大魔帝降臨 ~ロックウェル卿の目的~
『クエークエー、クワックワ、コケーコッコ!』
あ、地面に落ちてる石を食べた。
「ニワトリにしか見えないのだけれど……」
『ああ、そうさ』
「だってあなたと同じ大魔帝だって……」
『ああ、私と同じさ。彼は元はただの闘鶏、人間の見世物として闘鶏場で戦わされていた元ニワトリなのさ。無理やり同族と戦わされていたところを偶然通りかかった魔王様が憐れみ、お救いになられたんだ。まあ既に人間への恨みで魔獣化していたけど本性は見ての通りだよ』
「全てを石化させる伝説の怪鳥……神獣の一柱がただの闘鶏……」
まあ、私だって見た目はただの猫だしねえ。
『あー、でも油断はしない方が良い。彼の強さは本物だ。私がこうして鉱山内にいる君たちを守護していなければ今頃はあそこの魔獣と同じく素敵な彫刻状態さ』
私の目線の先にあったのは、魔を引き寄せる魔法陣につられやってきた石化した魔獣の群れ。軽くダース単位の量の魔獣が美術館のように並んでいる。
その中には魔王軍に所属していない上位の魔獣も数多くいた。
おそらくその一体一体が、人間でいう英雄級の強さの存在だったのだろう。
暗黒三兄弟たちがうげえと息を呑む。
「というか、ケトス様。いつのまにかわたしたちを守ってくださっていたのね」
『今回は全面的に協力するって言っただろ。まあ感謝して後で鶏肉料理でも奢ってくれるだけでいいからね』
冗談はともかく。
さて。
巣作りしている彼に向かい、私は正面から近づいた。
『まだ石像集めの趣味を止められていないようだね』
『その声は――久しいな、魔猫の君』
ロックウェル卿は鳥目を細めて私を視界に捉える。
『やあフライドチキンの君、元気そうでなによりだよ。どうだい? そろそろ寿命になるなら喰ってあげてもいいんだけど』
『クワックワクワ! 余は不死身の鳥、永遠に滅びはせんよ』
ビシ! バシ! スチャ!
――と、羽を広げてポーズをとっていた。
『君は……相変わらず変なポーズをとるのが好きなんだね』
『いや、ぬしにだけは言われたくないぞ……』
どういう意味だ。
私の場合は超カッコウイイボーズだし、こいつとは違うし。
うん。
『まあ、いいや。で、君はなんでまたこんな場所に召喚されたんだい? まさか君ほどの魔が招かれたとはいえ、本当に召喚されたとは思えないけれど』
『当然だろう、余はこの地にあるという、フィッシュアンドチップスなる名物料理を食べに来ただけなのだが?』
あー、やっぱり。
こいつも私と同じ理由か。
しばらくして、魔女マチルダが間抜けな声を上げた。
「…………はい?」
まあ、そういう反応になるよね。
「あなたほど強大な神獣がただそれだけのために?」
『そうは言うが人の子らよ、そこにいる大魔帝ケトスはどうであろうか? どうせ余と同じ理由であろう。滅びの歌を聞き、滅びる前に名物料理をお召し上がりになる、それが我らの性質だ』
読まれてるし。
「お召し上がっちゃいますか……もしかして、伝承される強獣の方々は皆、ケトス様みたいな食欲重視な方ばかりなのですか?」
『にゃはははは、まあ否定はしないよ』
他の大魔帝も種族は違えどそんな感じだし。
『しかし魔猫よ、ここは我ら憎悪を喰らう魔にとっては最高の環境ではないか。滅びの歌を披露した詩人がおらんようだが。誰ぞこのような宴会場を用意したのか、ぬしは知っておるのか』
『まあだいたいはね。君と私を呼ぶほどの膨大な憎悪だ。おそらくは――もう滅んでいるだろうさ』
私の展開した浄化の波動を察したのか。
天を仰いだロックウェル卿が憐みの息を吐いた。
『なるほど、この地で恨み持ちながら逝った哀れな魂達の仕業か』
『君を呼び込んでこの土地に生きる全ての魂を石化させようと企んだようだね』
『クワックワクワ、余を利用しようなどとは生意気な奴らだ』
バッサバッサと羽ばたいて。
またビシっとダサイポーズをとっている。
『時に魔猫よ、なぜよりにもよって人間を一番憎悪しているぬしが人間と行動を共にし、守護をしているのだ。ぬしの加護を感じたから襲わんかったが――よもや余が魔王軍を去った後に貴殿も軍を離れたのか?』
『いや、まだ私が魔王軍最高幹部のままさ。今回は特例だよ』
魔女マチルダが、深く息を呑み込んだ。
人間の彼女にとって、それは未知の情報だったのだろう。
『そうか、貴様もだいぶ丸くなったようだな。魔王様の最後の御言葉を受け入れたということか』
魔王様の御言葉は、人間全てを嫌いにはなるな。恨んでもいいが、対象はきちんと見定めよ。と、お眠りになる前に私に願ったのだ。
それはおそらく、優しい魔王様の中にはまだ、転生前の人間だった頃の心が残っておいでだったからだろう。
しかし。
私の身体は変貌しかけていた。
メシリメシリ。
世界と身体が歪に軋む。
憎悪が魔力となって世界を揺らし始めていた。
『違えるなよロックウェル卿。魔王様はお眠りになられているだけだ、最後の御言葉とは聞き捨てならん』
そう。
それは魔王様を愚弄する言葉である。
『そうであったな、余の失言であった。許せ、魔猫よ。あまり弱い者を虐めるな。ぬしが本気を出したら余では到底敵いはせん。いや、余だけでなくこの世界のどこにもぬしの憎悪を止められる者など存在しないのだからな』
しばらくして。
私は元の猫へと身体を戻しながら、顔を背けた。
『すまない、少し取り乱した。どうか許してくれ。私は――魔王様の事だけはどうしても冷静でいられないのだ』
『変わらんな。だが安堵した。やはりぬしにならお眠りになっている魔王様のことを任せられる。懐かしいのう。ぬしらと共に、我らをムシケラのように扱った人間ドモを屠り、復讐に明け暮れたあの頃が、余にとっても輝かしい日々であった』
遠くを見る瞳が、仄暗いダンジョンで輝いていた。
『君の大魔帝の座はまだ残っている。魔王軍に帰ってくる気はないのかい?』
『余がいたら迷惑になるからな。余の石化能力は余自身でも制御ができん。この力に対抗できるのはぬしか魔王様ぐらいのものだ。それに――魔王様不在の魔王軍は、寂しく、物悲しいのだよ』
『そうか、なら魔王様がお目覚めになってからまた声をかけるとするよ。君が子供を襲わない限り、私は君と敵対しない。互いに不干渉を貫こうじゃないか』
『それは構わぬが、ひとつ頼みがある』
貸し借りを嫌うロックウェル卿が珍しい。
『なんだい?』
『その、フィッシュアンドチップスとやらを余にも食わせてくれんか? そのためにわざわざ霊峰から下り、この召喚陣へと招かれてやったのだからな』
ああ、なるほど。
『分かった。交渉してみるよ――と言いたいところだけど、たぶん彼らは二つ返事でオーケーすると思うよ。なにしろ私達は偉いからね!』
『クワックワクワ! その通りだ! 我らは偉大なる大魔帝! 魔王様の牙であり翼なのだからな!』
にゃーっはっはっは! クワーックワックワ!
と、物悲しい忘れられた鉱山に我らの声が響いた。
自らの不幸や憎悪を対価に私達大魔帝を呼び込んだ何者かには申し訳ないが。
この地を滅ぼすためによりによって私たちを呼んだ、その選択が悪かったとしかいいようがない。
そう、滅ぼす気があったのなら。
この答えは過ちだったのだから。
『じゃあ悪いけど、そういうわけで魔女マチルダ嬢。ギルマスくん達と宴会について交渉してきてくれないかな』
まあ、大魔帝二柱の降臨をフィッシュアンドチップスの提供で穏やかに解決できるならやすいものなのだろう。
予想通り、彼らは二つ返事で頷いた。
事件は解決した。
そう――この地に徘徊していた彼らの願いは成就された。
だが……。
私には――この地に招かれた大魔帝として、まだやるべきことが残されている。




