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移動要塞ゴエティア編 ~潜入、死と破壊の神その1~



 幸運を導く紅き月から突撃するのは――黒き稲妻。

 大魔帝ケトスこと最恐ニャンコ。

 そう、私である!


 今現在。

 ムシどもの蛮行にさすがにイラっとしたので、本気で解決に取り組み中。

 単身、敵地に乗り込んだのである。


『バッタの分際で――、生意気なのニャァァァアアアアァァァァ!』


 荒ぶる猫毛をモフらせて。

 ブニャニャニャ、ズドドドドーォォォオオン――ッ!


 魔力閃光となった猫ちゃんキックが、移動要塞ゴエティアの城壁をぶち破る。


 崩れる防御障壁。

 轟く悲鳴。

 移動要塞の壁を突き破り、内部に顕現したのはモフモフ素敵な猫魔獣。

 我、ちょうカッコウイイのである!


「ギギギ――!」

「な――なに……っ? なんなの……っ」

「こんどこそ、おれたちはもう……っ、ころされるのか!?」


 注がれるのは、敵意と恐怖の視線。

 モフ耳を揺らすのは、蟲人と人間の驚愕の息。

 侵入した場所は――居住区か。


 それなりに広い空間から漂うのは、鉄錆と肉の香り。

 猫の眉間が、きつく尖っていく。


『ふむ――人も蟲もいるようだね。ちょっと昏いね、ここ』


 言って。

 私は黄昏色の魔力照明を浮かべながら肉球をパチン。

 人の姿へと変貌する。


 人間の姿の方が幾分か、人間に信用されやすいだろうと踏んだのだ。


 煌々とした魔力照明。

 照らされる血と惨劇の広間。暗い空間に浮かび上がるのは――謎の美壮年魔族の端整な顔立ち。


『やあ――初めまして、人が作りし要塞に巣食うローカスターの諸君。そして哀れにも囚われた無辜なる人間達よ』

 

 魔力虫籠ムシカゴに鎖で繋がれた人間達が、虚ろな瞳でこちらを見る。

 生きてはいるが、食事などは与えられていないようだ――それがいつからかは分からない……。

 すぐに助けてやるべきなのだろうが。


『まずは、ムシ達を消去する方が先かな。人間諸君、しばらく待っていてくれたまえ。こう見えても私は君達の味方だ』

「ほ、ほんとうに……っ」

「み、味方……なの?」


 檻の中から聞こえてくる声に応じ、私は真実を答える。


『まあ――今のところはね。勘違いはしないで欲しいのだけれど、依頼だから君達を救うだけの話。人間という種族全体の味方、というわけではない。今だけのビジネスライクな関係さ』


 場違いなほどの淡々とした説明口調に、ムシたちがざわつく。

 壁一面に点灯していく紅い光は、本部を占拠する蟲人ローカスターの瞳。

 囲まれている。


『さて、それでは殺戮を始めよう。さようなら蟲人の諸君、君達は今宵。絶滅する』


 奴らが動く、その前に――。

 カツリと内部に足をつけた――その瞬間。


平伏ひれふせ――弱き者どもよ』


 命じる。


 ただそれだけで、魔術となって効果が発動した。

 ダンジョン領域のボスとなった私の魔力が要塞を蝕み始める。


「きゃあぁぁぁぁあああああああぁぁぁl」

「うぐ……っ――ぁ……っ」


 ズズズズゴゴゴゴゴッゴォォ、ズゥゥゥン……ッ!


 重圧が、空間を支配する。

 要塞全体に強制的に与えられた魔術効果は、重圧による行動遅延。


 自分より低レベルの者の行動を著しく重くし、行動を制限する――ダンジョン領域全体に掛かる領域ボス専用魔術である。

 蟲人と人間――合わせて何十万といる魂を同時に呪縛したのだ。


 ここは既に私のダンジョン領域。

 私がここのボス猫であり、支配者なのだ――これくらいの事はできてしまうのである。


『ふむ、これでとりあえず静かになったかな。悪いね、人間諸君。少し辛いけれど、殺されてしまうよりはマシだと耐えておくれ』


 言って――カツリカツリと私は進む。


 やはり内部構造もフェリーと似ている。

 もし蟲に支配されていなかったのなら、地上を走る豪華客船としての利用もできたことだろう。

 もしかしたら――。

 この移動要塞を設計した者は、異世界の客船の知識があったのかもしれないが。


 ともあれ。


 要塞の無機質で冷たい床。

 圧殺されかけている蟲人ローカスター、無作為に選んだ一匹の細い肩に手を掛ける。


『君でいいや。実験をさせておくれ。ああ、大丈夫。怖くない。ただ君という存在を書き換える実験をするだけだ。震えなくていい。怖がらなくていい。平気さ、成功すれば――その恐怖も。なくなる』


 枯れ木を連想させる、その身の構造を読み解き――。

 私は手を翳す。


 放つ魔術は――呪い系統の邪術。


『――勇者死霊魂魄化タッチ・マナティ――』


 その魂構造を掌握し、呪いで汚染――。

 魂を変質させたことで、その身体すらも変貌させていく。


 現れたのは、黒マナティ。

 毎度おなじみのブレイヴソウルである。


『成功だ。どうだい、私の眷属として生まれ変わった気分は。ああ、そうか。虫だった頃の記憶はなくなってしまったかな? そうだよね、記憶も本能も魂すらも上書きしてしまったからね』


 黒マナティクイーンの因子を、邪術として植え込み存在を上書きしたのである。

 いつも私の可愛い黒マナティ達が行っているタッチマナティ――強制同族化を、魔術として発動させることに成功したのだ。


 モキュモキュ!

 ほんの少し前まで蟲人だった最上位死霊が、私の眷属となり付き従う。

 その光景は、味方であるはずの人間の眼から見ても異常に映ったのだろう。


「ひぃ……っ」

「ば、ばけもの……――っ」


 恐怖が、蟲人と人間――双方から注がれる。

 まあ、たしかに。

 重圧魔術で行動を制限され、目の前でちょっと変わった邪術をみたら怯えてしまうのも仕方ないだろうが。

 一応、助けに来てやったんだからもうちょっと感謝して欲しいものである。


『随分とまあ、失礼な連中だねえ。まあ、こんな状況じゃ仕方ないけどね――言葉には気をつけたまえ。これがギルドからの依頼じゃなかったら見捨てている所だよ?』


 冷静さと冷淡さが強く出る人間モードになっているからよかったけど、黒猫のままだったら、たぶん。

 ぶにゃ!

 っと――睨んで、誰のせいでこんな面倒な手段をとってると思っているのニャ! と、説教をしていただろう。


 そんな中。

 檻の奥から、回復魔術の波動を放つ人間の――妙に、甲高い声がした。


「存在の上書きじゃと!? ばかな! ありえぬ、そのような神の領域の魔術……っ」

『おや、君は――』


 そこにいたのは、褐色肌の一人の女性。

 シャーマン――儀式や呪術などを通じ魔術を発動させる職業の、黒い花をモチーフとした露出度の高い服を纏う、純粋な人間である。

 背中まで伸びる黒髪と、妖艶な肌が特徴的な人族だが――。


 ものすっごく、ちっさい。

 というか、幼女である。

 年齢は十歳前後だろうか。


 大人の女性がこの格好をしていたら、目のやり場に困るのだが――これじゃあ幼女がちょっと頑張って大人のコスプレをしているような感じで。


 彼女は自らの身体を一瞬だけ精霊化させ、檻を通過しこちらにチョコン。


 シリアスモードな筈の私は、ポリポリ。

 頬を掻いて困惑してしまう。

 甲高い声、ではなく――幼女の声だったのだろう。


 はてさて。


『この重圧魔術の中で活動できるということは、んー……そこそこに強いのかな? えーと、おじょうちゃん……君は誰だい?』

「おじょうちゃん、ではないのじゃ! わらわ呪術精霊・魔術師(スピリットシャーマン)、名はコプティヌス。エンドランド連盟の祭司長である!」


 無い胸を張って、ドヤっとしているが。

 えー、どうしよう。

 私、猫だから……さわがしい幼女って、苦手なんだよねえ……。


「どうした? 妾はあの祭司長、コプティヌスであるぞ!」

『いや、そう言われても――私、この連盟国家? についてあんまり詳しくないんだよね。そんなドヤ顔されても、反応に困る』


 まあ、囚われていた人間達の治療をこっそりと行っていたようであるが……。


「なんと! 妾を知らぬと申すのか! なんともまあ、可哀そうな魔族じゃ。田舎に住んでおったのじゃろう。わかる、わかるぞ。無知は必ずしも悪い事ではない。ただ知らぬというだけなのだからな。ならば、心して聞け、刮目して刻むがいい! 妾こそが、あのコプティヌス! 冥府と奈落の王に仕えし、エンドランドの守護聖人じゃ!」


 なんか、偉そうに腰に両手をあてドヤァァァァァ!

 幼女、渾身のポーズである。


 彼女にではなく。

 怯え固まる他の人間に目を向けて。


『ねえ、君達。このチンチクリン幼女。有名人なのかい?』


 問いかけに、人間達はこくんこくんと頷く。


「チ、チンチクリンじゃと! ぐぬぬぬぬっ――、きさまぁぁぁああ! 妾がもっとも気にしていることをぬけぬけと! そこになおれ!」

『だいたい、冥府と奈落の王って誰の事なんだい? 聞いたこともないんだけど』


 ビシっと、幼女の貌がヒクつく。


「なんと、なななな……んと、無礼な! この不敬者! 永遠なる死の皇子を知らんと申すのか!」


 むろん、そんな存在。聞いたことはない。


『申し訳ないけど、知らんと申しちゃうね。たぶん、どっかの神とか魔族とかが、大いなる光や私や、魔王様も目も手を伸ばさない程の辺境の地。どこぞの田舎連盟で主神顔でもしていたんだろうけど――知らないもんは知らないね』


 いやあ、偉そうな相手をみると。

 たとえ幼女といえど、揶揄いたくなってしまう!

 ぶにゃははははは!

 それが猫魔獣としての私の本質なのだ!


 おっと、いかんいかん。

 うっかりすると猫耳とネコしっぽが人間モードなのに生えてしまう。気をつけないと。


「ぐぬぬぬぬ! だいたい、きさまは何者じゃ! 妾は名乗ったのだ、きさまも名乗るのが礼儀というモノだろう!」

『おっと、確かにその通りだね。これは失礼した』


 私はくるりと身を翻し。

 新しく眷族となった黒マナティに、闇のドライアイスをパタパタさせて。

 暗澹たる煙の中で、慇懃に礼をしてみせる。


『私はケトス――大魔帝ケトス。君達の言う所の大魔族。魔王様の牙にして、剣。殺戮の魔猫さ』


 その名乗り上げに、幼女の顔面はビシリと硬直した。

 さすがに。

 私の名は知っていたのだろう。


 ぐぎぎぎぎ、と顔を引きつらせ。


「えーと、おぬし。いま、なんと?」

『だから、大魔帝ケトスだよ』


 擦れた声で、コプティヌスは言う。


「も、もしや……あの、百年前、勇者を噛み殺した猫魔獣。破壊と混沌の殺戮神。気まぐれに人里に降臨し、ありとあらゆる食料を貪り喰らうと噂の……っ、あの、大魔帝、ケトス?」

『なんか、言い方が引っかかるけど、その大魔帝ケトスだよ』


 その証拠を見せるべく。

 私は指をパシリと鳴らし。


 動けずにいた、この区画全域のローカスター達の魂を滅却してみせる。

 本当はもっと。

 黒マナティ化の実験に使いたかったのだが、演出の方を優先したのだ。


 その演出効果は抜群だったらしく。

 コプティヌスはまともに顔色を変えて、引き攣った甲高い声を荒らげる。


「こ、これは灰燼の焦土……! い……いや、それを遥かに卓越した魔導技術で昇華させた超広範囲殺戮魔術!?」


 あー、一応。以前にも鑑定娘に分類された、灰燼の焦土とかいう魔術になるのか、これ。

 もちろん。

 その効果は私の技術で、とんでもなく跳ね上がり。


 人の領域では絶対に届かぬ、底知れぬ魔術となっていたが。


「どどどどど、どーしよう。ほ、本物じゃのう……これ」

『だから、本物だって言っているだろう』


 測り知ることのできない頂点の魔導を目の当たりにし、幼女は黒い花の衣装をよよよとさせて……沈黙。

 しばしの間の後。

 幼女は、ギッとまんまるなお目めを尖らせて。


「たわけが! それならそうと、早く言うがいい! ちょっと待っておれ、いま媚びへつらう準備をするのでな!」


 どうやら、私が本物の大魔帝だと理解したのだろう。

 幼女呪術精霊・魔術師コプティヌスちゃんは――それはもう、見事な角度で頭をお下げになられたのだった。


 彼女の豹変を見ながら、私は重い息をはく。

 濃厚な憂いが、大魔帝たる我の思念を揺さぶっていたのである。

 悩む理由はただ一つ。


 なんだろう。

 この子も、なんかぜったい……変人だということだ。


 どーして、私に関わる連中って、変なのしかいないんだろ……。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ところで今回の黒幕、あの貴族坊やの恋人ぽい魔術士だったりしません? [一言] 類友。 この一言で全てが説明できる存在、それがケトス様(/・ω・)/
[良い点] 何か偉そうな幼女でたぁ! [一言] ケトス様、有名ですねぇ。
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