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妖艶なる扇動者 ~にゃんこの瞳が見る真実・前編~



 扉の奥に広がっていたのは、魔導の実験室を彷彿とさせる空間。

 ここは――異次元。

 現実との座標をずらした場所に設置された、研究所か。


 猫の瞳で周囲の危険を探るが、特に罠はない。

 大魔帝ケトスこと私は、モフモフ猫毛を靡かせながら慎重に、トテトテトテ。


 淡い紫色の魔術照明の部屋を見上げながら、肉球で床をペチペチ。


『ふーむ、礼拝堂には見えないが――どうやらここで間違いないようだね』

「そのようじゃが――どうして要塞の内部にこのような空間が。わらわが知りうる限りこんな場所はなかったし、この広さはありえんじゃろうて。これではまるで魔導実験の施設ではないか」


 私の連れで。

 助手状態となっている人間の超越者、幼女シャーマン・コプティヌスくんが周囲を見渡し、ぎゅっと呪符を握る。

 警戒しつつ探索魔術を使う姿はとても幼女には思えないが、実際、幼女なのだから末恐ろしい話である。


 研究室で実験されていただろう――とあるアイテムに目をやりながら、私は答える。


『中の空間を弄って亜空間化しているのさ。君もアイテム収納空間の魔術を使っているだろう? あれの室内版だと思えばいい。他人に見せられない研究を行う時の常套手段なのさ』

「なるほどのう……魔導の応用か」


 彼女も周囲を見渡し、眉をピクリと跳ね上げる。


「ところで、この趣味の悪い……肉の塊は、なんじゃろうな。まあ、あまり考えたくはないが……ここからここまで、全部薄気味の悪い肉がプカプカ浮いておるぞ」


 実験室のような薄暗い場所。

 彼女がぷっくらとした幼い指で示すのは、無数に佇む巨大な試験管。

 そして、その中に浮かんだ肉片。


 ぶにゃんと私はネコ眉をひん曲げて、オブラートに包んで答える。


合成獣キメラの元となる魔肉塊だね。獣の魔力因子情報を凝縮した、錬金素材と思えばいい』

「そう……か――まあ、爆発などせんならそれでいいのじゃ」


 あえて、それが何の肉かは触れなかったが――。

 コプティヌスくんも、あえて強く探ろうとはしなかった。

 まあ、魔導技術に長けたモノなら、その正体がかつて人だったモノとは察することが出来たのだろう。


 うーむ、外道な組織である。


 ともあれ。

 ぶわっとネコ毛を膨らませた私は、じろり!

 耳を後ろに倒して、威嚇するように息をはく。


『そこにいるんだろう? 出てきたらどうだい。まさか、幼女と黒猫一匹が怖くて出られない、なーんて根性のないことを言うわけじゃないんだろう?』


 呼びかけによる挑発魔術。

 レジスト判定に失敗すると――、ほら、やってきた。


 巨大な肉のプールの後方。

 奥の暗闇から息を切らした人間が一人、走ってやってくる。


 その姿には見覚えがある。

 ガイランの街のギルドにいた、ラブラブカップル。その片割れの初心者女性魔術師だ。


 妙に高性能な装備をしているが――。

 はて。

 レイヴァンお兄さんの移動用魔術鳥籠の中に入ったままになっていた、と思っていたのだが。


 あっちはあっちで、別に侵入してたのかな?

 まあ結構な時間放置しちゃってたからなあ、心配になって入ってきた可能性も高いか。


「ケ、ケトスさま――! よかった、ここにいらっしゃったんですね! 助けてください! ケ、ケントさまが!」

「おぬしは、おー! 無事じゃったか、えーと……」


 コプティヌスくんは額にちょっとした汗を浮かべながら、誤魔化すように声を張り上げる。

 どうやら顔見知りだったようだが。

 名前が思い出せないようである。


 まったく、これだからお子ちゃまは。

 強力な魔術師といっても、まだまだ未熟という事だ。


『君も知り合いだったんだね』

「ま、まあのう! 妾は祭司長として様々な街を巡り、永遠なる死の皇子を祀る儀式を行っておったからな! ギ、ギルドの者達とは、な、仲が良いのじゃ! ちゃーんと覚えておるぞ!」


 幼女、渾身の知ったかぶりである。

 薄らと垂れる汗をジト目で見ながら、私は妙なステッキを装備している女性魔術師に目をやった。


 ケントくんとレイヴァンお兄さんとは、はぐれてしまったようだが。

 まあ、こちらで回収すれば問題ないか。


 今回の依頼人である貴族詩人ケントくんの連れだった魔術師なので、当然、私はその名前を憶えている。

 えーと、たしか……。

 名前を……。

 ……。


 あ、あれ?

 にゃんだっけ?


 肉球の表面に濃い汗が滲む。

 鼻先が思い出せない緊張で湿ってしまう。


 まままま、まずい――っ! 女性の名前を忘れただなんてなったら、紳士なニャンコ失格だし。にゃにより魔王様に怒られる!


 私は慌ててこっそり、鑑定の魔術を使い――名前とステータス情報を引き出し……。

 あれ?

 鑑定できないな……。


 じゃあ、ちょっと本気で――と、ここまで来て、私はふと考えた。

 にゃんか、おかしいぞ、と。


 そして。

 ……。

 猫の瞳をまんまるお月様みたいに広げて、すぅ……っと瞳を細めて、ヒゲを揺らす。


 魔導書を顕現させ、臨戦態勢を取る私に気付かず――コプティヌスくんが名前を言わずに済むように、なははははと告げた。


「奇遇じゃのう! ガイランギルドの音痴詩人の連れではないか! どうしてこのような場所に。ケトス様の名を知っている事からすると、この方がギルドからの依頼でやってきたという話は本当じゃったのだな」

「コプティヌスさま!? あなたまでどうしてここに……っ、でも、よかったぁ。いきなりここに転移させられて、あたしぃ、それで――っ、もぅ、なにがなんだか分からなくて……っ。お願いついてきて! 二人が危ないの!」


 危ないとの言葉に幼女は駆けだそうとするが――それを止めたのはプニプニな肉球。

 スッと猫の手を翳した私が、コプティヌス君を制止したのだ。


「なんじゃ! 急いでいかないと、危ないと言うとるぞ!」

『下がっていたまえ』

「ん? どうしたというのじゃ……?」


 訳が分からぬという顔の幼女だが。

 ちゃんと私の指示に従い、スタタタタと下がっているのはなかなかに高ポイント。

 彼女を守る強力な結界を張りながら、私はゆったりとネコ声を上げる。


『さて――茶番はおしまいだ。そろそろ、終わりにしようじゃないか。ここまで泳がせておいたけど――もう十分だろう。正体を現したまえ』


 揺らめく魔術波動は、私が纏う高出力な魔力。

 伸びる私の影が、女性魔術師の影を戒め――動きを制御する。

 が――やはりまた、レジストだ。


「何を言っているんですかぁ? もうぅ、本当に……急いでいるんですから! ケトス様! お願い、こっちにきてくださいよぉ!」

『そうかい。なら――先に詫びておこう。初級火炎魔術:火炎弾!』


 瞬時に刻まれた二重の魔法陣から、鋼すらも溶かす爆炎弾が大砲となって飛んでいく。

 標的は――目の前でこちらを罠に嵌めようとしている、女魔術師。


 螺旋を描き飛んでいく火炎弾が女の肌を焼き尽くす、その直前。

 キィィィィッン!


「なんじゃと!」


 コプティヌスくんの驚愕の甲高い声が響く中。

 火炎弾を魔法の盾で防いだ女魔術師は、幼げに見えていた顔をギシリと釣り上げ。

 瞳を蛇のように尖らせ、唇を妖しく蠢かした。


「あら。嫌だ――さすがは大魔帝ケトスね。いつから、気がついていたの?」

『初めからさ』


 ふっと、静かに宣言する私。

 むろん、ウソである。


 これでも私は本物の大魔帝。

 その鑑定魔術を防ぐことなど、人間の器ではできないのだ。

 そう――人間には。


 そこまで分かったら、もう――全てが繋がっちゃうよね。


 思い返してみれば彼女の言動には、何回か不自然な部分があったし。なによりもだ。私は肝心な事を見逃していた。

 その時点で、普通なら気付いていなければいけなかったのだ。

 それは――そう。

 もう、誰しもが気付いているだろうと思う。


 ラブラブカップルなどという天然記念物が実在した時点で、もっと。

 疑って。

 おく……べきだったのだ。


 おそらく、ケントくんは何らかの手段で彼女に操られていたのだ。

 そうでなければ、人前で、あんな恥ずかしげもなくラブラブになれる筈がない。

 まともな神経の持ち主だったら、まず遠慮してしまう筈なのだ。


 あのお優しい魔王様ですらも「いいか、ケトスよ。ラブラブカップルをみたらすべて敵と思え、まず洗脳を疑うのだ、この世にあんな滑稽な存在が実在する筈が……、ええーい! 今は我が愛猫に指導をしているというのに、見せつけおってこのリア充どもめが……!」っと、くわっと瞳を三角につり上げ言ってたし。


 なんたる失態。

 なんたる油断。

 私は表には出さず、自らの失敗にぐっと猫の牙を尖らせていた。


 いや、まあ……魔王様の場合はただの嫉妬だった気もするけど……。


 ともあれ。

 そんなわけで。

 偶然、彼女の名前を忘れてしまった結果。

 鑑定魔術をレジストされたから気が付いただけである。


 でも、それっぽい事をいって全てを見通したアピールをするのである!

 それが猫ちゃんの知恵というヤツなのだ!


 そんな私のぶにゃっとした心を知らず。

 全てを見通されていることを警戒しているのだろう。


 女はわずかに、その身を後退させる。


 女魔術師は、装備をカツリと高いヒールに変換させて――。

 紫の魔力を纏いながら濡れた唇を輝かせ始める。


「そう――やはり伝承の通り、凄いのねあなた。だったら、デリーカなんていうくっだらない女の演技をする必要なんて、初めからなかったわ。あーあ、まあ……ふふ、あの貴族のおぼっちゃん君も夜だけはとっても美味しかったから、それはそれで楽しかったけれど。いやんなっちゃう」


 下卑た微笑を受け流しながら、私はぶにゃっと目を見開く。


 そうだ! デリーカだ!

 いやあ、私はちゃんと覚えていたよ、うん。覚えていた!

 ただちょっとだけ忘れていただけなのだ。


 そんな。

 解決したモヤモヤにすっきりしたネコちゃん心を隠しながら、私はスゥっと瞳を細めたまま言う。


『君が今回の黒幕だね――この地に住まう人間を言葉巧みに誑かし、蟲人への進化などという凶行に走らせたのは。何を企んでいるんだい』

「そこまでお見通しなのね。油断したわ。でも、あたしの失敗ではなくってよ? だって、大魔帝ケトスが乱入してくるなんて、未来視には引っかかっていなかったんですもの」


 悠々と語る女の瞳はやはり、蛇のように尖ったまま。


『残念だったね。私は自由気ままに生きる魔猫。未来視により観測された筋書き通りに動くとは限らない。覚えておくんだね。神クラス同士の戦いにおいて、未来視は不要だ。どうせ、数秒後には未来など変わっているのだから』

「親切なご忠告どうも。でも、それは不必要な情報だわ。だってあたし、戦いなんて野蛮な事は好きじゃないんですもの。そういうことは全部、下々の者が行えばいいだけの話だわ。そうでなくって? 楽園を終わらせた……悍ましくも恐ろしいあの男の、使い魔さん」


 楽園を終わらせた男。

 魔王様の事か。

 それを知っているという事は、やはり――この女は古き神々の一人。


 その正体は、まだ掴めない。

 蛇と関連する、何か……か。


『ケントくんとレイヴァンお兄さんはどうしたんだい?』

「慌てて帰ったわよ。だって、今頃――あなた達の大事なガイランの街は、ローカスター達に襲われて全滅している筈ですもの」


 ふふふふ、と女は嘲り笑う。

 コプティヌスくんが声を張り上げ、女を睨む。


「バカな! この移動要塞は強力な結界で遮断されておる! あの蟲人どもが外に行くことなど……できぬはずじゃ!」

「あらお嬢ちゃん、知らないの? 一度あの街は襲われている、美しくも気高い何者かの手によって蟲人転移装置を設置されてね。そう、その麗しき何者かが仕掛けた転移装置が、一つや二つ、残されていても不思議ではないんじゃなくて? たとえば、そうね。他の転移装置はわざと分かりやすい位置に配置しておいて、本命は厳重に隠しておいたとか、どうかしら? あら、その貌は、どうやら分かってくれたようね。もう、手遅れなのよ――ふふ、ふふあははははははは!」


 ぎしりと湿った哄笑を上げ、女は続けた。


「そう! あなた達が逃がした移動要塞に囚われていた雑魚人間どもも、ぜーんぶ、喰われてしまったでしょうね! 惨めに、鮮やかに、血しぶきの中で、あぁ……っん! 考えただけでゾクゾクしちゃうじゃない……っ、ふふ、ふふふふふ、ぜーんめつよ。可哀そうな人間達。大魔帝といっても所詮は猫の知能。かつて楽園を治めていたあたし達の敵じゃないわね」


 んー……。

 ものすっごい、勝ち誇っているけど……。


 私は猫の遠見の魔術で、ガイランの街をチェック。

 あー、やっぱり。

 本気を出した、王として民間人を守る全力モードのジャハル君と、グルメ報酬目当てに降臨したロックウェル卿の手によって――。


 蟲人さん、全滅……してるね。


 ロックウェル卿は未来視が得意だからなあ……。

 猫魔獣である私がぐっちゃぐっちゃに書き換える未来も、ある程度先読みできてしまうのだろう。

 ご馳走を貰えるチャンスを逃すはずもなく、ここぞとばかりにドヤァァァァ!

 人間世界に介入したのだろう。


 あ、ロックウェル卿がこっちに気が付いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] あっれ…マぁジか、前に感想欄で書いてあったことが現実になってる… すげ。 さあて次はどうすんですか、オリジン・ヴァンパイアレディさん? 蟲人は全滅しましたよぉ? ホワイトハウルしゃままできっ…
[良い点] ププププ ((o(^∇^)o)) 敵さん自信満々で現れましたが何もかも失敗してますね! [一言] あ!ロックウェル卿まで登場してますね! これは完全に敵の目論見失敗するパターンですね…
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