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移動要塞ゴエティア編 ~潜入、死と破壊の神その2~



 様々な領土。様々な小国。

 大国とされる他の大陸覇権国家と対等に渡り合うため――清く強い志を持った貴族たちが集まり、築きあげたとされる連盟。

 地方とはいえ、今や大きな組織となった火山地帯を支配する群れ国家。


 炎熱国家エンドランド。


 この移動要塞ゴエティアは、人種や思想も違う彼等が国家として機能するための場所。

 本部があるとされていた施設なのだが……。

 現在、戦地となったここには鉄錆のにおいが充満していて――人を喰らう蟲人、ローカスターに占拠されている真っ最中。


 それなりの規模となった人間の国の本部が占拠されるなど、普通なら前代未聞の大事件なのだが。

 まあ、近日中にこの事件も解決。

 蟲人どもも種の根絶という最も重い罰を受け、滅び去ってしまう事だろう。


 理由は単純。

 侵略者となったムシたちはこの私、大魔帝ケトスを怒らせたからである。


 ちなみに。

 私はというと、魔王様の愛猫で最強素敵なモフモフ生物。

 ラストダンジョンに住まう猫魔獣である。

 まあ、今は人間の姿に化けているんだけどね。


 オレンジ色の魔術照明に照らされながら――私は解放された居住区をちらり。

 死した者も多いのか、解放されたはずの人間達の貌は暗い。


 そんな、どよーんとした彼らの前。

 スラっと背の高いモデル体型魔族な私は――翳す手に乗せた魔導書に魔力を伝わせ、息をはく。


『さて――それじゃあ、いくよ』


 異世界主神ラルヴァの書をパラパラさせて――奇跡を発動!

 しゅわしゅわ、しゅわーん!


『我はケトス。異神の力を導きし者! 母なる慈悲に従い、失われた汝らの傷を再生する者なり! 再生魔術、ブレッシングキャットヒール!』


 本来なら詠唱も、テキトーな魔術名も要らないのだが。

 人間に合わせて、それっぽい詠唱とそれっぽい魔導な仕草をしながら――治療の力をばら撒いていたのだ。


「ほぉぉおぉおおおお! なんじゃ、なんじゃ! その尋常ではない回復の魔力は! 見た事も聞いたこともない魔術式じゃ! 大いなる光の奇跡とも違う魔力の波動を感じるぞ!」


 と、隣で興味津々に長い髪をバサバサさせるのは十歳前後の幼女シャーマン、コプティヌスくん。

 人間の中ではそれなりに有名な、偉い存在らしい。


 ちなみに。

 大魔帝たる私は人間の世情には疎く、彼らの中での賢人や有名人など知るはずもない。

 とーぜん、この娘のこともまったく知らない。


 まあ、魔術を褒められたのは嬉しいのでちゃんと応じてやるか。


『異世界の主神。世界樹の力を借りた、回復再生魔術だよ――傷の治療に特化した大いなる光の回復魔術と違って、肉体の欠損や形を失ってしまった部分を再生させる、欠損修復の力に特化しているのさ』

「なんと! 異世界魔術か。なんとも、まあ――温かき母たる癒しの力じゃのう。これほどまでの慈愛、その世界の主神は、よほど慈悲深き優しき世界樹なのじゃろうな」


 言葉こそ甲高い幼女の声なのだが、その瞳は、真剣。

 正確に魔力の流れを読み取っている。

 こりゃ、たぶん。

 人間としては並外れて強いな、この娘。


 なぜ。エンドランド連盟の祭司長を名乗る彼女と行動しているのか。

 そこには様々な理由がある。

 一番の理由はやはり、本来なら人間との繋ぎとなる筈だった――貴族詩人ケントくんと別行動をしているせいだろう。


 魔族の私だけだと、囚われた人間と話が通じにくいからね。

 こちらの事情を説明して、幼女祭司長コプティヌスに協力を要請。


 共に――鎖に繋がれた人間の救助と、解放を行っているのである。


 しかし――。

 本部だというのに、なぜこれほどの人間が居住区に囚われていたのだろう。

 単純に、数が多いのだ。


 どう見ても彼らは一般人。

 国としての政に直接かかわる層とは真逆な者達ばかりなのである。

 まあ、お偉いさんの家族という可能性もあるが……。


 とりあえず。

 民間人達を優先に――歩ける程度の治癒を行った私は、怯える人間達に淡々と告げる。


『それじゃあ送るよ――この転移陣はガイランの街の中央と繋がっている。あとは、ギルドマスタージャスミンの指示にしたがっておくれ』


 声を掛けるも反応は鈍い。

 そりゃ、まあ――重圧魔術で蟲人と一緒に、ちょっと潰してしまったせいもあるだろうが。

 彼らの瞳は怯えたまま。


 あれは行動を制限し、守るためだったのだから逆恨みされても困る。

 実際。

 解放したのはまだここの区域だけ。

 他ではまだ重圧魔術で身動きが取れなくなっているとはいえ、蟲人ローカスター達は要塞を占拠したまま頑張っているのだから。


 そんな彼等に、ちんちくりんな祭司長が両手を上げて、叱りつけるように叫ぶ。


「ええーい! 何を戸惑っておるのじゃ! 問題ない、この者を信用せよ! たしかにこやつは妖しい魔族じゃが、この転移陣は本物。ガイランのあのノッポなギルドマスターとも連絡はついておる! 助かるために勇気を出さぬか! この祭司長コプティヌスの命である、とっとと行くのじゃ!」


 短い手足をぶんぶんぶん。

 ちびっこ祭司長に促され、ようやく囚われの人間達は足を進める。


 一人がちゃんと転移し、その無事を確認すると。

 ようやく――人々の貌に明るさが灯りだしていく。


『まったく、なんで助けてやるって言ってるのに、こんな手間をかけないといけないかなあ……』

「仕方あるまい。ここの者達は本部の人間に強制的に連れてこられたモノばかり。魔族だから信用しないのではなく、他者を信用しておらんだけじゃ」


 そういや、ギルドマスタージャスミンも本部の連中には頭を悩ませていたようだが。

 強制的に連れてこられた、か――なかなか物騒な事を言っている。

 どうやら訳ありのようである。


『まあ、人間同士のいざこざに首を突っ込む気はないから――さすがに興味はないけれどね。そういや本部の連中っていうのはどこにいるんだい? この移動要塞にそれらしき人間達のデータがないんだけど』

「何を言っておるのじゃ? さきほどおぬしが、灰燼の焦土で存在を消去したではないか」


 こてり、と首を横に倒し、かわいらしくコプティヌス。


「心を痛めていたジャスミンの依頼で、悪しきあの者どもを退治しにきたのではないのか?」

『いやいやいや、私が殺したのはローカスター。魔力飛蝗が進化した存在だ。人聞きの悪い事を言わないでおくれ』


「聞いて……おらぬのか――」


 ん?

 あれ? なんか話の雲行きが……。


『んー……なんかすごい嫌な予感がするんだけど。何がだい?』

「なるほどのう……本部の外のモノは、ここの現状を知らぬのだな。まあ、それほどに我が連盟の隠蔽術は機能していた、ということか。ならば――ジャスミンもまだ、蟲人との関係を知らぬのか」


 幼女コプティヌスはしばし考え込んで。

 長い髪と褐色の肌。

 シャーマンとしての魔力を煌々と輝かせながら、告げる。


「単刀直入に言おう。ここに本部の人間はおらぬ! 人間はな!」


 妙な言い回しである。


『回りくどいのは苦手なんだ。時間もないし、事情を教えておくれ』

「では心して聞くが良い!」


 声は張っていたが、表情は違った。


 どこか大人びた疲れを滲ませて――。

 祭司長はぷっくりとした、幼き唇を静かに動かした。


「ローカスター、奴らこそがつい数週間前まで本部の人間だった者じゃ」


 ……。

 ――……。


 そういう、パターンなわけね。まあ……長い歴史の中、事件は多く存在した。

 百年前の戦争時代に、そういった事例がないわけではない。


『異種族転生……。といいたいのかい?』


「否! それでは多少意味が違ってしまう。本部の人間は皆、儀式により――蟲人どもと同化したのじゃ。自ら望んでな。新たな人類として進化するためなどと、阿呆な事をぬかしておったが――妾にも正直、その発想が理解できん。人であることを捨てる事に、何の意味があるというのか」


 なるほど。

 あーなるほど、なるほど……。


『確認したいんだけど、まさか――なりたくない人まで蟲人と同化させた、だなんて……外道な事はしてないよね?』


 これ、結構重要なポイントである。


『さすがに無辜の人間を実験に使っていたってなったら、呆れかえるし。この地の人類なんて見捨てて、大陸ごと消滅させて帰っちゃうんだけど』


 やはり疲れ切った声で、幼女は大人のような口調で言う。


「案ずるでない。本部の連中は自らが選ばれた民だという妄執に囚われておった。選ばれた者のみがあのローカスターとなれると信じておった。そう――妾の再三にわたる忠告すら届かぬほどに……心から信じておったのじゃ。まるで……――何者かの術にハマり、眷属となってしまったかのように……あやつ等は変わってしもうた」


 ぎゅっと唇を噛んだ後、悲しい笑みを浮かべて彼女は言う。


「この移動要塞の魔力を維持するための生きた電池。魔力の媒体とされておったこの者達に、その権利を与えるとは思えん。妾も……こうして祭司長と祭り上げられたところで、ただの魔力の強い小娘。そういう話を持ち出されることも、不意に襲われ蟲化されることもなかった。それはまあ、不幸中の幸いじゃな」


 生きた人間電池に、選民思想による異種族への進化。

 この連盟、まっくろでやんの……。


 まあ、幸いにも。

 ギルドマスタージャスミンの心を覗いた時にそういった情報はなかった。本部のお偉いさんより下には、汚泥のように黒い知識は与えられていなかったと考えるべきか。


 もっとも。

 本部を自分で確かめてから蘇生するかどうか判断して欲しいとマスターが言っていた事からすると、腐敗しきっているとは察していたようだが。

 まあ、ふつう、別種族への進化を目論んでいるなんて思わないよね。


 ともあれ。

 私は静かな声で告げた。


『人間電池、ねえ。たしかに――こんな大規模な要塞をどうやって動かしているのか疑問はあったんだが、人間の魔力を電池代わりに使っていたとは。外道だね』


 肯定するように、コプティヌスはまんまるな瞳を伏せる。


「ああ、そうじゃな――それでも、昔は本当にまともだったのじゃ。志があったのじゃ。――妾を拾うてくれた義母も……、あのころはまだ……優しかった」


 亡霊に縋るかのように手を伸ばし。

 落ちていく砂をかき集めるように握って……彼女は言った。


「人の心は移ろいやすく――時の流れとは、残酷なモノじゃ。皆変わっていく。妾を置き去りにし過ぎ去ってしまう。たった……数年の時しか流れておらぬのに。皆、妾の前から消えてしまうのじゃ。あと数年。妾の胸が育つ頃には、この国の心はどうなっておるのか。あまり、考えたくはないものじゃな」


 寂しく語る彼女の言葉を聞きながら、鼻梁を黒く染め始めていた私は――考える。


 電池とされて魔力が日常的に枯渇していたのだろう。

 だから彼らはあんなにも顔色が悪かった。

 他人を信用できなくなっていた。


「とまあ、妾の悲しき過去は置いておいて――本部の人間の事情はそういうわけじゃ。探す手間が省けたと、前向きに考えよ」

『そう――だね』


 コプティヌスの話が本当なら。組織の人間の、突然の心変わりには――何かがあったと考えるべきだろう。

 他者からの介入が……。

 しかし、人間電池の方はおそらく。


 ローカスター騒動とは関係のない案件だ。

 数年、という規模の出来事ではない。

 この要塞はもっと昔から存在している。


 本部の連中とやらが、どこからともなく攫ってきた人間や、購入してきた奴隷。人権を無視した外法で回収した人々を大量に居住区に住ませ軟禁。魔術儀式のパーツとしていたのだろう。


 それは、とてもイケないことだ。

 魔王様の理念に反する――悪だ。


「まあ本部の連中全てが蟲人と同化したとは限らん。まだどこかに隠れておるやもしれぬがな。すまぬが妾は把握しておらぬ――と、どうしたのじゃ。怖い貌をしおって」

『基礎魔力因子の異なる亜種族との同化など、並の魔導技術では不可能だ。どうして、そういう話になった。いや――どうやって行った』


 だんだんと私の声は低く、冷たくなっていく。

 凍える魔力が天を衝いている。

 それに気付かず、コプティヌスは言う。


「本部の連中には、神の声が聞こえたそうじゃ。汝らは選ばれし者。器を捨て祖国を旅立ち、新しき聖地を与えられるべく祝福された存在じゃとな。その声の主が、なにか入れ知恵をしたようじゃが、妾も詳しくは知らぬ。なにしろ、昔から重要な話は教えてくれんかったからな。妾は小鳥。神殿の奥で祈りを捧げ続ける――哀れで愛らしくて、素敵な籠の巫女じゃったのじゃ」


 シャーマンとは神聖な存在だ。

 類まれなる素質を認められたその日から、そういう世俗から隔離された場所で育てられる者もいるのだろう。


 哀れな娘だと思った。

 だから、声が少しだけ柔らかくなっていた。


『神って、大いなる光……じゃないだろうから。だとすると、そのなんだっけ……永遠なる……』

「我が主神。永遠なる死の皇子、の事か? あの方ではあるまい。もしあの方のご神託であったのなら、最初に妾にお告げが下る筈じゃからな」


『ふむ、なら私も知らない神か。神を名乗る、ナニか――か』


 まあ、古き神々だろうね。

 そもそも百年間隔で蝗害を発生させていたのは、そいつらっぽいし。

 魔力によって進化を弄った形跡があったのは、同化の儀式または魔術――だったということか。


 レイヴァンお兄さんなら詳しく知っていそうなのだが――。

 はぐれちゃったしなあ。


 それにしても、かつて魔王様と同じ世界にいた程の存在が――人間を利用するとは……人を使い、飛蝗を蟲人に進化させて何をしようとしていたんだか。

 現状だと、ただのレベルダウンだし……。

 正直、飛蝗のままの方が厄介だったんだよね。


 まあ、人間を人質にとるとかいう人間的な行動をするようになったから、どっちが厄介だったか分からないか。

 ともあれ。


 ここで重要な案件が生まれてしまった。

 私は魔力を滾らせながら――魔王様の理想とする優しさとは反する行為。無辜なる民間人を犠牲とした移動要塞を見渡し、紅き瞳をギラつかせる。

 これは――とても重要な質問。


 おそらく違う。

 けれど、確認は必要だ。


 嘘は許さぬ。

 虚言は死を招く。そんな――大魔帝としての冷徹な顔で、私はギシリと唇を蠢かしていた。


『一つ確認だ。君は――関与しているのかい』

「関与しておったのなら、追放されてなどおらぬ」


 妙に大人びた顔で。

 コプティヌスは気丈に告げる。


「こっそりとムシカゴに侵入し人々の治療を行っておったのは、そなたも見たであろう? 妾は――理由なく、弱き者を虐める外道が大嫌いなのじゃ。だから逆らい、抗った。まあ、その結果は追放じゃがな。ともあれ。崇め奉りし神――永遠なる死の皇子に誓って、宣言する。妾は潔白じゃ。強き妾を疑う、そちの考えも理解しよう。なれど――たとえ恐ろしき大魔帝といえど、妾の矜持を踏みにじろうとするのなら、許さぬぞ」


 人間電池に関与はしていない。

 その言葉に嘘偽りはないようだ。


 彼女は幼いが――その魂は高潔で、美しい。

 紛れもない善人。

 人が持つ、眩しい光と輝きを妬ましいほどに放っていた。


 私はゆったりと瞳を閉じ、僅かに頭を下げた。


『すまない、失言だった。この件に関しては私が悪かったね。詫びさせてもらうよ』


 心からの詫びだった。

 だからしばらく、この私が頭を下げたのだ。


 そして、こう思っていた。

 本当に良かった、と。


 もしこの娘が悪に手を染めていたのだとしたら……ジレンマが生まれていた。

 魔王様の命に従い、民間人を虐げる悪として討つか。

 魔王様の命に従い、無辜なる女子供として守るか。


 どちらかしか選べなかったのだから。

 もし。

 彼女の答えが違っていたら――私はどうしていたのだろう。


 きっと、悩んだ末に……。

 私は――。


 ……。

 頭を撫でてくれる魔王様の顔をしんみりと思い出す私。

 そんなセンチメンタルな私を見て。


 幼女、大爆笑。


「ぷぷぷー! 妾! あの大魔帝に頭を下げさせることに成功したのじゃ! さすがコプティヌス! 偉いのじゃ! すごいのじゃ!」


 ニッコニコな貌で、幼女は無い胸を張ってドヤポーズ。


「今この瞬間! 妾の勝利が確定した! 大魔帝ケトスよ、許す! 此度の件が解決するまで妾に力を貸してくれてもいいのじゃぞ!」


 ニヒィと口角をつり上げて、更にドヤ!

 おい。

 一瞬みせた高潔な輝きはどこにいった……。


 まあ、深刻そうな顔をしていないのだから。

 これはこれで、いいか。


 たぶん、目的も一緒だしね。

 たまには、こういう娘を守ってやるのも悪くないか。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、悪党はローカスターになってケトス様に滅ぼされていましたか。 [一言] 何かこの事件を裏で操る者がいるみたいですね。 それにして選民思想か何かは知らないですか、選ばれた人間として虫と…
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