持ってるぽいんだよね。


『いやあ、まさか賞味期限が切れたグルメに絶望し、鮮度を取り戻そうと最近になって編み出した魔術が、戦いの役に立つとは思っていなかったよ』

「鮮度を取り戻す? ああ、料理用の魔術かい。戦闘に活用したっていうのがちょっと理解できないけれど、あんただからねえ……本当に役に立てたんだってのは分かるよ」


 戦意高揚状態のハザマ君が、タバコを吸いながらキシシシと笑む。


 図書館での喫煙はどうかと思うのだが――。

 まあ、少しは大目に見るべきか。

 彼女は先ほどから戦いっぱなし、吸う時間がないのも事実なのである。


 今現在、彼女は大忙し。

 転移魔法陣の座標を指定し、敗北しそうな生徒や教師の元に飛んでもらって魔物の掃討を行って貰っているのである。

 いわゆるポイント稼ぎである。


 この学園には活躍に応じて加点される魔導システム、フィールドに作用する儀式魔術が発動されているようで――その加点は直接評価へと繋がっている。


 人間の行動や活躍を数値化して査定するシステム。

 命を助ける行為にすら点数を付けるそれは――ある意味で冷たい魔術式と言えるだろう。

 その非情で合理的なルールには賛否や是非が問われるのだろうが――もうシステムとして存在するのだ。

 それを利用しない手はない。


 これで腕が戻った彼女がまだ戦える、いやむしろ前以上に優秀な戦士であると認識する人間が増えるだろう。

 大幅な加点と合わされば――間違いなくハザマ君は出世する。

 活躍をすれば地位や立場も上がる。

 臨時職員以上の出世をして貰えば、ついて歩く私も色々と動きやすくなると踏んだのだ。


 本来なら聖女マイル君をその役割に使っても良かったのだが、彼女……天然ボケだしね。


 大事な時に絶対ポカをやらかすだろうと、妙な確信を持ってしまう。

 極端な話。

 王様と謁見している最中ですら、彼女は暴走する気がするのだ。

 真面目な話をしている王様が隠している本筋とは関係のない弱点――不倫とか愛人を作っているなどのどうでもいい秘密を察知し――おもいっきり口にしてしまう可能性もある。


 何故そう思うかは単純。

 わりと私もそういう部分があるからである。

 聖女と魔猫。

 二人して、王様の不倫をネチネチくどくど。家臣たちの前で散々に嫌味や皮肉を言っている場面が目に浮かぶのだ。

 これ、たぶん――未来視だよね……。


 だからこそ、言い方は悪いし本人も承諾済みだが――。

 私の事情を知る存在の中でまだまともな性格のハザマ君。彼女の方が、私にとっては利用しやすいのだ。

 私が暴走しても同調して暴走する聖女マイル君と違って、ハザマ君ならイイ感じに止めてくれそうだしね。


『っと、すまない。次は正門の部隊がピンチみたいだ――飛んで活躍してきておくれ』

「ああ、分かったよ。知らせてくれてありがとうね」


 言ってハザマさんは決意するように酒の小瓶を飲み干して。

 眉間から走る古傷を紅く染めて――キリリ!

 詠唱を開始する。


「怠惰なりしも慈悲深き者。汝、大神ケイトスの加護の下――我の道程に幸運をもたらしたまえ!」


 魔術名なき幸運増強魔術が発動する。

 詠唱からなんとなく察して貰えると思うが、神としての私の力を借りた自己バフである。

 ……。

 つい、私は前から思っていたことを口にする。


『ふーむ。なんで、人間って私の力を借りる時に怠惰なりしもって枕詞をつけるんだろ……慈悲深き者はいいけどさあ――』

「え? あははは、すまないね。悪口じゃないんだが――魔術を構成しようとすると頭の中にその単語が浮かぶんだよ。魔術師のあんたなら、魔術式を組み立てる時に浮かぶ詠唱が自動的に決定されるのは知ってるだろう? そ、そんなわけで――あたしに言われても、はは。困るよ?」


 逃げるように言って。

 ハザマさんは学内のみ有効な転移魔法陣を展開させる。


 転移する魔法陣を見守りながら。

 賢く可愛い大魔帝ケトスこと、私はふかーく知恵を働かせていた。


 ◇


 収集した情報を考える私のモフ毛が揺れている。

 思考も揺れている。


 この世界のモンスター。

 私の呼びかけにすら答えぬ魔物は皆、一心不乱に王都へと向かっている――。

 それは間違いないだろう。


 魔力情報を読み取ると見えてくるのだが――この学園は、魔物がリポップする場所と王都とのちょうど中間に位置する拠点都市。

 避けては通れぬ道なのだ。

 おそらく、この地は王都防衛の設備としての役割もあるのだろう。


 王都に向かうならば必ずこの地を陥落させる必要がある。

 だからこそ、魔物達はダンジョンに異変を起こし強力な守護者である聖女マイルを遠ざけ、一気に勝負を仕掛けてきたのだろうが。

 ……。

 ぜーんぶ、私が台無しにしてしまった訳である。


 まあこれもマイル君が私をブリ照りで召喚した結果なのだ。

 聖女としての力が、未来の危機を察知し――今日この日のために私を呼び寄せたという可能性もあるが――。

 私はマイル君との出会いを思い出していた。

 彼女は、自分を滅ぼして欲しいと願っていたが……。


 そこにも何か意味や理由があったのだろうか。

 ……。

 ともあれ。


 この襲撃が終わった後の話、私が次に向かうべき場所は王都か、それともリポップ地点か。

 その二つから選択することになる。


 問題は先ほどのマダム教師サンディ先生が心に抱いていた、この世界の秘密。


 既に主神たるこの世界の柱。

 大いなる導きが滅んでいるという情報だ。

 この世界の人間にとっては信じがたい事実なのだろうが――。

 真実の可能性は極めて高い。


 世界の崩壊を観測した私の未来視。

 何故滅びるのか明確な理由が分からなかったのだが……主神の消失がそのいんならば――理由としては納得もできる。


 神による加護の喪失。

 それは滅びの始まり――主神に頼るシステムを使っている世界にとっては致命的なのだ。


 聖女マイルくんと臨時教員のハザマくんが知らされていなかった事からすると、主神消失はトップシークレット扱いとみるべきか。


 実際、一般層にまでその情報が伝わってしまったとしたら――。

 世界は絶望に包まれる。

 希望は消え、皆が生きる気力を失ってしまうだろう。


 士気が失われるなんてもんじゃないほどの、混乱が起きるだろう。


 臨時職員に伝えないのは、単純に階級不足。

 情報漏洩や混乱の恐れがあるからという理由になるのだろうが。

 たぶん……。

 マイル君に伝えていなかった理由は、いつか懸念を抱いた私と同じだろう。


 絶対、あの娘――悪気なく情報を漏洩させてしまうからね。


 ついついジト目をしてしまう。

 彼女の強力な魔力波動は健在。近いうちにダンジョン遠征から無事に帰還するのだろうが。

 さすがに能天気な彼女でも、この襲撃には心を痛めるだろう。


 どれほどの規模の魔物が進軍してきているかは知らないが、きっと死者は出ている。

 私の知らない場所、知らない瞬間に蹂躙されている命があるはずなのだ。


 この世界には濃厚な死の香りが漂い過ぎている。


 まだ若い学生たちも何人か死ぬのかもしれないが――。

 んー……。

 けれどだ。

 学園の防衛は依頼内容とは関係ないし。


 無視しても問題ないと言えばないのだが。

 ……。

 正直な心を言えば、相手が脆弱なる人間とはいえ――まだ若い学生が散ってしまうのは、あまりいい気分ではない。

 かといって魔物側の事情、なぜ王都へ向かっているのかも分からないわけだし。


 色々と考えてしまうのである。

 こんな時、魔王様ならどうしたのだろうか。


 人間に叡智を与え、魔術を与え――楽園から追放された心優しき御方。

 時代は過ぎ。

 今度は叡智を手にし驕り高ぶった人間。彼等に迫害されていた魔物を守るべく――魔族として立ち上がり、守護して魔を統べる者となった魔王様。


 脆弱なる私に手を差し伸べ、魔族としてくれた魔王様。


 世界と運命に翻弄されていた呪われし魂、勇者。

 魔の敵である憐れな者にさえ手を差し伸べ、救い、解放するために力を使い――お眠りになられている偉大なる御方。

 全てはあの方の御心のままに。

 私は肉球を歩め続ける――。


 けれど。

 時折思う事がある――。


 あの方は、優し過ぎるのだ、と。


 私は――。

 私はどうなのだろうか?


 ふと、臨時教師ハザマ君の詠唱の声がした。

 力持つ神としての私に呼びかける言葉。


 怠惰なりしも慈悲深き者。

 と。

 少なくとも、私の力を魔術として使う人間達からは、慈悲深い者として認識されているのは確かか。


 ……。

 いや、まあ怠惰と思われているのも確かなわけだが。


 んーむ、と悩み図書館の机の上でドテリと座り腕を組む私。

 かわいいね?

 いやあ、悩む姿すらも可愛いんだから、猫って本当に素晴らしい種族だよね~♪


 糖分補充が重要だろうと、クッキーに手を伸ばす――その瞬間。

 ブワ――!

 モフ毛が、気配に反応し逆立っていた。


 遅れて気配がやってきて。

 グイギギギギギギィィィィン――!

 学園の結界が、悲鳴を上げるように揺れ動いていた。


 私の仕業ではない。

 つまり。


『これは――どうやらやっと本丸のご登場といったところかな』


 耳をピョンと立てる学者影猫達。

 動揺する彼等に伝えるように、私は声に出していた。


 なにか、強力な存在が学園に侵入し始めていたのだ。

 その強さは――先ほどのノーフェイス・エンジェルとは比べ物にならない程に大きな魔。

 間違いなく今回の襲撃のボスだ。


 私はニヒィと口角をつり上げる。


 強力な存在であれば会話が可能かもしれない。

 ようするに、今度こそ無視をされない!

 もしもーし! と言っても、シーンで終わってしまう事はない!


 いやあ、私ネコだからさあ。

 こっちから用があるのに無視されるのって、かなーりムカムカなんだよね。


 そう、つまり。

 にゃふふふ。

 にゃふふふふふふふふ!


『散々無視をしてくれたこのイライラをぶつけて! 我が縄張りに侵入してきたその罪を償わせ! 無視してくれちゃった無礼を問い質してくれるのじゃ!』


 カカっ!

 と、紅き瞳を輝かせ私は出陣!


 ハザマ君に連絡を入れ、転移を開始した!



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