巨人たちの隠れ里 ~ドールハウスな巨ネコ会談~前編
交渉を仕切り直し。
前向きに話し合う事になった私たち――大魔帝ケトスと愉快な仲間たちは今。
巨人の隠れ里の奥。
巨大な石の家が並ぶストーンヘンジタウンに、ぷにぷに肉球を踏み入れていた。
生活様式は人間とほとんど一緒。
ただ、全てのサイズが五倍から十倍になっているだけ。
まあその分、食べる量も五倍以上らしく――並ぶ露店の串焼きがデカい事デカい事。
食事も食費も――大変そうだね。
自然に、ここまでのサイズの家畜がいるとは思えないので、なにか魔術を用いて巨大な家畜を飼育しているとみるべきか。
……。
研究が必要だし。
後で全部の露店を制覇しとこ。
と、野望に燃えるニャンコな私達が案内され、通された先にあったのは――ガイラン付近の火山で見た覚えのある、巨大な漆黒神殿。
永遠なる死の皇子を祀る施設のようである。
じぃぃぃぃぃっと超ドデカイ神殿の、中央に飾られた銅像を見て。
私は言う。
『なんだい? この無駄にイケメンな像は――……』
「ああ、我等が主神。アタシたちの神様、永遠なる死の皇子の像だよ。どうだい、なかなか綺麗な顔立ちをした色男だろう?」
答えたのは巨人たちの長で、私を話し合いの場である神殿奥地に案内する女族長。
どこかでみたような、翼持つ一人の男が妙に正統派美青年として偶像化されていたのだ。
レイヴァンお兄さん。
巨人達にも信仰されてるんだね……。
『そ、そうだねえ……』
「どうかしたのかい、ケトスさま。アタシらの神様に、なにかあるっていうのかい?」
後ろに続くケントくんも、像を見上げて苦笑いをしている。
オーク神の魔帝オーキストはレイヴァンお兄さんに会ったことがないので、豚耳をピョコンと片方跳ねさせただけ。
特に関心はないようだ。
『まあ色々とね。それで――会談の場所はここでいいのかな?』
「ああ、ここには永遠なる死の皇子に仕える人間の巫女の、女の子……っていっても、分からないか。ともあれ、祭司長ちゃんが祈りを捧げに来てくれる場所で、人間サイズの調度品も用意してあるからね。まさかお客さんに立たせたままってわけにもいかないだろう」
言って、女巨人はなかなか美しいウインクを送ってくる。
翻す魔力布のドレスも、まあなかなかに美しい。
……。
ちょっと裾にジャレたくなるけど、さすがに我慢しよう。
私たちはそのまま。
神殿内にある奥の応接室へと案内された。
◇
妾の席じゃ!
と――こどもの字で書かれた椅子に乗って、私は召喚したティーセットに口をつけつつ。
周囲をちらり。
神殿奥の応接室。
魔力流れる聖水の噴水と、緑豊かな中庭にもなっている場所は綺麗だし、人間用の調度品が並んでいるのはいいのだが――。
いかんせん、周囲が大きすぎて違和感が凄い。
人形遊び――いわゆるドールハウスの中に黒猫と詩人とオークがちょこんと座っていて、それを族長女巨人と、数人の護衛巨人がじっと目を凝らし眺めているようにみえるのだ。
さながら、傍から見れば――巨人数人が、人間サイズの人形で遊んでいるように思えてしまう筈か。
デッカイ目がこっちを見ていて、ネコちゃん的にはちょっと気になってしまう。
お人形さんって、こういう気分なんだね。
まあ、私。
スマートで、小さいから!
愛らしいお人形さんのように見えてしまうのも仕方ないけどね!
ともあれ。
ズズズズ――異界の大魔族から定期的に献上される蜂蜜を垂らした紅茶を味わいながら。
モフしっぽをくるりと回し、私は切り出した。
『それじゃあ会談を開始させていただくよ。私は大魔帝ケトス。詳しい紹介は省かせて貰うよ。魔王軍最高幹部にして、今回は人間達……というか、民間人の犠牲がでているようだから彼らに協力している魔族だ』
「アタシはこの里を束ねる者。巨人族の族長さ。申し訳ないけど、アタシたちの種族は個体にそれぞれの名をつけたりはしない。名乗りを返してあげる事ができないことは、どうか勘弁しておくれ」
言葉を受け。
丸太のようにデッカイ芋の甘煮のお菓子を出された私は、それを味わいながら告げる。
『ふーん。職業や役割が名前代わりになっているのかな。まあ他種族の風習だから私が口を出すのはどうかと思うけど。ちょっと、寂しいね』
「まあ、ここはあまり変化のない土地。みんなが大抵顔見知り。名前なんてなくても会話が通じたし必要がなかったからね、そういう個体名の文化が生まれなかったんだろうさ」
彼女も少し、寂しそうにそう語る。
燃えるような赤毛を指で耳の後ろに流して、女族長も特大ティーカップを傾け、口をつける。
つられて私も肉球についた甘煮のタレをちぺちぺ舐めて。
紅茶をごっくん。
汚れをとって――、あ、背中もちょっと毛繕いして……と。
こんな感じかな。
真面目な貌を作り――本題に入り始めた。
『なるほどね。まあ、前置きはこれくらいでいいかな。個人的な感情を述べるのなら、女族長さん、君に悪い印象はない。はじめに、ちゃんと弱者への優しさを見せたからね』
それはおそらく、魔王様が望む在り方だと思っていた。
『けれどだ。いいかい? 真面目な話さ。魔竜と巨人族が協力しているのは事実。私も魔力で確認している。そこをどう思っているか、どう加担しているか。どう関係しているか――それに対する対応に感情を挟む余地はない。私は魔王軍代表として行動をする義務と責任があると思っている』
魔王軍の幹部としての猫顔。
クールで残酷な魔猫微笑で――私は淡々と語り始めた。
『話をここに来た時に戻すよ。こちらの立場を説明させて貰おう――私たちは現在、魔竜と巨人の連合軍に襲われているマルドリッヒ領の人間と手を結んでいる。たとえ人間といえど、罪なき命が消えてしまうのは悲しい事さ――故に、民間人達への被害を憂いて協力を決めた。ここに揃うメンバーは三名。魔王軍が最高幹部、殺戮の魔猫、大魔帝ケトスと、こちらのオーク神が魔帝ジェネラルゴッドオーキスト。そしてこちらがマルドリッヒ領主の息子、人間族のケント。今日は君達の意思を確認させて貰いにやってきたのさ。結界を破って侵入してしまった無礼は、まあ一応、詫びておくよ。すまなかったね』
ごくりと息を呑み。
女族長巨人さんは、オーキストの武骨な豚顔に目をやって乾いた声を出す。
「オーク族の長にして神とは、こりゃあこっちも大物じゃないか……。アンタたち、よくもまあ不法侵入者とはいえバカな考えを起こす気になったねえ」
振り返り、護衛と化した門番くんをギロリ。
「す、すみません……族長。最近なぜか、不意に闘争心に火がついて、血が滾るといいましょうか。戦いや血を求めて、好戦的になるというか――」
誠心誠意。全力で詫びる門番くんにつられて、他の巨人たちも神殿奥の霧から現れて頭を下げ始める。
しかし。
私はふと、違和感を覚えていた。
それは、下っ端である彼等門番巨人の血をザワつかせる、ナニか。
異様な魔力を感知していたのだ。
『なるほどね――』
「どうしたんだい? そりゃ、ウチのバカどもは後でみっちり叱っておくが――妙に考えこんじまってるようだけど」
相手にとって私は爆弾。いつでも里を崩壊できる破壊者としての一面もある。
こちらの反応が気になるのだろう。
『うん、ちょっと気になる事があってね。この反応。というか、そこの門番巨人くん達みたいな不自然なほどの好戦的な事例を、つい最近にも経験していてね。二回ほどかな? ほとんど同じ行動をされた事件があったんだよ』
まずは女騎士エウリュケさんの部下達。
彼らはケントくんの首を刎ねる事に異常に拘っていた、不自然なほどに好戦的で実際に襲い掛かってきた。
そして。
その後のテントで襲ってきた下級冒険者たちもそうだ。
本来なら先輩を敬う筈の彼ら冒険者。
普通なら耳を傾ける筈の上級冒険者の制止に逆らってまで、私に襲い掛かろうとしてきたのだ。
『まあ、詳しい状況は割愛するけれど。人間と巨人で。異なる種族でここまで類似する行動を取るのは不自然だ、偶然とは思えない。二回までなら、まあ驕り高ぶった人間の愚行と言えなくもないがけれどね――三回も重なったなら、偶然ではなく何らかの理由があると考えるべきだろう。ケントくんは全部の場所に同席していたから、知っているだろう?』
「そういえば、状況が――そっくりでしたね。どこからどう見ても、危険生物であるケトス様を雑魚と侮り、攻撃的な行動を取っていた……上司や先輩にあたる人物には影響がなく、部下やしたっぱのみがまるで戦いを求めるかのように向かってきましたからね」
この地域には、なにかがあるのだ。
一定のレベル以下――または精神耐性の低い者の闘争心や、敵対心を上昇させるフィールド効果が常に発生している、のかな?
それとも、何か全員に共通する発生源があるという可能性も……。
昔、魔王軍で謎の狂戦士化が流行った時は、うっかり私が飲み水に流しちゃった実験中の狂戦士化秘薬のせいだったし。
あの時はたしか――治癒能力に長けるロックウェル卿という名のニワトリ大魔族が、全員の状態異常を治し、原因となったキッチンを特定。
封鎖処理して事なきを得たのだが。
食料や飲み水もそういう、集団異常の原因だったりするんだよね。
あれ。
私、あの時ちゃんと謝ったっけ?
原因不明って事になったはずだけど……名乗り出ては……いないだろうなあ、私だし。
……。
もう時効だろうし、まあいいや。
ともあれ。
『とりあえず、はっきりと確認させておくれ。この里の長よ。君達巨人族そのものは、魔族と敵対する意思はない、そういうことでいいのかな?』
「当然さね。ここの巨人族と、いま魔竜にそそのかされて里を後にした連中は、もはや違う道を歩む者。あいつらはまだ若い下っ端か、古くから里にはいるが平穏な暮らしに馴染めず、戦いを求めて去っていった荒くればかり。魔族の方にだって制御できない少しヤンチャで厄介な下っ端もいるだろう? そういう連中はどこにでもいるって言う事さ」
魔竜にそそのかされた?
なにやら巨人達にも事情があるようだが。
ヤンチャな下っ端もいるだろう――との部分は、なかなか痛い所を突いてくる。
相槌代わりに紅茶を啜って。
『末端まではどうしてもね。軍に所属している連中ならともかく、魔王城の外に住んでいる子達の行動までは把握できていない。私の目の届かない所で、軽い犯罪や問題行動を起こしているモノは少なからず――いるだろうね』
ネコの心のように揺れる波紋を眺めながら、私は苦く笑って見せる。
もちろん。
何か問題を起こしたなら飛んで行って、説教か制裁を加えるのだが。
彼らが起こす小さな罪を全て制御できているかと問われれば、答えは間違いなくノーだろう。
その難しさを私に上手く伝えた族長は、話を続ける。
「隠れ里の外に出ちまったら、もう我等巨人族の支配からは解放される――ようするに、アタシが有する族長としての権能。リーダーとしての強制命令も受け付けなくなる。統率する魔術が効かなくなるという意味もあるが、精神的な意味でもね。この里はなにかと掟や制限も多い。そういう戒めから解き放たれちまうとタガが外れて、余計、暴れちまうんだろうね」
けれどだ。
と、繋いで彼女は真剣な顔で私を見て。
「ここを捨てて、魔竜の誘いに乗って里から出て行っちまった連中が人間に悪さをしているっていうのなら悪くは思うし、心苦しいとも思うよ? けれどね、無責任なようだがこちらも強制力がないんだ。それに、本音を言うとね。言い方は悪いが、まさか世界を散々に荒らしている人間達のために、里を去った仲間たちの腕を斬り落としてでも止めよう――なーんて微塵も思わないからね。繰り返すようだが、アタシらは魔族と争うつもりはない。けれど、いいかい、けれどもだ――人間とはそうなっちまっても仕方ないとも思っている。勝手に神聖な場所すら切り開いちまう人間の事は――あまり好きじゃないのさ」
人間という種族は、自らが選ばれた民だと思っているふしが確かにある。
実際。
種としての生息数は、この世界でもトップクラス。アリや蜂などの昆虫族を覗けば、最大規模の勢力であることは事実なのだ。
開拓や発展などを巡り、種族間で問題が起こる事例も多々ある。
巨人達とも度々トラブルを起こしているのだろう。
『ふむ――まあ言わんとしている事は理解するよ』
巨大組織のボス猫として。
私はモフ毛を膨らませ――先に疑問への答えを求めて、問いかける。
『もう一つ確認させておくれ。君も知っているだろうけど私はさきほど、門番巨人から攻撃的な対応をされかけていた。私を大魔帝ケトスだとは知らずにね。君達はいつも来訪者にこんな事をしているのかい? 重要な事なんだ、答えて欲しい』
しばし考え。
彼女は静かに答え始めた。
「と、言われてもねえ。そもそもここは隠れ里。来訪者なんて滅多にいないし。ましてや無理やりに侵入してくるバカなんて、そうそういないよ。来るのは祭司長の女の子ぐらいで――って、い……今のバカっていうのは物のたとえで。ケトスさま? ア……アンタに向かってバカと言った訳じゃないからね? と――ともかく、いくら退屈だからと言ってこんな乱暴な対応をしたのは初めてでね。アタシも不思議に思っているのさ」
族長として部族を守ろうとしているのだろう。
門番巨人達をいつでも守れるように、女族長巨人は――こっそりと動いていた。
ドレスの裾から同種族を遠くに転移させる魔法陣を、いつでも展開できるように印を結んでいるのだ。
まあ、部下を大事にする上司は嫌いじゃない。
『心配しなくても会談をしている以上、ここを去るまでは暴れたりはしないさ。君が誰にバカと言ったとか、そういう話は後で追及するとして――単刀直入に聞こう。この地でいま、何が起こっているか。発生している異変に対し、君に心当たりはあるかい?』
私の問いに、女族長は眉を顰める。
「どういうことだい――?」
護衛の門番巨人達も頭の上にハテナを浮かべている。
隠れ里の巨人と大魔帝ケトス。
ニャンコな私の会談は、まだ続く――。




