少女と勇者と黄金魔竜の目的と 【SIDE:メイド騎士マーガレット】
冒険者ギルドに所属するメイド騎士マーガレット。
悪魔帝国に伝わる魔槍を所持する彼女がこの依頼を受けたのは、正義に燃える心!
ではなく。
ただ単に、莫大な報酬のオマケで貰える骨董品のティーカップセットが気に入ったからという、とても少女らしい理由であった。
マーガレットは歳の頃なら十七、八。
とある大魔帝と冒険した一年前より背も胸もちょっぴりと成長した、後ろお下げの三つ編みがチャームポイントの女性冒険者だった。
職業は支援使用人職に含まれるメイドと、戦闘職である槍騎士の複合クラス――メイド騎士。
ギルド階級は既に最上位。
そう。
彼女はいわゆる魔術の壁と言われる五重の魔法陣の限界を超えた、超越者であったのだ。
黒き稲妻と呼ばれる謎の獣人紳士と、類まれなる槍使いである彼女の存在を知らない冒険者はいないだろう。
もっとも稲妻と呼ばれる紳士も今は旅の空、彼女とは別行動をしているのだが。
さて、そんなマーガレットが受けた依頼は二つ――古代遺跡の調査。
そして。
その地に棲み着いた脅威。
突如として、放棄されていた古代遺跡に顕現した――討伐難度最高ランクの黄金魔竜の完全駆逐である。
なにやら魔竜にとっての重要な存在が消滅したらしく、彼らの動きは活発となっていた。
この地域でも例に漏れず――件の黄金竜が遺跡を占拠、人間達に宣戦布告をし民間人を襲い始めているのだというのだ。
遺跡の奥。
魔竜に支配された地にてマーガレットが敵対するのは、人の心に潜むとされるドラゴン族。
彼女もとある事件で魔竜とは因縁があり、退治することへの躊躇はない。
「うっひゃー、まーじで黄金魔竜がいるじゃないっすか。人を襲って金品や魔道具を奪ってるみたいですし。こりゃ、近隣の街も困るわけっすよ」
うわぁ……と息を吐く彼女の目線の先に居るのは、通常魔竜よりも二回りは巨大な、黄金の鱗持つドラゴン。
本来なら国お抱えの騎士団、全員が丸三日をかけてようやくダメージを与えられるほどの強敵で――アンティークで稀少とはいえ報酬がティーカップセットでは、到底釣り合わない依頼なのだが。
ギルドで依頼書を見つけた彼女は、金の方には目もくれず即座に飛びついていた。
このカップで午後の優雅なひと時! ケトスさまをお呼びして、イチゴのショートケーキでお茶なんてしたら喜んでくれるんじゃないっすかねえ!
と、魔竜の隠れ家となっていた遺跡を一人で攻略!
ダンジョン領域のボスとなっていた、この黄金魔竜の間までやってきた、というわけなのだ。
樹々と石柱に囲まれた広大な土地。
ダンジョン最奥付近。
少女はふふんと不敵な笑みを浮かべ――詠唱を開始。
「怠惰なりしも慈悲深き者っと、ケトス様、力を借りるっすよ!」
「ケトスだと! あの忌まわしき大魔帝! 大いなる光の信徒を陥落させていた我等のボスを滅ぼすだけで飽き足らず、魔竜神さまを崇める教えを広めてくださった宣教師様すらも滅ぼした。憎き魔猫!」
マーガレットの詠唱に反応し、黄金魔竜が巨体を震わせ遺跡と共に山を揺らす。
大魔帝のことをよほど憎んでいるのだろう。
――ケトスさま、あたしの知らない所でまーたどっかで魔竜を狩ったんすねえ……あの人、ほんとうに魔竜と相性悪いんすかねえ。
少女と魔竜の戦闘が開始された。
◇
戦いは一時間ほどが過ぎていた。
戦況は圧倒的に少女が有利――単純に実力も、魔力量も、スキル練度もまだ若い少女の方が優れていた。
ただそれだけの理由である。
黄金魔竜が放ってくる七重の魔法陣を全て魔槍で弾き飛ばし、逆に魔力を吸収。
内に秘めた魔力波動に変換し。
少女はまるでとある大魔帝のような、ニヒヒヒヒな微笑を浮かべて地を駆ける。
「これで――終わりっすよ! ケトス様直伝! どっかの末裔が使っていたとかいう槍技応用、山茶花飛天衝!」
言って。
三つ編みを魔力波動で揺らした彼女は、天に飛び。
大回転させた槍で――神速の一閃!
ヒュシュッ! ヒュシュシュ、ヒュシュシューン――ッ!
三方向から飛び散った魔力槍撃が、黄金魔竜の身体をスポンジのように切り裂いていく。
「グググ、グワァアアァァァァァァァァァァ――! 負けて、負けてなるものか! ここには、扇動の力を持ち生まれた、あの御方の魂があるはず、あるはず、あるはずなのだぁぁぁぁぁ!」
「うわ、なんすかそれ! 魔竜って、どうもやられる時に悪事や行動を暴露する癖があるっすよねえ……それ、種族の習性なんすか? ま、なんだっていいんすけど、こっちの依頼主が住んでる街には、既にキミ達に襲われた被害者が出てるんで……命乞いをされたとしても容赦しないですし――ね!」
魔竜が地に這わせる魔法陣をことごとく打ち払い、更に一薙ぎ!
心臓深くに槍を突き刺し。
シュン――!
円月を描いた輝く槍が、黄金魔竜の血肉を抉って引き抜かれていた。
致命傷。
人間に敗れた衝撃に、魔竜はぐぬうぅぅぅっ。
呪いの吐息を漏らしながら瞳を輝かせる。
「くそくそくそがぁぁあああああぁぁぁぁぁ! 忌々しい魔猫の眷属の娘め! ええーい! あともう少しで宣教師様の魂を発見できたというモノを……っくそが! この恨み、忘れんぞ! 闇に潜み、人の心に潜み隠れ必ずや貴様の子孫に復讐を――」
「はいはい、復讐乙っすね。でも、悪いんすけど待ってやる義理も義務もないんで、とっととこのまま滅んじゃってくださいよ!」
回転させた槍でそのまま魂を切り刻み、少女は一瞬、表情をきつく尖らせる。
主君に仕えるメイドの顔で冷徹に告げた。
「あの方の敵なら、ここで完全駆逐するべきでしょうし――ね」
「ば……ばかな、人間如きが、影に消える竜族の魂を絶つだと……っ、メイド騎士、きさまはいったい……まさか!」
転生できぬほどの傷を魂に受け、そこでようやく黄金魔竜は気が付いたのだろう。
自分が相手にしていた小娘。
今、凍えるような冷徹な殺意を向け自分を睨む娘が、ただ大魔帝ケトスの眷属だから強力なのではない――と。
「きさまが、きさまこそが――宣教師様が探しておられた勇者のかけ……ら」
「あー、それ。たまに夢の中ででてくるこの力の元の持ち主、魔力の源っすね。困るんすよねえ、あたしとその人とは一切関係ない、ただ偶然、生まれてくるときに力の一部を引き継いだだけなんすけど――」
本当にウンザリとした様子でマーガレットは跳ねる三つ編みを指で撫で、はぁ……と息を吐く。
既に黄金魔竜はこと切れている。
けれど言わずにはいられなかった。
「最近、すんごい多いんすよねえ。どっかの炎熱火山地方の冒険者ギルドマスターさんとか、冥界神を名乗る変なお兄さんやらが突然やって来てっすよ? 勇者の生まれ変わりなのかって、しつこくしつこく、しつこーっく、聞いてくるんすもん」
嘆く少女はもはや動かぬ黄金魔竜の討伐体を亜空間にしまいながら、愚痴愚痴愚痴。
「だぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁ! あたしはあたしなんすよ! かつての勇者の力なんか知るかって感じなんすけど!?」
ぜぇぜぇと肩で息をするマーガレットは、ゴゴゴゴゴと怒りの魔力で遺跡を揺らす。
とりあえず魔竜は殲滅した。
なにやらここの遺跡を拠点に悪事を企んでいたようなのだが――その計画すらも判明されないまま完全駆逐。
アンティークなティーセットが欲しいという、たった一人の少女の力で事件は解決してしまったのである。
◇
マーガレットは魔竜の巣窟となっていた遺跡を、そのまま探索していた。
調査も依頼に含まれていた――それもある。
それもあるが――。
冒険者としての直感が働いていたのである。
――誰かが助けを求めている? んー……どこにも人の気配はないんすけどねえ……。
キョロキョロと周囲を見渡し、遺跡の仕掛けを魔力で無理やりに突破し探索。
その最奥に辿り着いた、その時だった。
少女の力はそれと再会した。
どうか救ってやって欲しい。
自らの魔力から、そんな奇怪な言葉を受けて――マーガレットは眉を顰める。
夢の中でたまにでてくる声からの依頼だ。
勇者かどうかは知らないが、誰かから力を受け継いだのは確かなのだろうと彼女自身も感じていたが――今は、それを深く考えることなく。
タッタッタッタッタ!
生命と魔力の反応を察知し、メイド騎士のスキルでもある看護スキルを発動させ駆ける。
瓦礫の下。
重なり合った遺跡の残骸の、空洞になっている場所に何かが動いていた。
さすがに少女も驚いて、思わず声を上げていた。
「え! マジっすか! こんなところでまだ小っちゃい猫魔獣が生き延びてたって、すごい強運すねえ! へえー、三日月みたいなおめめが可愛いかも」
それは銀色でモフモフでふかふかな……猫魔獣。
生後、二か月ちょっと――ぐらいだろうか。
生まれつき魔力が高く、強力な加護を擁した特殊個体なのだろう。その周囲に浮かぶのは、自動で発動する三つの加護。
幸運値を限界まで引き上げる魔力効果が、モフモフ魔獣を守るように回転しているのだ。
どうやら銀色魔猫は昼寝をしていたのだろう。
少女の声に気が付いて、くわぁぁぁぁぁっと大あくび。しぺしぺしぺと自らの手を舐めて、顔をふきふき毛繕い。
そして、マーガレットを見て……沈黙。
眉間を尖らせ。
うわぁ……、メイドで騎士って、変なの……と言いたげなネコ顔で、引き気味に後退りしていく。
んじゃ、そういうことで――と銀色魔猫はそそくさと後退。
「どこ行くんすか! こんなところで独りで生きていけるわけないでしょうが!」
この遺跡は既に幼きこの猫の棲み処となっていたのか、銀色魔猫はトコトコトコと細い道を歩いて逃げる。
後に続く少女は、狭い道を魔力で軽く薙ぎ払って追いかける。
銀色魔猫は振り向いて、にゃ~!
しっしっと肉球を見せてあっちに行けアピール。
強力な魔力を込めた、扇動の力も含まれた言霊による退去命令である。
本来なら、その猫の声だけで命あるものは操られてしまうのだが――しれっとレジストしたマーガレットは、まるで悪戯をたくらむ乙女の顔で、ニヒィ!
「ははーん、余計な事をするなって言いたいんすね。いや、ちゃんと分かるっすよぉ。なんかそういう風に眉間の皺にかいてあるっすからね。ふふふ、ふははははは! なんで分かるのかって? あたしだって、伊達にケトスさまと一緒に冒険してるわけじゃないっすからねえ。ネコちゃんが考えてることなんてお見通しなんすよ」
ビシっとどこかの魔猫のようなポーズを取るメイド騎士に、銀色魔猫はジト目を作る。
「ま、おとなしく助けられて貰うっすよ。あたしも昔こうして、ダンジョンの最奥で助けられたことがあるんすけど、いやあ、世界最強な御方に偶然発見されたから今もこうして生きてますけど、あの時は危なかったっすからねえ。大丈夫だと思っても無理はしない! これ、ダンジョンの基本すよ?」
語るその口は、乙女のようにふんわりと花色の笑みを作っている。
「だから、まあ。あの時の恩返しじゃないっすけど。ここであたしが猫魔獣を見捨てて帰っちゃったら、罰が下るっすから。ほら、諦めて救出されて貰うっすからね」
少女は手を伸ばし、銀色魔猫の身体を抱き寄せる。
既に銀色魔猫は結界を張っていたのだが、そんなものは破天荒なこの少女にはまったく通用しなかった。
「今あたしがキミを助けられるのも、あたしを助けてくれたあの方がいたからなんすから。将来、立派な猫魔獣になったなら――あの方に、あたしの大事な恩人に……お礼の一つでも言ってくださいっすよ?」
にゃー、と銀色の魔猫は不思議そうにマーガレットの顔を見る。
その頬が、まるで恋する乙女のように紅く染まっていたせいで、林檎にでも見えていたのだろうか。
「あははははは……そんな目で見ないで欲しいっすね。あたしだって、まあ年頃なんだし、あの人、獣人モードになると――その、あの……なんすかねえ、けっこういい男なんすよね。なーんて、はははは……あたし、子猫になにいってるんすかねえ……っと、転移魔法陣? 追加の敵っすかね」
少女は笑いながら、迫りくる魔竜の残党を薙ぎ払う。
おそらく、黄金魔竜が討伐されたことで援軍を送ってきているのだろう。
けれど――マーガレットは、大魔帝直伝の技や魔術でやはり、そのことごとくを殲滅する。
圧倒的だった。
まだ若い少女なのに、その力は一騎当千。
本物の英雄なのだと、まだ幼い子猫にもすぐにわかった。
銀色魔猫は少女の強さに唖然としながらも、ふーむと深く考え込む。
このちから、むかちどこかで、みたことがあるようにゃ……?
そんな。
仔猫のくせに、むつかしい顔をする銀色魔猫の表情を読んで――マーガレットは苦笑する。
「この力は内緒っすよ? なんか最近、変な勘違いをされて困ってるんすよねえ――たまにふらっとやってくるケトス様と冒険して、あの破天荒な御猫様と一緒に行動しているから強化されているだけだと思うんすけど……このあたしが勇者の力を引き継ぎし者って――案外、みんなセンスないっすよね」
ケトスさま? ゆうしゃ?
やっぱち、どこかできいたおぼえが……にゃんだっけ?
――と。
銀色魔猫は思い出せない記憶の奥を探っているのか。眉間にふかーい皺を刻んで、ウニャニャニャと腕を組んで考え込んでしまう。
呑気でマイペースな少女は悩む銀色魔猫に構わず、その頭をなでなでなで。
刻まれた皺を指の腹で伸ばして元通りにし、にっこり。
「キミの名前はなにがいいっすかねえ」
んーと、目線だけを上に向けて考えて。
なにやら思いついたのだろう、満面の笑みで自信満々に少女は言う。
「そうだ、銀次郎ってのはどうっすか? ケトス様が持ってた異界の書物にそんな名前のいぶし銀がいるんすけど。って、なんすかその貌は! 嫌なんすか!」
まだ二、三ヵ月しか生きていない銀色魔猫にも分かっていた。
これは、だっせえ……と。
へんと、鼻で笑い。
銀色魔猫は魔力を放って、魔術文字を空に描き始める。
「へえ、まだ仔猫なのにすっごい魔力っすねえ。えーと、しつこいし、しかたないから、助けられてやることに決めたが、せめて名前は……もうちょっと、まともなモノにしてくれ? なんでダメなんすか! 銀次郎、超強いんすよ! 悪者をバッタバッタとやっつけるんすよ!?」
銀色魔猫は、はぁ……と――ふかく、ねこのためいきを漏らす。
この娘。
にゃんか、すんごいなつかしい香りがするし、つよいけど――センス、なさそうだニャ……。
と。
それを悟った少女もまた、こう思っていた。
超カッコウイイ名前だと思ったんすけどねえ。あぁ、なるほど、なんか賢い魔猫っぽいから嬉しくて照れてるんすねえ!
――と。
「いやあ、分かってるっすよお。銀次郎が考えることは、そうかそうっすねえ。美少女に拾われて、いきなり超かっこういい名前をつけられたら、舞い上がっちゃうっすよねえ」
あははははと、まるで太陽のように笑う少女を見て。
銀色魔猫は三日月型の瞳を細め、じぃぃぃぃ。
「うにゃ、うなんな、うにゃにゃにゃ……」
あ、このひと……ひとのはなしをきかないタイプにゃ……と。
むぎゅっと抱かれた腕の中。
貌をブスっと尖らせた銀色魔猫こと銀次郎は、そのまま少女に助けられる事となったのだった。
◇
【SIDE:銀色魔猫】
救助という名のもと。
強引なメイド騎士に連れられて、銀色魔猫は生まれた遺跡を後にする。
いつ生まれたのか。
どうやって生まれたのか、銀色魔猫はよく覚えていなかった。
ただ三つの強大な神に囲まれて、なにやら色々と授けられたのは覚えていたのだが……なにしろ生まれてくる前の話だ、幼い銀色魔猫にはよく理解が出来なかった。
ただ、この遺跡にいればいつか誰かが迎えに来てくれるだろう。
そんな直感がしていて。
実際、いま――銀色魔猫は温もりの中で、くちゃくちゃくちゃと猫のお口をクチクチしていた。
銀色魔猫は強力な魔力と加護を持つ、猫並外れた猫魔獣だったが。
所詮はまだ、子猫。
しっかりと守られ腕に抱かれて、ついでに大魔帝用だというクッキーまで貰っていると――だんだんと眠くなってきたのである。
銀色魔猫は考える。
この腕の中で眠っても良いものなのかと。
けれどやはり。
銀色魔猫はまだ子供。
その手の温もりが心地よかったのだろう。
銀色の毛並みを持つ猫魔獣は、ゆったりと瞳を閉じ始める。
気がついたら、くーくー寝息を漏らして眠っていて。
銀色魔猫は夢を見た。
おそらく、生まれてくる直前の夢。
黒いモフモフが、こう言ったのだ。
あー、ようやく見つけたよ――ここに居たんだね。
うん、やっぱり次は猫魔獣になれるのか。ぶにゃははははは! 後であの二人に自慢してやるのである!
さて、私はもう君の人生に介入はしないが――どうか、今度こそは……道を踏み外さないでおくれよ?
大魔帝との約束さ。
モフモフは、黒い魔猫の形となって顕現。
夢の中。
生まれ変わる直前に見た光景が、銀色魔猫の心に蘇る。
心の底から願うように――あの魔猫は祝福の言葉を告げたのだ。
キミの来世に幸運がありますように――。
と。
幕間5
少女と勇者と黄金魔竜の目的と ―終―




