グルメ穢す者に鉄槌を! ~極悪魔猫の戦略 ~その1
やって参りました、魔竜掃討戦!
紅葉の丘を越えた先。
次元を僅かにずらした世界に、奴らのアジトは存在した。
魔竜神を神と崇める魔竜。そして隠れ里から勧誘された巨人達。
二種混合の連合軍。
散り散りに拠点があるので、まずは一番大きな場所をぶっ潰すこととなったのだが。
作戦指揮官となった私は、空飛ぶ玉座の上に乗ってふよふよふよ。
こちらの軍を見渡す。
魔竜に対するこちらは、人間と巨人と魔族と猫魔獣大隊。
人間の戦力は――。
正規軍であり、オーク神の娘で女騎士エウリュケが率いる騎士団。
冥界神の竪琴を装備する貴族詩人ケントくんと、魔王様ゆかりの魔導書を装備するネクロマンサー貴族リベル伯父さん。
ついでに、冥界神の竪琴で強化された、リベル伯父さんのアンデッド隊。
そして。
冒険者ギルドに登録されている雇われ冒険者たち。
魔族はオークたちの神で族長。
魔王軍幹部の一柱、魔帝豚神オーキスト。
実力ならば野良の魔物じゃ話にならない程に強力な軍団、猫魔獣大隊の諸君。
そして。
なななななな、なーんと!
天下の魔王様の愛弟子にして、最愛の魔猫。
現魔王軍最高幹部が一柱、大魔帝ケトス――つまり、私である!
味方となっている巨人達の戦力は、里を去った仲間を想い馳せ参じた勇士たち。
さらに。
燃えるような赤い髪が印象的な、美人肝っ玉お母さんっぽい族長巨人とその護衛の女巨人。
なかなかの戦力が整っていると言えよう。
しかし、今回は敵に回った巨人達の説得、または無力化して捕獲。
という重要な事情がある。
なので。
にゃほん!
敵のアジトの周囲、新たに建設した魔猫砦の上。
偉そうなじゃなくて偉い私は玉座の上で、ビシ!
モフ毛を靡かせ宣言した!
『えー! まずは人間の皆さんには、いったん。猫化して貰います!』
大魔帝たる私が作戦を説明しようとしているのに。
なぜか広がる動揺とざわざわざわ。
ここを拠点とし猫化、空間移動して各々の魔竜基地に攻め込む手筈となっているのだが――。
『あれ? 聞こえなかったかな? それとも何か分からない所があったりした? じゃあ、もう一度。えー! まずは人間の皆さんに私が呪いをかけますので、いったん、猫化して貰います!』
そうそう!
ちゃんと呪いで猫に変化するって説明が足りていなかったね!
いやあ、動揺してしまうのもおかしくない。うんうん、ちゃんと手段を伝えていなかったね。
なのに。
ざわざわざわ。
ざわめきが止まらない。
『あっれー……? ねえねえ! ケントくんに、リベル伯父さん! なんか人間の皆の様子が変なんだけど、私、なんか間違ったこと言ってたかなー!?』
問われて応じるのは吟遊詩人のケントくん。
「どうでしょうねえ~。ボクは猫になって、静かに暮らすのも悪くないかなぁ……と思うのですが」
「ふーむ、ワタシ自身がもふもふ猫になるか。それも悪くないかも、しれないね」
リベル伯父さんは公の場になったからか、一人称がボクではなくワタシに戻っているが。あの時みたいに、なんかやらかさないだろうな……。
ともあれ、二人は問題ないようなのに。
なぜか人間達は目を点にしたまま、ざわざわざわ。
そこにすかさず声を上げたのは、重度なファザコンという事以外には欠点のない女騎士のエウリュケくん。
「えーと、ですね。ケトスさま。ネコが好きとか嫌いとか、そういう話ではなく――あのぅ……なぜ、猫になる必要があるのかとか、そういう説明をまずされてはいかがでしょうか。そこの能天気貴族二人……じゃなかった。色々と達観しているお二人はともかく、ふつうのひとなら、そりゃ、こういう反応になると思いますよ?」
私に対しちゃんと意見を出せる娘を見て、パパであるオーキストはそっと涙を拭って、紅くなった鼻をぶるぶるさせているが。
ともあれ。
『なるほどね。にゃははははは! ご、ごめんねー! いやあ! 魔竜どもを駆逐することばっかりに気を取られていて気付かなかったよ。じゃあ簡単に説明するね!』
言って。
私はお芋さんが入っていた巨大木箱の上に、よいしょと乗って。
『まず魔竜対策という点が一番大きいんだー! あいつらは人間の心の隙間に入り込む、つまり逃げ込むこともできるからね! 戦っている最中に、いきなり仲間の内側に入り込まれて、奇襲されたり、倒すことができなかったりしたら困るだろうー?』
「ふむ、道理だね」
応じたのは女族長巨人の赤毛さん。
『そこでだ。私が精神に干渉できて、なおかつ戦力として大幅に上昇する猫化によって精神力を増強! 魔竜による心の隙間侵入攻撃を妨害するんだよー! これには二重の意味がある! もし、既に魔竜が入り込んでいたとしても心が猫化してしまうから、魔竜はその瞬間に心の中にはいられなくなる、追い出されて顕現するはずだからねー! 今、君達の誰かに魔竜が入り込んでいても問題なくなるってわけさー! どうかなー! 猫化作戦!』
な、なるほど……と。
人間達が納得した様子を見せるが。
ふと、知的な顔を見せてエウリュケさんが言う。
「いま、心が猫化っていいました? その場合、猫化している間の精神はどうなるのですか? 人間の精神にちゃんと戻れるんですよね?」
『……』
問われてふと私は考える。
そういや、どうなんだろう――と。
……。
実験。
したいよね。
まあ、グルメを愚弄した魔竜殲滅のためだ。多少のぶっつけ本番実験になってしまうのも仕方ないよね!
話題を逸らすように、私はビシっ!
セールスマン猫の顔で、顕現させた眼鏡をクイクイ!
『猫化によるメリットは絶大だよー!? なにしろ、この世界の猫に類する種族全部には、常にバフがかかる状態になっている。魔猫の王の加護。大魔帝ケトスの加護。魔を統べる王に愛されし者。などなど、お得なスキルが自動発動しているからね! さらに! 私の配下の猫となれば、能力向上効果も絶大! マイナスイオンだって従来の三倍になる! たぶん君達が英雄と呼んでいる冒険者と同等の力を得ることが出来る筈だ!』
「マイナスイオン?」
『そう! あのなんだかよくわからないマイナスイオンが三倍だ!』
実は私もよく知らないけど。
言い切ってやったのである!
ま、まあ一時的なネコ化なら、いいかと思い始める人間達が増えている。
『元の姿に戻れることは保証する! まあもし戻りたくないって人はそのままでもいいけど。とーにーかーく! 必要な作戦だから、協力しておくれ!』
「ふふふ、ワタシは構わないよ! このリベル! いつだってモフモフになる運命を受け入れるつもりさ!」
バッと魔導書を片手に、頬をウキウキにしているリベル伯父さんだが。
『あー、ごめん。そっちの二人とエウリュケくんはそのまま人間でいて貰うんだ。その冥界神の竪琴と魔王様の魔導書で、アンデッド軍団の指揮と強化をして欲しいからね。エウリュケくんはオーキストと共に、猫魔獣大隊とネコ化した人間達の指揮官をやってもらうね』
モフ頬をぽりぽり肉球で掻く私に、リベル伯父さんの顔がビシっと固まってしまう。
それに。
これは口には出さないが……。
もしこの状況で、魔竜が心の隙間に入り込むとしたらケントくんかリベル伯父さんのみ。
ケントくんは嘆きの魔性化の兆候が出始めているので、魔竜たちが入り込もうとすると逆に嘆きに取り込まれるから――まあ選ぶことはないだろう。
エウリュケさんはこれでもオーク神の娘。
ハーフオークとして完成されたステータスを持っているので、通常の人間よりも精神耐性が高い。
すると残るは、この初代皇帝になろうと暗躍している残念伯父さん。
つまり。
このリベル伯父さんを、魔竜たちの囮に使うつもりなのである。
理由は単純。
この伯父さんなら、死ななそうだし。別に……一緒にふっ飛ばしていいよね?
理論である。
冗談みたいに言っているが、これは結構真面目な話だったりする。
彼は既に、モフモフセクハラへの罰として何度もふっ飛ばされているのに、平然としているのだ。
他の人間達に比べて、明らかにレベルが高いのである。
聡い女騎士エウリュケさんだけはその辺の事情を察したようだが。
口に出すつもりはないらしい。
私に向かい、やっちゃってください、と指を上げている。
そういや、このダメ上司に苦労させられているって言ってたもんね。
人間達はこれでいいとして。
玉座に戻った私は、目線を巨人達に向ける。
女族長巨人さんが私に向かい、紅葉色の髪を靡かせながら言う。
「それでアタシたちはどうするんだい? かつての仲間達を救うための協力は惜しまないし、魔竜どもにも仕返ししてやりたいからね。教えておくれよ」
『その前に質問だ。君はまだ、あそこにいる敵側の巨人たちを仲間として認識しているかい? 君が敵側に寝返るつもりじゃないかって意味じゃなくて、彼らを仲間として助けたいと思っているかって意味でね。実際に、心からそう思っているかが重要なんだけど』
揺れ落ちる紅葉の葉。
紅い山を背景に。
意志の強そうな瞳でまっすぐに――私を見つめて彼女は言った。
「ああ、この際もうハッキリいっておく。アタシはあの子たちが、大切さ。あの子たちはアタシの庇護から離れて行ってしまったが、それでも――血も、つながっちゃいないが、アタシの可愛い子達だよ」
強く、そして優しい言葉を受けて。
私はふっと微笑する。
『なら、問題ない。私は君を中心としたある防御系の祝福と奇跡を発動させる』
「奇跡を……って、ケトスさま。アンタ、魔族だろう? 奇跡も祝福も人間達の主神である大いなる光の領分、アンタには使えないんじゃ」
まあ、ふつうはそう思うよね。
『その辺は――なんというか。まあ、色々と事情があるのさ。ちゃんと発動できるから安心しておくれ。話を戻すよ。私が使う奇跡は絶対領域の防御壁。対象者を中心に、仲間と認識している同種族の周囲に強固な結界を構築する大奇跡さ』
「なるほどね。アンタがやろうとしている作戦が読めてきたよ」
どういうことですか? とついてきた門番巨人に聞かれ。
「大魔帝ケトス様がお使いになろうとしている奇跡は、ようするに……防御結界魔術の究極系なんだろうさ。しかもアタシが心から仲間だと思っている同族に、強制的にかかる防衛術式。味方に掛ける防御奇跡だからレジストもできない、どんな攻撃ですら破れない結界を無理やりに張っちまうわけだろう? そりゃ、外からの攻撃も受けないが――」
モフ毛を揺らし、ふふんと私は言葉を繋げてみせる。
『そう――彼らは結界に強制的に守られ、中から出る事もできなくなる。まあようするに、防御結界という檻に閉じこめちゃうって訳さ。後は説得するなり、イモで狂戦士化されているならそれを解除して連れ帰るなり。ゆっくり対応できるからね。防御壁の中なら安心安全、魔竜たちの心の隙間入り込み攻撃も効かないし、一石二鳥だろう? たださっきも言ったが、これは君があそこにいる巨人族をまだ仲間と認識しているのならこそ可能――そういう前提条件がつく作戦だね。どうだい、問題なさそうかな?』
「ああ、あの子たちを救えるチャンスを掴めると思うだけで、嫌だよ、アタシは年甲斐もなく鼻が熱くなっちまうさね」
どうやら、問題なさそうである。
さて、これで準備はオーケーかな。
『人間達も聞こえていただろうー? そんなわけで、猫化したら渡した伝説級の武器も勝手に猫の爪に変わるから、各々装備しなおし、私の猫魔獣大隊のネコ先輩に従って魔竜を退治しておくれ! 基礎能力がものすっごい上がって初めは驚くだろうけど! すぐに動きにもなれるさ!』
言って、私は同族化の呪いを肉球から展開。
人間達の返答を待たずに、作戦を開始!
猫魔獣大隊が、うにゃにゃにゃ!
どんどん猫化していく人間達が、自らの肉球を見て――うにゃにゃ!
所持していた装備が、猫用装備に自動カスタマイズされていく。
あ、なんか……。
ウチの猫魔獣大隊の一部が、猫化した女冒険者とかを――じぃぃぃっと見ているが。
これ、猫化している状態でカップルになったりしないだろうな?
ネコちゃんにしてみれば、別の地域に棲んでる若い子がやってきたみたいなもんだし。
恋とか芽生えちゃったりしてね!
なーんて!
にゃははははははは!
……。
まあ、いっか。
猫化を作戦開始の合図と判断したのだろう。
ケントくんが愁いを帯びた嘆きの顔で竪琴を構え、ギリリと悪役ハンサムを尖らせたリベル伯父さんが魔導書を翳す。
こおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおお……!
魔王様の書から生まれ出る最上級の死霊たち。
死者と相性抜群な冥界神の竪琴による範囲強化が、その邪気を高めていく。
『まずは一番大きな砦を占拠するよ! じゃあ、行動開始だ!』
くくく、くはははははははははは!
みておれ魔竜よ、グルメを使った下劣な作戦。
必ず後悔させてくれるのじゃ!




