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見参せしはパパ魔帝 ~武人たる男の推察~



 魔竜と巨人族の連合軍に襲われる地、マルドリッヒ領。

 人間達に協力することを決めた私。

 大魔帝ケトスは今現在、一人で紅葉の馬車道を進んだ先の平原にいた。


 人間達を砦に待機させ、開戦の準備を進めさせている裏。

 ひとまず先に先行していたのだ。

 私一匹で巨人たちの隠れ里の場所を探索、発見していたのである。


 魔竜と巨人族の動きに変化があった場合は、すぐに人間達も動くことになっているので――自由に動ける時間は今しかない。

 今回はちょっとシリアスな事情も存在するのだ。


 それは巨人の存在。

 彼らの意思を確認しておきたいのである。


 魔竜とはなにかと因縁があるのだが、巨人族とは別に敵対していないからね。

 まあ。

 あくまでも今のところは、だが。


 本格的な戦いとなる前に、一応、魔王軍最高幹部として話し合いをしたかったのだ。

 種として人間と敵対しているのか。

 魔王軍とも敵対する覚悟はあるのか――手遅れになる前に、巨人たちの長とこっそり会うべきだろうと判断したのである。


 それにもう一つ。

 私が単独行動していることには大きな理由があった。


 もしかしたら、勘が良い者ならば気づいているかもしれないが。

 こちらは魔王軍幹部として動く、部下のための仕事。


 私はとある男と待ち合わせをしていたのだ。


 むろん、私は賢き大魔帝。

 待ち合わせの時間すらも無駄にはしない。


 枯葉と硬い石を集めた焚火でオイモさんを焼きながら、私は静かに――ハフハフハフ。

 燃え方も綺麗な枯葉の調理器具。

 天然の石焼き芋である!


 輝く赤き火から広がってくるデンプンの香りに、猫鼻がぶわっと膨らむ。


『にゃふふふふふっ、これぞ大魔帝の甘き間食よ! 我が生み出す究極のヤキイモさんに……って――』


 と、ちょっと偉そうにドヤってみせて。

 ふと、今は自分一人で行動していたのだと思い出す。

 周囲を見渡すと誰もいない。


 風に揺れる紅葉の葉だけが、まるで独りの私を嘲笑うかのようにサワサワ。

 乾いた大地を掠めて飛んでいる。

 煌々と燃える焚き木を見ていると、魔王様との思い出がよみがえってくる。


『魔王様……そろそろお目覚めになってくれないかなあ……』


 モッフモフの猫毛に包まれて、焚火にあたっているのだから――温かいのに。

 揺れる猫の鼻頭も、熱でじりじりとしているのに。

 膨らむモフ毛を撫でてくれるあの方は、いまだに御眠りになられたまま。


 なぜか、ちょっと肌寒く感じた。


 ああ、そっか。

 最近、ずっと誰かと一緒に行動していたから忘れていた。

 独りって、こんなに寂しいのだ。


 パチン……パチン。

 燃える焚き木の中。水分の切れた枯れ木の弾ける音を眺めて、私はゆったりと瞳を閉じた。


 まあ、センチメンタルになっても。

 やきいもは爆食いするんですけどね。


 ◇


 ほくほく。

 むっしゃむっしゃ。

 あー……やっぱり秋と冬の間に食べる焼き芋って、おいしいよねえ~♪

 こう。

 甘さとホクホク感のバランスが丁度いいというか。

 ほかほかオイモさんをガジガジすると、口の中に広がってくる幸福感がたまらないというか。


 食べ過ぎると太るっていうけれど、私は運動もいっぱいしているし、大丈夫だろう。

 うん。


『んー、そろそろ来るとは思うんだけど――まだかなぁ……』


 ついつい、声が漏れてしまった。


 急の呼び出しではあったものの、魔帝用の呼び出し魔術は伝わっている筈。


 用事も頼んだから、少し時間がかかるとは思っていたが。

 んーむ。

 独りでいる事を忘れかけていたから、ちょっと時間を持て余してしまうのである。


 どうせだったら運動代わりに、なにかするか。


 太陽が昇る方向。

 山の上にデッカイ魔王様像でも建設して、全員が太陽を拝むと同時に魔王様に拝むようにするっていうのはどうだろうか?

 ならば――魔王様を崇め奉る豪奢な神殿もついでに建設してやろうか、と。


 猫口をにんまりとさせた時だった。


 シュィィィィッィイイイイイィィン――ッ!

 世界の揺らぎが、ネコ髯を揺らす。

 転移魔法陣の反応が、樹々の隙間――紅葉の絨毯の上に展開したのだ。


『お、来た来た――へえ、けっこう綺麗な転移魔術だ。前に比べるとだいぶ強くなっているみたいだねえ』


 感嘆とする私の声を出迎えに――空間を割ってやってきたのは、一匹の強大な亜人種。

 巨人よりは小さいが、人間族よりはだいぶ大きな人影。

 魔帝の位にある、魔王軍幹部。


 その個体名は、魔帝ジェネラルゴットオーキスト。


「お待たせしてしまい申し訳ございません、我が主よ。魔猫の君、いと慈悲深き御方ケトス様。我、魔王軍を支えし魔帝が一柱。魔王陛下の忠実なる僕、オーク神オーキスト。いまここに、見参いたしました」


 大魔族としての覇気と魔力を滾らせる、巨大なオークが一匹。

 そう。

 女騎士エウリュケさんのパパである。


「なんなりと御用を――お申し付けください」


 オーク神は黒猫である私に跪き、主君に従う騎士のように忠義を示している。


 焼き芋を急いで食べきって。

 私は静かに口元を拭いながら、魔族の上司として応じる。


『やあ、突然の招集すまなかったねオーク神。記録クリスタルを添付してあったと思うけれど、こちらの状況への理解はどうだい?』

「把握しております。魔竜と巨人の連合軍、そして……その、我が娘の事に関しても」


 娘の事が気になる様子である。

 豚顔の尖る瞳から――ちらちらと、こちらを窺う気配を感じる。


『安心しておくれ、君の娘さんはよくやっているよ。大きな無礼があったわけでもない。まあ――その話は後で――。それで、君は此度の魔竜と巨人の連合をどう思う? 巨人族は亜人種。亜人種出身の魔族で武人である君の意見を聞きたいんだ』


 しばし、豚耳をピクリと跳ねさせ。

 考え。


「我等オーク族は残念ながら巨人族との交流がありませぬ故に、推測となってしまいますが――それでよろしければ」

『構わないよ』


 すぅっと瞳を細め、魔族幹部としての威厳をもって先を促す。

 オーク神……オーキストは頷き。


「かつて、まだ人間達に一方的に狩られていた時代。我等、闇の亜人種と呼ばれたオークやオーガ、ゴブリンやコボルト。ラミアやホークマン。その他にも様々な種がお優しき魔王陛下に拾われ――救われ、魔王軍の配下となりました。その時代の事は?」

『ああ、知っているよ。まだ治安も安定していなかった人も神も魔も、安定を知らなかった時代だね。始まりは五百年前ぐらいになるのかな。まあ、たまに時の流れと共にその恩を忘れ――少し悪さをしてしまう者もでてきてしまうけれどね』


 モフ毛とネコ目を憎悪の魔力で輝かせて私は、チクリ。

 オーク神は私の皮肉にも動じず、ただ静かに頭を下げるのみ。

 こりゃ、本当に私に忠誠を誓っているようである。正直、今の私の対応はかなり性格が悪かったからね。


『今は忠義を尽くしてくれている君に、失礼だったね。詫びさせてもらおう』


 頭を下げる私に、彼はさらに深く頭を下げる。


「いえ、あの日の大罪は我が愚かさゆえの過ち。教訓としております故、いと慈悲深き御方に頭を下げられては……恐縮の至り。どうか頭をお上げください」

『ふふ、互いにあの頃と比べると成長したようだね。当時の私はいまほどに、心が広くなかったのだろう。すまない、話の腰を折った。続けておくれ』


 過度な謝辞は逆に機嫌を損ねると知っているのだろう。オーク神は話を再開する。


「本当に様々な亜人、様々な魔物が魔王様と共に道を歩むと誓った中で――エルフやドワーフ、ホビ……いえ、今はあの器用で小さき種族の名は禁忌とされているのでしたか。ともあれ人間に近しい光の亜人種たちは人間との共存を望み、人と主神、大いなる光と共に歩む道を選びました」


 いわゆる人間達と共生する、比較的人に近い亜人たちである。


「あの戦乱の時代。ほぼすべての種がどちらかに分かれたのです。そう――けれど、彼らは違いました。まだ混沌としていた中、強大な存在であったはずの魔王様にも主神にも従わなかったのは巨人族と魔竜。彼らは光にも闇にも属さず、それぞれの道を歩んでいた。そこに何かヒントがあるのではないかと、ワタクシはそう思うのです」


 というか、この豚君。

 一人称がワタクシなんだ……たしか我とか言ってた気がしたけど。

 至る所に古傷の目立つ武骨な豚顔オークなので――オデ、とかワシとか。

 そういう口調が似あっているのだが、私の前だから礼儀正しくしているのだろう。


 ともあれ、まじめな話に意識を集中させ。

 私は尻尾をくねらせ、猫口に肉球をあてる。


『なるほどねえ。当時、私もまだただの魔帝だった時代の混乱期。あの頃は私も修行に明け暮れていたから、あまり世情に詳しくなかったからね――巨人と魔竜が光にも闇にもつかなかった理由か。たしかに、きな臭いかもね』


 言葉を区切り、私は魔族幹部の顔で部下を見る。


『つまり――彼らはあの頃から既に密かに連合を組み、第三勢力として活動していた、君はそう言いたいのかな?』

「はい。ただ――彼らが第三勢力というよりも、もっと別の何か……光でも闇でもない勢力。魔王様でも主神でもない大きな力持つ何かを後ろ盾にする組織が、当時から存在していたのではないでしょうか? むろん、あくまでもオークの浅知恵。時流を読むのは我等の得意分野ではございませぬが――ワタクシは、そう愚考いたします。彼らは確かに人間に比べれば個体としての強さは上でしょう。しかし、あの混乱の時代を、他種族との協力なしで生きていけたとは思えないのです。ならばこそ、魔王陛下と並ぶ者はいないでしょうが、大いなる光めと並ぶほどの存在が裏で暗躍、彼奴きゃつらに味方をしている可能性も考えられるかと」


 このオーク神には前回の事件……古き神々の情報は与えていない。

 けれど、裏で暗躍する影を推察するという事は――。


 こりゃ。

 やっぱり、滅んだ楽園の連中がなにか一枚噛んでいるのかな。

 まあ判断するのは、早計か。


『二つ、その第三勢力に心当たりがある。まあこれもあくまでも推論の域を出ていないけれどね』

「と、おっしゃいますと?」

『魔王様がまだ魔王軍をお作りになる前、楽園と呼ばれた世界に住んでいた頃の同族。彼らはとある事情で魔王様に逆恨みをしていてね――それが一つ。そしてもう一つは、最近はあまり動いていないようだけれど――勇者の関係者と呼ばれる面倒な連中さ』


 今現在も存続しているのは、その二つ。

 やつらが協力して襲ってきたりしたら、色々と面倒なのだが――。

 どちらもその所在が、はっきりとしていない。


『オーク神……オーキストと呼ばせて貰うよ。今回の件、悪いけれど君にも協力してもらう。魔帝として、そしてオークの神として、巨人との話し合いの場に立ち会って欲しいんだ。もちろん、交渉が決裂したら戦争となる可能性がある。そのつもりで戦闘準備を進めておくれ』


 告げる私に、オーキストは武人の貌で覇気を高め。

 唸りを上げる。

 武功を上げる事こそが、武人たる魔帝の本懐。


 久々の招集に、肉体も魂も歓喜しているのだろう。


「ほぅ――魔王軍としての戦争、ですか」

『彼らは既に民間人を手にかけているようなんだ。私は――無辜なる魂が穢されることを是とはしない。それこそが魔王様の意志。魔王様より魔王軍を預かる私の使命。そして、なによりもだ。正当な理由なく弱者をいたぶる存在は嫌いでね――私自身もあまりいい気分ではないのさ』


 弱者側に報復される理由などがあるのなら、また話も別なのだが。

 滅ぼすにしても、その辺りを見極めてから慎重に行いたいのである。


 まあ、魔竜は別にどーでも、いいけど。


「畏まりました。全ては御心のままに……――それで、そのぅ、話は変わるのですが――」


 言いにくそうにするパパ魔帝を見て。

 モフ頬をぶにゃーと緩めた私は、うにゃほほぉー!

 近所の噂話を楽しみにするオバちゃんぽい顔で、にんまり!


『分かっている。エウリュケくんの件だろう? 彼女、色々と君にコンプレックスを抱いているようだね。君と同じ部隊に配属されたい、みたいな事を言っていたし――ちょっと君に話を聞いておこうと思ってね。ざっとみた印象だけれど、彼女はお世辞抜きで優秀そうだ。状況判断は常に正しかった。私としても魔王様の戦力が増えるのならば、望ましい事だからね。もし彼女が魔王軍への入隊を望むのなら断わる理由もないのだけれど。どうなんだい?』


 オーク神、オーキストのでかい図体の周りを、ネコちゃんがぐーるぐる。

 シュシュシュシュン!


 神速移動しながら、どうなんだい!

 どうなんだい!

 と、私はウッキウキ!


 いやあ、他人様の家庭事情っていうのは結構興味深いもので――自分とは一切関係のない、対岸の火事状態だと、妙に気になっちゃうよね!

 ま、まあ。

 魔王様にもホワイトハウルにもロックウェル卿にも。

 おまえなあ……と、止められることがあるが。


 ともあれ。

 オーキストはわずかに肩を落として、息をはく。


「やはりケトスさまは我が娘のために、ワタクシを呼んでくださったのですね」

『まあ彼女にパパに会いたいと言われた事も――優先して、君を呼んだ理由の一つであることは否定しないよ。今の君は信用に値する、優秀な武人であるからこそ呼んだ事も確かだけれどね』


 ふふんとネコ髯を揺らす私に、豚神は言う。


「まったく。すみません……あいつめ、パパなどと……偉大なるケトス様の前で」

『まあ話は歩きながらしようか。これから紅葉砦に戻るからね、君にもついて来てもらうよ。到着次第、人間の代表を連れて巨人族の里に転移する。その時、もし交渉が決裂したら、人間達の護衛も頼みたいからね』


 ようするに。

 戦争になったら娘を守ってやってね、とそう言っているのだ。

 それに気が付いたのだろう。

 オーキストは、武人の豚顔に忠義の色を乗せて――豚の瞳を閉じながら小さく頭を下げた。


「我が娘のことを気にかけてくださって――感謝いたします」

『その代わり、他の人間の事も頼んだよ。ああ、そうだ――けれどだ』


 言って。

 ザザザザァァアアアアアァァァ!

 冷たい秋風に揺れる紅葉の樹々の下で、闇を滾らせ私は猫口を蠢かす


『大事なことを言い忘れていた。もし――君の娘以外の人間が、私との約束を破り、巨人族の無辜なる民間人や非戦闘員を殺そうとしたのなら、構わず消していい』


 闇の中からにじり寄る憎悪の魔力を浴びて、オーキストがごくりと息を呑む。

 額に垂らす汗も拭かずに、忠臣の顔で武人は言う。


「ワタクシが人間に手を上げるとなりますと、脆弱なる肉はおろか骨すら粉々になると予想されますが――よろしいので?」

『ああ、人間どもに手を貸してはやるが――女子供、民間人の安寧を破るというのなら話は変わってしまうからね。魔王様の御言葉は全てにおいて優先される。それが私の意志さ。何よりも、大切なね』


 山の奥。

 森の隅々。冷たき紅い魔力を揺らす私に反応したのだろう、樹木の精霊たちが怯えたようにざわめき哭く。


『おっと、自然の精霊たちをすこし驚かせてしまったようだね。悪い事をしてしまったかな』

「ケトス様の種族を問わぬ民間人への慈悲。その決意のために放たれた魔力であれば、樹々の精霊も納得するでしょう」


 魔王様の愛猫。

 憎悪の魔性、大魔帝ケトスとしてオーキストに頼んだその後。


 ぶにゃん♪

 いつもの猫顔に戻り、しぺしぺしぺと毛繕いで魔力の暴走を抑えて――っと。

 よし、こんなもんかな!


『じゃあ、行こうか。そうだ! 焼き芋があるんだよ、君も食べるかい? いやあ、一人で食べてるとちょっと味気なくてねえ』


 やっぱり、一人じゃないというのは温かいもので。

 かつて、ちょっとした行き違いで衝突したオーク神と二人。

 紅葉の道を肉球でとてとてとて。


 静かにゆったり、会話をしながら歩いたのだった。



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