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神在月 ~つどいし主神の器、にゃんこと鳩とお兄さんと~前編



 天子黒龍神こと朕龍ちんりゅうさんとの会談の真っ最中。

 ふと気配を見せた知り合いの香りに気付いた私は――モフ毛をぶわっと膨らませて、華麗に強制召喚!

 大魔帝ケトスこと、もふもふ猫魔獣の私による最高神召喚である。


 紅葉がキレイな季節。

 会議テントの外には、カラフルな葉が舞い散っていた。


 招かれた男に向かい、私はニヒィ!

 悪戯ネコの顔で――くははははは!

 高い場所に飛び乗り、ドヤ顔もしてやったのだ!


『やあ、お兄さん久しぶり! ……ってほどでもないか。ともあれ元気にしていたかい?』

「久しぶり! じゃねえよ!」


 応じる相手は、眉間に濃い皺をビシシっと刻んで――不精ヒゲを残す顔をヒクヒク。

 サメのように歯を尖らせ、瞳を紅く染めて唸る。


「だああぁぁぁぁっぁぁぁぁあ!? やりやがったな、てめえ、この駄猫っ! ふつう、最高神に分類される神を生贄も儀式もなしに呼ぶか!?」

『えー、いいじゃん。どうせ見てたんだろう? もったいぶったやり取りも面倒だったし、どうせ最終的には顔をだすつもりだったんだろうし、だったらもう協力して貰おうと思っただけじゃん。怒らない怒らない』


 ぺらぺらと、お茶で湿らせたおせんべいを振りながら笑う私に。

 お兄さんは目を三角に尖らせて、ぐぬぬぬぬ!


「こっちも一応神なんだよ! 威厳とか、順序とか! そーいうのが、色々あるんだよ! そうそう簡単に呼ばれたら! 品格とか価値が下がっちまうだろうが!」


 ともあれ!


 テントの隅っこの暗がり。

 一番深い闇の中から現れたのは――黒き翼をもつ、人を食った様な顔をした長身の男。

 大魔族であり冥界神。

 永遠なる死の皇子と呼ばれる魔王様の実兄。


 レイヴァンお兄さんである。


 さすがに緊急召喚されるとは想定外だったのだろう。

 色々とボヤいて煙草に火をつけ。

 召喚された冥界神はワイルドハンサムを尖らせ、周囲をきょろきょろ。


「やっぱ生者の世界だと、魔力も権能も制限されちまうな。んだよ、どうやって呼び出したのかと思ったら……サーチの魔術と召喚術式の組み合わせか。マジかよ、おい。スパイとして追従させていた俺様の分霊を基軸に――繋がった長くて細い糸を辿るように俺様本体を引っ張って紐づけ、むりやり召喚しやがった、つーわけか。あいかわらず無茶苦茶な魔術理論を行使しやがるな」


 大きく筋張った手を首にあて、こきこき。

 身体を馴染ませるような動きをした後に漏らすのは――タバコの煙と大きなため息。

 生者の世界が苦手なのは本当らしい。


 冥界に居る時は魔力と権能に制限がないからか、サディスト冥王って感じで、もうちょっと尖がってるんだよね。


 こう見えてこの男は、正真正銘の魔王様の兄上。

 かつて古き神々が住んでいた楽園。

 原初の神がいたとされる地が滅ぶ原因となった男でもある。


 まあ原因となっただけで、やったのは魔王様なんだけどね。


 実力はまあおそらく。

 三獣神、私やロックウェル卿やホワイトハウル。そして魔王様を除けばトップクラス。

 死した後。

 冥界を実力で支配した死者たちの王で、この辺り一帯で信仰されている主神でもあるのだが。


 その性格はお人好しだがけっこうテキトー。

 酒と情欲とタバコを愛する、私生活はどうしようもないタイプの――ぐぅたら男である。


 良い所は――少しだけ魔王様に似ている所か。

 まあ、少しだけだが。

 私はちょっとした懐かしさを感じて、ネコ眉を下げていた。


『まあ許可なく呼んだのは悪かったよ――でも、ちゃんとお供え物もあるよ? ほら、そこのダンボール……って言っても分からないか、紙で作られた箱があるだろう? そこを見てごらんよ』

「ん? まじか? どれどれ、しゃあねえから貰ってやるよ」


 お兄さんは私が召喚の供物代わりに使用した、サツマイモから作り出された芋焼酎を目にし。

 ギラーン!

 パタパタと飛んで抱えて持ってきて。

 テーブルの上のお菓子と摘まみをかき集め、奥の革椅子に深く腰を掛け――ぎしり。足をダラーンと伸ばし――。


「要塞に集いし死霊たちよ、我は汝らの王にして神。従え――」


 筋張った長い指を鳴らし、パチン!


 無駄に良い声と冥界神の権能で、要塞内のアンデッドを私物化したのだろう。

 グラスを用意させて、満足そうに頷いている。

 既に飲む気満々なようで――。


「なーんだ、おめえ! 酒があるならあるって先に言えよ! よう、久しぶりだなケトスよ! いやあ、俺様はお前を信じていたぜ、ちゃーんと神を敬うえらーいネコだってな!」

『相変わらずお酒には目がないようだね。まさか私も、ふつうのお酒で召喚できるとは思っていなかったよ。ていうか、ネクロマンシーで呼ばれた死霊たちの乗っ取りって……腐っても冥界神なんだね、初めて見たよ』


 そんな。

 私とお兄さんのやりとりを見て目を点にするのは、朕龍さん。


「のう、ケトス殿? この並々ならぬ悪食の魔力を内に秘めた御仁は……よもや?」

『ああ、正真正銘。本物の冥界神――永遠なる死の皇子、本人だよ』


 しれっと告げる私に、黒龍達はひそひそひそ。

 困惑している様子。

 集まりウネウネする黒龍達に目をやって、芋焼酎をグラスに注いで嗜みながらお兄さんが言う。


「なんだ、天子黒龍神じゃねえか! たしか元は……エンドランド大陸に生息していた神魚の巨大鯉だったか? 神となるべく滝を登った水神だったよな。ははーん……さてはおまえさんも、この駄猫に振り回されてやがるな? 分かる、分かるぞお! こいつ、本当にひでえだろ!」


 キシシシシシと、良い笑顔。

 芋焼酎を飲み下すたびに翼をぱたぱた。

 親戚のおじさんみたいな反応で、はにかむお兄さんの顔がなんかムカついたので。


 げしげしげし!

 魔力を込めた肉球でグイグイしてやる。


「こここここ、これええぇぇぇっぇえ! なにをしておるのじゃ! ケトスどの! 此方におわす方は畏れ多くも――古き神々の一柱。全ての生と死を司る、最高神ぞよ? ななななな、なーにを尻尾でべしべし、肉球でぺーちぺち叩いておるのじゃ!」

『いや、このお兄さんの翼の後ろにいる黄金ネズミに挨拶をしようと思って。お、いたいた。おー! 飛蝗くんたちも元気そうだねえ! サツマイモがあるけど、食べるかい? ちょっと呪われてるけど、君達なら大丈夫だよねー!?』


 冥王の眷族たる翼亜空間の住人に餌付けをする私を見て。

 少し微笑し――。

 不精ひげを擦りながら、酒焼けした低音でお兄さんは言う。


「んだよ、ケトスっちよー。ったく、せっかく突然顕現して驚かせてやろうと思ってたのに。おまえさん、俺様がみてるって最初っから気付いてやがったな」


『当たり前だろう。ここ、君の領域だし。君の漆黒神殿だらけだし、変に美化された像まであるし――それにだね、私、ネコだよ? 見られている視線って言うのは、簡単に見分けがつくからね。どうせ遊びに来ていたチビッコシャーマンを膝に乗せて、冥界の宮殿から二人でのぞき見していたんだろう?』


 揶揄するように私はネコ髯をピンピンさせ!

 にょほほほほほ!

 勝手に私をのぞき見していた仕返しに、現場の映像を投影してやったのである!


「な……っ――! 過去視の魔術か!」


 それはさながら。

 休日にゴロゴロしているところにやってきたヤンチャな姪っ子に。

 遊ぶのじゃ! と要求されるちょっとヤンキーっぽい男の図で。

 なんともまあ、ほのぼのとした光景ではある。


『こういうのって、私みたいな魔猫ならいいけど。お兄さんだとちょっと犯罪に見えるよね、ぶにゃははははははは! 後でみんなに言ってやろ』


 既に餌付けによる好感度マックス状態な魔力飛蝗たちが、キシシシシ!

 一緒になって笑っている。


「は、はあぁぁぁぁぁっぁぁぁ!? ひ、膝にのせてなんてねーし? い、いや、そりゃこうやって映ってるけどよお! あいつが勝手に乗ってくるだけだし。い、言っとくけどな! べ、別に俺様はそういう趣味はねえからな! あのガキが一人が寂しいって夜にボヤいてたから、まあ好きな時に遊びに来てもいいぜって言っただけであってだな!?」

『はいはい、ツンデレツンデレ。そういうの、いいからさあ。あの子も長く生きられるようになったんだし、そのうち巫女からも解放してあげなよ? 優秀だからウチで預かってもいいんだけどね~』


 実はこれ。

 半分ぐらいは本気だったりもするのである。

 その辺の感覚が伝わったのだろう、お兄さんは腕を組んで歯茎を剥きだしにクワっ!


「魔王軍に人間を勧誘するんじゃねえよ! あのガキはうちの巫女だっつーの! それに、まだ定期的に魂の調整をしねえといけねえから、他所にはやれねえっつーの!」

『ふふ、どうやらちゃんと見てあげているようだね。安心したよ』


 まあ、このレイヴァンお兄さん。

 こう見えてお人好しで、それなりの人格者だ。

 幼女に対して、そういう事は絶対にしないのだろうが――案外、父性的な感情に目覚めちゃったりしてるのかもね。

 

 と、魔族同士の会話をしていた横で。

 朕さんが私のモフ背中をツンツンツン。


「もしやおぬし、冥界神と知り合い……というか、仲が良いのでおじゃるか?」

『仲がいいかどうかは分からないけれど――まあこの人、魔王様のお兄さんだからね。魔王様の部下である私が知り合いでも不思議じゃないだろう? つい先日まで、女神リールラケーっていう古き神々が関わっていた事件で共闘してたし』


 告げると、なるほどのう――と、龍ヒゲをくいくい撫でながら。

 向きを変えて、姿勢を正し朕さんは言う。


「ご挨拶が遅れまして、大変もうしわけありませぬ冥界神様。朕、いえワタクシは天子黒龍神。五行の内の水を司る水神にございまする。以後、お見知りおきを。陛下におかれましては、いとご機嫌――」

『え、なになに? なんでこのお兄さんにそんな畏まっちゃってるの?』


 会話を遮り、ツンツンツン。

 汗をダラダラさせている朕さんが面白くて、私はツンツンツン。

 じぃぃぃっと朕さんは私を見て、はふぅ……と呆れの混じった龍の吐息。


「朕はなぜケトス殿が冥界神様に平伏せぬのか、その方が不思議でおじゃるのだが?」

『そーいう、もんなのかなぁ……よく、わからにゃいかも』


 あれ?

 なんか、口調が……猫よりに戻ってきてるな。


 東洋龍独特のフォルムはまるで長く大きな紐のようで――くねくねする胴体とシッポにジャレたくなる気持ちを抑えて、しぺしぺしぺと毛繕い。

 いかんいかん。

 魔王様と似た懐かしい気配のせいで、猫としての本能が前面に出始めている。


 そのやりとりを見ていたレイヴァンお兄さん。

 冥界を治める神は、はぁ……とあからさまに大きな息をはき。


「あのなあケトス、おまえさんよお。俺様って、マジで本物の冥界神なんだぞ? 死とか恐怖とか、永遠の眠りとかそういうのを全部司ってるし。この世界にしてみりゃ大いなる光が主神なのかもしれねえが、それと同格な存在なんだぞ? そりゃ、おめえ。畏れ多くもなるだろうよ」

『いやいやいや。だって、魔王様の方が偉いじゃん』


 ネコ眉をふくらませ、ぶにゃーんと首をひねる私。

 かわいいね?

 ついでに足元までトテトテトテ。

 にゃーん♪

 スリスリスリ♪

 猫の声で、魔王様に甘える時の声音で言ってやる。


『ねえねえ♪ 魔王様が一番えらくて、その次にえらい私の方が偉いよね?』

「か、かわいく言っても駄目だからな! まあ、どっちが偉いとかはこの際どうでもいい。けどな、おまえさんはまた世界を簡単に滅ぼそうとしやがって! そこの龍神の言葉じゃねえが、って、おい、なんだその貌は。まさか――!」


 とりあえず、お説教を妨害するために顔に向かってジャンプ!

 くるって身体を捻って肩の上に着地!

 後ろ足をうにょーっと伸ばし、頬をグイグイしながら頭上に到着!


『くはははははははは! せっかく来たのニャ! 我をモフるがよい!』


 ぺちぺちとお兄さんの頭を叩きながら、私はドヤァァァァァァ!

 いやあ!

 普通の人間とか、魔族とか神様だと。

 ちょっと私が本気でダイヴしちゃったりすると壊れちゃうからねえ。


 その点、このお兄さんは腐っても冥界神!

 私がちょっと猫の本能を解放しても、壊れず受け止めてくれるので問題なしなのである!



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