集結、魔王軍 ~我はクールでニヒルな猫様ぞ その1~
魔王様から頂いた最高幹部の証である冠を頭に乗せ、モフモフ深紅のマントをばさりと羽織り、ふうと私は息を吐く。
自分の姿を想像し辟易しているのである。
たぶんこれ、今の格好。
似合わないコスプレをさせられた駄猫だぞ。
女子高生とかがすんげえ嫌がってる猫にむりやり季節イベントモノの衣装を着せて、いいねを稼ぐためにSNSに載せるネコちゃんの図だ。
転生してから五百五年も経っているからSNSが今もあるかどうかなんて分からないが……そもそも元の世界とこの世界の時間の流れは同一なのだろうか? それも分からない。
まあどうせ戻れないし。
魔王様が起きるまでは戻る気もない。
だから。
関係ないか。
私はガシガシと耳を後ろ脚で掻きながら、円卓の間……いわゆる幹部の会議室に目をやった。
魔王様と四天王、そして各部隊長達が、ぐふふふ勇者め、力をつけてきおったか。なに、まだまだ奴も子供よ。我ら魔族の敵ではない。がははははは! とかやってる会議場所! を想像して貰えれば近いかもしれない。
まあ四天王なんて役職はないけどにゃ!
強大な魔力を感じる。
もふっとした耳がざわざわする。
尾がぶわっと膨らんでしまう。
この扉の奥にいるのは魔王軍の最高幹部達。皆が皆、一騎当千の英傑達。正直コネで幹部になっている猫魔獣なんかじゃ比べるのも申し訳なくなる大魔族だ。
邪神。悪魔王。仙人。神獣。大妖精。魔人。堕天使。まあ色々と揃っている。
悪魔合体なんてできたらきっと特殊配合が必要な連中だ。
しぺしぺしぺ。
落ち着くために背中を舐める。
……。
会いたくねええええええええええええええええええええええええ!
一対一で、戦闘という意味で戦ったら間違いなく勝てるだろう。
こう見えても私は、魔王様から直接魔術を授かった猫魔獣だ。魔王様がお眠りになり、勇者も滅んだこの世界ではトップクラスに強い。
極端な話、自慢ではあるが百対一でも勝てる自信はある。
だがその……なんというか。
格というか、品というか。そういう滲み出る威厳っぽいなにかを比べられたらちょっと勝てそうにないんだよね。
私、かなりテキトーな性格だし……。
ごろんと廊下に転がる。
ついでに肉球と爪の間をペロペロペロ。
正直、面倒くさい。
魔王様が起きるまでただゴロゴロ転がって、静かな日々を過ごしたい。それが本音だ。
猫として転生したせいか。
思考はだいぶ猫になっているのだと思う。
そりゃ五百五歳だし、人間時代よりも長く生きているんだ、どちらかというと嗜好も猫よりなんだろう。
のんびりずっと眠っていたい本能と獲物を追い詰めたくなる本能。静と動。二つの血の滾りに支配されている。そして今は静の心が勝っている。
要するに。
眠いのだ。
ついつい反射的に欠伸が出る。ストレスを和らげるための猫の習性だ。
でも一応私、最高幹部だからなあ……。
ふあぁぁぁぁぁっと猫の吐息を漏らしながらも、
「仕方ない、手短に終わらせるしかないだろうな……よし!」
血気盛んに立ち上がった私は、尾をくるりと回してそう呟いた。
偉いぞ、私!
これぞ上司としての責任感!
私は幹部としての凛々しい顔立ちを意識して瞳を閉じる。
魔王様。
私、あなたがいなくても頑張りますからね。
……。
瞳を閉じてしまったせいか。うっかり腹を出して廊下でぐーすか眠ってしまった後。
地獄の番犬ケルベロスに頬をぺろぺろされて目を覚まし。
懐くワンコと一緒に午後のティータイムを愉しんで。下っ端魔族のお兄さんお姉さんの腕の中でナデナデされて、ようやく会議をハッと思い出した私は。
急ぎ。
扉を開けた。
さあ、ここが私の戦場だ!
◇
円卓の間は邪悪な魔物たちが集まる魔境。
特大の円卓を囲むように並ぶ椅子は魔族にとっては権利の象徴。魔帝の証たるその椅子に座るということは、それだけで栄誉な事なのである。
私が扉を開けると何故か皆、緊張したように息を呑む。
全員が全員、居住まいを即座に正し椅子から立ち上がる。
「お待ちしておりました! 偉大なる魔王様一番の臣、大魔帝ケトス様!」
「我ら魔族に残されし希望!」
「雄々しき美貌の猫君主」
「破壊と混沌の君」
「ケトース様ああああああああああああああああ、おかえりなさいませえええええええええ!」
ダンダンダンと足踏みをし、魔族式の敬礼を皆が送ってくる。
魔王様直属のペットであった私への義理立てだ。
正直うるさい。
ぶわっとした耳毛がぴくぴくしてしまう。
超見られてるし。
猫の本能か、あまり注目を集めることは好きじゃない。やっぱり帰りたい。
けれど。
舐められたら駄目だ。
私は。
魔王軍最高幹部。魔王様の代理なのだから。
魔王様に最も愛される魔族。麗しの猫魔獣、魔王様のモフモフ最強ペット! そんな私が舐められたら、魔王様が舐められていると受け取る幹部も出るだろう。
とりあえず。
血肉を啜る魔王幹部的な冷笑を浮かべた私はふっと息を吐き、
「にゃははは、みんな久しぶりだね。元気にしてたかな、いえええええーい!」
指定席である玉座に猛ダッシュし、着地!
ここはかつて魔王様が座っていた王者の席。その王者の膝の上にいつも私はいた。あの頃の私は最強に可愛く輝いていた。
ひゃっはー! モッフモフ玉座じゃ!
ごろんごろんと転がって。
ついでに肉球の御手々をくねくねさせてピースしてみせたのだが。
「……あれ?」
ちょっと明るくいってみたけど反応はない。うーむ、すべったかな。
しかし、さすがに無視をされた事はない。
おーい、おまえらー! どうしたぁ!
もっと私を褒め称えよ!
私は猫様だぞぉ!
「ふむ」
会議のオヤツに持参したビスケットを齧りながら、考える。
パリパリむしゃむしゃ。
あ、うっかり猛ダッシュしたついでに時間を止めちゃってるな。戦争ばかりだった百年前のクセがどうも抜けていない。
もきゅんと肉球を鳴らし解除する。
『ケ、ケトスさまが……消えた!?』
『な、なんと!? 何処におわす』
あ、今度は玉座が低すぎて見えてないのか。
どうやら私が瞬間移動したと思っているようだ。
仕方ないからモソモソ円卓の上に肉球をかけて、ぶわっと貌を出す。ビスケットの食べかすをこっそりと払いながら、
「何処を見ているのかな、君たち。私はここだ。驚かせてしまってすまないね」
威厳ある声を意識して、ふっと笑う。
ざわざわざわ。
場内が騒然とした。
直後。
力ある魔族幹部達の声が届く。
『くくく、剣聖よ。ぬしにはケトス様の今の動き、追えたか?』
『否、ご老体は如何か?』
『魔導を極みしワシに不可能など――』
『あらあら嫌ですわぁ、見えないなら見えないってちゃんとおっしゃいなさいな。美しき魔猫の君、この方の神速は世界の法則そのものを捻じ曲げる奇跡のごとき荒業。追えなくとも恥ではありませんもの。ま、まあちょっと空間と時間を破壊して渡っていたような気もします……が、気のせいですわね……』
『色狂いよ、現実を直視せねばおぬし、死ぬぞ』
どうやら会議の邪魔をしてしまった様である。
こほんと一つ咳払い。
深紅のマントをクッション代わりに丸まって、キリリと凄んで見せた。
「私に構わず会議を続けてくれ」
何事もなかったかのように言い切って、私は玉座に煉獄大爆炎の暖房魔術をかけながら参加者を眺める。
おー、ぬくいぬくい。
『ちょ……え? うそでしょ! いま、二千年前に失われた煉獄大爆炎の魔術がみえたような……』
『気にするでない、相手はあのケトスさまじゃ、いつものことだわい』
数人幹部達や各種族の代表に変動があったようだが、正直覚えていない。
だって私、お飾り幹部だし。
「皆さまどうかご静粛に。では話を続けましょう。人間国家プロイセンの魔力異常と大儀式の気配が漂っている件ですが――」
司会進行を務めていたらしいヤギ執事悪魔サバスが私に再度の礼をし、会議を進行し始めた。
んー、なんか昔から苦労人だよなあ、この人。
人じゃなくて悪魔だけどにゃ!