エピローグ ~にゃんこと仲間、隠れ里の大宴会!~中編
脅威が去った地、古き神々の末裔が住むエンドランド大陸。
大宴会が行われている巨人の隠れ里で、歩く魔族の影が二つ。
上司と部下、一緒に露店巡りをしていたのは私達――にゃんこな大魔帝ケトスと魔帝豚神オーキストだった。
まあ神に分類される力持つ大魔族な二人なのだが。
にゃははははは! ただ買い食いをしている姿ですらも目立ってしまって、いやあ、強大な魔族だから仕方ないね!
と、自画自賛してしまうニャンコの前。
我等に近づいてくるのは――凛とした一人のハーフオークである。
オーキストの愛娘で、外見上は人間にしか見えない女騎士エウリュケ君は私にビシ!
キリっと美麗な顔色で礼儀正しい騎士の礼をして、次にパパに向かい少し困った顔をして見せる。
「探しましたよケトス様! っと、パパ? こっちに来ていたんなら教えてくれたらよかったのに! もう! ……っと、あ、ごほん、す、すみません父に会えるとは思っていなかったので取り乱しました。父上、ケトス様にはご迷惑をかけてませんよね?」
「無論だ。パパはケトス様のかわいい部下だからな」
ガハハハハハ! と豪胆に笑うオーキストに釣られ、ニヒィ!
私も、くははははは!
大魔族二人による、くはははは笑いの共演である。
周囲の視線が集まってきているので、更に二人でガハガハくはは!
「あのぅ、お二人とも魔力持つ共鳴の嘶きはとても素晴らしいのですが。少し宜しいですか?」
『と、ごめんごめん。それで、私に何か用があるんだっけ。トラブルかい?』
エウリュケさんは少し言いにくそうに、頬をぽりぽり。
「え、ええ。すみません――あのぅ、猫魔獣になっていた人間達の事なんですけど」
『あれ? あの人間達は、ちゃんと元の姿に戻っていただろう?』
はて? なんだろう。
魔導実験が観測出来て、魔術師としての私はけっこう満足していたのだが。
あの後、この宴会が催されるまでの数日。
人間達のネコ化状態を解除した私は、紅葉砦と魔猫要塞でじっくりと彼等を観察。
魔導実験ノートに記入するため、肉球でうにゅっと握ったペンで――ノートにカキカキカキ。
チェックしてぇ――カーキカキカキ。
かなり念入りに、魂と精神状態を確認したのだ。
観察の結果、猫化解除は完全成功!
ネコ化時の影響で、身体能力が多少英雄級ランクに成長した以外は問題なく、元の日常生活を送れている筈なのである。
実際、この宴会にも遊びに来ているしね。
魔剣グラムスティンガーを私に喰われた魔剣士くんなんて、私の与えたドラゴンキラーに名前をつけて家宝にするんだってマタタビ酒をぐびぐび飲んでいたぐらいだし。
……。
マタタビ酒を飲んでいるのも、まあ猫化の後遺症と言えなくもないが。
ともあれ。
魂や精神は、器の影響を受けやすい。
猫魔獣として行動していた時は、だんだんと精神までネコ化していた人間達だったが、その逆も然り。
元の姿に戻って数日。
彼等は猫だった時の習性を忘れ、人間としての習性と本能をすぐに取り戻した――筈だったのだ。
ぶにゃんと首を横に倒す私に、エウリュケ君は言う。
「はい、ほとんどの人間には異常がありません。むしろケトスさま配下の猫魔獣として活動していた状態での爆発的なレベルアップで、前より強く元気なほどなのですが――数名にちょっと異変が」
『すまないが、もう少し詳しく説明しておくれ』
私はオーキストの肩から降りて、とてとてとて。
凛々しい魔猫の顔でそう告げるのは人間達が心配! という部分ももちろんあるのだが――魔導実験の経過観察としても重要な情報で。
まあ、ようするに。
好奇心に負けているのである。
オークを率いるため、魔帝としてオーキストは街に戻り。
私とエウリュケ君は二人、異変が起こっている現場へと直行した。
◇
カラフルな落ち葉が積まれた、今回の事件の拠点となっていた紅葉砦。
焚き火と焼きイモの香りが広がる穏やかな地。
まあ、今現在。
この砦は観光目的でやってきた魔王城の猫魔獣たちに占拠されているわけだが。
ともあれ!
もはや戦争の後を感じさせない観光スポットで、その騒動は起こっていた。
そこにいたのは猫魔獣大隊に所属する若い猫魔獣が数匹。
人間に戻ったはずなのに、なぜか再度、猫化している元人間魔猫が数匹。
ようするに、謎の猫化現象が発生していたのだ。
「――と、こんな感じで猫化解除は完璧だった筈なのに、何故か魔猫の姿に戻ってしまうモノが数名でているんですよ。こちらも治療魔術などをかけてみたのですが、まったく効果がなく――それで、ケトス様のお知恵をお借りしようと」
猫のお口をうっすらと開け。
新しい現象に瞳をキラキラとさせて魔導実験ノートを取り出す私は、意識して真剣な顔を作り。
『本当だね。ネコ化してしまっているのは――上級冒険者の司祭さんや、下級冒険者から数名。それと、君の騎士の部下も含まれているのか。ふーむ』
共通点を探れば原因が分かると思うのだが。
検査魔術を発動させようと肉球を翳す私をじぃぃぃぃいっと見るのは、猫魔獣大隊の視線。
妙に真剣な瞳で――。
はて? この子達、こんな真剣な性格だったっけ?
気になり振り向くと、モフモフニャンコ達は、それぞれ――まるで恋人を心配するような顔を浮かべている。
魔猫化してしまう元人間達も、なぜか妙に猫魔獣大隊の数匹を気にしている。
……。
これって、もしかして。
『あー、これ。分かったよ、原因は愛の魔法だね』
「と、おっしゃいますと?」
怪訝そうな顔をするエウリュケ君に告げるべく――魔導実験ノートに記述を追加しながら。
ネコの眉間を緩め、私はふわっとした猫口を丸く動かす。
『ようするに、今、猫化が解けている筈なのに魔猫になってしまう者達は――その、なんだ、アレだよ。ネコになっている時に、猫魔獣に恋をしてしまったんだよ』
猫魔獣と人間達が焚き火を囲う紅葉砦に――しばし、沈黙が走る。
猫化してしまった仲間を心配する冒険者たちも唖然。
騎士達も唖然。
猫魔獣たちは……そんなに唖然とはしてないか。
ともあれ。
エウリュケ君が目を見開いて、口も開いて沈黙を破った。
「恋ですか!」
『そう、恋さ。君も魔術を扱えるんだ、時に強い心の力が魔力の源ともなる現象は知っているだろう? それと同じさ』
言って私は、猫化してしまった人間達の精神状態をモニタリングし投影。
『私の口から言うのはちょっと気恥ずかしいけど、恋の感情は強い心のエネルギーを発生させる。肉体を変化させてしまう程の魔導現象を引き起こしても不思議ではない。つい先日までは猫化していたんだ、魂が形状を覚えているから変化も起こりやすい。彼等は自らの意思で、自らの身体を猫魔獣に変化させてしまっているようだね』
心の力が魔力となり、力となり――変貌してしまう現象は私もよく知っている。
私もまた、同類。
憎悪の感情を暴走させ――魔性と化したのだから。
心とは、未開で不安定な領域。
きっと想像以上に強い力を秘めている魔術要素なのだと、私は思う。
説明した私のモフ耳を揺らすのは、エウリュケさんの困惑した声。
「えーと、治るんですか?」
『ふむ――本来なら別種族への変化は容易い事ではない。ならば原因はおそらく――少し前まで猫魔獣化していた事を、魂が覚えていることなんだろうし。だから……まあ、強制的に解除すること自体は簡単。ネコだった時の記憶、恋の感情を消してしまえばいいだけさ』
ちょっと残酷な解説をする私の目の前で、恋人ニャンコ同士が互いの傍に近寄って。
うな~ん♪
んーむ、ウチのニャンコども……まさか魔猫化していた人間達とこっそり恋愛をしていたとは……。
結構やるなあ。
エウリュケ君と私が見守る中、彼らは互いに毛づくろいをして、互いに見つめ合い……瞳をゆったりと静かに閉じる。
親愛アピールである。
こ……これは……。
こいつら、完全にデキてるな……。
『あー、強制的に治せるには治せるけど――私個人としては記憶や感情を消す方向での解決は、あまりしたくはないかな。一時の気の迷いなら、まあ醒めた時に自然と変化も戻るだろうしね。わざわざ仲を切り裂く必要もないだろうと思うんだけど、どうかな?』
「そ、そーですよね! 許されない猫と人との恋なんて、素敵ですもんね。それをとめるだなんて、とんでもないですよね!」
食い気味に宣言するエウリュケ君。
ネコちゃんと元人間ネコちゃんの禁断の愛にうっとり。頬を紅葉色に染める彼女に、物理的に押されながらも私は提案する。
『あれ? 妙に感情がこもっているね。まあしばらく様子をみようじゃないか。もし魔猫化してしまった一部の人間達が猫魔獣として生き、猫魔獣大隊のカップルと添い遂げるつもりなら――私が責任をもって魔王城に受け入れるよ。人間に戻りたいというのなら、それももちろん受け入れる方向でね。人間と異種族との異類婚姻譚は、珍しくもないだろうし』
実際、目の前にいるハーフオーク。
魔帝の娘エウリュケ君も、オークである父オーキストが人間との恋を成就させた結果――誕生したんだし。
別に問題ないよね?
私は仲間を心配する人間達に向かい、ネコ眉を下げる。
『そんなわけで――悪いけれど、しばらくそっとしておいてあげておくれ。仲間が心配なのも分かるが、不幸になるわけじゃない。幸せの形は人それぞれだしね、あ、今は人じゃなくて猫なのか、にゃっははははははは! っと、元人間の諸君も戻りたいならちゃんと言っておくれよ? それとだ、人間に手を出しちゃった猫魔獣大隊の君達には後で、ちょーっとお話があるからそのつもりでね』
一応、上司として。ボス猫としての顔で言ったのだが。
こいつら、恋に浮かれて聞いてねえ。
恋人キャットたちは互いの鼻に鼻をこつんとし、尻尾を上げてスリスリスリ。
なかなかどうして、見せつけてくれる。
ま、幸せそうだから別にいいか。
なんか、魔猫化してしまった司祭の女性に恋をしていた様子の冒険者が、がくりと肩を落とし猫に奪われた……と、嘆いているが。
気にしない。
付き合っていたとかなら話は変わるが、そういうのじゃないみたいだしね。
それに。
猫に想い人を取られ失恋する男。その落ちる背を眺める視線は、おそらく彼に恋をする女性冒険者。
私はネコちゃん魔眼でニャンズアイ!
本来なら猫好き度をチェックする初級猫魔獣スキルなのだが、それを未来視に変換して――と。
ああ、やっぱり。
この失恋冒険者と、女性冒険者も近いうちにくっつくな。
ここにもまた、縁が結ばれたのだ。
人の縁もネコの縁も巡り巡る。
きっと、また新しい恋や出会いが巡ってくるのだ。
さて、これで問題は解決した。
里に戻り露店巡りの続きを――っと、思ったその時だった。
ズガズゴズドドンドン――ッ!
空に突如として起こる大爆発。
発生する十重の魔法陣。
エンドランド大陸の上空、あれは巨人の隠れ里の真上あたりか。
なにやら小競り合いが発生しているらしいのだが――。
あの黒と白の輝きは……。
猫目をうにょっと尖らせる私の耳を揺らすのは、神聖なる大神の声。
「ふざけるんじゃないわよ! 死者の転生の権利はこっちにあるんですからね! アンタに決めさせてなるもんですか!」
「はぁぁぁぁ? ふざけてるのはそっちだろうが!?」
叫びと共に、どんどんずどどどーん!
主神クラスの、二つの力がぶつかりあっている。
ジト目で空を見上げるネコちゃんの目の前で、黒き翼をもつ神は言う。
「いいか、死した英雄の魂はこっちにも権利があるんだよ! あいつは確かに悪人になっちまったが、それまで積んできた徳と善行は認められるべきだ。俺様はあいつがもう二度と悪事に堕ちないよう、魔竜として転生させるべきだと言ってるんだ!」
白き翼をもつ鳩が、ピーチクパーチク反撃する。
「魔竜に転生? 冗談じゃないわよ、それじゃあウチの戦力にならないじゃない! あの男の魂はたしかに穢れてしまったけれど、かつて世界を救ったのは事実。彼に救われ幸福な人生を歩んだ魂からの減刑の嘆願も届いているのよ? そこは評価してあげるべきでしょう!?」
世界の主たる白鳩さんが、ペカーっと邪を祓う光を発しながら追撃。
「ここはもう一度人間に転生させて魂を浄化したのちに、ちゃんと経過観察! 二度と道を間違えないよう幸せの祝福を与え、じっくりと強力な正義の味方に育て上げ! ゆくゆくは、天界に人間の聖人として迎え入れるべきじゃないかしら!」
ぐぬぬぬぬぬ、と――主神クラスが睨み合い。
「それはただ、てめえが強い聖人が欲しいだけだろうが! この糞女神!」
「はぁぁぁぁぁ? あんたはただ動物好きだからって、魔竜の英雄を配下に加えたいだけでしょう!」
喧嘩ばかりのこの声は、冥界神レイヴァンお兄さんとこの世界の主神、大いなる光の分霊である白い鳩。
どうやら新しく転生待ちの魂となった強大な存在。
ようするに。
今回の黒幕で首謀者――最後に私のモフ毛を撫でて逝った、肉体の方の扇動者イヴァン。幸運とは言えなかった彼の、次の転生先で揉めているようであるが。
んーむ。
あいつら、目を離すとすーぐ喧嘩するでやんの。




