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グルメ穢す者に鉄槌を! ~極悪魔猫の戦略~その3



 魔竜と巨人。

 二種族の連合軍が籠城していた、一番大きな敵地の砦。


 要塞と呼べるこの地にも、紅葉の葉が舞っていたのだろう。

 そこかしこに、積まれたカラフルな落ち葉の絨毯が作られている。

 ボフっと頭から突っ込みたくなるが、我慢我慢。


 そして。


 風さえ死んだ砦の上空に浮かぶのは、空飛ぶ大魔帝の玉座。

 フカフカクッションの置かれた深紅の台座の上に鎮座するのは、愛らしい黒猫。


 ただ美しい魔猫が、膨大な魔力でモフ毛とマントを靡かせ――フフン!

 静かなるドヤを浮かべ。

 猫目石の魔杖を掲げ、斜に構える姿はまさに美麗!


 既に魔竜たちは全滅した。

 紅葉の絨毯の上で、ぐっすりおやすみ……もはや二度と起きる事はない。

 決め手は素敵にゃんこの範囲即死攻撃。


 そう。

 この私!

 麗しき魔猫、大魔帝ケトスの猫罰で等しく死を与えられたのである!


 それを見ていたのは――隠れ里の巨人の長。

 そして。

 狂戦士化状態の心の隙間をつかれ、敵側についていた巨人族達だけ。


 遅れてやってきた猫魔獣大隊と、アンデッド軍団を率いる者達は顕現し――死霊たちの助けを借りて砦の柱に着地。


 すかさず――視覚を確保できる場所に駆けるケントくんとリベル伯父さん。

 二人は高台にタンっと上り、途端に武器を構え――ギリリ!

 瞳を戦闘モードに尖らせ唸り!

 ……。

 きょろきょろ。

 魔導書により魔王様の力を借り受けるリベル伯父さんが、むぅっと唸り。


「よくもワタシの愛らしいイモグルメに……って! もう駆逐した後じゃないか」

「そのようですね。あー、ケトスさまがやっちゃったんですね」


 既に私の力を知っているケントくんは、いつものことですねとポロロロロン。

 冥界神の竪琴を使い、滅びた魔竜の魂を戒め――鎮魂させる。


 うにゃうにゃうにゃ!

 っと、やってきた猫魔獣大隊も私の力を知っているので。

 事態をすぐに把握したのだろう。


 ケートースさま! ぶにゃ!

 ケートースさま! ぶにゃ!

 と、褒め称える猫歌を歌ってくれる。


『くはははははは! 我を崇めよ、我を讃えよ! 我こそがケトス! みんなのアイドルにゃんこ、大魔帝ケトスである! くははははは!』


 猫魔獣大隊からの賛美を受けてビシ!

 空飛ぶ玉座の上から超カッコウイイポーズと肉球で応える私の真下。


 スゥっと顕現したのはオーク神とその娘。

 女騎士エウリュケくんと父、魔帝豚神オーキストも続く。


 死屍累々の魔竜たちを瞳に捉えた女騎士からの、驚嘆の声が響く。


「す、すごい――! ケトスさまのお力が物凄いとは知っていたのですが、まさかこれほどまでとは……いや、なんか……えぇ……? すごすぎて――引いてしまうレベルなのですが……。ともあれ、これでこの拠点は制圧できますね――」

「んむ。パパもよくもまあ、こんな御方に逆らったモノだと――今になっても震えが起こってしまうよ。エウリュケー、パパの知らない所でケトスさまに逆らったりなんかしたら、駄目だぞー」


 ぷぅっと頬に空気を入れて、娘はプンプンプン。


「もう! パパ! みんなが見てるんだから、言葉遣いはちゃんとして!」


 娘を甘やかす父親の顔で、オーキストがハハハハと豪胆に笑う。


「おいおい、いいのかー? おまえこそその口調は大丈夫かー? お前の部下たちが見ているぞ?」

「大丈夫よ。パパったら心配性なんだから、距離があるから聞こえないわ。あたしが言っているのは、合流したらの話。もう、せっかちなんだから」


 甲冑をかしゃんと鳴らし、腕を組んで怒る娘に笑う父。

 微笑ましい光景ではあるが。


 パパ?

 と、聴覚も鋭くなった元人間ニャンコたちが耳を立てている。

 そういや知らなかったのか。


 別に隠すこともないと思うのだが。

 まあ、人間世界で暮らしていくなら知られていない方がいいのかな。


 一応、オーキストは本物の魔王軍幹部だし。

 今や人間世界最大の国となった西帝国、そして隣国の東王国と隣接する地――大森林を治める神みたいな側面もあるし。

 その辺の事を誤魔化すように、ぶにゃん!


 ふよふよ浮かぶ玉座の上から私は声をかける。


『にゃははははは! ごめんねー、君達の獲物までやっちゃったけれど。まあ、他の場所もあるんだからいいよねー! とりあえずこの拠点を乗っ取るから、エウリュケさんとオーキストで罠確認と、残党がいないか一応チェックをしておくれー! 猫魔獣大隊はドラゴン肉の保存と、兵糧の奪取を! この砦を私のダンジョン領域に書き換えたら、しばしお菓子タイム! 小休止を挟んだら次の拠点に行くから、そのつもりでー!』


 指示を出す私のモフ耳を揺らす竪琴の音。

 砦の城壁。柱の上から魔曲が響く。


 魔竜の死骸の怨念を鎮めるケントくんが、私に向かい大きく手を振ってアピールしてくる。


「ケトス様ー! ボクはどうしたらー?」

『ケントくんには後で別の仕事を頼むから、巨人族長さんの方と合流して待ってておくれー! リベル伯父さんはそこで待機! ちょっと相談があるんだー!』


 ケントくんから、分かりましたー、と返事を受けて。

 彼が指示通りに巨人のもとへと向かったのを確認して、と。

 私は静かに周囲を見渡した。


 ◇


 静寂の砦。

 見渡す限りの死が――広がっている。


 冷淡に魔竜の死を眺める私の瞳は、紅くギラついていた。

 憎悪の魔性としての本能が滾っているのだ。


『――……』


 このまま破壊の肉球で、ぽんと世界を叩いたら、どうなってしまうのだろう?

 きっとキラキラ弾けて、それは綺麗に消えていくのだろう。


 ウズウズと猫毛が膨らんでいく。

 ……。

 ぶにゃ!

 いかんいかん。


 どうも眉間に、ぐぬぬと濃い皺が刻まれてしまう。

 お手々をしぺしぺ舐めて、尖る貌をてちてちと毛繕い。

 気を落ち着かせる。

 まあ、眉を尖らせるネコちゃんも当然可愛いのだが――。


 私の中の闇が言っていたのだ。


 やっちゃいなよ――と。


 今、目の前に広がっている景色こそが、この世界に与えられるべき本当の姿――。

 我を虐げ、屈辱の泥水に漬け込んだ醜い世界に与えられるべき。

 等しき死なのだ。


 今、この瞬間。

 本気で私が魔杖を翳して世界そのものを呪えば――おそらくほぼすべての命が死ぬ。


 どれほどに明るく肉球を歩かせても。

 どれほどに憎悪を食欲に変換し、グルメを貪っても一時の幻。


 猫という至上の愛らしさを誇る私の本性は邪悪で、おぞましき憎悪の塊。


 それでも。

 世界を滅ぼさないでいられるのは。


 魔王様のお言葉と――憎悪の中に沈む私の心を、明るく照らす者達グルメのおかげか。

 まあ、そのグルメを提供してくれる連中も?

 少しは?

 気にしてやらんこともないが。

 ……。


 ふ……っ、これぞセンチメンタルニャンコなのである!


 いや、まあ冗談みたいに言っているが。

 これはけっこう本当なのだ。

 大量の死を目の前にすると、うっかり本性が暴走しそうでちょっと怖いんだよね。


 こんなにあっさり殲滅できるのなら、単騎で魔竜たちを殺してくればいい。

 そう思う者達への答えは、これなのだ。


 ネコの本能に縛られる私は独りだと、守る者がいないと何をするか――自分でも分からないのである。


 いつか。

 つい、うっかり……。


 世界を――やっちゃったりする可能性もゼロじゃないのだ。

 ……。

 ま、まあそん時はそん時という事で!

 その時に考えるのである!


 だから一応、こうして暴走しないように行動しているんだし。

 私は悪くないと思うのだ。


 無責任とはいうなかれ。

 私――猫だし。

 ネコちゃんにそこまでの責任を押し付けるのって、うん、よくないと思うのだ。

 ねえ?


 ま、まあ都合の良い時だけフツウの猫のふりをするなって、お説教モードの魔王様に注意されたことはしばしばあるが。

 ともあれ。


 本能を堪えているのは、魔王様のため。


 魔王様。

 我が愛しき君。慈悲深き、我が主。


 魔王様のために、魔王様が御眠りになっている間。

 魔王様の許可なくこの世界を壊さないように、魔王様の愛した世界が壊れないように。

 魔王様が起きるまで――魔王様のために守り続ける事は、きっと私が魔王様から与えられた使命。


 ようするに、魔王様がいなかったら。

 この世界は既に滅んでいたのだ。

 つまり!

 人間どもも、世界も。魔王様に感謝するべきなのである!


 わかったか! 人間どもよ!

 ででーん! 証明終了!


 にゃふふふふふ。

 さて、センチメンタルはこんなもんで十分だ。

 呼吸を整え、憎悪を払い。


 私はいつものように、憎悪を誤魔化すためにおイモのお菓子をガジガジガジ。


 わりと黒い相談をリベル伯父さんとするべく。

 玉座ごと瞬間移動した――。



 ◇



 アンデッド達を従えるリベル伯父さんの目の前にシュン!


 浮かべる魔導書から常に膨大な魔力供給を受ける男。

 リベル伯父さんは既に拠点の一箇所を占拠し、独占。

 優雅に椅子に座っている。


 そこに並ぶのは、貴族の一室を彷彿とさせるティーセットで。

 ポットからは甘い茶葉の香りが漂っている。


『ここ、一応戦場なんだけど……』


 と、ジト目で思わず呆れた声を出してしまう私、かわいいね?


 対する伯父さんは、魔導書と魔導地図を常にチェックし監視中。

 使役するアンデッドに要塞内をチェックさせて、索敵にも協力しているようだ。


「ふふ、遊んでいるつもりはないんだけどね」

『まあ、魔力の回復も重要だし。周囲を見渡せるこの場が一番監視にも向いている、敵の奇襲も受けにくいし、何かあったらすぐに仲間の下へとアンデッドを派遣できる最良の位置だ。死霊使いとしては正しい在り方だけど――なんかムカツク』


 明らかに軍略を齧ったモノの発想である。

 くだらん野望をいまだに滾らせるリベル伯父さんのくせに……なまいきである。


 初代皇帝になろうとしている、というのも――冗談や気狂いだけで言っているのではなかったのだろう。


 ジトーっと睨まれる伯父さんは、眉を下げて見せ苦笑。

 私にも座るように手で促す。


「とりあえず一杯どうだい? ケーキも用意してある。作戦遂行には頭脳も使うだろうから、ケトスくんもちゃんと糖分を補給しておかないと倒れてしまうよ」

『糖分はとても重要だね。君はうん、すばらしい作戦を立案するね。うん』


 言われて断る筈もなく、私は男が顕現させた豪奢なケーキセットから一つケーキを選んで……。

 ……。

 こっちの栗の乗ったふんわりモンブランかな、それともイチゴが栄える三角ショートケーキ。

 待てよ、口溶けが素敵そうなチーズケーキもあるし。


 智略を巡らせる顔で唸る私に、今度は伯父さんが呆れた声を上げる。


「いや、あー……選べないのなら全部、食べてくれても構わないよ――ワタシもかわいいモフモフくんに食べて貰うなら、作った甲斐があるからね」

『そ、そうかい――!? いやあ、悪いねえ!』


 ぺりぺりぺりと、ケーキに巻かれている保存用魔導フィルムを剥がして。

 んにゃにゃ!

 モフ毛を歓喜にぶわっとさせてスポンジにフォークを通す私に、魔力回復の紅茶を啜りながら彼は言う。


「それで、ワタシに相談っていうのは何かな?」

『君、ネクロマンサーなんだよね? この地で滅んだ魔竜たちの魂を支配することはできるかい?』


 手を翳し、周囲の状態を探りながら貴族の顔で言う。


「んー……ケントくんの竪琴で鎮まっているから、まあできるだろうけど――」

『んじゃ、魂を支配したら情報を引き出しておくれ。魔竜たちを扇動している宣教師魔竜や、そいつが崇めている魔竜神。そして、なぜマルドリッヒ領内を目指して進んでいるのか――その辺りの事情はさっぱり解明されていないからね。実は魔竜砦の魔竜たち全部を私に殺させて、その魂を生贄にして神を再臨させる! って感じのパターンだったら困るし』


 ちぺちぺと、魔導フィルムについている生クリームを舐めながら幸せを味わう私に。

 彼は声のトーンを落として、密談するように私に近づきモフ毛を揺らす。


「やるのは構わないけれど、本当にいいのかい?」

『ん? なにがだい?』


 声が真剣なのは、それが重要な話だからだろう。


「殺した相手の魂を縛り、尋問することなく情報を抜き取り奪う。それはおそらく、死者の魂を操り秘密を暴く行為――外道と言われた戦術だ。師匠に聞いたことがある、たしか百年前の戦争終結後に魔王軍との条約で禁止されていた筈だ。というか、正確に言うならその条約を作ったのは君なんだろう?」

『おや――詳しいねえ』


 言って、私は百年前の終戦後を思い出す。

 まあ、私は色々と荒んでいたが――。

 魔王様の意志を継ぎ、行動した。


 戦争時の負の遺産と技術。

 様々に行われた悲惨な戦術。有効だが外道と言われた行為の数々。それを魔王様が憂いていたから……種族間の争いであっても、非人道的な行為を禁じる条約を取り決めたのである。


 ま、まあその大半が人間側の英雄、血染めのファリアルの戦略であり。

 そのほかは、どこぞのワンコとにわとりとニャンコの大暴れのせいだったのだが。その時は、禁止されていなかったんだから、いいのである。

 ともあれ、私は口を開いた。


『まあ、世間一般ではあまり褒められた行為じゃないのは確かだろうね。拷問や魅了、催眠術。色々な手段をすっとばして相手を殺し、逆らえなくするわけだし。魔術師の中でも禁忌とされているのは知っているよ』


 ネクロマンシーによって縛られた魂は、基本的に術者には逆らえなくなる。

 その性質を利用して……容赦のない殺戮が起こった事例が、過去に何件もあったのだ。


 そういった悲劇の歴史を魔族も人間も互いに憂い、条約によって禁じたのだが――。

 近年。

 人間達はおとなしくなった魔族や魔王軍を忘れ始めていた。

 おとぎ話の存在だと思い始めている節があったのだ。


 条約自体をそろそろ忘れてしまうのではないかと、ちょっと心配になってしまう。


 まあ人間達は命短き生き物。

 百年も経ったのだ。当時の人間で生きているのは延命手段のある力ある者か、人を捨ててしまった一部の例外のみ。

 だんだんと記憶からは抜けていくのだろう。


 条約を作り上げた存在である私を、完全に寓話の生き物だと思い込んでしまう地域まででる始末。

 このエンドランドもそうだ。

 猫ちゃん的には由々しき事態なのだが。

 まあ最近、私がグルメ介入しているからそれもなくなるかな。


 リベル伯父さんが話を続ける。


「ワタシも死霊使いのはしくれだからね、禁忌とされている行為だと認識している。まあ、やることには躊躇ないよ? 自分が褒められた存在ではないと自覚はしているし、既に何度も禁忌に手を染めている。禁忌とか、タブーとかそういう小さな規則なんて、あんまりワタシも気にしないからね。ハハハハ! だって、ワタシは初代皇帝になる男だからさ! ただ……――問題はケトスくん、君の方さ」


 声を更に低くし、渋い声音で男はいった。


「君が魔王軍幹部だということは、紛れもない事実。後に問題になったりしないか、そこが重要なわけさ。さっきも戦いの前に降伏勧告をしたように、決まりごとがあるんじゃないのかい? 破ったら、それなりに問題になるようなルールがさ。魂をネクロマンシーで縛り情報を引き出す、それは君達魔族のルールにも引っかかってしまうと判断してしまうのだが。どうかな?」


 ようするに、このオッサン。

 私を心配しているのである。人間の分際で。

 はぁ……どうしてこう、最近、私に関わり始めた人間達はみんなこうもお人好しなのか。


 五百年前のあの日々。

 あの憎悪と怨嗟を忘れたわけではないが、どうも……調子が狂ってしまう。


 まあ私があまりにもかわいい猫だから、人間どもは我が美貌に心を奪われてしまうのだろうが。


 ともあれ。

 そんな内心複雑な猫心を隠し、私は悪い猫顔で返してみせる。


『にゃふふふふ、それなら心配ないさ。魔竜と巨人族は百年前の戦争には加担していない。人間と魔族、どちらにもね。それが意味する所は、分かるかな?』

「ふむ――ああ……、なるほどね。そういうことか」


 理知的な顔を黒く染めて、初代皇帝を目指す男――リベルは私の顔を深く覗き込んだ。


 猫とネクロマンサー。

 黒い二人の密談はまだ続く――。



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