妖艶なる扇動者 ~にゃんこの瞳が見る真実・後編~
黒幕女の邪悪なる野望を打ち砕いたのは――全てを見通す伝説の神鶏。
魔王様と私とは、また違う形の絆を結んでいたらしい大魔族。
ロックウェル卿。
大魔帝ケトスこと、この私。
偉大なる猫魔獣である我の足元に並ぶことのできる、数少ないモフモフアニマルの一柱である。
魚眼レンズのような遠見の魔術の視界。
ぐにゅ~と丸い視野の中。
映る卿が、魔術による透視を行う私の視界を発見し、じぃぃぃぃぃいい。
コケっと鶏冠を持ち上げて、嬉しそうにニンマリ!
駅前のハトさんみたいに首を左右に振りながら、ダッシュで近づき――とてててててて!
遠見の魔術の、目の前で立ち止まり。
翼を旗振り通信みたいに器用にバササのサ。
『クワーックワクワ! 余のおかげであるなあ! ケトスよ! これは超いっぱい、お前の手作り大魔帝風ホットサンドを貰えてしまうんであろうなあ! 楽しみであるなぁ! クワクワワワワワ!』
だって。
こいつ、前の事件で大魔帝風ホットサンドを食べて、味を占めやがったな……。
いや、まあ……そんなに喜んでくれるなら。
まあ……作ってやらないことも、にゃいが……。
そんな事になっているとは知らず。
黒幕女さん、高笑いだね……。
滑稽だね。
プカプカ浮いてる謎肉さんの前で、ドヤ顔だね。
高いヒールをカツンとさせ、高性能な装備に身を包む女魔術師は哄笑を上げ続ける。
「あはははははは! 愚かねえ、大魔帝ケトス! さぞや悔しいでしょうねえ。貴方の判断ミスで、街が一つ、滅んだの。そう、全部。あなたのせいよ!」
どーしよ。
めっちゃ勝ち誇ってるけど。
全滅させたローカスターを錬金術の素材としてジャハル君が購入という形で回収。各地から人間の食料を購入、難民化している解放された居住区の人間に……ご馳走、配給してるね。
既に宴会モードだね。
ニワトリさん、めっちゃ舞ってるね。
心配しないように、コプティヌスくんにもその映像を脳内に投影してやったのだが。彼女は彼女で、これ、霊峰に隠れ住む伝説のやべぇニワトリではないか……?
と、私に向かってぐぎぎぎと引き攣った顔を見せている。
「(魔帝ロックは一番やばいと有名なヤツではないか……っ、大丈夫なのか、ガイランの街)」
『(まあ、機嫌を損ねなければ問題ない――と、思うよ……たぶん。石化能力も最近は制御できるようになってきてるし……たぶん)』
「(どーして目を逸らしながら言うのじゃ! 妾、ちょーっと心配になってきたぞ!)」
幼女と黒猫。
こそこそこその密談である。
「何を相談しているのかしら? ふふふ、どちらが助けに行ってももう遅いわよ? それに、あの憎き男の兄である冥府の王も――もはやあたしの罠の中。転移した先で今頃、吸う事の出来ないローカスターの群れに襲われて……翼の先まで喰われて滅んでいるのでしょうねぇ」
下卑た女の手にしていたステッキが、蛇の形をしたパイプタバコに変貌。
鱗の目立つそのパイプを、すぅぅぅぅぅ。
魔力を吐き出し、濡れた唇をギラつかせる。
煙の形さえ楽しむように――消えていく魔力ガスを尖る蛇の眼で追って、女はくすりと微笑する。
「冥府の王の断末魔と、ケント坊やの愛らしい最後の嬌声を直接聞こえなかったのだけは残念。けれど、仕方ないわよね、だってあたしは――あなたの相手をしなくてはならないのだから。魔力――解放。ふふふ、あたしの力を目にして、震えあがりなさい」
言って、私の目の前には勝ち誇った微笑を浮かべて。
九重の魔法陣をヒールの下で、ぐわんぐわんと回転させている。
オバちゃんが一人。
……。
んん?
これで、おわり?
え? まさか、この人。
九重程度でこんな自慢げになってるの……?
『九、九重の魔法陣?』
「ええ、そうよ。見た事も無いのでしょう? 分かるわよ、あまりの強者を目の前にしてしまったあなたの動揺は――」
しばし沈黙。
くわんくわんと。
九重の魔法陣の回る音だけが私のモフ耳を滑稽に揺する。
どどどど、どーしよ。
これ、罠じゃないよね?
まあそりゃ、古き神々全てが戦闘が得意とは限らない。
我等魔王様の腹心ほどの力があるとは思っていなかったが。
「あたしの比類なき魔力の前に、震えあがっているのね? 声も出ていないじゃない。あの冥府の王もそんな顔をして、負け惜しみに口をへの字に曲げていたけれど――強者に逆らった。その愚かさを悔いながら死になさい」
ふふふふふ、と。
絶対的な王者のような顔をしているが。
私の魔力と、この女の魔力の差が見えているのだろう。シャーマン・コプティヌスくんも、えぇ……っといった感じの顔で、オバちゃんを眺めてぷっくり幼女なほっぺをぽりぽり。
ともあれ。
先ほどからこの勘違いオバちゃんが言っている冥府の王とは――。
おそらく。
魔王様の兄、レイヴァンお兄さんの事だろう。
なんか、これ。
すっごいペラペラしゃべりそうな雰囲気だな。
……。
私はちょっとわざとらしく、猫口をくわっと開けて唸りを上げる。
『なっ――吸う事の出来ないローカスター、だって!? そ、それにそんな恐ろしい魔力をもっているにゃんてー!』
「ええ、そうよ! ふふふふ、どうやら、もう取り返しがつかない状態だということは、ご理解いただけたようね?」
黒幕女は妖艶な唇を、テカテカとさせてご満悦。
まあ、レイヴァンお兄さん。
無事なんだけどね。
さすがにあれほどの大きな魔が滅べば、すぐに分かってしまうのである。
「あー、これでようやく、悲願に近づくのね。やっと――やっと……っ、あの邪魔な男を処分することが出来た。時間はかかったけれど、まあ……確実に仕留める事ができたのだから。上々でしょう? ねえ、大魔帝ケトス。あなたはどう思う? 冥府の王の死を、誉めていただけるかしら?」
『あの男は……っ、それほどに強力な存在、だった。そう、いうのかい?』
やっぱり……。
なんか、悪党必殺のペラペラしゃべりますモードなので。
泳がせるか……。
たぶん、作戦がうまくいっていると思い込んでナチュラルハイ、ようは上機嫌なのだろう。
悪党たちが自分の悪事を喋り出すのって、一種の状態異常らしいのだが。
これがそうなのかもね。
これ、もう少しテキトーな演技でも大丈夫そうだな……。
「ええ、そうよ――あの男は楽園で死んだ者の魂、全てを握っていた。先に死んで、冥府を支配していたから、たったそれだけの理由でね? 狡いじゃない、あの男は一度死んでからも再臨し、ちゃっかり冥府の王として活動しているのに……あたし達楽園の住人は一度の死で終わり。たった一度よ? たった一回滅んだ程度でヤツに魂を囚われ封印されるなんて……理不尽だわ。だから、全てを解放するの。だからあたしは動き続けた――我等楽園の住人の安寧を取り戻すために」
『にゃ、にゃんだってー!』
あ、やっぱりテキトーでも大丈夫そうだ。
黒幕女は私の相槌など元より気にしていなかったのだろう。
自分一人、己に酔って――まるで主人公のように被害者ぶって、忌々しげに歯をぎしり。
「あの男は強い。悔しいけれど、単純な力比べではあたしじゃ勝てないわ。けれど――弱点も明白なのよ。彼の者は死者の王。故に――生きた人間の魂を吸う事はできない。いえ、正確には違うかしら。吸うことはできても、その生の魂に汚染され力を失い滅んでしまう――そう……、この地の人間を長い時間かけて諭し、誘導したのは――全部、このための計画だったのよ」
『にゃ、にゃんだってー!』
もはやガイランの街は滅び。
レイヴァンお兄さんも滅んだと思っている女は、まあ余裕綽々で語る事。
きっと。
勝利を誰かに自慢したいのだろう。こういうオバちゃん、たまにいるよね……。
「もう、理解できたでしょう? あたしがこの地の人間をローカスターへと進化させたのは……アイツを完全に駆逐するため。せっかく、人間を滅ぼすために百年溜めた飛蝗どもを、毎回、全部喰らってしまうんですもの。面白くないじゃない? だから――そのお仕置きよ。愚かなる人間どもから進化したローカスターを吸ったら最後、冥府の王は生きた人間を取り込んだことで滅びを迎える。けれど、吸わなければ蟲人の大群に羽を毟られ喰われて滅びる。どちらにしてもチェックメイト。これで邪魔者はもう居ない。そう、全てを知るあなたと、そこの……生意気にもあたしに逆らい続けたガキさえいなくなればね」
『にゃ、にゃんだってー!』
つまり。
百年単位で温めていた壮大な冥府の王討伐計画。
それを、ひょんなことから始まった私達の介入で、ぜーんぶ、潰しちゃったんだね。
ぶにゃはははははは!
いやあ! 他人がずっと頑張って進めてきた計画を潰すのって、なんでこんなに心躍るのだろう!
猫としての悪戯心がウニャウニャとしてしまうが、我慢我慢。
私は驚愕に揺れる顔のまま、表情を固定し――こっそりと魔術を一匙。
念のために、コプティヌスくんの結界を更に強化しておいて。もし、この黒幕オバちゃんが途中で襲ってきたら、全力ジェノサイドモードで瞬殺するように本能を切り替えて――と。
まあ、こんなもんかな。
私は思考の海に沈んでいく。
一応、レイヴァンお兄さんたちの様子を見てみるかと。
ネコの眉間をうにゅにゅと真ん中に寄せて、遠見の魔術のピントをチェーンジ!
◇
遠見の魔術モードの裏では、オバちゃんによる自慢ショーが続いているが。
私は構わず、意識を集中させる。
えーと、どの辺にいるのかな……たぶん、この辺に……。
あ! いたいた、あそこだ!
おー、やっぱり無事だ。
街に戻る前に襲われたのか。
場所は……レイヴァンお兄さんが街に戻るために使う転移亜空間――その次元の狭間の中である。
戦闘の名残が魔力残滓となって感じ取れる。
伏兵として、億単位のローカスター達を待機させていたのだろう。
お兄さんたちは、不意をつかれて襲われたようなのだが――。
今、私の遠見の魔術の魚眼レンズに映っているのは――。
ほとんど無傷な空飛ぶレイヴァンお兄さん。
空飛ぶお兄さんの肩に掴まって、半泣き状態の貴族詩人ケントくん。
そして、なぜかもう一人。
得意フィールドである次元の狭間の中で、ぐはははははは! と、ドヤ顔で勝ち誇るホワイトハウルの姿。
あー、そういや。
天から見張ってたんだっけ、ワンコ。
ホワイトハウルもロックウェル卿のように私の透視魔術を発見すると。
モフ耳をピンと立て。
ふぁさふぁさモコモコ尻尾をブブンブブンのブンブンブン!
ワンコ肉球でバサッバサっと亜空間を駆け、ズザザ!
わほほーい♪ わほほーい♪ 魚眼レンズ状態になっている視界の前に犬の鼻先を引っ付ける。
近いって……。
ちょっとレンズを離して――と。
『グハハハハハハハ! どうだケトスよ、見たか! この我の活躍を! ん? 恐れ戦き過ぎて言葉も発せぬのか! その通り、そなたが暴走し敵地に単騎突入したのが見えたからな。我がこやつらの危機を察知し、回収してやったのだ。妖しき女の正体を看破したのも我ぞ? ん? どうだ? 凄かろう? 良いぞ! 良い! あー、これはー、おまえの作るホットサンドを食べなくては。この活躍の報酬にはつりあわんのー!』
チラ! チラ!
っと、こちらを見て、催促してやがるし……。
ニワトリとワンコ、これグルだな。
ロックウェル卿が事前に何か動きがあると連絡していたのだろう。
で、二人してちょっと働いてみせて大魔帝風ホットサンドを要求する――と。
まあ、たしかに。
一人のために作るのは面倒になりそうだが、二人に渡すなら、同時に要求も解決できるので私も動いてしまうだろう。
『あー! 我ー! 大活躍だのぉー! わざわざ催促するつもりはないが、おぬしが貰うグルメ報酬を共に味わう権利があるかもしれんのぉー! おぬしが作るホットサンドをお弁当箱に詰めて、共に散歩に行きたいとは図々しくて口にできんのぉー!』
人間達よ、君達には見えていないだろうが……。
ワオワオワオォォォォオオオオン――と、吠えながらグルメを催促しまくってるこの駄犬。
どっからどう見ても暴走シベリアンハスキーなこのワンコこそが――。
正式な――次の主神候補なんだよね。
この世界……将来、大丈夫なんだろうか。
思わず、ジトォォォっとしてしまう私のモフ耳に――。
ケントくんとレイヴァンお兄さんの声も届く。
『えぇ? いま、ケトスさまが見ていらっしゃるのですか!?』
『どうやら、そのようだな。ったく、あいつ……また暴れてねえだろうな。ってかケント。おまえさんなあ、人に掴まりながらそんなに泣くんじゃねえよ! ウザッてえな』
と、言いつつも。
レイヴァンお兄さんの大きく長い手は、貴族詩人を落とさないようにガッツリと抱き上げている。
『だって、だって……っ、まさかずっと洗脳されて利用されていただなんて、思わないじゃないですかぁ!』
『ぶははははは! まさか、辺境領地に居た時から言葉巧みに魅了されて――ずっとあの女のコマにされていたとはな、悪い悪い、でも、ぶはははははは! 人間の男はやっぱり駄目だな、簡単に女神に騙されやがって』
うわぁ、お兄さん。ケントくんの心の傷口抉ってる……。
まあ、人間好きじゃないみたいな事いってたしなあ。
命を救っていただけ、感謝しないといけないのかもしれないが。
ともあれ。
たった三人で、億単位のローカスターをこの僅かな時間で退治しちゃったって凄いな。
まあ。
魔力の名残を見る限り……ホワイトハウルが罪を測る天秤裁定魔術を使ったのだろう。
私はワンコの猛アピールを、しかたなく了承しつつも。
目の前の黒幕女。そのくだらない自慢部分は聞き流しながら、魔術師の顔で思考を働かせる。
おそらく――。
推測の域は出ないが……蟲人ローカスターには、歪んだ思想に汚染された本部の連中、その肉片の一部が埋め込まれている。
巨大な試験管の中で培養されていたアレである。
試験管と試験管。
魔術的異世界を二つの管の中に生成。片方に魔力飛蝗を、片方に肉片を配置し儀式を行い……合体。
禁じられた合成儀式によって進化した存在、それがあの蟲人達だったのだろう。
なんか、そういうの……五百年前に漫画だかゲームだかで見たことあったしね。
とんでもない規模で、とんでもない回数が掛かる儀式だが……神話時代の古き神々なら、何か抜け道があったのだろう。
例えばだが、繰り返し儀式を行わせる……身も蓋も無い言い方をしてしまえば、缶詰工場のベルトコンベアーのような施設をどこか一つ次元がずれた場所に建設してあるのかもしれない。
まあ、そっちは後で完全に滅ぼすとして。
どうやってホワイトハウル達が、膨大な蟲人を退治したのかも理解できた。
罪を犯した人間達の魂魄が混ざっているのなら、裁定者にして真なる主神候補である今のホワイトハウルの敵ではない。
伊達に本物の由緒正しい神獣じゃないからね、あのワンコ。
蟲人達を罪人として認定。
天罰を下して滅却したのだろう。
私の前だと、途端におバカワンコになってしまうので忘れられがちなのだが。
ホワイトハウル。
実はめっちゃ、厳格で罪に厳しいんだよね……。
ここの本部の連中がやっていた事を考えると、まあ――主神により正当な裁きを与えられて滅んだ、といった所か。
んーむ。
なんつーか。
さっきも思った事なのだが。
私達、三獣神がグルメ目当てに人間世界に介入しているこんな時期に、百年単位で進めていた計画の本番を発動させるってさあ。
なんか。
すっごい、運が悪いし。可哀そうだよね。
実際、ホワイトハウルとロックウェル卿がいなかったら、少なからずの被害はでていたのだろうから。
まあ、可哀そうとは言っても――許す気など、まったくない。
『にゃ、にゃんだってー!?』
と、自動相槌モードになっていた私は、冷めた瞳で目の前の女を見た。
さて、そろそろ頃合いかな。情報も引き出せたし――。
この女の化けの皮を剥いだら――。
消すか。




