異種和睦会談 ~おかしな魔龍とおかしな会議~後編
魔竜神と私との戦いが発生すれば、世界が滅ぶ。
そう告げられた私こと大魔帝ケトスは、貌をシリアスに――引き締め!
ることなく。
『あー、そう。やっぱりまーた壊れちゃうとか、崩壊しちゃうとかそういう展開なんだ。にゃはははは、世界って脆いよねえ~』
いつもの事かと、お菓子をバリバリ。
伸ばす尻尾でお菓子の缶のふたを開け、コトコトコトと甘味用の緑茶を注ぐ私の後ろ。
話を聞いていたのは魔猫要塞に残っていた猫魔獣たち。
彼等はブワっと毛を膨らませてモフ耳を、ぴょこん。
世界崩壊?
にゃんだ、いつもの事にゃ――と、ぶにゃはははははははは!
魔竜肉の冷凍保存作業に戻っていく。
モフモフしっぽをファサりながら、わっせわっせ!
肉球でぷにぷに、要塞内をわっせわっせ!
お肉に下処理をし始めて、わっせわっせ!
ちなみに、今現在。
他の皆は他拠点を陥落させようと、張り切って出撃中。
要塞を維持する一部の猫魔獣と護衛のアンデッド隊だけが残る、魔猫要塞での出来事である。
対する朕龍さんこと、水神で魔龍な天子黒龍神。
朕さんがまるで動じない私と猫魔獣大隊を見て、んーむと考えこみ。
長い尻尾の先をパタパタパタ。
世界崩壊の危機と聞き――。
迫りくる終わりに動揺し、宙をうねうね。「あな、おそろしや! あな、おそろしや!」と脂汗を流し舞う黒龍家臣等を確認。
次に――。
わっせわっせと、気にせず働く対照的な猫魔獣を見て。
緑茶におせんべいを浸し、ふにゃふにゃにして食べる私を見て。
こてりと首を横に倒す。
「ふんむぅ――どうやら、モフモフ生物達にはちゃんと伝わらんかったようでおじゃるな。いや、あまりの大事件に意味を理解できなかったのか。それもまた仕方なし。突拍子もない話であったからのう。分かる、分かるぞよ! 朕もはじめ、世界崩壊など信じられなかったでおじゃるからな!」
こほんと咳ばらいをし。
貌をシリアスに尖らせた朕さんは、再度くわッ!
「ならば言おう。敢えて言い直すのじゃ。皆のモノ、驚愕せよとは言わぬが耳を貸してたもれ! そう! 世界は! 此度の事件で! 滅んでしまうやもしれぬのだ! いわゆる終末の危機なのじゃっぁぁあああああああああぁぁぁぁぁ!」
ででーん!
――と、朕龍はテントの外の猫魔獣大隊にも聞こえるような大声で告げる。
実際。テントも要塞も神龍の放つ神聖属性の大声で、びゅんびゅん揺れている。
が。
顔を見合わせた留守番組の猫魔獣大隊は、猫語でぶにゃははははは!
ニャハハハハハ!
またまたケトスさまが世界を壊しかけるんだってー!
ボスはあいかわらずだニャ~。
じゃあ今晩のおかずの議題に戻るけど。やっぱりあのモフり伯父さんにマグロ丼が食べてみたいって言ってみるのはどうかニャ?
賛成ニャ! マグロ丼にゃ!
マーグロ! ドン! マーグロ! ドン!
ぶにゃはははははははははははははは!
と、一蹴。
もはや世界崩壊の危機程度では動じなくなっている猫魔獣大隊は、今晩のオカズについてウニャウニャ語り合っている。
そういやマグロ丼は私一人で食べちゃったしなあ。
後で材料を伯父さんの料理場に送っておくか。
モフ猫達の談笑を見届けるのは、黒き鱗を輝かせる朕さん。
龍神様は、ふんむぅ――と渋く龍の唸りを上げ。
再度。
世界の終わりを告げられ「一大事ぞ! 一大事ぞ!」と動揺し、宙をウネウネと舞う部下を眺めて。
うんうんと頷く。
「ほほほほ、なるほどのう。いかに力強き魔性――大魔帝ケトス殿の部下とて、やはり世界崩壊は怖いとみえる。然り、然り。なれど現実逃避をするのは構わぬが、事実を受け入れるが良かろうでおじゃる。朕も協力するでな――そちはとてもモフモフで、朕は嫌いでないぞ?」
『モフモフって褒めてくれるのはありがたいねえ。でも、だいじょうぶだいじょうぶ。世界崩壊の危機なんてつい最近だけで三回以上あるし。今回もなんとかなると思うんだよね~♪』
よいしょとお行儀悪く私はテーブルに肉球をかけ、ネコジャンプ!
乗って。
占術に使われている魔道具をチェック。
米粒のような魔術文字がギッシリと書き記された古紙の上。
並ぶのは五行属性の宝珠と、龍の魂を宿すとされる宝玉。
龍神による最高位の東洋占術である。
術はきちんと発動している。
魔術式の詳細は見えないが、未来を覗く占い系統の術なのは間違いない。
スナックをぽりぽりしながら占いの映像を、じぃぃぃぃぃ。
占術。
つまり、揺らぐ魔力の流れを観測する事によって未来予想をする魔導技術。
今、うっすらと浮かび上がっている映像は、あり得るかもしれない先の光景。
瞳を細め、魔術師としての顔で私は言う。
『これは――方向性を定めた占術のようだね。敵さんが呼び出そうとしている大ボスと、私が戦う事を前提条件とした場合の未来を見る、条件指定をすることで精度を高める占術ってところかな?』
「さすがじゃのう――よもや一目みただけで術の構成を看破するとは。術式は、ぬしの言う通りじゃ。悔しいが、朕の力では完全なる先見などできんのでな」
まあ、未来が見えすぎているとそれはそれで大問題。
魔王様やロックウェル卿のように、寂しい思いをするようでもある。
ふと私は友であるニワトリの顔を思い出していた。
ロックウェル卿は深く語らなかったが……彼には彼の苦悩が多いのだろうと思う。
おそらく、魔王様による儀式を受け――未来視の能力を捻じ曲げ、石化能力増強に力の流れを変え、強すぎる未来視を弱めているのではないだろうか。
私はそう考えていた。
彼の石化能力は異常だった。
その根本を辿ると……きっと、そういった裏があるのだろうと魔術師としての私が言っている。
魔性たる私が、強すぎる憎悪を食欲に変換させているように。卿は卿で、知りたくもない完全なる未来視を変換し、瞳を石化の魔眼で輝かせ続ける。
感情や能力への置換魔術を、常に使い続けているような気がしているのだが――まあ、この辺は聞かない方がいいのかな。
親しき中にも礼儀あり。
世界を呪い覆う程の憎悪を誤魔化しながら生きているとは、素面の状態では私もあんまり語りたくはないし。
ともあれ。
術の構成を晒すように、魔力を透けさせて朕さんは続ける。
「褒めても構わぬぞ? あらかじめ行く先や歩む先を予想、その道程を前提とし未来視をすることで、精度を何倍にも高める古の秘術である! 戦闘結果を把握したりするのに便利でのう。ま、まあ……むろん弱点も多いのじゃ。先の戦いも魔族の存在やそちの存在を入力せんかったことで、あの有様じゃからな――正しき未来が見えるわけではない。なれど、指定した条件があっているのなら……この結果となろうぞ。もし魔竜神と戦いになれば――そちは、世界を破壊する。悲しきことにな」
朕龍がいうように、これはあくまでも正しい未来とは限らない。
だから、まあ実際に戦うことになるかどうかは、この占いからは読み取れないのだ。
けれど。
実際に戦ったとしたら、ここにある――壮絶な戦いが起こってしまうということでもある。
私は、まーた世界を壊しかけるって事だね。
てへ?
それは聖戦。
神々の戦いと言ってもいいだろう。
『あ、ねえねえ! 本当だ! 魔王城以外の世界、壊れちゃってるね。ほらほら、みてみて! あれ! あそこで倒れてるの朕さんじゃない?』
あったかもしれない占術で覗く未来の話だが。
この朕さん。
なんだかんだで私たちに協力して――最終決戦らしきものに参加をしていたようである。
倒れちゃってるけど。
私は、ああ――百年前の全盛期の姿で荒ぶって暴れているみたいだね。
もうちょっと魔竜神の姿を見たいのだが――術の練度が足りないのか、姿までは把握できていない。
おそらく。
朕さんが見知ったモノや存在ではないと、うまく術が発動しないのだ。
情報量が足りず未来視による演算が不鮮明となり、結果として映像がボヤけてしまうということだろう。
ともあれ敵の神様は本物の強敵。
大魔帝たる私と、まともに正面から渡り合えるほどの神だというのは確からしい。
『なるほどねえ。この世界で私とまともに戦える相手は、もうほとんど残っていないと思っていたけど。人知れず封印されている存在だったら、話は別って事か。そっかー……うん。まったく、世の中って言うのは狭いようで広いんだねえ』
言って、肉球を翳し。
朕さんの占い魔術を乗っ取り、操作。
『あ、みてみて! いま、術を操作して別の未来も覗いてみてるんだけどさ! ほらほら! また朕さんぶっ倒れたよ! 君、けっこうお人好しなんだね! だいたいどの未来でも私に協力して、ラスボス戦で倒れてるじゃん!』
「いや、朕の倒れる姿を見て、そのように平然と笑い。ふつうにおかしを食べられても反応に困るのでおじゃるが――? そも平然と、朕が百年単位で修得した秘術を、いとも容易く使用しないで欲しいのでおじゃるが? というか、ケトス殿? 既に最近だけで世界崩壊の危機があったというのは? いったい?」
あ。
そういや……、何回も世界を壊しかけてるってのは掘り下げない方がいいのかな。魔王軍の私たちはもう慣れてるから、日常茶飯事なんだけど。
世間一般では。
いちおう、禁忌とされている行為らしいし。
『え? あ、ああ――きっと言葉のあやだろうね。うん、よくしらないけど。壊れかけたような、かけなかったような――にゃはははははは!』
と、誤魔化そうとネコ頭を働かせた。
その時だった。
空気が、わずかに変動する。
「ん? なんじゃ? 地震かのぅ?」
『いや、違う――これは……っ』
何者かが、私の張ったニャンニャン楽園な結界に接続をしているのだ。
迎撃してやってもいいのだが……。
これは……ははーん、なるほどね。
見逃してやった私のモフ耳を揺らすのは――地底から、込みあがってくるちょっぴり枯れた、タバコと酒の香りを放つ男の怒声。
「言葉のあや、じゃねえだろうが! この駄猫が! てめえ! 誰がさっきも、火山の噴火を止めてやったと思っていやがる!」
『おや、魔王様が対私用に開発した結界の中に侵入できるなんて。いったいどこのお兄さんなんだろうねえ』
告げる私の声に応じて、更に結界内が振動する。
「は? お兄さんじゃねえし! 謎の通りすがりの邪精霊だし!」
『いや、私の結界に接続できる邪精霊なんて、そういるわけないし……お兄さんも、もしかして――。一定以下の存在の、力の把握とか苦手なタイプなのかな?』
強力過ぎる存在に、ありがちな欠点なのである。
いつもの、庭の蟻の中でどのアリンコが最強なのか、区別がつくのか理論だ。
「おまえさんと一緒にするな! てか、お兄さんじゃねえって言ってるだろう! 謎の、通りすがりだ!」
強大な存在だと気付いたのだろう。
黒龍軍団が、ギリリと玉串を装備し防御陣を組み――彼らを束ねる神、朕龍さんが上擦った声を漏らした。
「な――なんじゃ! この狂おしいほどに冷たく凍てつく瘴気と魔力は!」
結界で部下たちを守りながら、周囲をきょろきょろ。
私も周囲を見渡し、猫口をウニャウニャニャ。
『さて、まあいいや――かくれんぼはもう十分だろう? どうせケントくんの事が心配で、ずぅぅぅぅっと影に分霊をつけて様子を見ていたんだろうけど、さあ。それ、一歩間違えればストーカーだよ? まあ、本当に心配はしていたんだろうけど――でてきなよ。ちょっと魔竜神とやらについて聞きたいこともあるし』
言って、私は肉球をパチン!
瞬間。
世界の法則が崩れ、一瞬だけ天地が逆転――崩れた法則が戻ると同時に、逆転した天地も元へと戻る。
魔猫要塞に乱れ咲いた十重の魔法陣が、この地にとある人物を召喚していた。
軽く、パチンで済ませたが。
実はこれ。
神話の領域に属する魔導技術だったりもするのだ。
にゃふふふふ、ひそかなるドヤである。
力強き神の一柱である朕龍にはそれが分かったのだろう、ごくりと――砂糖まみれの紅茶を呑み込んで、驚愕の息を漏らしていた。
術の効果は最高神の召喚。
神の召喚によって大地が揺れ。
影という影から、黒き羽が舞い散り咲く。
ビシ!
ヴァサ!
黒き翼の影がテント一面に広がり、神聖なる力を喰らって周囲を常闇に沈めていく。
「ふふふふふ、ふはははははははは! 俺様、降臨!」
空気を濡らす甘い声。
闇が集合する。
今、謎の黒衣の大魔族がこの地に顕現した!




