エピローグ ~にゃんこと仲間、隠れ里の大宴会!~前編
呪われしサツマイモが発端となった、複数の種族を巻き込んだ戦いは終わった。
麗しき魔猫。
とある猫魔獣による大活躍により無事、解決したのである!
え?
とあるネコとは誰だって?
にゃふふふふふ、何を隠そう、この私。
大魔帝ケトスなのである!
ビシ! ズバ――ッ!
デデーン!
今いる場所は当初の予定通り、曲を奏でる詩人ケントくんからグルメ報酬を受け取るために、目的地であったマルドリッヒの屋敷……!
ではなく。
かつて堕天した古き神々と、神に愛された人間達の末裔がいる地。
ネフィリム巨人族の隠れ里にて、魔猫を歓迎する饗宴が催されていたのである!
日数的には、あれから一週間は経っているのかな?
まあ、いろいろと事後処理が大変だった。
にゃははははは!
だって、マルドリッヒの街。壊れちゃってるからね。
そりゃ古代ファラオの王を王国ごと召喚したら、そうなっちゃうよね。
滅茶苦茶になっちゃったのは街だけで、犠牲者が出ていないからセーフ。
うん。
……
セーフ!
そんなわけで、今現在、街は魔帝豚神オーキストの配下のオークたちが人間達と力を合わせて再建中。
エンドランド大陸の中心、ガイランの街の女ギルドマスターと冥界神の巫女のチンチクリンも協力しているので、定期的に連絡は送られてくる。
ちびっこシャーマン、曰く。
ここまでお世話になったのじゃ! 妾がおぬしの神殿もこさえてやろう、なははははは! と、こっそり大魔帝ケトスの大神殿を設置すると言っていたが。
んー、どうなることやら。
大魔帝の神殿なんて、人間の街に作っちゃっていいのかな?
私、魔王軍最高幹部なんだけど……。
この地域でも祀られちゃったら、信仰度がアップ。
また能力が向上してしまうのだが――。
ともあれ!
露店が立ち並ぶ巨人達の市場。
宴会場となった隠れ里の広場、その中央にあるレイヴァンお兄さんの神像の上でビシ! 格好よくポーズを取っている私に向かい。
「なーにを冥界神様の像の上でビシっと変なポーズを取っておるのでおじゃるか? 祈祷かなにかでおじゃろうか?」
東洋魔龍の長、朕龍さんこと天子黒龍神がサツマイモから作られた焼酎をグビグビしながら首をコテリ。
ん-む、やっぱり魔龍には猫魔獣の美的センスが分からないのかな?
『ま、文化の違いってヤツだろうね。これは偉大なるネコのポーズ。全ての魔獣の頂点に立ち魔王様に愛されし猫魔獣、その麗しさが一番際立つ格好なのさ』
「そーいうものなのであるか。ふむふむ、下界の文化はやはりよくわからないでおじゃ」
ヒゲをくねくねとさせて、朕さんはふーむと考え。
おじゃおじゃおじゃ!
既に結構飲んでいるのだろう、その頬は緩み――嬉しそうなホクホク笑顔である。
彼のお付きの魔龍達も、浄化された呪われていない芋焼酎を飲んでウネウネウネ。
天を舞って、大宴会。
そんな龍の舞を眺める種族は、猫魔獣だけではない。
一時的に魔猫化していた冒険者と騎士団の人間達。
魔帝豚神オーキストの娘、エウリュケくん。
……。
まあ、ようするにあの戦いに参加していた者全員が、種族の垣根を超えて飲んで歌って大宴会。
いつものようにグルメを囲んで勝利を祝っているのである!
料理を担当しているのはもちろんリベル伯父さん。
なにやら感情の整理ができたのか。であった頃の悪役面の面影は薄れ、甥っ子を抹殺しようとしていた人物とは思えないほど、この場に馴染んでいた。
巨人族の長、紅葉色の髪が印象的な女族長さんが、ふっと笑って私に言う。
「アタシにもちょっと下界の文化は分からないけどさ。ケトス様、アンタが喜んでくれているってのはちゃーんと分かっているよ。ほら! 新しくイモを蒸かしたから、早く降りてきておくれよ!」
『オッケー! いまいく! すぐいく! 飛んでいく!』
言葉と共に空間転移し、私は女傑風族長巨人さんが手にもつ特大イモを受け取り。
ちょんちょんと、肉球でホクホク加減をチェック。
ネコの鼻腔を甘いおイモの香りが擽る。
ほんのり焦がしたとろけるバターも添えられていて――ごくり!
くはははははは!
『うむ! 我の贄にふさわしいオイモさんである!』
丸太のようにデッカイさつまいもに食らいつく私に、族長さんは紅葉色の髪を靡かせ微笑んだ。
「ふふ――喜んでくれてなによりだよ、このイモだけはアタシが蒸かしたモノだからね。たーんと食べておくれよ!」
『おや、リベル伯父さんを手伝っていたのかい。君も一緒に飲んで歌って食べまくってもいいんだよ? あの男、まーだ最初にやらかした事件の謹慎は解けていないからね。ご飯作りはその分の罰――って言ったら変かもしれないけど、まあノルマみたいなもんなんだから』
鼻歌まじりに巨大キッチンで神業を披露するリベル伯父さんの周りには、猫魔獣大隊のみんながごはんにゃ! ごはんにゃ!
と、色々とリクエストをしている真っ最中。
どうやら、ウチの猫魔獣たちに随分と懐かれてしまったようである。
ま、料理の腕は本当に物凄いからね、この伯父さん。
猫達と人間を眺めて、族長巨人さんが言う。
「たしかに――あの人間料理人の腕はとんでもない。ありゃあ稀代の名人、神掛かっているけどさ――さすがに巨人族が食べる量は間に合わないしね。なにより、そのぅ、アレだよ――アンタにはアタシの手料理を食べて貰いたかったんだよ」
言わせるんじゃないよ、と咳払い!
妙に顔が赤くなっている。
よほど珍しい顔なのか、門番巨人が不思議そうに族長さんの揺れる髪を眺めていた。
「アンタ、ここに滞在する気はないかい? もっとお礼もしたいしね。それに……ここは寂しいから。アンタみたいな破天荒な子がいると賑やかでいいんだけど」
『長く生きる君には分かっているんだろう? っと、女性に対して言い方がちょっとアレだったかな、ごめんごめん』
サツマイモとバターで汚れたモフ毛をふきふきし、私はまっすぐに族長さんを見てブニャンとネコの笑みを作る。
『お誘いはとても嬉しいけれどね。私は魔王軍最高幹部で魔王様の魔猫だ。ウチを長い事開けるわけにはいかないんだよ』
「ふふ、そういうと思っていたさ。イイ男はイイ女を残して、みんなどこかに行っちまうからね、なーんて、ははははは、ここ笑う所なんだけどね?」
ちょっとだけ寂しそうに言って――彼女は一冊の魔導書を取り出す。
「まあ気が変わったらいつでも遊びに来ておくれ。ここは広い、アンタが住む場所はいっぱいある。もし人間達が長い時の中で、いつかアンタへの恩を忘れてしまったとしても、アタシたちは忘れないよ。だから、ずっと……ずっと――待っているよ。それとだ――もしなにかがあって、大きな種族が必要な時が来たのなら、迷わずアタシらを呼んでおくれ。これが召喚用の契約書さ。アンタにあげるよ」
手にする魔導書がそうなのだろう。
『いいのかい? 私、魔族だよ? たぶん、古き神々の末裔である君達にとっては、敵ともなりうる存在なんだけど。おそらくだ――それを受け取ってしまったら、君達は魔族の傘下と周りからは見られるようになる。それは即ち、魔王様の眷属――時の流れと共に、君達巨人族も魔族と呼ばれる日が来ることになるだろう』
それでも、意志は変わらないのだろう。
女族長さんは、まるで乙女のような微笑みを浮かべて――言った。
「受け取っておくれ。ウチの連中を救ってくれた恩は一生忘れない、巨人族は義理堅いんだ。その書には巨人族の秘密、食物を巨人用サイズにさせる秘術も記載されているからきっとアンタの役に立つだろうさ。それに、ちょっとせこい話になるけどね――打算も少しあるんさね。あの大魔帝と契約しているってことは、里を守る抑止力になるからね。こっちにもだいぶメリットがあるんだよ」
乙女だった笑みはいつのまにか、やり手の女盗賊のような微笑に変わっている。
なるほど、なかなかどうしてしっかりしているようだ。
その言葉に嘘はないようで、門番巨人もウンウンと頷いている。
もっと我等のサイズの食事を摂り、その細っこく小さな体を大きくするべきだと力説しているし。
ふむ。
やはり私は客観的にみて太っていない、ということだろう。
なかなか受け取らない私に、煽情的な笑みを作って彼女は言う。
「おやおや、まさか大魔帝ともあろうものが――女に恥を掻かせる気じゃないだろうね?」
『それは、ふーむ……魔王様に怒られてしまうから困るね。それじゃ、遠慮なく――これからよろしく頼むよ』
言って私も魔導契約書を交わし、巨人族は晴れて魔族の仲間入りを果たしたのであった。
◇
宴会はまだ続いている。
とりあえず、まだ日が高いので芋焼酎とマタタビ酒は夜にもう一度味わうとして。
私は今――。
魔帝豚神オーキストの肩の上に乗って、巨人族サイズの露店を一通り回っていた。
オーキストだって今回の英雄だからね。
街の再建現場からちょっとだけ連れ出してきたのである。
いやあ、部下をねぎらう上司の私って素晴らしい。
にゃふふふふ。
大魔帝はできるニャンコなのだ!
ビシっと肉球で指差す先に進むオーキストの上で、私はむしゃむしゃむしゃ。
巨大露店の味を満喫する。
あー、平和だ。
たまにはこういうのも、いいよね。
モフ毛を膨らませて、ホクホク顔の私にオーキストが言う。
「ケトス様。此度は娘エウリュケを助けていただき、ありがとうございました」
『まあ、君の娘さんだったのは偶然だったけれど――無事に解決してよかったよ。なんか巡り合わせやタイミングが悪くて、倒しちゃった後に君との関係を知ったら、色々と大変だっただろうからね』
これは、けっこうマジでそうだったりするのである。
いやあ、私。
喧嘩を売られたらけっこう買っちゃうしね。むろん、むやみやたらに襲ったりはしないが――相手から襲ってきた場合、物の弾みで命を奪ってしまう可能性も多少はあったのだ。
「また借りを作ってしまい、いやはや――参りましたな」
『君は可愛い部下だ。これも上司の務めだよ。ぶにゃはははははは!』
誇らしげに言って――。
購入した水瓶みたいな大きさのリンゴ飴を、がーじがじがじ♪
シロップの甘いコーティングがちょっとモフ毛についちゃったけど、まあ気にしない。
オーキストの頭の上に食べかすが零れちゃったりしてるのだが――気にしない。
「ところで、大魔帝ケトス様」
『おや、その名で呼ぶという事は真面目な話のようだね』
特大リンゴ飴をバリバリバリと齧って丸のみ。
私もシリアスな顔に切り替える。
「あなた様に並ぶほどの魔竜の神という存在は、本当に実在したのでしょうか。あの哀れな勇者の供が抱いた妄想だったのか、それとも今もどこかで――それがちと、気になりまして。ケトス様ならなにか御存知なのではないかと」
『ふむ、魔竜神ねえ。まあ一つだけ、心当たりがないわけじゃない』
言って、私は魔王軍最高幹部としての顔で声で、瞳を細める。
『魔竜の神。その正体は私と同格の存在。戦いとなれば世界を滅ぼすほどの死闘になると、占術では語られていたね。今、この世界で私と同格のモノは少ない。まあ、封印されている連中も中にはいるんだろうけど――ともあれ、実はあの滅びを示す映像を昔、私は目にしたことがあってね』
驚愕に、オーキストの豚耳がぴょこんと跳ねる。
『話は少し変わるが、オーキスト。君は進化という学問を知っているかい?』
「魔王陛下が執筆された魔導書を拝見したことがありますが――専門外なので、詳しくは……すみません」
『魔猫と魔狼。その先祖を辿っていくと、共通の祖に太古獣神ミアキスという魔獣神が存在していることが分かるんだ。現存する生き物には、必ず元となった種族や神がいるという発想だね。さて、オーキスト。魔竜――爬虫類とも分類される竜族や恐竜族を辿るとトカゲや魚に行き当たるんだけど、逆にもっと先の世代に進むと、何があると思う?』
頭の上からプスプスと思考加速による魔力煙を発生させ、彼は言う。
「ふむ、魔竜の先にあるモノですか。んーむ、竜なのですから、既にそこで行き止まりとなる気もするのですが……。――……。まったく、さっぱりわかりませんな。ガハハハハハ!」
『そうだね、突然言われても困るよねごめんごめん。あくまでもこれは私の耳にした説だが、魔鳥類になるとされているんだ』
告げて、私は東洋魔龍のみせた占術を使って見せる。
私と魔竜神が戦う、もしもの可能性の映像。
そこに映されていたのは――魔竜神。
あり得たかもしれない、未来の映像。
顕現していたのは、確かに私と同格の存在。
血のように燃える鶏冠。鋭く凍てつく恐竜の瞳。
嘶く声は、こけこっこー!
余に黙って、まーた美味しいものを食べておったな! 今日こそは許さんのである!
と、クワクワクワと両翼を羽ばたかせる神鶏。
「これは、ロックウェル卿さまではないですか!」
『そう――ロックウェル卿さ。卿は全ての鱗持つ者の王。異界の蛇神や、冥界神が操る蛇すらも逆に使役するほどの魔鳥たちの神。鳥にも、竜の名残の鱗が脚に残されているだろう? 本物の魔竜神かどうかは分からないが、すくなくとも、今魔竜達の神を召喚しようとすると――たぶん、卿がでてきてしまうだろうね』
鱗持つ者たちの神。
神鶏ロックウェル卿――もし彼と戦うことになったら、おそらく最終的には私が勝つだろう。
純粋な魔力量の差。
私が得意とする破壊のエネルギーと、回復を得意とする卿の性質の差。
さらに、彼が得意とするのは状態異常攻撃なのだ――それらを無効化する私とは相性がかなり悪いのである。
それは過剰な自信ではなく、事実としておそらく卿も認めている筈。
「ならば……あの男――竜人イヴァンと名乗っておりましたが。あの者が召喚に成功していたとしても」
『ああ、さすがに召喚されたとはいえ卿が全力で私と戦うとは思えない。戦いにはならなくて、いつものくだらないお喋りをして――ものすっごい空気になっていただろうさ』
つまり、この召喚計画。
たとえ成功していたとしても、大失敗で終わっていたのである。
その徒労を察したのだろう。
武人の貌をしたオーキストはふと、風に舞って散っていく紅葉の葉を目で追って――物悲しさを噛み締めるように口を動かした。
「なんとも。それは――かつて勇者の供ともなった者の果てが、そのような成功のない作戦を進めていたとは。どこまでも憐れな男でございましたな」
『まあ、憐れだったが仕方がない。彼はそれだけのことをしていたのだから――因果応報、滅びる定めだったのさ』
しかし、成仏という形での退治だったので魂は消滅していない。
いつかどこかで――。
別の魂として転生する可能性は十分にある。
因果応報とは、なにも悪の事ばかりではない。
彼が勇者の供として、世界を何度も救ったのは事実なのだ。その功績や善行がなくなったわけではない。かつての善が希望の光となって戻ってくることもまた、因果応報なのである。
その辺は、神のみぞ知るといったところか。
案外、この世界に三つに分かれたとされる、かつての勇者の力。
その強大なエネルギーを受け継いだ誰かと、巡り巡って再会する、なーんていう可能性だってあるのだ。
まあ、その受け継いでいるだろう勇者の力はあくまでも力のみ。魂も性格も全く違う別人。
本物の勇者はもう、こっちの世界には戻ってこないんだけどね。
ともあれ、私は言った。
『高位の存在とはそもそも気まぐれが多いんだ。仮に召喚できたとしても、協力してくれるとは限らない。世界を滅ぼしたいのなら、彼は自分自身の手でやるべきだったのさ。その方がまだ、成功の可能性もあったのかもね』
告げた私は、占術の映像を切る。
レイヴァンお兄さんの話だと、ロックウェル卿は今、死者たちの国。
冥界に残ってなにやら散歩をしているらしいのだが、一体どこでなにをしているのやら。
彼もなにかと秘密が多いからなあ……。
私が世界を滅ぼすような案件が起こると、その裏で世界崩壊を防ぐために動いている。なーんて、あの卿がそこまでするわけないか。
思考を切り替えた私は、並ぶ露店に目をやって。
ニヒィ!
『さーて、次はどれを買おうかなって――おや……あれは、エウリュケ君だね』
「そのようですな。なにやら誰かを探しているようで――まったく、かしましい娘で、ご迷惑ばかりをおかけしてすみません」
『かしましいか、ふふ――君の前ではそうなのかもね。彼女は凛といつも落ち着いているんだが――あ、こっちを見たね』
きょろきょろしていた彼女は、私とオーキストを見つけると笑みを作り。
タッタッタッタッタ――!
駆け足でやってくる。
私達に用があったのだろう。
はて。
慌てている様子だが、なんだろうか?




