忘れられた街 ~滅びた都市のギルド~
過去の幻影は、私以外の人間の魂と行動を戒めていた。
残像が消えたのに。
だれも動こうとしないのである。
バッドステータス。
いわゆる状態異常である。
滅ぼされた無人の街。
そして無数の墓。
人間にとっては避けられそうな場所ではあるが。
私にとってはわりといい環境ではある。
元人間、元ただの猫であると同時に、私は魔と負の感情をエネルギーとする魔族なのだから仕方ない。
けれど人間にとっては負の瘴気が強すぎる。
少し空気を換えないと取り込まれてしまう可能性も高いか。
ふー、仕方ない。
『ふむ、ここにキャンプでも建てるか!』
「いやですう、なにいってるんですかあ猫ちゃん! さすがのあたしもどんびきしちゃいますよ!」
目をバッテンにする受付娘の抗議でようやく全員が正気を取り戻す。
悲惨な跡地に眉を顰めながらも、魔女が口を開いた。
「そういえば以前に冒険者達の噂で耳にしたことがあるわ」
「噂、ですか?」
「この土地にあった口にしてはならない幻の戦争。昔、人間が住むようになる前にここには別の種族が棲んでいたって――ただ、そんな国の存在は帝国史に残されていない。だからこれは全部作り話なんだって聞かされていたけど」
魔女が周囲を見渡す。
「もしかしたらここがその跡地、忘れられた街なのかしら」
魔術の素材にするつもりなのだろう。
弔い花の塵を拾い瓶に詰めながら魔女は言った。
不謹慎かもしれないがそれが魔術というモノだ。
献花灰。
おそらくこの塵には過去の映像を映す魔術効果が含まれている。魔道具屋に売ればそこそこの値段にもなるし、なにより何かの役に立つ可能性も高い。
「ええ? なにかの勘違いじゃないんですかあ? あたし小さいころからここに住んでますけど、そんなはなしきいたことないですよ?」
「まあ――、まさか自分の先祖が力で他種族をねじ伏せて追い出し、我が物顔で住んでいるなんて、普通なら記録に残したくないでしょ」
「憶測でいわないでくださいよお。それに他人事みたいにいわないでくださいぃ!」
灰を詰め終えた瓶を胸の谷間の亜空間にしまい、魔女はふふんと冷笑した。
「だってわたし、この土地の人間じゃないし。大魔帝ケトスさまを崇める島国の出身ですし、おほほほほほ」
この二人のおかげでだいぶ空気が浄化されていた。
受付娘の天然もたまには役に立つという事である。
まあ。
気を利かせた魔女が、率先して悪役を演じてくれたおかげでもあるようだが。
私は魔女をちらり。
ヤキトリ姫の反応からすると、亜空間収納を習得できる人間は案外に少ないらしい。
それなりに経験を積んでいるのだろう。
滅びた無人の街を目にする魔女の瞳は、冷淡とは真逆の憐憫を浮かべている。
滅びの未来を見通す彼女は、どんな人生を送っていたのだろうか。
きっと諦めや苦悩は沢山あったのだと思う。
占いを信じて貰えず、こういう終わりを迎える街を見た経験もあるのだろうから。
ともあれ。
私はそういう、くうきをよむ、とか、ばをなごます、とか。
狙ってやろうとすると、どうも失敗してしまうから助かった。
前も滞った魔族会議の最中に、ちょっと神龍を召喚して一緒に猫ダンスを踊ったら、めちゃくちゃどんびきされたし。
それはまあいいとして。
ひょいと、気分を悪そうにしている男に声をかける。
『おや、どうかしたのかいギルマスくん』
「いや、ちょっと瘴気にあてられて……な」
軽い状態異常、恐慌状態か。
本来ならパニックをおこして、自由に行動できなくなるのだが。
これは……すごい。
高レベル冒険者の精神力で無理やり耐えているようである。
『無理せず休んでいるといい。魔力に敏感なダークエルフである君には色々と辛いだろう。この奥は私達だけでいくとするよ』
「いや、しかし……」
彼は少し考えたようだが。
暗黒三兄弟にも促され、申し訳なさそうに立ち上がる。
「すまないが、足手纏いになりそうだから……そうさせて貰う」
口元を押さえる彼の手は、少しだけ震えている。弱り垂らした耳と苦悶の表情は、さぞかし女の子の庇護欲を擽るだろう。
が。
私の方がかわいい猫ちゃんだから庇護欲をそそって勝ちである!
うん。
勝ちである!
勝者の余裕でふふんと笑んで、私は周囲をちらり。
『どこかにキャンプを作ろう。今回は場を和ます冗談ではなく、拠点という意味でね。そうだね、たぶんこの街にも冒険者ギルドの跡があるはずだ。そこに結界を張り小休止としようじゃないか』
「あれ、ケトスさま。先を急がなくていいんですかぁ?」
『まあ私に考えがある。ここには魔物の気配も罠の気配もしない。手分けして探してくれ』
皆が頷いた。
さすがに高レベル冒険者だけあって、彼らの動きは迅速だった。
待機するギルマスから他の場所でもいいのではと提案されたが、私は首を横に振った。
厄介な出来事を請け負うギルドは大抵、魔力や地脈の流れが一番いい場所に建てられている。魔術的なパワースポットになっているのだ。
強固な結界を作るなら、ギルド以上に都合のいい場所はないだろう。
冒険者ギルドの跡地はすぐに見つかった。
さすがに中は荒れていたが。
最近になって何者かによって修繕された痕跡が見受けられる。
ギルドがあるということは、外界とも連絡を取っていたということなのだろうが……。
私は冒険者たちの営みの名残を感じさせるギルド食堂に目をやった。
フィッシュアンドチップスを食べたあの町のギルド食堂と、内装がよく似ている。
……。
私は瞳を伏せていた。
「どうかなさったの、ケトス様」
『魔女のマチルダ君か。いや、すまない。少し、考え事をね――』
人間と異種族の交流か。
しかし、滅ぼされた話が帝国史から消えているということは、おそらく裏切られたのだろう。
探査魔術で周囲を探りながら魔女が言う。
「ここは安全なのかしら」
『この街には一切の罠が仕掛けられていない。おそらくあの罠はこの街を人間に荒らされたくない誰かが仕掛けたんだろうね。つまり――』
「なるほど……そいつにとってここは大事な場所。万が一にでも荒れるような事はしないってわけね。時間の猶予さえ迫ってなければ精神力を回復させたいのだけれど……さすがに無理かしら」
『それも考えがある、私は結界を作るから探査は任せるよ』
念のためにともう一度、暗黒三兄弟を引き連れギルド内に探査魔術をかけている彼女を見送り。
ギルドマスターをギルドの長椅子に座らせている受付娘に声をかけた。
『これ、そこの天然娘』
「え……と。ん? あれ? それって、あたしの事ですか?」
お前以外居ないだろうという視線が四方八方から刺さっているが。
この子、ぜんぜん気にしてないよ。ある意味凄いな。
『ちょっとさっきの戦闘でやっていた、スキル名はわからないけど――周囲への俊敏さ遅延デバフの魔術を展開しておくれ』
「いいですけど。どうするんです?」
『いいから、さっさとやらんか』
急いでるんじゃあ! と肉球でバシバシ。
戸惑いながらも彼女は指の先で魔術を編み、タンスほどのサイズの魔力懐中時計を顕現させる。
よしよし、上出来だ。
私は――魔術の懐中時計の中に身体をにょきっと突っ込んで。
『よっと……ああ、ちゃんと入れた入れた。けっこう狭くて、昏くて、いいな、ここ』
「え!? な……、ええ? 魔力の時計に入るなんて、さすがに非常識が過ぎるんですけどお!」
肉球と爪の先に魔力を流して――。
『えーと……この辺を弄って――とりゃ!』
ふっ……完璧である。
にゃはははは!
我ながら自分の才能がおそろしい!
周囲には濃厚な魔力で満ちた時計の結界が広がっていた。
額を抑えながらギルマスが眉間に皺を刻む。
「これは、一体」
お、期待通りの言葉である。
まだまだ、ここでドヤってはいけない。あくまでも冷静に、淡々とだ。
『時間結界だよ。ギルド内の時間に干渉して、外界の時の流れを遅らせているのさ。ここでの一時間は外での一分になる。これでしばらくは時間を稼げる。戻るにしても進むにしても精神の休息は必要だろうし』
「な……っ、時間干渉魔術だと!」
『何を驚いているんだい。ここに来る前にギルドの厨房でも使ったじゃないか』
そうだ、そうだ。
もっと驚け!
「あれはあなたの魔力で乱れた場だから干渉できたのであって、今流れているこの施設内の時の流れに干渉するのは……レベルが違いすぎる」
『まあ君たちでは難しいかもしれないね』
ただ事実を語る。
そんな顔をしているが、内心では。
ドヤぁ!
ほーめーろ、ほーめーろ!
わーたーしーをほめーろ!
褒め称えろ!
にゃははははは!
尻尾がもっふぁもっふぁと膨らむ。
『なにより時間干渉魔術なら、そこの受付娘も使っているだろ?』
「え、そうなんですか?」
あれ、なんか流れが。
『あれは時属性の魔術なんだけど……君、知らずに使っていたのかい?』
「ええ、まあ。あたしちゃんと魔術やスキルの勉強をしたわけじゃないですし、なんか魔術って感覚で使ってますから」
一部のメンバーが、えぇ……っと若干引いている。
たぶん、ちゃんと時魔術を研究している魔術師にぶん殴られそうな事を言っているが。
わりと同意見なので、問題なし。
なんか自慢ポイントを持っていかれた気もするが。
まあ、うん。
乾燥芋貰ったから、許す。
ぐふふふふ、危なかったな娘よ。
乾燥芋がなかったら今頃私は拗ねていたぞ!
……。
って、こんなことをしている場合じゃない。
外の時間の流れを遅らせているとはいえ、徐々に時間は経っているのだ。
ドヤるのは事件を解決してからにしよう。
『まあ、とりあえず休憩しよう。これからの事は休んだ後で、だ。いいね?』
言って、しばらく。
安全を確認して戻ってきた魔女たちも休憩に入り。
熟睡ではないが、全員すぐに眠ってしまった。
戦闘の疲れもあるだろうが。
まあ、あんな光景を目にしてしまったら精神的にくるものがあったのだろう。
実際。
ここに渦巻く憎悪の魔力は強力だ。
魔力を帯びた憎悪は良くも悪くも。人体と精神に影響を与えるのである。
私みたいに元気ハツラツになってしまう種も中にはいるだろうが、残念ながらそういう種族は既に魔王軍に所属し、人間の前には姿をなかなか見せないだろう。ダークエルフはどちらかというとこちらサイドの筈なのだが、個体差はあるので仕方がない。
精神力を一時的に強化する魔術もないことはないのだが。
私が使ってしまうとおそらく全員がバーサーカーのようになってしまうから、それは最終手段か。
影猫を護衛に召喚した私も丸まり、少し休むことにした。
瞳を閉じると。
声が聞こえた。
子供が泣いて。泣いて。泣いて。
ただひたすらに、泣いて。
絶望の中で生きる、その嗚咽が私の耳を揺らしたのである。
これは過去を映す献花灰の見せる幻影。
けれど。
この地で、現実に起きた悲劇なのだ。
人間はどうしてこんなに醜いのだろう。
私は――。
人であった頃の私は、どうだったのだろうか……。
◇
数時間休憩し。
私たちはメンバーを分けて行動することにした。
この奥はもっと濃い瘴気で満ちている。
ギルマス以外も恐慌状態に陥ってしまう可能性はかなり高い。なので。
『さて、隠し通路の前まで引き返し待機する組と奥に進む班に分かれて行動しよう。時間はあまりない、急いでくれよ』
魔女マチルダが進む班のリーダーとなり、精神力の高い者と鑑定の使える受付娘が同行。
精神力が低い者や、負の瘴気に弱い職業、人種の者は引き返すこととなった。高レベルのギルマスが抜けるのはきついが、待機組にも戦力が必要なのだから、丁度いいだろうと私は感じていた。
行動開始となったが、その前に。
「あ、そうだ、店長! 戻る前に、これ持っていってくださいねえ!」
言って、受付娘が差し出したのは、ドングリと安物鉱石を編んだ糸で繋いだ可愛らしい首飾り。
「なんだこれは」
「お守りですよ、おまもり!」
ギルマスは怪訝そうな表情を隠さずに言う。
「お前、祝福を付与するスキルなんてもっていたか?」
「そんなのあるわけないじゃないですか、バカなんですか? やっぱりボケちゃったんですかあ?」
ギルマスくん。心配されている自覚はあるらしいが。
おもいっきし、バカでボケはお前だと顔に書いてある。
「じゃあこれには魔力耐性や幸運上昇の効果などは」
「あるわけないですよ。ただの手作りのお守りに決まってるじゃないですか!
むずかしい顔ばっかりしてないで、ちゃんと生きてください! って、願掛けしただけですよ!
だってほら。
未来予知だと店長、死んじゃってましたし……店長が死んじゃったら寂しいですしい。あたしも、困るかな、なーんて。あははははは。
あ、にゃんこちゃんの分もちゃんとありますよお。はい、どうぞ!」
『へえ、気が利くじゃないか』
お守りのネックレスを首にかけて貰いながら、にゃふふふと笑い私は言った。
『ギルマスくんも恥ずかしがってないで付けておきたまえよ、気は心っていうだろ』
「いや、しかし」
『にゃは! にゃはは! なかなかカッコウイイじゃないか!』
ドヤ顔で見せつけてやる。
ギルマスくんは長い耳を垂らしあからさまに嫌そうな顔をしているが。変に騒ぐのも恥ずかしいと思ったのか、自らの首にお守りをつける。
ぺたぺたぺたと地を歩き私は言う。
『人の心というのは魔力を持つ。たとえ特別な力がなくても、運命を僅かに変動させる効果もないわけじゃない。一つの小さな行動が未来に大きな影響を与える、バタフライエフェクトという言葉もあるくらいだしね』
「ええ? バタジャガーフレンド? 食べ物ですかあ?」
……この娘。
ポテンシャルはかなり高いのに、本当にアレな子だな。
『……ギルマスとやら、今回の件が解決したら、君はすこし部下の教育をちゃんとした方がいいかもしれんな』
「仰らないでください。これでも頑張っているんです」
やりとりを見ていた魔女マチルダが眉間に手を当てて息を吐く。
「もう仕方ないわね、わたしがちょっと加護を付与しとくわよ。あー、その、受付の子が良いならだけど」
「魔女さんすごーい、そんなこともできるんですね! じゃ、お願いします! こう、ババッともしもの時に防御結界が展開するようなのお願いします!」
「いや……ほんのちょっと魔女のまじないで幸運値を上げるだけだから、そこまで期待しないで頂戴ね。まあ作った人の心に影響受けるから、きっと能天気な幸運を得られるでしょうよ」
んーむ。
これは女の戦いのような気もしないでもないが。受付お姉さんの方はまったく気づいてないぞ、これ。
まあ、こういうやりとりを見るのは悪い気分ではない。
それぞれの準備を終え。
私たちは奥へと進んだ。
しかしだ。
それにしても。
私はにゃふぅぅぅっと胸を張っていた。
こんな首飾りでさえ超似あってしまう私は、やはり最高に可愛いのじゃないか!
さすが、魔王様のペット!
と。
猫的なご機嫌が、私の耳としっぽをモッフモッフに膨らませていたのである。
ご機嫌なので、つい。
またまた無双状態で。
並みいる敵をにゃっはにゃっはと薙ぎ倒した事だけは記しておく。




