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成果無しの調査結果 ~傷心ネコちゃんへのマタタビ酒~前編



 巨人との会談を終えた私こと大魔帝ケトスが帰還したのは――人間達のアジト。

 魔術で隠された紅葉砦。

 燃えるようなモミジに囲まれた地を包むのは、開戦を想わせる――濃い煙。


 大量な白煙。

 濃厚な湯気が、砦内の天井を濡らしていたのである。

 私はごくり。

 猫の喉を鳴らしていた。


 芳醇なデンプンの香り。

 蒸かしイモのふんわりとした煙に、猫の鼻頭をすんすんすん♪

 垂らされたバターが溶けていく瞬間を見つめ、猫の瞳をぎんぎらぎん!


『戦じゃぁぁぁぁあああああ!』


 そう!

 今、私がいるのはアジトの食堂!

 お芋料理のフルコースを召し上がっているのであった!


 料理の腕だけは超一流。

 性格破綻者とまではいわないが、かなりアレなリベル伯父さん。野心満々な彼がコック長となった食堂で、モフモフな私はちょこんとお座り♪

 ふかふかな椅子に座って、るんるんるん!


 夕食のお代わりを待って、テーブルを肉球でバンバンバン!


『お芋ごはんとスイートポテトもお代わりにゃ! マタタビ酒にゃ! 熱燗でホットなマタタビ酒も持ってくるのニャ!』


 お酒とグルメを待つ私の尻尾が、ふぁっさぁぁぁあああぁぁぁぁー!

 ボッファボッファに膨らんでいた。

 暴飲暴食をしているのである。

 なぜ、やけ食いやけ酒をしているのかには、もちろん理由がある。


 巨人達の隠れ里の調査は終わったが、大きな収穫はなし。

 原因は特定できず。

 それがけっこう、堪えていたのだ。


 その後、共に帰還した私と貴族詩人ケントくんは――人間達に巨人達の事情を説明。

 ちゃんと会議を行って。

 私が全面協力するから、里からの巨人たちはなるべく殺さない――! との方針を承諾して貰い。


 あれよあれよと時は過ぎ。

 現時刻は太陽も沈んだ夕食の時間。


 猫魔獣大隊も砦に巣づくりしているから、こっちの守りは完璧。

 ただまとめて殲滅するだけなら、私がウニャっと肉球を翳し。

 破壊のエネルギーで、大陸ごとズドドドドーンとするだけで全部解決するのだが。


 族長さんと約束しちゃったけど、巨人達の無力とか説得とか、そういう事情が入ると……むちゃくちゃ面倒なんだよね。


 まあ、それでも。

 彼女の美しい心に惹かれて受けた話を、後悔はしていない。

 していないが。


『ぶにゃにゃにゃぁぁぁぁああああああぁぁっぁ! 超、めんどうな展開決定じゃニャいかぁぁぁぁぁっぁぁ!』


 と、思わず食堂で叫んでしまうのである。


 とりあえずオーク神の魔帝豚神オーキストが向こうに残り、連絡のための繋ぎ、そして引き続き異変の調査をしてくれているのだが。

 その事で新たな問題も一つ。

 肉球あんよをチョイチョイ動かしながら、私は目の前で項垂れる女騎士をちらり。


『エウリュケくん……いつまで不貞腐れているんだい。お父さんが向こうに残ってしまったのが、そんなにショックだったのかい?』


 私の言葉に反応し、男装の麗人の面影を崩したのは女騎士。


「だって! せっかくパパと同じ仕事をできると思っていたのに……。酷いですよ、ケトスさま。パパを巨人族の里に置いてきちゃうなんて。ここを出る前だって、ほとんどお話をしていないんですよ?」


 言って、それなりに度数の高いお酒を呷ってグイグイグイ。

 オークと人間の混血で、パパ好きという本性を隠していたエウリュケくんが、ブスーっとしたまま拗ねているのである。


 父であるオーキストの事になると、本当に残念になってしまうのか。


 今、私の猫目の前に居るのは毅然とした騎士の姿ではなく、ただの村娘。

 しかも、厄介なほどのファザコン。

 という、変な称号までついている年相応の女の子である。


「パパ……あっちで寂しくしてないかしら。あたし、心配だなあ」

『悪いね。まさかあそこにケントくんを残してくるわけにはいかなかったし、信頼のできる部下って意味ではオーキストが適任だったんだよ。ほ、ほら! 協定を結んだばかりだし、里の巨人たちの動向も一応監視していないといけないだろう? いやあ、さすがはオーキスト! 私の大切で優秀な部下だなあ!』


 ネコちゃん用テーブルに追加オーダーが届いた事もあり。

 心が前向きになった私は彼女をフォローするように、ネコ眉をぴんと揺らしていた。


 とりあえず、おだててみせる作戦だ。


「ほんとですか! パパ、やっぱり優秀なんですよね!」

『そうさ! だからその優秀なパパの娘である君が、いつまでもこうして拗ねていると――お父さん、かなり心配しちゃうんじゃないかな?』


 言われて、ハッと顔を上げて。


「そ、そーですよね。あたしったら、やだ。またパパとケトス様に甘えちゃって。すみません、もう少しシャキッとしないと駄目ですね」


 立ち上がった彼女は自らの体内に溜まったアルコールを魔術で浄化し。

 急にキリっと女騎士モードに戻り。


「失礼しました。少し、頭を冷やす意味でも水浴びをしてきますね。何かございましたらすぐにご連絡ください」

『う、うん……いきなりそのモードに戻られるとギャップが凄いんだけど。ま、まあ分かったよ。気をつけてね』


 肉球を振って見送る私に礼を残し、水浴びをしにいくエウリュケさんの後ろに――ぞろぞろぞろ。戦闘訓練を終えた下級冒険者たちが、そわそわしながら後に続いている。

 ……。

 まさか、水浴びを覗く気じゃないだろうな……。


 んーむ、恐れを知らぬ奴らである。

 エウリュケくん……あれで本当に強いから、ぶっ飛ばされるような気がするのだが。

 まあいいや。


 絡まれる危険があり、ある意味護衛となっていたエウリュケくんが去った後。

 タイミングを見計らったように、厨房からスキップしてウキウキ顔でやってくるのは――見栄えだけなら貴族なオッサン。

 その名をリベル。

 ケントくんの親類の男は、美味しく食事とマタタビ酒を楽しむ私に跪き、スーリスリスリ。


「どうしたんだいケトスくん。かわいいモフ毛を尖らせて。もしかして、ワタシの出した芋づくしの料理が気に入らなかったのかな?」

『リベル伯父さん。君か……いや、料理は物凄く美味しいよ? 勝手にモフモフしている君の手を噛まずにいるのも、紅葉砦ごとふっ飛ばさないのも料理のおいしさに免じてだし』


 マタタビのお代わりを注いでくれるリベル伯父さんは、無駄に整っている悪役顔を緩め。


「巨人の里で調査をするから遅くなる、でもご飯はちゃんと食べるから用意しておいてくれ。って話だったけれど、その様子からすると――どうやら上手くいかなかったみたいだね。美しい毛並みが逆立っているじゃないか」

『自信満々に調査魔術を使って、何も出なかった時の悲しさを知っているかい? この私が、超ドヤって魔術を使ったんだよ? なのに、反応はなし。はぁ……再確認させないでおくれ』


 って、そういやこの人は報告会議にはでていなかったのか。

 一応、謹慎中だからね。

 その辺りも説明するように、私は砂糖をまぶしたおイモの皮のテンプラをガジガジしながら。


『この地を覆う異変。抵抗力の弱い者が好戦的な性格になってしまう事件が起こっているのは確かなんだけどね。魔術師としての考え方からすると――達人レベルの領域だとレジストできる、けれど一定の領域に届いていないモノには効果のある呪術。戦闘衝動に駆られてしまう、狂戦士化の呪いのようなモノが発生しているのは間違いない。けれど――原因と感染源が特定できないままでね』


 過去視の魔術を用いた調査もしたのだが、不自然な点は何一つ見つかっていない。

 しっぽをぐでーんと垂らし、ゆーらゆらさせながら猫口を動かす。


『巨人族は普通に暮らし、普通に食べ、普通に会話をしているだけだった。強いて言えば。例の宣教師魔竜の来訪があったぐらいなんだけど――その魔竜も巨人達を勧誘してはいたが頼っていたのは話術のみ、一切魔術を行使していなかったんだ。特にそういった魔道具も毒薬も使った形跡もなかったし……はぁ……、絶対、なにか見つかると思ったんだけどなあ』


 チビチビとマタタビ酒を啜って、ため息を一つ。

 ため息を小瓶に溜める変質者は、変態行為とは裏腹の真面目な貌で言う。


「なるほどねえ。まあ詳しくは分からないけれど。ここの砦でも同様な事象が起こっているということは――なにかしらの共通点があるはずだろうねえ」


『共通点といえばレイヴァンお兄さん……永遠なる死の皇子を祀る施設があるぐらいなんだけど、こっちもヒットはなし。あの冥界神のことは知っているから、そういう類の呪いをこの地にかける可能性はゼロ。じゃあ他に共通点があるかというと……そこで、お腹が空いてきちゃってね。オーク神に向こうを任せて、いったん戻ってきたというわけさ』


 魔帝クラスの戦力を常に移動させているのは、魔竜たちへの牽制という意味もあるが。

 ここに戻った一番の理由は。

 悔しいが――私はお芋料理をお腹いっぱいに食べながら、ふんとネコの吐息を漏らす。


『認めたくはないけど君のグルメを食べていると、心が落ち着くよ。一度戻って頭をリセットした方が、なにかアイディアが浮かぶ気もするしね』


 料理を褒められるのは単純に嬉しいのだろう。

 調理人リベルは、ふっと端整な微笑を零して見せる。


「ようするに、ボクの料理が食べたくなっちゃったわけだ。いいねえ、モフモフくんに気に入られるのは悪くない気分だよ」

『言っとくけど、あんまりナデナデし続けるならふっ飛ばすからね?』


 恐れを知りながら。

 ふっ飛ばされるとも知っていながら、ずぅぅぅぅぅぅっと撫でてくるとか、こういうパターンをしてくる人間は初めてである。


「まあ考えるのには糖分が必要だからね。ははははは! ボクの甘い料理で英気を養っておくれ」

『言われなくても遠慮せずにいただくさ。まあ本当に、おいしいからね……巨人の里で食べたお芋も美味しかったけど、こっちの方が……まあ、うん――おいしいかも』


 肉球で握るナイフとフォークでスイートポテトにサクッと刃を通し。

 つんつんつん。

 ぱくり……。

 蕩ける甘さに尻尾をぶわっと膨らませて、私はホクホク顔でむしゃむしゃむしゃ。


「どうやら、満足して貰えているようで嬉しいよ。しかし巨人達も芋を食べているのか――料理人として、ちょっと興味があるね」

『おや研究熱心なんだね。グルメへの探求心を持つ点、だけ、は認める気にもなってしまいそうだよ。というか、食べている時は本当に触るのは遠慮してくれ。食事は私にとって神聖で大事な儀式。邪魔をされたくないんだ』


 いつまでもモフモフナデナデしている男の手に、微弱な電気を流し撃退。

 睨みながら私は呆れを口にしたのだが。


 懲りずに男は手をわきわきしながら言う。


「おっと、失礼。まあ巨人達のイモ料理に興味があるっていうのは本当だよ。ケトスくんが食料を提供してくれるまでは、定期的にやってきていた行商人から丸太みたいな芋を買って、なんとか食材を確保していたんだが……ずっと芋だけだったからね。さすがのボクも、レパートリーにも限界が来ていてさあ。幅を広げたいんだよね、幅を」

『ふーん、ずっと芋をねえ』


 ……。

 ふと、私の脳裏をよぎったのは、かつて私が魔王城で起こした狂戦士化薬混入事件。

 あの時は飲み水に混ざったせいであったが。


『――……まさか……っ!』

「ど、どうしたんだい!? さ、さすがにモフモフしすぎたかな? す、すまない。君のモフモフがあまりにもモフモフで、理想なモフモフだからモフで、モフで。そ、そうだお金かな! お店の獣人モフモフお姉さんたちはさ、触り過ぎちゃったときに宝石とお金を渡すと、まあ! うふふ、リベル伯父さまはいつも仕方ないんだから……今回だけよ? って笑って許してくれるし――」


 突如として跳ねた私がお怒りモードだと勘違いしたリベル伯父さんが、うろたえた声を上げるが。

 肉球で伯父さんの額をペチペチして、私は叫んでいた。


『そんなことはいまはどうでもいい! 君、その行商人の顔とか、特徴とか覚えているかい!?』


 言われて伯父さんは、気取った仕草で顎に筋張った指を当て。


「行商人? ああ、目深なフードを被った――あれ? 男だったかな、女だったかな……思い出せない。いやいやいや、ボクはまだまだボケたりなんてする歳じゃないぞ? 頑張れリベル=フォン=マルドリッヒ。もふもふ御殿建設までの道のりはこれからなのだから」


 額に当てた肉球から、この伯父さんの情報を引き出すが。

 やはり、行商人の部分の記憶がボヤけて抜けている。


『思い出せないって事は、それ、たぶん幻術だね――やられたけど……どうやら決まりだね』

「どういうことだい。いっておくがボクは何もやらかしていないからね」


 罪を擦り付けられるのはさすがに嫌なようで、警戒したような顔を見せるが。

 ふふんと私は真実を掴んだ顔で。

 ドヤァァァァァ!


『おそらく。今回の好戦的な性格にされてしまう事件の原因は、その行商人が持ち込んだ食材。巨人とこの紅葉砦に共通してあるもの――サツマイモさ』


 告げて私がイモ料理に魔力を流すと――そこから僅かに呪術の反応が浮かんでくる。


 食材倉庫のお芋を魔力で浮かして持ってきて。

 そちらもチェックすると……。

 やはり浮かんでくる呪術の香り。


「これは――」

『ああ、君も理解したようだね。魔竜どもはグルメを利用したんだ』


 リベル伯父さんの顔が鋭く尖った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お!原因判明♪ [一言] うわ!!食べ物に毒とかこれはえげつない…。 グルメを愛するケトス様が間違いなくお仕置きなされるでしょうね。
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