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扇動者 ~煽り蔑みし者の名は~前編



 水神による東洋占術のヴィジョンに映るのは――目深なフードの妖しい男。

 今回の事件の黒幕。

 宣教師魔竜。


 かつて勇者の供だった、勇者の関係者らしいのだが。

 その目的の一つはおそらく、勇者の剣を持つ私を仲間に引き入れる事。

 そして。

 魔竜神と呼ばれる者の降臨。

 それが勇者を示しているのか、別の神を示しているかは分からない。


 ともあれ。

 大魔帝ケトスこと私はシリアスな空気の中で、皆の視線を浴びながら――男をギラリと睨んでいた。

 内心では、うわぁ……勇者の関係者かぁ……とドン引きしているわけだが。


 そんなネコちゃんの心を知らず、哄笑の余韻に口の端をつり上げ敵は言った。


「さて、大魔帝ケトス様。新たなる勇者様。ワタクシからの提案はいかがでしょうか? 悪に満ちたこの世界を滅ぼすために、協力していただけませんか? 仲間になっていただけませんか? 後生で御座います、どうかこの哀れな人モドキ竜モドキに――慈悲なる肉球を」


 差し出してくる手のひらをじっと見て、慇懃を意識した低音で――私は肩を竦めて見せる。


『答える前に、まず君の正体を明かしなよ。魔竜達を扇動している魔竜の心を持つ人間、そして――勇者の関係者。それしかわからないからね、答えようがないさ。自己紹介って言うのはけっこう大切だよ?』

「たしかに、これは失礼いたしました閣下」


 応じた宣教師魔竜は薄らと嗤い、スッと手を伸ばす。

 細長い腕がフードを剥ぎ、それは素顔を覗かせた。


「ワタクシ。上級扇動者ハイ・アジテーターとして勇者様の供をしていた者、竜人イヴァンと勇者様に呼ばれておりました。どうかお見知りおきを」


 そこにあったのは、銀の男と形容したくなる一人の青年。

 怖いくらいの微笑みを浮かべる、物静かそうな銀髪の人族だった。


 一見するとただの人間だ。

 少し病弱そうな、不快感のない無味無臭の男である。

 けれど、何処かが歪だった。


 細める色素の薄い瞳。

 その隙間からは、全てを呪うような憎悪の眼光が僅かに見え隠れしている。


 イヴァンという名に覚えはない。

 勇者の関係者、かつて戦った相手なら覚えていそうではあるのだが――私、基本頭脳が猫頭なので記憶容量が少ないんだよね……。

 そもそもだ。

 百年前の当時は人間という種族を今よりも憎悪していた。魂は魔竜だと言われても、人間に分類される相手に対する興味はかなり薄いのである。


 ようするに、覚えていなくても仕方がない。

 私、悪くない!

 もふもふ尻尾をぶわぶわっとさせて、私は自己完結。


 マルドリッヒの領主の息子、今回の事件に私が巻き込まれるきっかけとなった吟遊詩人の、ケントくんが眉をひそめる。


「上級扇動者? あまり聞いたことのない職業ですね」

『表立って活躍するメジャーなクラスじゃないからね。英雄譚や冒険者ギルドでも記載されないことが多い職だし、知らなくても仕方がないよ。民衆を誑かし任意の敵と闘わせる能力を得意とする者、すなわち扇動者アジテーター――その上級職さ』


 言って私は魔術映像を投影。

 アジテーターの職に就き、人間達の歴史に名を残すモノたちを皆に示しながらモフ耳をぴょこん。


『話術スキルを用いて軍や民を動かす後方支援職。時にはその能力を活かして王になる者もいる。まあ扇動が得意なだけじゃあ、いつか国は亡びるんだろうけど。まあ、今は関係ないか。戦闘職業クラスとしてのその役割は――君達も見てきただろう? 巧みに魔竜達を操り、巨人族を騙しそして東洋魔龍を戦場に駆り出した。それこそがアジテーターの戦い方さ。世界によってはリベレーターとも、インフルエンサーとも呼ばれているけれど、まあ役割は一緒だね』


 しばし考え。

 冥界神の竪琴を構え、臨戦態勢を取りながらケントくんは言う。


「強いのですか?」

『本人はまあそれなり程度の力しかないだろうけど、厄介な職業な事は確かさ。実際、彼は思想も理念も異なる三つの種族を扇動し、私達と闘わせたわけだからね。考えてごらんよ、ありえない話だとしても――もし私が彼のスキルに掛かって、彼の味方となったら――人間は全滅するだろう? 力や魔力に秀でている事だけが全てじゃない、強さという概念は何も戦闘力だけとは限らないという事さ』


 解説を聞き終え。

 パチパチパチと演技じみた拍手を送るのは竜人イヴァン。


「すばらしい! 我が新しき勇者様はワタクシの職の強さについてもご存じで!」


 穏やかだが軽薄そうな男は、瞳を三日月のように細めたまま――。

 不気味な微笑を浮かべ続ける。


 口が、軽快に動き始めた。


「左様です。アジテーターの弱点は明白! 本人は弱い。ワタクシは、ワタクシ独りではなにもできない弱者に御座います。だからいつだって、誰かを操り戦わせる。誰かを操り影に隠れる。それが分かっているのなら、手の内が暴かれているのなら――ワタクシは所詮、ただの人間。少し心が魔竜なだけの、民間人に毛が生えた程度の戦闘能力しか持たぬムシケラ。怖くはないでしょう、恐ろしくもないでしょう。なのに……なのにです。なのに……なのになのに! いつの世も、ワタクシは皆から迫害されるのです! あんまりでございます! ワタクシは弱者でありながら、平和を為すために戦い続けたのに――……」


 言葉を区切り、糸が切れた人形のように滑稽な仕草で崩れ落ちる、銀の男。

 その背後。

 ゆらりと、魔竜の影が揺らぐ。

 影――魔竜イヴァンが、語りだす。


「ワタクシ、魔竜は嫌いです、ワタクシを脆弱なる人の肉体に囚われた弱者と嘲り嗤うから。人間も嫌いです、ワタクシを人の心が分からぬ狂人と迫害するのですから。ええ、嫌いです、嫌いです。ワタクシがお慕いしているのはただお一人、勇者様のみ! そしていま、ワタクシのもとに新しき勇者様がご降臨なされた! 勇者様と、獣の勇者様。お二人に仕える事こそが、ワタクシの夢! 儚き願いなので御座います!」


 ぐははは、ぐはははははは!

 と、魔竜としての男の影が狂った哄笑を上げ続ける。


 魔竜の影にも力はあるのだろうが――。

 問題は語る狂信的な言葉の方。


 これなのだ、勇者の関係者どもの厄介な所は。

 なにしろ話を聞かない。

 勇者と、そして勇者を盲愛する自分に酔っているような面倒な連中ばかりなのである。


 彼はどうやら私を新たな勇者だと勘違いしているようだが――。

 勇者の剣を持っているだけで新しい勇者判定なんてされたら、堪らない。


 しかし、彼の語りは危険だ。

 なんらかの話術スキルの可能性もある。


 独り芝居を始める前に――誰かが取り込まれる前に止めるべきだろう。

 扇動者アジテーターの能力は極めて厄介だ、けれど弱点は本人が弱いということ以外にも存在する。

 意図した鋭く冷めた口調。

 冷水をかぶせるように、冷めた猫の顔で猫の口は動き出す。


『あの勇者の魂はもはや二度と、この世界には戻らないよ』


 夢の終わりを告げるように私は言ったのだ。

 扇動者の弱点。

 それは話術で負けてしまったら、全てが終わりという事である。


『それが魔王様と私、そしてあの勇者自身の望み。勇者は既に疲れ切っていた。あの者の魂はもはや狂っていた。狂戦士と化していた。死ぬことができてようやく……アレの魂は元の世界に戻ることができた。ただの人として二度目の転生を果たした。勇者となるべく呼ばれ奪われてしまった人生を、平穏を取り戻したのに――どうして君達勇者の関係者はそれを知っても尚、アレを求める。アレを苦しめる。私には理解ができないよ』


 とある女神の末裔から、ある程度の状況と情報を入手している。

 勇者の関係者たちは勇者に依存していた。

 元の世界に帰れる日々を望むアレが帰らぬよう、帰れぬように――彼らは裏で動いていた。


 それぞれがそれぞれに、勇者が元の世界に戻る事を邪魔していたのだ。

 唯一勇者を戻せる召喚者を見殺しにしたように。

 きっと、この銀の男も。


 だからこそ。

 ギシ!

 言葉に魔力を乗せ、私は黒き魔猫の顔でそこを衝く。


『勇者が君達を裏切り帰ってこないんじゃない。君達があの勇者を裏切ったのさ』


 事実だ。

 事実だからこそ、銀の男の心には深く突き刺さった事だろう。


 人形のように崩れていた男の肉体に、魔竜の影が戻っていく。

 その痛む心を守るように、胸元を握って――男は掠れた声で小さく空気を揺らした。


「勇者様が疲れていた。そうかもしれません。けれど、もう十分お休みになられたのでしょう? ならばワタクシの孤独を埋めてくれるために、また戻ってきてくれる。だって、勇者様なのですから。ええ、そうでしょう。そうでしょう」

『いいや、君達は見捨てられたんだよ。見限られた――そう言った方がいいかな。もはや異界の事すら忘れ、元の時代、元の世界で、学生としてでも生きているんじゃないかな。君達を忘れてね』


 実際はどうなのか分からないが。

 嘘というのは案外、心の弱ったモノには通りやすい。ハッキリと言い切ってしまえばそれなりに効果を発揮するのだ。

 言葉を受けた竜人イヴァンは親指の爪を噛みながら、唇を震わせる。


「勇者様が、ワタクシを見捨てる筈がない。あの方が。ワタクシを見捨てる筈がない。ねえ、そうでしょう!? 大魔帝ケトス。新しき勇者。あなたがいる限り勇者様は戻ってこない。勇者様、ああ、勇者様。ワタクシの瞳を見て、怯えずまっすぐに見て、蔑みも嘲りもせず見て、見て見て見て。醜いモノだと知ってもなお、見て、ワタクシに手を差し伸べてくださった勇者様にもう一度お会いしたい。それが望み。それがワタクシに残された最後の希望」


『そういう君達がアレに向ける視線が、重かったんじゃないのかい?』


 噛んでいた親指を離し――竜人イヴァンは白銀の髪をぶわっと膨らませ、背後に浮かぶ魔竜の影を震わせた。


「大魔帝ケトス……ッ、きさま、その能力は扇動者アジテーターのスキルか……!」


『おや、気付かれてしまったか。残念。扇動者の力は君だけの特権じゃないってことさ。私はさまざまな職業スキルを習得している魔王様の愛猫。それになにより、愚かなる人間どもを誑かし誘惑、先導する力は猫魔獣にも備わっている。同系統の職業スキルってやつだね』


 愚かな人間に向かい愛らしいネコちゃんが、ルルルニャーン!

 と鳴けば御飯が出てくる。それだって、いわば扇動の能力なのである。


 銀の男はなにやら怨嗟の言葉を吐きだしそうに、口元を蠢かしていたが。

 冷静になったのだろう。

 慇懃なしぐさで礼をし銀の男は言った。


「話はこれくらいでいいでしょう。さて、新しき勇者ケトス様。ご返答を。ワタクシと共に、世界を滅ぼしませんか? 手段は簡単、あなたと降臨した魔竜神様の力を合わせて全てを破壊するのです。この世界も、異世界も、勇者様がいるとされる青き星の世界も――全てです」

『それって、私になーんのメリットもないよね』


 魔王様の許可なく世界を滅ぼすつもりは、あんまりないし。


『そもそもさあ、なんかいきなり盛り上がってくれてるけど。そっちのテンションについていけないんですけど。こっちにしてみれば君、イヴァンくんだっけ? パッと出の黒幕その一にしか見えないんだよね。一人で勝手に盛り上がってペラペラペラペラ。魔竜との戦いかと思っていたら、今さら勇者様がー、勇者様がーって百年も前の事をネチネチ言われても反応に困るしさあ。君、もしかして――空気が読めないって言われてなかった?』


 そう!

 私はずっとこれを言いたかった!

 だって、ねえ? いきなり勝手に盛り上がられても、こっちのテンションはついていけないよね?


 まあ、魔竜どもは魔竜どもでどうしようもない種族。

 魔竜神の降臨とやらに惹かれて、心からこの男に力を貸していた可能性も高いが。


「ふむ、どうやら――第一交渉は決裂のようですね。いえ、構いませんよ。あなたほどに強力な大魔族を簡単に使役できるとは思っておりませんから」


 使役と来たか。

 まあ、もういいよね。


 とっとと首を刎ねて事件解決かな――っと、ニョキニョキとネコ手をわきわきした。

 その時だった。

 大いなる光が私の肉球に翼をべしべし当て、首を左右に振る。


「待ちなさい!」

『え? ちょっとなんだい。まさか君、神ともあろうものが彼の扇動スキルにかかったとは思えないし……、もしかして、こんなのに同情とかしちゃったわけ?』


 この女神。

 一回、どうしようもないバカ兄貴に力を与えちゃったことがあるからなあ……。


 ジト目で見る私に、大いなる光は羽毛を逆立て鳥の声。

 ピピピピピ!


「そんなわけないでしょう! 仕方なくよ、仕方なく! こいつ、こっちに自分の場所をわざとサーチさせる時間を作ったのよ。見てごらんなさい、この占い画面の周囲を」

『周囲をって……あれは』


 私の猫目は一度、まん丸に大きく拡がって。

 そして、冷たくゆったりと細く締まっていく。


 私が見たモノは、今を生きる人間達の日常。


「お分かりいただけたようですね、ええ、そうです。ここはエンドランドの辺境地。マルドリッヒ領の領主の館――マルドリッヒの街は全て、ワタクシの人質で御座います。おっと、居場所を掴めたからと言って、遠距離攻撃はしない方がいいですよ、そこの神オーク殿。そちらのネクロマンサーもです。幾人かの主要人物は、既にワタクシの腕の中。比喩ではございません、物理的にで御座います、ほれ、この通り。肉体から抜き出した人の魂は脆く壊れやすいものです。ワタクシの手のひらで弄ぶだけで……綺麗に崩れてしまいそうになる。ワタクシの玩具に御座います」


 勝ち誇った笑みを浮かべる竜人イヴァンは、手の上に浮かべる魂の塊をくるくると回しながらギシリ。

 あれは、民間人の魂か。

 なるほど、この男の種族はあくまでも人間。

 結界に阻まれていた魔竜軍とは違い、彼自身は既にマルドリッヒ領内に侵入していたということか。


 なにやら人質を使って、要求でもするつもりなのだろうが。


『ま、そういうお約束だよね。君の要求を聞こうか――なーんて、私が言うとでも思ったかい?』

「強がりはおやめなさいな。言ったでしょう、ワタクシはあなたのファンだと。あなたが民間人の死を何よりも嫌う事を、ワタクシは知っているのです。空間転移にはタイムラグがある、あなたがもし不審な動きをしたら――その瞬間に、この魂たちは砕けて消えてしまう事でしょう。って、なぜそんなにも近づいてきているのですか? それはあくまでも占いによる魔力の映像。現実ではない、あなたとワタクシが話しているのは実像ではなく魔力の見せる幻のようなもの……って、聞いていませんね? 紅く輝く憎悪の瞳でワタクシを見ても、無駄だって言っているでしょうが!」


 おそらく、ネコちゃんがビデオカメラの撮影中にレンズに近づき過ぎて、かわいいお顔がドアップになっているような映像が、向こうでは映っている事だろう。

 そのまま私は、うにょーん!

 占いヴィジョンの中に上半身を突っ込んで――モニターの中に入っていくように、ウニャウニャウニャと細い身体を潜らせる。


 くははははは!

 これぞ必殺! 脱走手段の一つ、魔力映像モニターくぐりである!

 むろん。

 魔王様との脱走ごっこの魔導対決で編みだした裏技の一つだ。


 なんかこんな。

 テレビからニョキっと出てくる女幽霊のホラー映画があったなあ、と思いつつ。


 マルドリッヒ領内の屋敷。

 高級絨毯の上に顕現した私は――ニヒィ!


「な……っ! そんなバカな! あなた、なんて非常識なのですか!」

『にゃはははははは! ごめんねえ、私。大魔帝ケトスだから』


 そう、これくらいできてしまうのである。

 告げた瞬間に、既に私のモフシッポは銀の男の手に浮かぶ魂を確保し守護していた。

 周囲に民間人の魂がないことを確認した――その直後。


『それじゃあ、お疲れ様』


 ベリ!

 私の猫爪は、空を一閃!


 竜人イヴァンの首を刎ねていた。



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