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とある臨時職員の日誌 ~闇~【SIDE:鑑定士ハザマ】中編



【SIDE:鑑定士ハザマ】


 何の前触れもなく、客は突然現れた。

 臨時教員で負傷兵である彼女に気を遣う人は少なく、ノックもなしの来訪はいつもの事で気にすることも無いのだが――。


 今回ばかりは多少、事情が違った。


 転移魔法陣で受付に顕現した相手を見て――銜えたタバコを落としかけたハザマ女史は、うわぁ……と頭を抱えてしまう。

 今一番会いたくない人物が、にっこにこな笑顔で待ち構えていたからである。


 聖女教師、シュー=マイル。

 大きなメガネと能天気な頭脳と、そしてなにより豊満な胸がイラっとさせる正規職員の女。

 一見すると明るい天然の乙女。

 礼拝堂でピュアな祈りを捧げる姿の似合う、乙女だ――けれど鑑定能力のあるハザマにとっては……少し苦手な相手だった。


 強さの底が見えないのだ。


「あのー! 聞こえていませんかー! また爆睡してますでしょうかー! わたくしー! 三十分以内に登録しないと、サンディ先生にまたお説教されてしまうので、困るのですけれど―!」


 能天気ボイスの追撃が、酔いの残る頭を襲う。

 女傭兵を彷彿とさせるハザマ女史は薄い胸をポリポリ掻いて、タバコを亜空間に収納。

 いやいやを隠さず、げんなりと言う。


「どうしたんですか、聖女教師様。こんな朝っぱら……ってほどの時間でもないか。とにかく、そんな大声出さなくても聞こえますから」

「あら? ごめんなさい! 今日もいつものように酔いつぶれて、気持ちよさそうに涎を垂らして寝ていると思っておりましたので……本当にすみません」


 さりげなく、イラっとさせる失言が多いのもこの聖女様の特徴だ。

 それはもう知っている。

 ふわふわっとした空気から繰り出される悪意のない一言が、心にきつくえぐり刺さるのである。


 おそらく信託や予知に近い能力で相手の状態を察し、それを天然な彼女は口にしてしまうのだろう。

 他者のパーソナリティや能力を把握することに長けたハザマにはそれが理解できていた。

 理解できてはいるのだが……やはりイラっとしてしまう。

 ともあれ。

 ハザマ女史はぐっと我慢をし――制服でもある長い白衣を纏って淡々と告げる。


「それで、どのようなご用件で? 聖女様のご用件は最優先事項にするようにと、上から言われていますから。優先しますよ」

「あら、そうなのですね――わたくしったら、有名人!」


 ムフフと嬉しそうに微笑む聖女マイルの妙なハイテンションに、ハザマ女史は頭を悩ませる。

 自慢の観察眼で聖女様を眺め、そして理解した。

 いつも一人の筈の彼女に今日は連れがいるのである。


 魔力で強化された聖女マイルの腕の中に、何かがいた。

 黒くてふわふわの魔獣。

 太々しい顔をした黒い猫魔獣である。


「へー、猫魔獣ですね。最近は数も減っているのに、珍しいですね。あたしの家でも国がこんな状態になる前には飼っていたんですよねえ」


 猫が嫌いではないハザマは少しだけ表情を崩してしまう。

 目が合った。


『るるるにゃーん♪』

「あら、そっちに行きたいのかしら」


 黒猫は聖女の腕の中から抜け出すと、とてとてとて。

 大きな体なのに身軽にジャンプし、机の上に置かれている酒のおつまみの焼魚を眺めて、じぃぃぃぃぃぃぃ。

 こてりと転がり喉を鳴らしながら、催促するようにお皿のふちを肉球でペチペチペチ。


 よーこーせ!

 よーこーせ!

 わーれにー、よーこーせ!


『るるるにゃーん! うななななにゃーん!』

「なんだいこの子、あたしのツマミを狙ってるのかい。戦場の猟犬なんて恥ずかしい名前で畏れられたあたしに、良い度胸だねえ。まあ、いいさ。ほら、可愛い子だから特別だ。分けてやるよ」


 黒猫はまるで言葉が分かっているかのように目を輝かせ、ぶにゃ~ん♪

 ハフハフハフとまだ温かい焼魚の柔い身を齧って、モフモフな毛をぶるりと震わせる。

 口に合ったのだろう。

 黒猫はハフハフハフと食べ続け――。


 ――あれ? 何かネコちゃんのお皿と魚の量が増えているような気が……。まさか伝説の分裂魔術と巨大化魔術じゃあるまいし……かんぜんに飲み過ぎたわ、これ。


 黒猫を眺める彼女の瞳は、とても穏やかだった。

 斜めに走る顔の古傷さえも忘れて、しばらく眺めるが――時間がないと言っていたと思い出し職務に戻る。


 必要な鑑定魔道具と書類を探りながら、ハザマ女史もネコの癒しオーラに口調を緩め言う。


「聖女様の用事は、この子の登録ってわけですか」

「ええ、昨夜ブリの照り焼きを供物に異世界召喚したんですのよ。わたくしの大切なお友達ですわ」

「ブリノテ・リヤキ? 聞いたことのない魔道具ですね」

「あらー? ブリをご存じないのですか? ふふふ、なら今度一緒に食べましょうね。わたくし、得意料理になったんですよ!」


 ……。

 ハザマの手が止まる。


「あーブリの照り焼きのことですか。……なんでまた、異世界召喚にそんなものを?」

「夕食に作ったのですけれど、作り過ぎちゃったので」


 動かぬ方の手でバインダーに挟んだ書類を掴み、魔術ペンを空に浮かべて考える。

 まあ、この聖女様が今さら何をやらかしても驚く必要もないか、と。


「こっちも仕事ですからなんだってかまわないんですけど、えーと、この可愛い子の名前は」

「大魔帝ケトスちゃんですわ」

「大魔帝、ケトス……っと――大魔帝? なんか異世界の魔王みたいな肩書ですね」


 魔王という言葉に反応したのか、黒猫はぶにゃーん!

 魔王様と並べて貰えるのは嬉しいが、さすがに畏れ多いから困るのニャ!

 と、幻聴がハザマの頭を襲う。


 やはり飲み過ぎねとさすがに反省しながら、彼女は手を翳す。


「じゃあ鑑定しますから。ケトスちゃん、食べてる所を悪いけど――ちょっと能力情報を見せて貰うよっと」


 安価な魔道具で鑑定を発動できる、それがハザマ女史の特技でもあった。

 まだ戦えていた時代には、一度に相手の首を三体刎ねられるクリティカルヒットが得意だったのだが――。


 ――いまのあたしに残されているのは、こんな後方支援用スキルだけ。まあ、使える技能が残されているだけ恵まれているか。


 内心でぼやきながらも。備品を弄り鑑定魔術を発動させる。

 黄色い輝きと魔力波動が、ホタルの光のように周囲に広がっていく。

 鑑定は無事終了。


「えーと、猫魔獣。レベルは……二。標準的なダンジョン猫ですね。食欲旺盛、顔は……かわいいっと」


 サラサラサラと書類に情報転写していくハザマ女史に、なぜか黒猫は、ジト目をし。

 ――ま、こうなるよね。分かってたけど……みたいな反応をして、綿あめのように膨らんだ尻尾をびたーんびたーんと振り始める。


「特技は、相手に固定ダメージを与えるネコパンチに……ニャンズアイ。ニャンズアイ? 聞きなれないスキルですね。聖女様、なにか御存知で?」

「相手が猫好きかどうか判定するスキルらしいですわ」


 変なスキルだと笑いかけて、ふとハザマ女史の脳裏に違和感が過った。


 貌の傷跡が、疼くのだ。

 それは長年最前線に立っていた彼女が除隊する時に手に入れた、唯一の特技。

 直感。

 危険を感知すると、逃げろ、下がれと古傷が反応するようになっていたのである。


「ハザマ先生? どうかなさったのですか?」

「いえ――」


 聖女に問われ、彼女は静かに長い脚で歩き――位置を変えた。

 いつでもマイルを守れるように、陣取ったのだ。


 ――何かが、おかしい。この子……敵が送り込んできたスパイ?


 鑑定結果は誤っていない。

 けれど、なぜか違和感が残り続けている。


 そして、彼女は違和感の正体を発見した。

 それは一つの黒点。

 鑑定魔道具の奥、スキルの端っこに黒いシミが浮かんでいたのだ。


 本来ならそのまま書類に転写するだけなのだが――。


 ふと、彼女はもう一度鑑定スキルを使用して――。

 それを見てしまった。


 闇。


 ざざざ、ざざぁああぁああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!


 ナニカが、闇の底から唸り声を上げている。

 ――ほぅ、人間如きが我を見たか?

 と、誰かがニャハリと嗤っていた。



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