要塞防衛戦 ~魔帝 対 魔龍。そうぜつなるたたかい~後編
魔帝と魔龍、そうぜつな戦いはまだ続いている。
ネコちゃん大魔帝ケトスな私が見守る中。
戦いは今。
佳境を迎えようとしていた!
大技を放とうとオーク神がギリリ!
武人たる顔を刃のように尖らせ魔帝豚神オーキストは、豚耳をぴょこん!
巨体となった身を揮わせる。
「遊びは終わりだ、一気に捕縛してくれる――ッ!」
「ななな、なんじゃ! いきなり大声を上げおって!」
敵さんサイドのボス、黒龍の神っぽい朕龍を瞳に捉え、キキイイイイイイン!
瞳をモンスターのように妖しく輝かせ。
狂乱の斧を両手で握り、ブン――ッ!
「我は魔帝、魔帝豚神オーキスト! 脆弱なる魔龍ども、呪われ、狂い、地に堕ちよ!」
名乗り上げを詠唱とし、力を発動。
斧の先端から放つのは、空間封鎖の大呪縛陣。
豚さんマークの大髑髏が、フィールド全体を暗澹とした闇で覆っていく。
発生したのは九重の魔法陣。
続けざまに詠唱を開始。
「怠惰なりしも慈悲深き者、世界を睨む大鯨よ! 我が祈りと忠義を力とし、汝の敵を大地に縛りたまえ!」
この術の構成は、んーむ。
私の力を借りたオリジナル魔術だな……たぶん。
「――黒き狂乱の肉球圧殺――!」
術の発動が、世界を揺らす!
魔術効果によって、空に顕現するのは大鯨のような影。
特大な黒き憎悪のモヤモヤ猫。
悪戯そうな――まん丸な瞳が紅く輝いた次の瞬間。
ぶぶぶ、ぶにゃはははははにゃぁぁっ! ぶにゃぶにゃああああああああああぁぁぁっぁぁぁ、ごぉぉぉぉ!
妙にハスキーボイスな黒猫が、にくきゅうで大地をベシン!
超特大の肉球型の魔力が、どすーん!
森林や山々。
地形を抉り変えるほどの高出力の重力波をもって呪縛、効果範囲にある全ての魂を大地へと押し付ける。
まあこの場所は結界内なので安全なのだが。
オーキストもなかなか無茶をする。
駆逐済みの魔竜の肉を冷凍保存処理している砦のニャンコ達が、なんにゃ! なんにゃ!
結界の外。
空を見上げてウッキウキ!
にくきゅうの重力波がおもしろいのだろう。
これで決まりかな、と思ったのだが。
猫達を観客とした戦いはまだ続いている。
魔力を受けてもまだ動いているのは、やはり――東洋風魔龍側のリーダー。
烏帽子をかぶった朕龍が、ぴょんと貌を跳ねさせ。
瞳を、くわッ!
「な! 重力を操る魔術じゃと……っ、うぐ、な、なんと! 朕らの身体が……っ、うぐ、ぐわ!」
呪縛陣に囚われた魔龍の群れが、徐々に、徐々に、宙を浮く魔力を制御できずに大地に向かい落ちていく。
どうやら朕龍がいうように重力を操る魔術のようだ。
重力の鎖に戒められた魔龍達の魔力と胴体が歪み――しかし!
烏帽子をぴょこぴょこさせる魔龍が一匹。
巨大な朕龍が重力波をすり抜け、ひょろりと身をくねらせ。
あ、それ! あ、それ!
揶揄うように舞い始める。
「なーんてのう、ほほほほほほ! 残念であったな!」
「な……――っ、なぜ動ける!」
ブタさん印の魔力網で魔竜を捕えようと準備をしていた、オーキストの武骨な顔が鋭く尖る!
驚愕の声を上げる魔帝を見て。
朕龍はヒゲと身体をひょいひょい!
空を駆けながら水の魔力波動を放出。その身を使った特大魔法陣を空に描き出す。
自らの身を呪術筆として、空に術式を刻んでいるのだ。
「のほほほほ! 重力呪縛は五行魔術の領域。すなわち木火土金水を司る朕の領域である! 朕にはそのような地形や天候、自然を利用した魔術は効かぬ! たとえ大魔帝の力を借り受けた魔術であろうとな! その膨大なる憎悪の力、逆に利用してくれようぞ!」
おや、これは。
「朕は求め訴えたり! 空かけ、天翔け、夜を駆けよ。朕が許そう! 風をそよいで、大地を逃げよ! 朕が命ずる! 許す、時空を裂けよ! 降れよ霰、轟き膨らめ!」
なかなかどうして、高速詠唱である。
胴体からにょきっと生える腕も、わちゃわちゃわちゃと、複雑怪奇な魔術印を刻んでいるし。
ちょっとかわいいかも。
しかし、見た目とは裏腹。
その大魔術はどうやら本気らしく。
「朕こそが天帝魔龍! 朕こそが西の魔竜と袖を分かった東の魔龍の守り神――天子黒龍神の名において命ずる。世界を包む星々よ! 燦然たる輝きよ、朕たる我に力を授け給え!」
術の性質は儀式前の魔力ブースト。
フィールドに属性を付与し、儀式のための空間を生み出す特殊魔術である。
ようするに。
力を増幅する魔術を自らと周囲にかけ、魔力の限界値を一時的に強化。本来なら行使できない、高ランクの魔術を使おうとしているのだろう。
あれ、これ。
まずいんじゃ……。
今の朕龍はかなり濃密な強化状態。
祝詞による魔力ブーストと、オーキストが放った私の力を借りた魔術の力。
二つの力を吸収、外付けブースターとして補助されている状態になっているし。
オーキストもそれに気が付き、巨大状態を維持したまま空を駆ける。
「儀式魔術のための祈祷力増幅魔術か! させるか――ッ!」
こりゃ、オーキストも油断したかな。
まあ彼は本来なら暴虐を司るオークの神。
殺してはいけない、という制約が彼には向いていなかったのだろう。
朕龍はもはや止まらない。
龍ヒゲを優雅にそよそよ~!
術妨害の魔術を祈祷による祈りではじきながら、魔法陣を増幅させていく。
増幅魔術を眺めて私は、んーとモフ毛を靡かせ考える。
この魔龍達ではどんな魔術を使ったとしても、私には勝てないだろう。
たとえ、オーキストを倒したところで私を倒さなければ何の意味もないのだ。
ならば、選ぶ魔術は――やはり。
逃走魔術、かな?
もし私が仮に敵サイドだった場合――大魔術を使い、その衝撃と混乱の隙に逃げるという道を選ぶと思うのだ。
まあこの魔龍達。
実はもう既にこっそりとマーキング済み。
いざとなったら、私がちょいちょいっと肉球で招くだけで強制召喚できるから、逃げられてもいいんだけどね。
だったら戦う意味なんてないのかもしれないが。
そこはそれ。
せっかく呼んだオーキストの晴れ舞台を用意してあげるのが、上司としての優しさだと私はそう思うのである。
うん。
戦いはさらに動きを見せる。
「おじゃる、おじゃる、おじゃる! 朕には仲間を守る義務がある! 悪いが本気を出させて貰うぞよ!」
朕龍はギャグキャラとしての顔を投げ捨て。
ギシリ……ッ。
龍の瞳を尖らせて。
猛虎をイメージさせる顔色で――神樹の葉を模した儀式用の玉串を顕現。
神社の神主さんが装備していそうな玉串を、龍手でぎゅっと握って。
「払い給え、清め給え。朕の願いよ星に届け!」
相当に強力な儀式魔術――召喚系統の魔術のようだ。
私も知らない術のようだが。
はてさて。
「天に遍く星々よ! 流れて集う浮き星よ! 朕は汝らを操り増やす者也や! 集え、膨らめ、降り注げ! 天翔ける星の矢となり、不浄なる大地を抉るでおじゃる!」
天に遍くって……。
その詠唱はどこかで――。
ぶひっとブドウジュースを吹き零し、該当する系統の魔術を思い至った私はまんまる猫目をクワッ!
寛ぎモードを緊急解除!
モフ毛をぶわっと膨らませて、私は慌てて叫びを上げる。
『オーキスト! それ、私も使う天体系の星魔術だ! 私も知らない術だけど――もしかしたら、ヤバイかも!』
「なんと! では、いますぐ妨害を――!」
警告に従い、オーキストが魔戦斧を雨の如く降り注がせ迎撃するが。
キィィィン!
相手の魔術の規模が天体創造レベルの領域だからだろう。
斧は相手の魔術波動に弾かれ、詠唱妨害も効果キャンセルもできていない。
「な……っ。いかん。これでは術が完成をして」
吠えるオーキストの言う通り。
確かにこれは――まずい!
手を貸さないと、この辺りの空間ごと消し去られてしまうか。
ようするに。
絶対防御のこの魔猫要塞空間だけを残し、全てがドーン!
エンドランド大陸自体が、蒸発してしまう可能性すらあるのだ。
ここは力を貸すべきなのだろうが――。
しかし。
勝手に戦場に乱入するのは……プライドを傷つけちゃうよなあ……どうしよ?
と、悩んだ、その直後。
「ケトスさま! 申し訳ありません、どうかお力添えを!」
『へー、自分からちゃんと言えるなんて君、本当に成長したんだね――よっと!』
呼びかけに応じてオーキストの目の前に、ポン!
絶対防御の対私用結界をスルーして瞬間転移、顕現した私は猫目石の魔杖をギュギュギュ。
『とりあえず、世界を壊されないように――っと、えーと……魔術名は……まあ、なんでもいっか。魔術で世界に接続。この空間を独立させ、外の空間から排除して――と。ふぅ、これでよし!』
オーキストが顔色を尖らせ魔竜を睨みながら言う。
「民間人への被害は……っ?」
『ああ、これで大丈夫。この空間は独立したフィールドとなったから、安心安全さ。大規模魔術での崩壊が起こったとしても、被害はこの空間だけで留まり、大陸全土には多少しか影響を与えないだろう』
魔術を横目でみていたオーキストが、深々と頭を下げる中。
私は朕龍に向かい。
『ちょっと、そこの朕さーん! さすがに世界にダメージを与えるレベルの魔術だと、困るんですけどー! 滅ぼさないつもりだったけどー! やりすぎるなら、やっちゃうんですけどー!』
「ほう、やはりそちが大魔帝ケトス。殺戮の魔猫。異界より招かれし災厄の化身――この世界に漂う哀れなる勇者の魂、ブレイヴソウル達の王か。だが――もう、遅い。そう、遅いのである! 朕の魔術、完成でおじゃる!」
宣言と共に。
再度、世界が大きく揺らぐ。
輝きがフィールドを満たし。
天に描かれた五行属性の魔法陣は――並々ならぬ力を放っていた。
並行詠唱と増幅魔術。
二つの補助輪をつけた効果だろう、天子黒龍神と名乗った朕龍の周囲に十重の魔法陣が浮かび上がる。
瞬間。
オーキストの豚目が驚愕に広がった。
十重の魔法陣を扱う程の存在だとは、想定していなかったのだろう。
ま、まあ半分以上は私の力を借り受けた魔術を吸収されたせいなんだろうけど。
ともあれ。
天体――星を司る術は発動した。
「星々召喚魔術! キラキラ霰流星群でおじゃ!」
輝きが、魔猫要塞を包み込む。
あちゃー。
間に合わなかったか!
揺れるフィールド。
荒ぶる魔力。
黒雲を突き抜け落下するのは、煌々と輝く浮き星たち。
……。
いや。
待てよ?
これって――。
ぶぶぶ、ぶにゃは!
モフ毛をぼっふぁーと膨らませ、私は猫笑い。
実は、名場面を作れるのではないだろうか!
『しょーがないにゃあー! ちょっとダメージを受けちゃうけど……私が受け止めるしかないかな!』
ここはビシっと格好よく私が受け止めて、星を押し返してドドドドド!
なんかイイ感じにドヤポイントが上がる絶好の機会!
かなりありだよね!
と、ウキウキになっていた私のモフ毛を大きな影が包む。
「ケトスさまぁぁぁああああぁぁぁっぁ!」
『え? ちょ! だ、だいじょうぶだよ! 私、不死身だから!』
騎士系統のスキルを瞬間使用したオーキストが私の盾となり、星々から庇ってくれているのだ。
え?
いや、私。
単独で降ってくる星を受け止めて、ドヤる予定なんですけど!
仕方ない。
撃ち落とすかと、空を見上げて――私は、うにゅっとネコ眉を捻らせる。
『オ、オーキスト! だいじょうぶだって、それに盾になんてなられたら後で蘇生させる手間の方がかかるので、面倒……。いや、部下を死なせてしまうのは上司としてはちょっと困るんだけど! 魔王様に、怒られるんですけど! それに、ほら! 上、上!』
しかし、私の言葉など聞こえない程に防御魔術に集中しているのか。
武人の貌で、声で。
忠義を尽くす部下は私に言う。
「此度は我が身の失態。御身は必ずや無傷で守り切ってみせましょうぞ――!」
『あ――ありがとうオーキスト。でも、本当に大丈夫なんだって。上、見てごらん?』
「う、うえでございますか?」
肉球でぺちぺちされたオーキストが上を見上げ。
……。
「あれは……天体、の星ではありませんな」
『う、うん。星は星でも……』
空から降ってきた星は、たしかに星なのだが。
金平糖とか、ひなあられとか。
いわゆる星っぽい形をしたアラレのお菓子たち。
星々召喚魔術。キラキラ霰流星群。
それはアラレの雨。
ようするに、端午の節句に用意される類のあられのお菓子を、大量に召喚。
というか。
膨大な魔力と十重の魔法陣をもって、時間と時空を捻じ曲げ。
曲げた先の異世界商店から購入。
袋詰めして降り注がせる、異世界召喚魔術の一種なのだろう。
色欲の魔性で死の商人、フォックスエイルも異世界から買い物できるし、それと似た効果を魔術として使用したようである。
あ、なんかレシートも落ちてきた……。
かつて見慣れた文字で書かれたそれは、どこぞの異世界デパートの包み紙と、高級そうな紙の手提げ袋で。
依頼主、天子黒龍神さまってなってるし……。
あて名は、大魔帝ケトス。
私宛だね。
バリバリと包装紙を捲って。
缶を開けて――おいしそうなアラレをバリバリバリ。
うん、おいちい♪
……はっ!
しまったぁぁあああああああああっぁぁぁぁぁぁぁ!
ついつい食べちゃった!
これ、もう相手の申し入れを受け入れますって言う魔導契約とも受け取られちゃうし。
案の定。
ふふん、と――アラレをバーリバリ食べてしまった私の猫口を見て、龍の瞳を細め朕龍が言う。
「大魔帝ケトスよ! 朕はそのあられ菓子を対価にそちとの会談を要求する、如何か!」
「何を馬鹿なことを――すでにきさまらは……」
一蹴しようとするオーキストのお口にチャックをして。
『ようするに、全面降伏ってことでいいのかな?』
「うむ。西の魔竜どもの企みにわざわざ巻き込まれる事も無かろう。朕はさまざまに知っている。おそらく、そちらが欲する情報もあろうて」
偉そうに告げる朕龍であったが、その黒く輝く竜燐には汗が滲んでいた。
ここで断られれば全てが滅ぶ。
それを本能的に知っていて、けれど、仲間たちを守るために前に立っているのだ。
アラレのお菓子を召喚する魔術の裏。
朕龍が、私以外の誰にも気づかれずその身にこっそりと掛けていた魔術は――自己犠牲魔術。
今、この瞬間。
もし私がこの朕龍を倒したとすると術が発動。
魂消滅のエネルギーを因とし力は発揮されるのだろう――その効果は、仲間たちの強制帰還。
ダンジョンなどでどうしようもなくなった時に、一人を犠牲とすることで他のモノを助けるダンジョン魔術である。
欠点は使用条件。
本当に仲間を憂う気持ちがないと使えないという、重い制約があるのだ。
奴隷たちや使役獣に、無理やり使わせるという外道な戦術ができないようにセーフティ機能がついているというわけである。
ともあれ。
そこまでの決意は、まあ嫌いじゃない。
『初めまして脆弱なる魔龍の諸君、おいちいアラレお菓子をありがとう♪ 私はケトス。大魔帝ケトス。本来ならお菓子に釣られて許すことなどありえないが――まあ、もう食べちゃったしね。今回は特別に君達の無礼を許そうじゃないか』
冷静に言って。
デパートの包み紙に覆われたアラレお菓子の山を抱えて、私はにゃはー!
これにて、要塞防衛戦は終了。
あくまでもこの魔龍達は魔竜達に利用されていただけなので、問題が解決したわけじゃないが。
相手の戦力を減らしたのは事実!
ネクロマンシーで情報を引き出しているリベル伯父さんも仕事を進めているだろうし、朕龍達からも情報を入手できるだろうし。
かなり相手を追い詰められるのではないか。
そんな期待に、私はモフ耳をピンと立て。
バーリバリバリと紙包みを破って、おいしいお菓子に舌鼓を打つのであった!




