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魔導契約 ~死の淵を掴むモノ~前編



 大魔帝ケトスこと私を召喚した聖女マイル。

 これは太陽のように明るく慌ただしい彼女が出勤した、その後の――ネコと女との密談だった。


 時刻は既に午後。

 室内を照らす西日が、猫魔獣である私のモフ毛を温かく包んでいる。


 太陽はぬくぬく。

 穏やかな日差しの下、もっふもっふに膨らむ獣毛。

 お日様を浴びた高級毛布のような、ネコちゃんの良き香りが漂っている筈だ。


 もしこの場に魔王様がいたのなら。

 ボフゥ!

 と、私のモフ毛に顔を当てて微笑んでいたのだろうが――あの方はまだ眠りの中。


 私は少しだけ、寂しくなっていた。

 心を紛らわすグルメも仲間も、出会いも沢山あった。

 けれど、魔王様じゃない。

 闇の中で沈む私の心を照らしてくださるのは、唯一あの方のみ。


 我が偉大なる君。

 おそらく私は今でも、あの方のためならなんだってしてしまうのだろうと思う。

 たとえ、世界がどうなってしまったとしても……。


 にゃーんて、にゃっふふふふ。

 センチメンタルダークにゃんこである!


 ともあれ。


 召喚主を見送った私はそのまま受付に残り、鑑定士のハザマさんの前でチョコンとネコ座り。

 彼女の説明に耳を傾ける。

 この世界の情勢を軽くであるが、教えて貰っていたのである。


 今のこの世界を一言で表すなら――悲惨、だろうか。

 日夜どこかで戦闘が起こり、魔物にも人にも犠牲者が出ているようである。


 既に気配で察していたが――。

 やはりこの世界は憎悪で溢れている。

 人間と魔物との大規模な戦闘状態が継続しているらしいのだ。


 この学び舎も、そのための訓練所――といった所か。


 もっとも、人間側の被害は軍人や正規軍ばかり。

 金や食料といった対価を受けとり、仕事として組織に所属する人間の犠牲は――正直、自己責任だと私は判断している。

 つまり。

 守るべき義務を感じる民間人達ではないのだ。


 まあそれが強制されたモノなら話は別なのだが……そういうわけでもないらしいし。


 かといって――魔王様の配下ではない魔物に慈悲を掛ける必要もない。


 一応接触を図ろうと魔術メッセージを送ってみたのだが――。

 反応はなし。

 どうやらこちらの世界の魔物は、基本的に本能に従うのみで知性もなし。王都を目指し、ただ昆虫の群れのように進撃するモンスターばかりで、これがまた難あり。

 交渉以前の問題として、会話になりそうもないのだ。


 王都に一体何があるのかは知らないが――魔物を引き寄せるナニかがあるというのだろうか。


 まあ、ハザマさんは下っ端のあたしに与えられている情報なんて少ないよ――とあらかじめ説明してくれた。

 彼女が知らないだけで、この学園の誰かなら知っているという可能性もあるが。

 深く関わるべきかどうかも微妙な所なのである。


 話を戻すと、魔物と同様に――こちら側の人間に対して慈悲を掛ける必要もない。


 つまりは、まあ――この世界のゴタゴタに介入する必要は皆無。

 今回の私は、まったくもって無関係の異邦人と言えるだろう。


 だからこそ不謹慎とも思われそうな能天気さで私は、猫口をうにゃん。


『にゃるほどね~。マイルくんののほほん具合からは想像できなかったけど――こっちの世界は結構、切羽詰まってるんだね』


 非情とは思うものの、他人事だからこそ落ち着いているニャンコな私を見て。

 責めるわけでもなく、鑑定士で臨時教師と自己紹介をしてくれたハザマ君は言う。


「おや、魔族っていうとどちらかといえば魔物に近い存在なんだろう? くははははは! 愚かなる人間どもを滅ぼす闇の魔物どもよ、我は汝らに協力してやろう! とか、そういう風にはならないのかい?」


 なかなかどうして、人の声真似がうまいでやんの。

 言葉を受けて、聞き流す形で私は言う。


『もはや種の存続をかけた戦争。終末戦争ともいえる大規模な戦闘状態の原因がどちらにあるか、私には分からないしね』


 それにだ。

 と、一服お茶を啜って続ける。


『一概に魔物といっても種類や分類も複雑なのさ。私が仲間と認識するのは、私の世界の魔王様の眷属として生きる種族のみ。こちらの世界の魔王だか覇王だか、どんな魔が統率しているかは知らないけれど、そいつの眷属の魔物なんて所詮は赤の他人だということさ』

「ふーん、そういうもんかねえ」


 タバコの煙を室内に流しながら、ハザマさんは気のない相槌を打つ。


『じゃあ逆に聞くけど。君達人間は森や山に棲む猿に仲間意識を持ったりするかい?』


 問われた彼女は、眉を顰め。

 薄らと酔った頬でケラケラと笑いながら言う。


「おいおい、勘弁しておくれよ――猫のあんたにはサルとヒト族が同じ種に見えるって言うのかい? そりゃ愛嬌がある動物だとは思うけどさ、仲間意識なんて持つにはちょっとおサルさんは可愛すぎるね。人間なんてもんはもっと汚い生き物さ、比べられる猿が可哀そうってもんだよ」


 それなりに人間に対して思う感情もあるのだろう。

 彼女は少し疲れたように、口に銜えたタバコを遊ばせながら額の古傷をほんのり紅く光らせる。

 その古傷は――魔力と感情に反応しているようであるが。


「けれど。なんで猿なんだい? エルフやドワーフたちを例にするならまだ理解できるんだが――どういう発想だい」


 ふむ。

 進化論のような学問は発展していないと考えるべきか。

 その辺の学説を語るのはさすがに話が逸れるので――話題を変えるようにお酒のおつまみの饅頭をパクリ。


『まあ、私はグルメさえ回収できればなんだっていいんだけど――っと』


 ぽかぽか太陽が当たる位置に玉座を移動させ。クッションの上に紅蓮のマントを敷いて、その上で肉球あんよを伸ばしてウニュ~!

 出されたお茶を啜って。

 濃厚な甘々アンコが残っていた喉を潤し――ズズズズ。


 ぷふぁ~!


『梅こぶ茶かぁ、こういうのもありだよね~』


 ちょこんと浮かんだ梅のチップを眺め、ほんわかモフ毛を膨らませる私。

 ほのぼのと寛ぐ私を見て、ハザマさんは呆れたように酒を傾け呟いた。


「で、あんたはここに居ていいのかい? 一応、聖女様に召喚されたんだろう? 召喚獣っていうのは主と一定距離以上を離れると消えてしまう――って話を聞いたことがあるんだがね」


 一般的な召喚理論である。魔導の基礎はこちらも似ているようだ。


 コロコロと表情を変えるハザマくんの、案外愛嬌のある顔はまあ嫌いじゃない。

 目つきが鋭い部分もあるが――ときおり大きくぱちくりして、その表情がまあ……ちょっと昔知り合った、思い出の中で眠る猫に似ているのだ。

 私の憎悪の根底にある、焦げたパン色の手をしたあの子に……。

 そんなセンチメンタルな部分を表には出さず。


 ちっちっちっと肉球とネコ手を振って、ドヤってやる。


『それは契約されて使役されている召喚獣の話だろう。私は召喚獣ではない。あくまでも聖女マイルの願い、そしてブリ照りが食べたいという私の純粋な願い。二つが重なった結果――繋がった異界の門をトテトテ歩いてきたわけで――厳密にいうと召喚されたわけじゃないのさ』

「するってーと、あんた……制御されてない異界のとんでもないヤツが来ちまってるって事じゃないか!?」


 勘弁しておくれよ……と呆れた様子でハザマさん。

 対する私はふふんと斜に構えて見せて言ってやる。


『こっちの世界にすればそうなるね。特に理由なく暴れるつもりはないけど――気に喰わないことがあったら自由気ままに行動するのであしからず』

「ったく、あのお嬢ちゃん。聖女様も……あいかわらず何かやらかすねえ……」


 もはやここで聞くことはない。

 後はここにある食料を貪り喰らい尽くすだけで、用事は完了なのだが――。


 んーむ、どうしたもんか。


 さて、なぜ私がここに留まっているのか。

 悩んでいるのか。

 それにはもちろん理由がある。


 実はちょっと迷っているのだ。


 この鑑定士で臨時職員で負傷兵のハザマさん。私のネコちゃん予知センサーによると……。

 なんつーか。

 うん。

 近いうちに死んじゃうんだよね。



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