エピローグ編 最上位クエスト達成! ~グルメ報酬とセクハラお兄さん中編~
正体を私こと大魔帝ケトスにうっかりバラされ、顕現せしは――。
魔王様の兄で、古き神々。
冥界と奈落を治める死の皇子――魔兄レイヴァン。
死者の国を支配する冥界神。
「冥界へようこそ、人間達よ。ここは安らかなる場所、生者がいずれ辿り着く地――俺様はおまえたちを歓迎しよう。食事は出せないがな。せっかくの機会だ、せいぜい寛いで行ってくれたまえ」
と。
タバコをぷかぷか、女癖の悪かった筈の不精髭お兄さん。
ちゃっかり、高貴なる存在を存分にアピールするクールダンディ貴公子な装いで、ゴージャスに再登場である。
ザッザッザ!
玉座の間に並ぶ百単位の魂たちが、王を讃える足音を鳴らす。
プパプパーっと管楽器を鳴らす者達まで用意しちゃって、案外に見栄っ張りなのかもね……お兄さん。
引き連れる部下達も、それなりの強者ばかり。
まあここは冥界。
レイヴァンお兄さんは死の世界の管理者。
神話にある冥界神タナトスやハーデス、かつて私が住んでいた地域でいうのなら閻魔様、みたいな神なのだろう。
そして付き従える彼らは――。
エインヘリアルと呼ばれる死せる戦士たち――過去の英傑達を部下として付き従えているようである。
とてとてとて、と私は構わず周囲を探索。
スンスンスンと匂いを確かめて――私は周囲を見渡しながら、はぁとネコのため息。
『ギルド酒場の宴会場だった空間を、まあ玉座の間に変換してくださって……これじゃあ、食事ができないじゃん』
いや、ここが冥界なら食事をすると面倒な事になるんだけど。
ともあれ。
空気が完全に変わっている。
周囲は冷めた死者の魔力と瘴気で溢れている。
人間達が見守る中。
高位の死神を付き従える冥界神さんに、食事を邪魔されてご立腹な私はブスーっとした顔を見せてやる。
『ここ――死んだ魂たちが眠る世界、冥界の宮殿だろう? 生者を巻き込んで何をするつもりなのか。聞かせて貰えるかな?』
「へえ、さすがは大魔帝ケトス。我が弟の最愛の魔猫。異世界の主神、古き神々の一員、大いなる輝きすらも滅ぼした神を殺戮せし魔猫。ここがどこなのかすぐに理解できるようだな」
皇帝みたいな恰好で、大物神オーラをばりばりと発してくるレイヴァンお兄さんが、ふふんと冷たい微笑を送ってくる。
人間達が、え? 異世界の主神を滅ぼしたって……マジ?
的な貌をして、むしろこっちをジトーっと見ているけどそれは置いておいて。
『それで――これはどういう演出だい』
「歓迎してやると言っているだろう? 古き神、女神リールラケーの魔の手を打ち破り、見事生還した者達よ。おまえたちエンドランド連盟の民は死の定めを背負っていた、ローカスターの手による滅びが確定していた。なれど、それらの試練をお前たちは魔猫の手を借りる事により回避し、死の運命から脱出した。既におまえたちの席は用意してあったんだが、無駄になっちまった。その穴埋めを要求させて貰おうと思ってな」
言って、冷厳な眼差しで人間達に目をやりお兄さん。
渾身のドヤである。
『穴埋めだって?』
「ああ、卑猥な意味じゃねえからな」
私は生ある者達を守る結界を展開し、人間達の前に出てネコ目をギロリ。
冥界神の後ろに控える死神どもを瞳だけで麻痺状態にし、レイヴァンお兄さんに言う。
『真面目に答えておくれ。私は民間人を巻き込むやり方は好きじゃないんだ。大丈夫だとは思うけど、このままギルドごと死者の国の住人にするつもりなら、それ相応の覚悟をして貰わないといけないんだけど』
「こええ顔すんなよ。俺様はおまえさんとやり合う気はねえよ。この間、おまえさんの部下にやられちまったばかりだからな。忘れたわけじゃねえんだろ」
つぅ……っと瞳を細めて私は言う。
『あれは生者の世界での出来事。こことは違う。死者の国での君は、本領を発揮しているようだ。魔王様と同等とまではいわないけれど、今まであったどの存在よりも強大な力を感じる。君――本気を出していなかったね』
「そこまでお見通しか。だが勘違いはするなよ、負けたのは事実でそれなりに本気だったんだぜ? 情けねえ話だが、俺様は死者の王であり、俺自身も死者だ。生者の世界での俺様はアレぐらいが限界なんだよ。だから敗北は認めるしかないだろう。なあ、かわいそうな俺様を慰めてくれよ」
言って、誘うように人間に向かい手を伸ばすお兄さん。
「ここは冷たく静かで退屈で、ヒマなんだよ――なあ、いいだろう? 正直、今回の件で人間の生活に疲れた奴もいる筈だ。希望者だけでいいさ。なあ、こっちにこいよ」
甘ったるい死の誘惑。
女性陣の何人かと、恋人を失った貴族詩人ケントくんが足を向けそうになるが。
籠絡されかけた――人間達の影を私の影猫で縛って、ちらり。
事実を告げる。
『死にたいって言うなら止めないけど、もしまだ生きていたいならやめておくんだね。あの男の腕の中に入ったら――君達、死んじゃうよ?』
「おいおい……邪魔するなよ、ケトス。こいつらはちゃーんと俺様の閨で預かってやる。それは死者の王の静寂を讃える、選ばれし者の座、死んでもいいって思えるくらいに、たっぷり、甘く、死ぬほどに優しくしてやるから、いいだろう? くく、くはははははは! なに、たった二百年程度、その魂を捕え転生させぬだけの話。その間、この俺様の寵愛を受けられるんだ――それは至上の喜びとなろう。俺様も冷たい独り暮らしを、ただ過ごすだけの日々から解放される。悪くねえ話だろ?」
それは。
魔王様の嫌う、民間人の死。
紅き瞳と魔力を滾らせた私は――メキリメキリと影だけを全盛期の姿に変貌させ。影の口で淡々と告げる。
『魔兄レイヴァン。それは君の戯言だと理解はしている。ただの場を和ませる冗談と受け取っている。けれど、いいかい? ほどほどにしてくれないかな――どうか、私をあまり怒らせないで欲しい。刺激しないで欲しい。本能を、逆撫でしないで欲しい。いいかい? 私は魔王様の魔猫。偉大なる御方との約束を果たすためならば、あの方の兄とて敵とする。発言は慎重にして欲しいんだ、分かるかな? 分かってくれないのなら、私は無辜なるモノを守るために、牙を尖らせ爪を揮う――どうだい? 理解して、貰えただろうか』
ザザザ、ザザザザザザ……。
コミカルにゃんこが見せる闇の貌に、人間達の顔色がぞっと軋む。
こちらを直視できないのだろう。
息をする事すら意識し、力を高めないとできないようになってしまったようで――ごくりと、生唾を呑み込む音だけがしばらく静寂を支配していた。
影だけとはいえ、本気の私の魔力にお兄さんもビクっと肩を一度揺らし、ダラダラと汗を滴らせて、咳払い。
あ、ビビったな……、お兄さん。
「な……なーんてな! 冥界神のジョークだよ、ジョーク。……そう怒るなよ、ケトスっちよぉ……。ったく、これだから忠犬タイプの使い魔は融通が利かねえんだから……こえぇって。まあ……強制はしねえさ。ただ、人間達には……選択肢を与えるべきだろう? 本当にもう全てに疲れたというなら、受け入れてやる。そういう話だ」
言って、私からあからさまに視線を逸らし。
貴族詩人ケントくんを瞳に捉え、ゆったりと瞳を細めながら冥界神は囁きかける。
「どうだケント? こっちにくるか? お前さんの貌は実にいい、あの女の死に後悔と絶望を抱くその様は最高だ! それこそが生者の嘆き! それこそが我が最大の至福! 愛するものを失った悲しき魂を味わうあの感覚は……って! いかんいかん、あぁ……すまんな、ちょっと興奮しちまった。死は救いでもあり、人間が最後の安らぎを得る場所。全てを忘れさせてやると約束しようじゃねえか。なあ、来いよ。俺様が飽きるその日まで、傍において遊んでやるからさあ」
玉座の間。
クールな美貌を甘く静かに滾らせるイケメンが、紅く瞳をギラつかせて貴族詩人を誘い。
舌をペロリ。
んーみゅ。
完全に生娘を誘う好色皇帝の、ソレである。
変態おやじだよ……これじゃあ。
高位の存在とか、古き神的な存在ってそーいうところが、けっこう緩いっていうか。
節操ないからなあ……。
男女も年齢も種族も関係なく、魂で相手を見るから……ケントくん相手でも、その嘆きが美味なら関係なく……その……なんだ、迎え入れる気満々なのだろう。
お兄さん、冥界だと結構サディストになるんだね……。
まあ、おそらく。
死を覗く能力者――すなわち未来視を扱えるレイヴァンお兄さんの冥王の魔眼には、本当に絶望したまま静かな死を迎えてしまうケントくんの、悲しい未来が見えているのだろうとは思う。
死を覗く能力のある猫の私にも、その兆候はうっすらと見えている。
どうせ命を絶ってしまうのなら。
冥界の神にその魂を回収され、安らかなる死の世界で神に寵愛される方が幸せなのかもしれない。
が――。
私は猫の瞳をギンギラギン!
そんなことされちゃったら! ケントくんからグルメ報酬がもらえないじゃん!
確定した未来じゃないんだし!
さて、どうしてくれようかと私がネコ眉を尖らせる、その横で。
お兄さんはバッサバッサと翼で飛んで、テケテケテケ。
私を素通りし、結界に侵入。
愁いを帯びた微笑で、甘ったるい声を人間に向ける。
「悩むのは分かる。けれど、本当に……ここは寒くて冷たくて退屈なんだよ。なあ、いいだろう? とりあえず、お試しに一度ぐらい――味わってみないか?」
この好色で色魔なお兄さん……、冥界で寂しい思いをしているというのはどうやら本当らしい。
切なく、貌を苦笑させて。
けっこう、本格的な気怠い色香を放ち、誘う手をあやしく蠢かしている。
『ぶにゃ!? おーい、コラコラァ! 隙あらば誘惑をするんじゃない……っての! ぶぶぶ、ぶにゃーーーー!』
影ではなく、私の本体はモフ耳をぴくぴくさせて、尻尾を威嚇のポーズで膨らませボッファーアアァァァアアアアアァァァ!
くわっと一喝した私の魔力によって、冥界神の誘惑に負けそうになっていた彼らの平常心を取り戻す。
『黄泉戸喫だっけ? 冥府の食べ物を口にすると、現世に帰れなくなる……すなわち、死んでしまうっていう伝承の。あれと一緒でここで一度でも君の腕に抱かれたら、もはやその魂は死者の王のモノ。生者は帰れなくなってしまうだろ!』
耳を後ろに倒して。
グルメ報酬を守るために、私はキシャーキシャー!
「えぇ……いいじゃねえか。だって、さあ。俺様だって今回はそれなりに尽力したんだ。それくらいの報酬は貰ってもいいだろう? 生者の魂は甘美で濃厚、一度味わうと――くく、まあ忘れられねえもんなんだよ」
ぷんすかぷんすか。
お兄さんは年甲斐もなく、翼をパタパタさせている。
駄々をこねている時の魔王様と、ちょっと似ている所を見ると……やっぱり兄弟なんだなぁ、とは思うけど。
ともあれ邪気はない。
ああ、これ。
そうか――そういうことだな、きっと。
全てを見通すような猫の顔で、私はお兄さんを見て名推理モード。
鋭く知的なニャンズアイを尖らせて、静かに告げた。
『君の目的が分かったよ』
「目的? なんのことだ」
すっとぼけているが、もう遅い。
全部、見えてしまったのである。
『君さあ――こうやって仰々しい演出をすることで、さっきまでのセクハラを誤魔化したかっただけ、なんじゃないかな?』
ギクっと翼をバサバサさせて。
冷たい美貌を泳がせ、全身から脂汗を滴らせ固まってしまうお兄さん。
あ、図星だな。これ。
やっぱりそうか。
どうも変だと思っていたのだ。
この人、なんだかんだでツンデレないい人だし。民間人の人間の魂を冥府の国で喰らうとは思えないからね。
まあ、死の運命が見え隠れしているケントくんだけは例外で……本当に誘っているような気もするけど。
グルメ報酬を提供してくれた後じゃないと、私が困る。
「な、なんのことだかさっぱりわからねえな」
『冥界神ともあろうものが、セクハラを有耶無耶にするためにこんな大袈裟な仕掛けをして……恥ずかしくないのかい? 私、他人事ながら、ちょっと情けなくなってきちゃったんだけど』
心底浮かんでしまう呆れと、ネコちゃんジト目。
自らの巫女である幼女コプティヌス君からも……えぇ……妾の神、こんなんなのか? ……と、残念な視線が送られている。
他の人間達もさきほどまでとのギャップと、今回の演出の本当の意味を知り。
えぇ……? と、残念な眼差しを向けている。
視線に居たたまれなくなったのだろう。
「う、うるせえな! いいじゃねえか! ちゃんと助けてやったんだから! いいか! 人間どもよ! 俺様は冥界の神なんだし、今回の件では尽力してやったんだからな! さっきまでのセクハラは不問ってことで、問題ねえよな!」
フンと腕を組んで、開き直りである。
大物魔族程、変な相手が多いとは知っていたが……どーして、私の周りにはこういう、残念な連中しか集まらないんだろ……。
やっぱり世界には私と魔王様しか、まともな人格者っていないのかもね。
ともあれ。
『さて、とりあえず。冥界は人間達に悪影響だからね。チャンネルを変えるよ』
言って、私は肉球をぺちん。
お兄さん以上の魔力をもって、世界に干渉。
ザザ、ザザザァァァアアアアアアアアアアァァァッァァァアアアアァッァ!
死者の世界が揺れ。
ぶにゃははははははははははは!
と、猫達の笑い声が響き渡る。
「お。おい! ケトス、てめえ、なにしやがる!?」
「な、なんじゃ! この禍々しい瘴気と無邪気な魔力は!」
明らかな異常に、気付いたのは二人。
実力者であるレイヴァンお兄さんとその巫女、コプティヌス君が声を上げる。
構わず私はドヤりながら告げる。
『世界顕現。領域展開――さあ、君達を我が世界へ歓迎しよう』
ぶにゃ!
ぶにゃはははははっ、ぶにゃははははははははははは!
猫たちの笑い声が響き渡る。
死の世界に塗り替えられていたギルド酒場の空間を、私のダンジョン領域で上書き。
死者の宮殿は幻のように消え去り、代わりに顕現したのは影猫の世界。
何百といた死神の影が、ネコちゃんに切り替わり。
しぺしぺしぺと毛繕い。
死者の世界だった場所も、私の眷属猫達が住まう影と夢の国――通称ドリームランドへと切り替わる。
ちなみに、あのネズミの国とは違うので勘違いはしないで欲しいのである。
影の国。闇の中。
ぞろぞろぞろぞろと現れるのは、普段、私の影の中で生活をしている猫眷属達。
にゃんだ! にゃんだ!
お客だ! お客だ!
囲め! 囲め! 遊ぶのニャ!
と、ぞろぞろぞろぞろ。影から湧いてブニャっと大喜び。
冥界から遠ざかった影響で、レイヴァンお兄さんの姿が元の不精髭ヤンキー魔族に戻っていく。
そして、周囲を眺め……。
翼を縮め、私の頭をつんつん指でつつきながら言う。
「こ、ここって……もしかして、影の楽園、ドリームランドか?」
『おや、よく知っているね。昔、魔王様から好きに遊ぶといいって貰った、私の支配領域の一つだよ』
そう。
お兄さんが悪さをしないように。そして人間達が誘惑に負けないように。
周囲の世界を私の影で包んでしまったのだ。
別に、お兄さんがギルド宴会場を死者の宮殿に書き換えたあの一連の流れが、なんか格好よかったので真似したかったからとか。
そーいう。
つまらない理由ではないとだけは、はっきりと言っておこうと思う。
うん。