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異世界召喚 ~勇ましき者、その名は照り焼き~



 魔法陣を抜けるとそこは異世界でした。

 ……。

 いやいやいやいや、いきなり何を言っているんだ?


 すてきなニャンコ魔族、大魔帝ケトス。

 魔王軍最高幹部という激務の末、過労に倒れ――ついに狂乱したか!

 そんな風に誤解されても困るのだが、ともあれ私は魔法陣の上に顕現していた。


 本当に異世界転移してたんだから、仕方がないじゃニャいか。


 場所は――分からない。

 つい先ほどまで、温かいコタツの中で私はモフ毛を膨らませていた筈。

 魔竜騒動も片付き穏やかな日々と平和を満喫。大量なグルメをお土産に帰還し、魔王城にいたのだが。


 ちょっと前までのできごとを、ちゃんと思い出してみる。

 たしか、んにゃんにゃと眠くなっていた頃に……どこからともなく呼ばれたような気がして。


 あれは――溜めたハンコ待ち書類を散らかしたコタツの中。

 ミカンを剥いて、柑橘系の香りに鼻をスンスン。長いネコ足をオコタツ様でうにょーんと伸ばし、ぷにっとした肉球をうにゅにゅーっとさせて足の指の間を、こたつ布団で掻いて。

 剥いたミカンを咀嚼。

 もう今年が終わっちゃいますよ! はーやーくー、サボってないでハンコを押してください! と、お説教モードのジャハル君の声にモフ耳を傾けて、ぶにゃーんと寛いでいる。

 そんな、激務の最中になにやら呼ばれて――。


 そうそう! ようするに書類仕事が嫌で逃げてきたんだった!

 いやあ、異世界召喚されちゃったんだから、書類にハンコを押せなくても仕方ないよね~♪


 さて――私は少しシリアスに顔を切り替えて、お手々についた蜜柑の汁を魔力で拭い。

 周囲を観察。

 いつもの魔王城とは別の空間である。

 周囲に漂う魔力の質も違う。


 おそらく、やはりここは――異世界。

 召喚されたとみるべきか。


 様子を注視するべく、私は周囲の時の流れを一時的にストップさせる。

 時の制御など並の存在ではできないのだが――私、並の存在じゃないしね。ハッキリとした自慢になってしまって申し訳ないが、私、ほんとうに最強クラスのニャンコ魔族なのだ。


 世界が異なると魔力も魔術系統も異なる場合が多いのだが、私の力が失われている様子はない。


 肉球の先はピンピンしているし、猫の魔眼も使用できる。

 モフ耳だって魔力に反応しぶわっと膨らんでるし。

 この世界にも私の力の源が、じゅうぶんに漂っているという事だろう。


 ま、ようするに憎悪がそれなりに溢れている世界だということだ。

 生き物が二つ以上いれば少なからずの憎しみの感情は発生する。たとえ仲が良くても、トイレに入ろうとしたときに先に入られていたら、ほんのちょっとはイラっとするだろう。

 そのイラこそが私の力になるのだから、まあたいてい、どこの世界に行っても私の力が衰える事はないんだけどね。


 ともあれ!


 足元で魔力を放つ魔法陣からは、神聖なエネルギーを感じる。

 どこかの神殿のようなのだが……はて。


 この私を召喚するとは――。

 よほど上等な贄と魔力を用いたのだろう。

 浮かぶ魔力の煙が晴れると見えてくるのは――。


 ブリの照り焼きである。


 ……。

 あれ? いや、美味しそうだけど……。


『えーと、勘違いかな? まさかまさか、これでも私は本物の大魔族。いくらコタツの中で、美味しいお魚の煮物が食べたいにゃ~とか思っていたとしても、まさか鰤で召喚されるはずないよね』


 まさかまさかと繰り返し、くはははははは!

 きっと勘違いだろうと、私は静かに瞳を閉じる。

 ここまで悟り。

 賢者のように、もういちど深ぁぁぁぁぁっく、ゆっくりと瞳を閉じる私は、確信した。


 あ、これ夢じゃん♪

 と。

 きっと魔王城のコタツでうたた寝してしまったせいで見る、白昼夢。


 もう一度、目を開けた時には――。

 もう、仕方ないっすねえ。書類はこっちでなんとかしますから。ケトス様はどうかお腹いっぱいグルメを食べて休んでいてくださいね♪

 ――と、優しい顔をした炎帝ジャハル君がいる筈。


 おそるおそる、瞳を開いた先に見えるのは――表面が汁でコーティングされた、脂の乗った。

 ぷっりぷりのブリ照り様。


 夢じゃないでやんの。


 あー、これ。

 私がお魚を食べたいと思った瞬間の魔力。そして、異世界の誰かが生贄をケチり、召喚道具に夕食で作り過ぎたブリ照りさんを使った事で起こった偶然。

 ようするに。

 本当に奇跡的な確率で、ほとんど天文学的な数値を乗り越えた果てに――最強クラスな私の召喚に成功してしまったのだろう。


 そうかそうか。

 私、ブリ照りで召喚されちゃうような大魔族だったのか……。


 ははははは!

 はは……。

 は……。


『しまったぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁ! ブリ照りに釣られて召喚されただなんて知られたら、ロックウェル卿とホワイトハウルにめちゃくそ笑われるニャァァァァ!』


 叫んだ拍子に、時間停止魔術が解除されてしまった。


 肉球がプニっとかがやく四肢をバタバタさせるニャンコ。

 魔法陣の上でモフモフな顔を抱え慟哭を上げる私の前で、一人の女性聖職者がオズオズと手を伸ばす。


「え、ええぇぇぇっぇえええええええぇぇっぇぇ!? な――なんでネコちゃんが召喚されてしまったのですか? ど、どうしましょう……わたくし、ネコちゃんを召喚するつもりなんてありませんのに……」


 がくりと床に手をつき。

 ぅぅぅっと唇を噛みながら彼女は続ける。


「どうしましょう、どうしましょう。わたくし、また怒られてしまいますわ……っ、また誤魔化すために大臣様の記憶を操作して、予算をちょろまかさないといけないなんて……はぁ……駄目ですわね、わたくしったら聖女失格ですのね……っ」


 なんか頼りなさそうな女性なのだが――彼女が私を召喚した魔術師なのだろう。


 おっとりとした声と、少し大きめなメガネ――そして、なにより目に付くのはその聖なる魔力!

 ではなく。

 聖職者の清楚な服装にはちょっと不釣り合いな、ボタンが弾けそうな程に大きなバスト。

 職業は――聖女か。


 なんか、聖職者の清楚な服にボフンとした大きな胸が実っていると、妙にエッチなのだと部下が昔語っていたが――この人も、そういうタイプになるのかニャ?


 紳士なら目のやり場に困るのだろうが、私……ネコだしね。


 せっかく召喚されてやったのだ、どうせ帰ろうと思えばすぐに帰れるし。

 ジャハル君に事情を異世界通信。

 ブリの照り焼きを丸のみにした私はゲプリ。

 甘醤油の息を吐き、モフモフな頬を膨らませたニヤリ顔をみせてやる。


『くくく、くははははははは! よくぞ我を召喚した人間の小娘よ! 我が名はケトス、大魔帝ケトス! 汝の望みを告げるがいい。と、その前にしばし待つが良い人間よ!』


 魔王様風に告げながら――私の視線は、まだお鍋に残されているお魚さんに向く。

 トテトテトテ。

 鍋にネコ手を掛け、後ろ足を伸ばして、てい! てい!

 クチクチクチとブリ照りを味わいながら、ごっきゅん♪


『あー、おいちい。ふふふ、ふははははは! 待たせたな人間よ! 我の召喚に成功した、類まれなる奇跡を引き寄せたその幸運に応えてやろう! さあ、願いを言うがいい! 人類の殲滅か? 世界征服か、それとも比類なき魔力を求めるか! さあ、我を召喚せし、その故を話すが良い!』


 デデーン!

 超格好よく宣言してやったのだ!


 のだが。

 視力が悪いのだろう――度の合わない大きなメガネをそっと上げて、上目遣いに聖女は言う。


「大魔帝ケトスちゃん? なんだか難しいお名前なのね? でも、ふふふ。ごめんなさい――間違えて召喚しちゃったみたいなので、すぐに送り返して差し上げますわ」

『いやいや、せっかく来たんだし――すぐに帰るだなんてとんでもニャい。こっちのグルメを味わって、お土産も勝手に貰って帰るからお構いなく。えーと、それで君は?』


 聖女は、まあいけない! と口元を抑え。

 ちょっと天然さんな。

 優等生を彷彿とさせるおだやかな声で、聖職者の服の裾をそっと摘まんで上げて見せる。


「ふふ、本当にごめんなさいね。素敵な名乗り上げをしていただいたのに、こちらの自己紹介がまだでしたわね」


 毒気を感じさせない美貌をにこりとさせて、彼女は言う。


「わたくし聖首都ガンドにて聖女をさせていただいております、シュー=マイルでございます。皆からはシューではなく、マイルの方で呼ばれておりますの。よかったらそちらで呼んでくださいね? 此度は本当に申し訳ありません。わたくし勇者様をお呼びするつもりだったのですけれど――まさか、ネコちゃんがでてくるなんて」

『あー、そりゃ召喚ミスだね』


 私はぶにゃはははははと猫笑いし。

 マイルさんは、うふふふふと口元に手を当て、にこやかに微笑む。


 どうやら悪い人間ではないらしい。

 どうせ即帰還したら書類整理。

 私は現実逃避をするべく、召喚されたランプの精のごとく振舞ってみせる。


『それで、勇者を呼んで何をするつもりだったんだい? いいよ、どうせ退屈だし――私に叶えられる願いなら、一つだけ叶えてあげるさ。まあ、世界を守ってくれとか、悪い魔竜を駆逐してくれとか、そういうパターンだとは思うけど。せっかくだ、言ってごらんよ』


 告げて私は鍋の中のブリ照りを複製してみせ、ご飯も召喚してムチュムチュムチュ。


「え――……? うそ……、複製の魔術式に、無から有を生み出した……? それにこのおびただしい膨大な魔力……っ。並のネコちゃんではないのですね……ケトスちゃん、モフモフで愛らしいあなたはいったい……何者なのですか?」


 眉をひそめ、白く細い指をきゅっと握って彼女は言う。

 対する私は、へぇ……と少し感心していた。


 この私が今みせた奇跡。

 それが魔術の精度も、練度も、規格外。

 並以上の存在にある者とて、届かぬ果てにある領域だと――感じ取れたのだろう。


 ということは。

 まあ私の力を察するレベルには到達している存在だという事だ。

 意外に少ないんだよね、そこまで達成してる人って――大抵の輩は、私をレベル一桁の猫魔獣だって勘違いするし。


 何の意味もない、いつもの演出。

 黒いモヤモヤを背後に顕現させながら、私は瞳を細める。


『言っただろう、大魔帝ケトスだと。これでも私は自分の世界ではそれなりに有名でね、おそらく世界で二番目ぐらいに強い存在さ』

「二番目? それほどまでの奇跡を使用できるネコちゃんより、強いネコちゃんがいるというのですか!?」


 なんか、いつのまにかネコちゃん限定になってるし。

 このひともちょっと変な人っぽい?


『いや……ネコちゃんじゃなくて、魔王様なんだけどね……。ともあれ、そんな私を召喚したんだ、君には願いを言う権利がある。まあ叶えてあげるかどうかは、私の気分次第だが。言うだけ言ってごらんよ。どうせ私は異邦人。どれほど言いにくい願いとて、部外者なんだから気にしなくてもいいさ』


 ブリもおいしいし、とご飯をモグモグしながら私はモフ毛を輝かせる。

 おいしい料理を作れる人物に、根の悪い者はいない。

 少なくとも私はそう思っていた。


 もう黒いモヤモヤは要らないかな?

 亜空間に収納して、と。

 ついでにクッションも召喚して――おー、ぬくいぬくい!


 気を許して、ぶにゃーんと寛ぎ始めた私を見て、マイルさんはくすりと聖女の笑みを浮かべる。


「うふふ、ありがとうございます。けれど、きっと無理ですわね。わたくし、今の世界をどうにかしていただくため、適性のある勇者様をお呼びするつもりだったのですから」


 屈託のない笑みを浮かべたまま。

 けれど、曇る窓の外を見て――聖女は静かな口調で私のモフ耳を揺らす。


「わたくし――勇者様にお願いして、滅ばずの巫女と呼ばれしわたくしを滅ぼして欲しかったのです――」


 と。


 ……。

 こりゃ、また勇者に頼むには変わった願いである。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王軍最高幹部の激務っつってもほぼさぼっていると噂であります。 どっちかというとサバスくんにジャハルくんの方が倒れちゃうんじゃないかと心配であります。 そういえば今日は大晦日。 大晦日もしっ…
2023/12/31 15:42 退会済み
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