軍事砦の秘密 ~荒ぶる猫を鎮めるモノ~
しょうもない理由で甥っ子討伐を企んでいた小悪党。
イケおじ風のバカ貴族リベル伯父さん。
諸悪の根源をとっちめた私こと、荒ぶる猫毛をくねらせるのは大魔帝ケトス。
『私の時間を返せぇぇえええええぇぇぇ!』
大地さえも抉るその牙を覗かせ。
闇の獣はきしゃぁぁぁぁ! きしゃぁぁぁぁ!
目をグルグルさせて気絶しているオッサンの上で、肉球をゲシゲシ!
ぎらっと人間達を睨んで、尻尾をぶんぶんぶん。
ビシっ! と肉球で指差し。
くわっ! と唸りを上げていた。
『あのねえ、人間達!? こんな男に使われていて恥ずかしくないのかい!』
紅葉がキレイな、隠し砦の応接室での一幕である。
もう一度ぐるりと見渡す視線に居るのは、ポロロンポロロンと冥界神への捧げの曲を奏で続ける貴族詩人ケントくん。
平伏する上級冒険者と、武器を奪われ絶望する下級冒険者。
それと騎士が数名。
部屋の外に待ち構えていた伏兵たちは全て、行動不能状態。
私の部下の猫魔獣による呪縛を施されたモノ。
私の石化の魔眼で固まっているモノ。
そして、ぐーるぐるコミカルな表情で気絶している今回の件の黒幕、ケントくんの親類リベル伯父さん。
その動機は……なんつーか、あんまり口にもしたくないのだが。
女神リールラケーという人間に化けていた女性を、甥っ子に取られたからという、しょーもない逆恨みである。
しかもケントくん、別に横恋慕したわけじゃないっぽいからね?
あまりにも。
ほんとうにあまりにも、くだらない理由過ぎて――私は唖然。
滅ぼすのもアホらしいし、手を下すのも勿体ない気がしてできないってさあ……こんなパターン初めてである。
『国家反逆罪だなんて重罪を押し付けたと思ったら、その理由が女を取られたからって。しかも、その女。スパイみたいなもんだったのに。ウニャニャニャ! ぐにゃあああああー、こんなのにまともに向き合ってた自分がアホらしい! あのさあ、あんまり言いたくないけど人間って、バカなの? 死にたいの? 私、事と次第によっちゃあ、ここにいる全員を消し炭にしていた可能性も結構あったんだからね?』
しっぽを怒りと呆れで、ぶんぶんぶん!
めっきめっき、と鋼鞭のように地面を抉りながら私はお説教モード。
ド正論をぶつけられた人間達は、恐縮して縮こまり。
互いに顔を見合わせて――。
代表として前に出たのはやはり、一番まともでレベルも高い女騎士隊長、エウリュケさん。
「それが、その……あのぅ……。我等は、ただ、国家反逆罪だとしか。野心を抱いているなぁとは思っていたのですが――いえ、まさか、ここまでくだらない理由だったとは……こちらも想定の範囲外でして……」
声を細めて、申し訳なさそうに言う女騎士に。
結構、真剣に冷めた瞳で私はチクり。
『へえ? 国家反逆罪なんて大それた罪をなすりつけて、しかも斬首も止む無しだった状態を放置していたと? 騎士って基本、聖職者なんだよね? 大いなる光が見てたらどう思うのかな? いや、この地域だとレイヴァンお兄さんが主神扱いなのかもしれないから、そっちでもいいけど。もしかして、私が知らないだけで、エンドランド連盟の辺境地には、女を取られたら斬首していいって法律でもあるのかい?』
「あぁぁぁぁ、もう! あ、あたしに言われても……っ困りますよぉ! あたし、強いってだけでこんな女騎士の隊長なんてさせられて、ただでさえ嫌なのに。上司が完全に脳みそ腐っていたバカ男だったなんて確信しちゃって、きついんですからぁ!」
こっちの方が素の口調なのか。
彼女は男装の麗人ポジションをかなぐり捨てて、町娘のような声で叫びを上げる。
「伝説にある魔王陛下のような、素晴らしい上司をもつあなたには分からないかもしれないですけど! 人間の上司! 基本、こんなんばっかりですからね!」
人間の上司?
はて、ちょっと変わった言い方である。この女騎士さん。純粋な人間族じゃないのかな。
エルフ族の血が混じっていたり、エルフから変貌したとされるオーク族の血が混じっている、なーんてパターンも、まあ比較的耳にする話である。
オークは基本、彼らの神にあたる魔帝豚神のいる魔王軍所属が多いけど――全部が全部、魔王軍に所属しているわけじゃないからね。
野良オークが、その……人間の娘に悪さをしたという事例も稀にあるし。
人間と異種族の混血とか。
その辺は案外デリケートな問題なので、ネコちゃん的にはあまり関わり合いになりたくない。
スルーして。
『そうだね。じゃあ、君とそこでノビてるリベル伯父さんよりも偉い人を連れてきてくれ。こちらの立場と事情を、直接説明して説教するからさ。それまでは、悪いけれどこの人たちを返してあげるわけにはいかないね』
言って、私は影の中に生み出した亜空間を展開。
中で眠っているネズミたちをちらり。
チュー……、チュチュ、チュー……。
ネズミさんの寝息が私のモフ耳を、パタパタとさせる。
最初のあの馬車道での事。
生意気にも襲い掛かってきた男騎士達を低級ネズミ魔獣に変換させて、捕獲、人質としているのである。
まあ、一応。
ついでに治療と小隕石群・召喚魔術により受けた状態異常を解除してるんだけど――手心を加えていると知られたら、交渉に不利となるのでこれはまだ伏せておこう。
それにたぶんだが、こいつら。
そんなに性格の良い騎士達じゃないっぽいんだよね。
リベル伯父さんに買収されて、しょーもない悪事に加担した騎士達だし。
あの時も妙に正義を前面に振りかざし、ケントくん討伐を急いでいたからね。
ようするに、小悪党の仲間である。
一匹ぐらい、たべちゃっても……。
バレない気も……。
じゅるり。
……。
いやいやいや、さすがにまずいか。
ネズミ化の状態異常を受けた部下をじぃぃぃぃっと見て、上司であるエウリュケさんは、はぁ……と大きなため息。
「どうやら治療をしてくれたみたいですけれど。それには感謝します、感謝しますが……。えー、あたしの部下。今、ネズミになってるんですか?」
ネズミ、嫌いなんですよねえ……と彼女は困り顔。
『残酷とは言わないでおくれよ? この人たちは民間人ではない。自らが名乗った通り正規軍だ。そして、正規の騎士団として大魔帝たるこの私に剣を向けた。この辺りではおとぎ話と思われていたらしいが、私は実在している。魔王軍も健在だ。そして――私は魔王様から軍を預かる最高幹部。現、最高責任者に喧嘩を売ることが何を意味するか、分かるよね?』
エウリュケさんははらりと垂れた前髪を、揺らすように頬をぽりぽり。
「ま、まあ……パパにも――偉大な御方、尊きモフ毛のケトス様だけには絶対に手を出すな、あの方の機嫌を本気で損ねるな。特にあの方が敬愛なさっている魔王陛下に関しては、絶対に不遜な態度をみせてはならん。パパは一回それで失敗してみんなの前で罰を受けたことがあるのだ――って、言われましたし……。そう考えると、よくこの程度で見逃されてましたよね、あたしたち。ふつーなら、殺されてましたでしょうし」
パパってだれだろう。
私の知り合いだったりするのかな。
『そういうこと。これでも、こちらは穏便に対応しているんだ。別にデブ猫とか言われたことを、いまだに根に持って、チクチクチクチクチークチクチクチク。延々と嫌味を言っているわけではないと、ご理解いただきたいね』
フフンと冷酷に告げた私はモフ毛を靡かせ、じぃぃぃ。
亜空間の中。
何も知らずに寝ているネズミ騎士を眺め、ぺろりと舌なめずり。
ちょっとくらい、味見をしても……バレないかな?
いや、ちょっと齧ったらそのまま、ガブ!
っと、しちゃいそうか……。
ネズミにしたのは失敗だったかなぁ……。
猫魔獣としての本能が、ものすっごく刺激されてしまうのである。
……。
でも、さあ。
大魔帝に逆らったわけだし。
だから、後で再生させるとして、ちょっと齧っても……。
そう。
こいつらはスマートな私に向かって、ちょっと秋冬毛でモフモフ度が増しているだけなのに、デブなどと暴言を吐いたのである。
しばらくはネズミでいてもらい、反省するべきだと。
私はそう思うのである!
うん。
もう一度、ビシっとポーズを取る私のネコ髯を揺らすのは、ポロロロンと鳴る竪琴の音。
当事者の一人、貴族詩人のケントくんである。
「ようするに、まだ気にしているんですねケトスさま」
指摘しながら、痩せた頬に静かな微笑を生み出し。
悲恋の詩人が奏でるのは、悲しき音色の魔曲。
レイヴァンお兄さんから譲り受けた冥界神の竪琴を、テロロロロリン♪
『べ……別に、そんなんじゃないし』
「モフモフでかわいいって意味だと、ボクはおもいますけどねえ」
言って、ケントくんは私をよっこいしょと抱っこして。
ナーデナデナデ♪
うむ……なかなか、テクニシャンよのう……。
「それに、このネズミ騎士を食べてしまってはたぶん――冷静になった時に、後悔すると思いますよ? ケトスさま、そういう所はお人好しですし」
『そ、そーかなぁ……』
片手で器用に私を撫でながら、テロロロリン……♪
静かな音色が、私の心をゆったりと揺さぶる。
まるでお風呂に入って、うにゃ~……と、なっているような安堵感が浮かんできてしまい。
ついつい、声が漏れてしまう。
『くははははは! くはははははは! くははははは!』
ごーろごろごろ♪
喉も鳴ってしまう。鎮魂曲がモフ耳を甘く撫でている影響もあるが――。
たぶん……。
ケントくんのもっている神を惹きつけるスキルが、神属性を持つ私にも影響を与えているのだろう。
荒ぶっていた私の魔力も治まっていく。
神を鎮めるこの能力は、ケントくんの力でもあるが。本来ならば、私はこの程度の人間の魔曲などレジストしているはずだったのだ。
けれどこうして、鎮まっている。
その原因は――あー、これだな。
私は漆黒神殿と同じ色、死者の宮殿と繋がる祭壇と同格以上の力を持つアイテムをじぃぃぃっとみる。
冥界神の竪琴。
レイヴァンお兄さんからの贈り物である、この装備の魔術効果でもあるのだろう。
この竪琴、たぶん。
正真正銘――本物の力ある神器なのかな。
主神クラスの神が、気に入った人間相手に譲渡する秘宝。
いわゆる世界のバランスを壊してしまうほどの逸品、歴史に名を残す神話級アイテムである。
冥界と楽器の逸話というのは、実はけっこう多く存在する。
鳴らす悲しきその竪琴の音が、冥界の番犬や番人を寝かせつけて素通り。冥界神の下へと辿り着き、その悲壮な音色で同情を誘い願いを聞き入れさせてしまう――なんてエピソードもわりとメジャーだしね。
この世界でも類似する物語は多数存在する。
私も魔導書でいくつか確認したことがあるし。レイヴァンお兄さんが神話知識を力とするアダムスヴェインを応用して、この竪琴を作り出した。
なーんて可能性は十分にある。
ていうか、お兄さん。
人間相手にぽんぽん、こんなバランスブレイカーなアイテム与えちゃっていいんかい。
人間に装備を譲渡する時はもっと慎重に……って思ったけど、ブーメランになるからあまり追及はしないでおこう。
たぶんバレたら、私もお兄さんも魔王様に説教されるし。
ポロロン……♪
竪琴の悲しい音色が、私の怒りを和らげ。
むにゃむにゃむにゃ。
にゃんか……うん、ねむくなってきちゃったかも。
私、神で獣で、鎮魂されることなき憎悪の魔性だから。
音色による神鎮めの効果を、抜群に受けてしまうのだろう。
んーむ。
冷静になってみると、一人も死者はでなかったし。
人間達、反省したみたいだし。
諸悪の根源、やっつけたし。
まあ、ハッピーエンドなのか。
『しょーがないにゃ~。人間達さあ。まあ、君達もこのオッサンに騙されてたみたいなもんだし、もうこれくらいでいいよ。言っとくけど。こんなに甘々な対応は今回だけだからね?』
私は肉球をパチンと鳴らし、人質にしていた人間達を解放する。
もちろん、傷も全快している。
ネズミ化が解除されちゃったのは、ちょっと惜しいけどね!
さて、ここにいる連中への脅しはこれくらいでいいかな。
脅かし過ぎちゃったから、どう次の言葉を繋げようかちょっと迷うのだが。
しっぽをくねらせ、悩んでいたその時。
ポロロロン♪
と、私を膝に乗せたままの貴族詩人ケントくん。もはや冥界神の使いともいえる、彼の奏でる弦楽器の音が、室内に響く。
「と、まあ――こんなことになってしまいましたけれど。ケトスさまは慈悲深き御方。本来なら鮮血の宴となっていたところを、このような愉快な戯曲として昇華してくださったのです。みなさん、どうかこの御方への感謝をお忘れなく」
ケントくんからのそれっぽいフォローに力強くうなずくのは、私の実力を一番察することのできる上級冒険者たち。
そして、異形なる者の血を受け継ぐ女騎士エウリュケさん。
力の底が見えない大魔族。
このモフモフ魔獣の私こそが、本物の殺戮の魔猫――大魔帝ケトスであると感知することができる彼等にとっては、まさに今の状況は奇跡。
死地から帰還したような安堵感が浮かんでいるのだろう。
あきらかに、ホッとした顔を見せている。
場を和ませるべく、私は――うにゃん♪
全員に、もう怒ってないよと肉球を見せる形でネコ手を振って見せ。
『にゃはははは、ごめんね~! 君達の装備はカツオブシになってしまったし、返すつもりもないし。魔剣グラムスティンガーはもう食べちゃったけど。まあ、それは勉強代って事で我慢しておくれ』
「は……はい……」
魔剣士君が項垂れたままなので、ふーむと私はネコ眉を動かし。
『大丈夫。ちゃんと美味しかったって後世に伝えておくから。安心しておくれ』
うんうん、と腕を組んで足をピョコピョコ。
真剣に頷く私に、何故か魔剣士君は複雑そうな顔をするばかり。
まあいいや。
これでケントくんも故郷に問題なく戻れるだろうし、屋敷に戻ればグルメ報酬が貰えることも確実だろう。
やわらか牛ブロック肉の濃厚ワイン煮込みとかも、あったりするんではにゃいだろうか!
いやあ今回の散歩は平穏に終わってよかった。
いつも騒動ばかりじゃ疲れちゃうもんね。
なんか私が散歩に通るだけでトラブルが起こりまくるなんて、死神みたいなイメージになっちゃっても困るし。
たまにはこういうのもいいのである。
紅葉の中に隠された砦。
そこで起こった、ちょっとしたネコちゃんトラブル。
眷属猫達も散歩を楽しんだし。
キャットタワーで遊ぶような砦占拠ごっこをやって満足しただろう。
さーて、後は落ち葉でも集めてヤキイモパーティでもしようかなあ、と。
ふっと遠くを見る私。
モフ猫頭のその脳裏では、既にゲーム終了のエンドロールが流れていて。
魔王様に見せるための記録クリスタルの自動記述魔術を終了させようとした。
その時だった。
ふと。
フラグを建築するかのように、ケントくんが周囲を見渡し口を開いた。
「そういえば――、ずっと気になっていたのですが」
『……え? なに? もう私、この砦での日記を書き終える気満々なんだけど』
面倒くさがりな私の性格を既に十分知っているのだろう。
苦笑しながら彼は言う。
「ふふ、すみません。別に大したことじゃないのですが。一応確認だけはさせていただこうかと」
ケントくんはテントの外に目をやり。
聡い貴族としての顔と声で、訝しむように唇を動かす。
「リベル伯父さんはなぜこのような場所に基地を設置されているのですか? まさかボクを捕えるために、ここまでの設備は必要ないでしょうし。そもそも連絡を入れたのは数日前、砦を建設する時間などなかった筈です。ならば脅威に対する備えと見るべきですが――ローカスターの出現をあなたたちは知らなかった。それが腑に落ちなくて」
言われてみればその通りである。
『そーいや、馬車道なのに人通りも少なかったしね』
「ええ、ローカスターを警戒したというのなら話も分かるのですが――」
首をこてんと傾ける黒猫ちゃんと吟遊詩人を眺め。
ひそひそひそ。
砦の皆さんは顔を見合わせ、どういうことだ? と相談中。
代表して、隊長であるエウリュケさんが――騎士モードに戻って、こほん。
「もしかして、ご存じないのですか?」
はい、ストーップ!
これ、絶対に厄介ごとを押し付けられるパターンである。
ずるずるずると、同情して最後まで解決しないといけない、いつものヤツである。
そうは問屋が卸さない。
この私は大魔帝。
危機回避能力と学習能力というモノを会得している、伝説の猫魔獣。
マントを翻し、毛布に包まるように慌てて猫口とモフ耳を押さえる私に、構わず。
何も知らずにケントくんが騎士エウリュケさんに問う。
「マルドリッヒ領になにか?」
「なるほど――ガイラン付近にいた方々はやはり、今回の事件を把握してはいなかったのですね。いくら救援を待っても届かない理由がようやく分かりました」
苦い顔をする砦の人間達。
その表情にも、魔力にも悲壮感が滲んでいる。
えー……。
もう、話が勝手に進んじゃったじゃん。
どうせ、手を貸すパターンになる気もするし――私は諦めて、問う。
『なーんか、聞いちゃったら巻き込まれそうな気もするんだけど……どういうことだい?』
気になる事は気になるし。
好奇心にも勝てないしね。
「ええ、今現在、マルドリッヒ領は魔竜神信仰を宣言した魔竜。そして――巨人族の連合軍に襲われているのです。この女狂いのアホ人間……いえ、リベル様の指揮の下に建設されたここは、その侵攻を喰い止めるための前線基地。我等が領地の最後の砦なのですよ」
さりげなく上司を蔑み言って、結構深刻そうな顔をするエウリュケさん。
彼女に嘘を言っている様子もなく。
他の冒険者も騎士達も、肯定するように頷いている。
『魔竜と巨人の連合軍ねえ……』
常識的に考えて、この組み合わせで行動することなどまずない。
確実に、何者かが裏で糸を引いているのだろう。
んーむ。
まーた、厄介ごとでやんの……。




