炎熱騒乱 ~ガイラン冒険者ギルドにて~その2
大魔帝ケトスこと最恐ニャンコな私は、戦場となった地――。
冒険者ギルド内部に目をやった。
あちらで燃えているのは、クエスト依頼の貼り紙掲示板だろう。
本来なら受付のお姉さんが完璧な笑顔で出迎える、中央ホールである。
特徴的なのはやはり焦げた香りか。
相手が虫という事で火炎系の魔術が多用されているのだろう――あちらこちらで熱の魔力が燻っていた。
ギリギリの戦いを繰り広げるのは人間対、新種のモンスター。
こなたは人間、一山いくらの冒険者たち。
かなたは蟲人、鑑定してみないと断定はできないが……たぶん蝗害の原因となる飛蝗さんと関係のある軍団。
そして、なななななーんと!
我等こそは――!
魔王軍の最高幹部と、別の世界に棲む魔王様のおにいさん!
本当ならラスボスクラスの大魔族である!
ビシ!
まあ絶賛放置され中なのだが。
……。
あまりにも鬼気迫った接戦なので、私達……気付かれてないんだよね。
それは人間達の展開する防御結界。
視界と音を阻みやすい、風の結界に包まれているせいだろう。
私たちの前で人間の剣士が剣を掲げ、唸りを上げる。
それが合図だったのだろう。
一瞬だけ、風の結界が解除され――。
しゅん――っ!
人間達が連携を組んで飛びかかる。
「どおおぉぉぉりゃぁぁぁぁっぁぁ――ッ!」
「主よ、大神よ! 偉大なる光にて我等を守護したまえ!」
「火炎弾! 火炎弾! 火炎弾!」
枯れ木みたいな虫人さん一匹に、三人同時に飛びかかり攻撃。確実に一体一体倒しているのであろう。
まあ現戦力の範囲で出来る中での無難な選択か。
悪くない作戦である。
とりあえず――死んじゃっても蘇生ができるように魂の情報だけは保存して……と。
まあ、こんなもんかな。
かくして、ジャハル君も奥にいるギルド内では――シリアスな空気が流れていた。
が――失礼な話。
大魔帝たる私やレイヴァンお兄さんからすると退屈な戦いで……。
私の横で――あからさまに落胆し。
つまらなそうな顔で戦場を眺め――。
魔王様の兄レイヴァンお兄さんは欠伸を、ふぁ~。
「なんだぁ、ありゃ……? あの火炎弾とかいう低級火力をショボショボって出す魔術は……」
『近年になって人間達が開発した小回りの利く初級魔術らしいよ。まあ……威力はお世辞にも高いとは言えないけど……。連打力だけはそれなりにあるみたいじゃないか』
魔術式を猫の魔眼で読み解き、私は答えたのだが。
「ふーん。まあ、タバコの火をつけるくらいはできるだろうが……児戯ってわけじゃなくて本気でこれなんだろう? 大丈夫なんか、人間達って――おまえさんの眷属猫どもよりも弱ぇじゃねえか」
『いや、あの子達。実は最上級モンスターだからね……』
さすがにアレらと比べられるのは可哀そうである。
ともあれ。
『火炎弾……か――ギルドに入ったばかりの魔術師や、本来魔術師ではない職業の者が訓練用に扱う魔術なんだろう。魔術式がシンプルでスマート、けれどそれが美しい。誰にでも使えるっていうのは利点さ――昔はこんな魔術なかったし。汎用性を重視したんだろうね』
銜えタバコを口でピョコピョコ。
お兄さんは感心した様子で言う。
「よく見てるなあ、おまえさん」
『伊達に魔王軍最高幹部の席を預かっているわけじゃないのさ。魔術に関してはとても興味がそそられる。たとえそれがショボイ火付け魔術だったとしても、開発された事には――生まれてきた事には意味があるのさ』
ちょっと感慨深いものがある。
きっと魔王様も……こういう新しい魔術を見たら、たとえそれが児戯に等しき魔術であったとしても目を輝かせていたのだろうから。
私は静かに、魔王様の兄に問いかけた。
『かつて魔王様が、人間に魔術をお与えになったっていう話は本当なのかい?』
確かに、人間達の一部も。
魔術の祖が魔王様だと知っていたみたいなのだ。
私の頭に浮かんでいたのは、グルメ散歩最初の事件で出逢ったヤキトリ姫だ。
彼女は魔王様の術である禁術を用いた後、そんなことを言っていたような言っていなかったような……。
「ああ。間違いねえよ――そのせいでアイツは力の一部を失った」
『力を――?』
「ああ、魔術が他者から力を引き出す技術ってのは知ってるんだろ?」
『そりゃあ、まあねえ』
ぶにゃんとネコ顎に肉球をあて、私はネコ髯を揺らしながら語る。
『実際、私を神と仰ぐ人間達は私の力を引き出した魔術が使えるし――祝福や奇跡だって、主神である大いなる光や地母神から力を引き出しているんだしね。それと何の関係が……って、まさか――』
人間達の戦い。
発動する魔術を眺めながら……レイヴァンお兄さんは少し、苦い笑みを浮かべて口を動かした。
「そう――今、様々な世界で魔術やソレと類似する力が発動しているのには――理由がある。あるんだよ、とびきりデッカイ、力の源がな」
太陽のように輝くプラズマ球を手のひらに浮かべ――魔兄は言う。
「これが――アイツが人間達のために切り離した無限に増え続ける魔力の塊。かつてアイツが所持していた力、そのレプリカだ。まあ、どこかに揺蕩うこの力そのものは――既にアイツと切り離され独立している。どこにあるのかは俺様も知らねえがな」
輝くプラズマの魔力。
まるっこい、球。
これ……、ジャレついたらブチ切れるだろうなぁ……。
そんな私のウズウズを知らずに、男は続けた。
「自らの魔力を人間に分け与えるために、わざわざアイツが身を削っていたって訳だ。あんな恩知らずな猿ども相手にな……我が弟ながら、泣ける話じゃねえか」
それなのに。
人間達は魔王様と敵対した――それはきっと、レイヴァンお兄さんにとっては許すことのできない背信なのだろう。
今、この男は笑い話のように言葉を発したが、きっと……内心では様々な感情が煮えたぎっているのだと思う。
彼もまた魔性。
その感情を爆発させて、闇に堕ちた魂なのだから。
『にわかには信じがたい話だけど、まあ……魔王様だからなあ……真実なんだろうね』
人間達の扱う魔術の起源――か。
これ……相手が魔王様だから納得できるけど。魔王様の絶大な力を知らない連中に話したとしても、信じて貰えないだろうなあ……。
「今思えば、これは強すぎる自らの力をわざと弱体化させるため――必要だった行為かもしれねえがな」
『そっか。じゃあ魔王様、昔はもっと強かったんだ……そっか』
……。
私もまだ強くなれるという事ではないだろうか。
魔王様が目覚めた時に、同じくらい強くなっていたら――。
にゃふ、にゃふふふふふ!
きっと喜んでくれるのではないだろうか!
しかしである。
ふと賢い私は考えた。
『ねえ、もしかしてなんだけど――こんなとんでもない規模で、とんでもない事をやらかした魔王様って……楽園を追放されたってのも、あながち不当な扱いじゃないんじゃ……』
「まあ、実際。楽園はこの事件から発展した騒動の末に――ドカーンと滅んじまったからな」
言って。
キシシシと黒い笑みを浮かべ――男は紅き瞳を昏く輝かせる。
『えぇ!? 滅んじゃったの!?』
「いやあ、お前さんにも見せてやりたかったぜ! アイツが偉そうな古き神々共をバッサバッサと消滅させていく場面を!」
てか、滅ぼした張本人……魔王様なんだ……。
そっかー。
バッサバッサとやっちゃったんだ。
魔王様……。
自分はこれでも丸くなった方なんだよ――と、苦笑していたけど……。
あの話も、マジだったわけか……。
魔王様、昔はやんちゃだったんだね……。
「だからまあ、楽園を滅ぼされた連中にとって魔王って存在は怨敵、悪鬼羅刹な、畜生道。今でもどこかで恨んでやがるんだろうな」
魔王様……。
ちゃんと追放された恨みを返してやんの……。
『あれ? じゃあ、お兄さんって今どこの世界にいるんだい? てっきりその楽園だと思っていたんだけど……』
「まあ、いいじゃねえか。そういうのはプライバシーとかプライヴェートって言うんだろ?」
語るつもりはないって事ね。
まあ、そこまで興味もないけど。
『まあ別にいいけど。あの魔王様が故郷を追放された程度で楽園を滅ぼすなんて……ちょっと想像できないね。発展した騒動って言っていたけれど、何か他にも理由があったってことかな?』
訊ねる私に、何故かレイヴァンお兄さんは目線を逸らし。
『何をされても動じないアイツだったが、それでも完璧ってわけじゃねえ。アイツにとって、どうしても許せねえことが、あったんだよ――』
苦く笑って――上を見て。
新たにタバコを銜え直す。
「まあ、もう終わった話だ――これ以上は、勘弁しろ」
それだけ言って。
レイヴァンお兄さんは口を閉じてしまう。
あー、しまった。
これ。
地雷だったのかな。
明らかに空気が変わっている。
私も何を言ったらいいか、迷ってしまい――それが新たな沈黙を呼んで。
ただ沈黙だけが続いてしまう。
しばらく。
人間と蟲人との戦いの音だけが響いていた。
風の結界を維持する音が、滅びゆくギルド内にこだましている。
死闘を繰り広げながらも諦めを知らない人間達。
その光と輝きを眺めながら、私は改めて魔王様を思い出していた。
魔術……か。
元は魔族のために発展した技術だったのだろうが――今や魔王様の手を離れ、各種族で使いやすいように枝分かれ。
それぞれの種族や勢力が、それぞれに独自の魔術を研究している。
魔族の魔術とは違う新たな魔導技術が日々、産まれ続けているのである。
魔王様。
自分の知らない新しい魔術が開発されると、とても喜んでいたからね。
魔王様にとって新しい魔術とは――自らが生み出したはずの魔術の知らない側面。子の産んだ子。孫みたいなモノになっていたのかもしれない。
魔王様が赤子の時に生み出したのが魔術なら。
奇跡や祝福は……やはりかつて魔王様のいた楽園と呼ばれる地に住む、神々が生み出したものなのだろうか。
まあ結局は同じ技術。
引き出す魔力やエネルギーを、どう使うかの差でしかないのだとは思う。
ともあれ、だいぶ話は脱線したが。
死闘ともいえる人間達の戦いはまだ続いているのだ。
魔王様の魔術を用いて――必死に抗っている。
魔王様の差し伸べた手が……いまだに彼らを守り続けているのだ。
ちなみに。
戦いはというと――均衡状態のままである。
お兄さんもそっちに意識を移して、呟いた。
「弟が伝授した魔術をこの程度しか使いこなせないんじゃ、救われねえなあ。こんな羽虫以下の連中のために弟が楽園を追放された――って思うと、お兄ちゃん的にはちょっと残念だぞ?」
どうやら、この隠れブラコンお兄さん。
人間が嫌いな理由の一つは、弟の追放された原因が人間への魔術伝授にあるからのようだ。
それにしても……。
『お兄ちゃんって……』
「お前さんもそう呼んでもいいぞ? レイヴァンお兄ちゃんってな」
キシシシと嗤う顔は、それはもう親父臭い。
まあ世間的には……ワイルドハンサムだから許されるのかもしれないが。これ……、魔王様の兄じゃなかったらネコパンチでビシっとやっていたかもしれん……。
『阿呆な戯言はともかく――彼ら人間には、種族としての器に限界があるんだから仕方ないだろう。彼らはやれる範囲で善戦している。その点だけは評価に値するとは思うよ』
「そんなもんかねえ。で? どっちが勝つと思うよ」
『んー、そうだねえ……』
賢い私は戦略的な思考に頭を切り替え、考える。
いわゆる軍師ネコちゃん頭脳モードである。
戦力を入念にチェック。
先ほども言ったが、ギルド冒険者と虫人間達との戦いだ。
人数は……人が三で虫が七の割合か。
ギルドの人間達はというと――まあ、失礼な言い方をしてしまうと、標準的なモブ人間である。
獣人や人間やエルフの混成パーティが数組。
それぞれがパーティを組み連携。三重の魔法陣や、一般人が手にするには十分な鋼の剣を片手にスキルや魔術の雨あられ。
人間の強さっていまいち分からないのだが、別に弱いわけではないのだろう。
善戦してはいるが――押されている。
圧倒的に虫さんの数が多いからね。
そこから導き出した結論は――ゲームオーバー。
ゆったりと瞳を開き――私は冷淡な結論を告げた。
『実力は拮抗しているのに数で負けているからね、勝負は見えている。じりじりと消耗戦を強制され……。遠くないうちにパーティは全滅だろうね』
戦力を見極める魔王軍指揮官としての顔で、私は答えたのだが。
「やっぱり人間側に立って話してるじゃねえか。助けたいなら助けたっていいんだぜ? 素直じゃねえからな、おまえさんは」
『君にだけは言われたくないんだけど……まあいいや』
ついでに敵も見ておくか。
人間達を襲う虫人さんはというと――私は鑑定の魔眼でギンギラギン!
『ああ、こりゃ……やっぱり君も翼で飼っているあの魔力飛蝗の進化系だね。鑑定結果――分類は、飛蝗亜人種ローカスター。今年の群れはこれなんじゃないかな?』
「ローカスターなんて聞いたことねえな。新しき種族、か……ったく、次から次へと、鬱陶しい連中だ」
このローカスターくん。
人間と交流のある種――亜人種や獣人とは根本的に違うようだ。
個性や意思はなく、反応は蟲そのもの。
戦闘能力向上のためだけに、人型へと進化した二足歩行飛蝗なのだろう。
蝗害の予想される地で……飛蝗の新もんすたー。
これ……。
どう考えても、今回の事件と関係しているよね。
まあそのおかげで、いくつか分かったことがあった。
魔力飛蝗の進化には、神属性の魔力の波動が感じられる。
不自然な魔力因子の改竄が見られるのだ。
つまり。
これは自然に発生した災害ではなく、誰かの意図が働いているという事である。
蝗害には――犯人が存在するという事だ。
百年前も二百年前も。
おそらく、そのまた百年前も。
レイヴァンお兄さんにぜーんぶ吸われて失敗したから、趣向を変えて蟲自体を強化したのかな。
しかし、犯人には悪いが――これ、たぶん大失敗だろうな。
人型になったせいで行動も制限されるし。
驚異的な跳躍力もロスト。
億単位での同時バフなどもできなくなってるし……、災害としてはレベルが下がってるんだよね……。
飛蝗さんを飛蝗人間さんに進化させたヤツはたぶん。
けっこう短絡的な相手なのだと思う。
普段、戦いとかはしない。
したとしても絶大な力に任せて戦略などを練らないタイプなのだろう。
そしてその犯人だが――おそらく、魔族でも人間でもない相手。
生物に進化を促すなど、現状の人間の手で届く領域ではない。
魔族がやらかしているのなら、私がとっくに気付いている。
更に絞るなら。
いろいろと残念な女神だと判明した大いなる光でもないだろう。これはネコちゃんの鋭い勘なのだが。彼女……虫、嫌いだって言ってたし。
ならば、浮かび上がってくるのはレイヴァンお兄さんの存在と魔王様の過去。
楽園と呼ばれた地の住人。
『百年ごとに湧く蝗害事件。魔王様が伝え忘れていた、この災害の黒幕は――楽園を滅ぼされた者、古き神々かい?』
「なかなか勘が鋭いじゃねえか。まあ、だいたいそんな感じだよ」
まあ、他に該当者居ないもんね。
世界は広いようで狭い。こんな災害を起こせるもの――私の足元に及ぶぐらいの強者となると、もうだいたい顔見知りだろうからね。
知らないとなると、伝承にある古き者達になるということだ。
『なんでまたそいつらは、飛蝗を大量発生させるなんて回りくどいやり方をして人間を攻撃しているんだい。人間なんて、そのまま踏みつぶしちゃった方が早いだろうに』
「……。まあ、もちろん理由はあるんだが……弟が語らなかった事には、なにか意味があるのかもしれねえな」
あー、これ。
もったいぶって語らないパターンだな。
そういう思わせぶりで面倒なのは、好きじゃないのである。
私はこっそりと魔法陣を展開し――告げる。
『あくまでもこれは賢い私の鋭い勘なんだけど。古き神々共さあ。楽園が滅ぶきっかけとなった魔王様には敵わない。人間達に手を出そうとすると魔王様に叩きつぶされる。だから、嫌がらせに飛蝗を量産することにしたっていう、しょーもないオチじゃないだろうね?』
必殺、幸運値とネコの勘を魔術に変換しての名推理!
当てずっぽうな勘であっても、幸運を引き寄せる魔術で解決――無理やり正解を手繰り寄せたのだ。
むろん、禁術である。
ツツツーと。
お兄さんの頬に脂汗が垂れる……。
当たらずとも遠からず、といったところか。
えぇ……これ、もし賢い私の勘が半分くらい当たっているのなら。
古き神々って……碌な連中じゃないような。
たぶん、異世界で暴れていたあの大いなる輝きも、きっとその内の一人だったのだろう。
もし類似する連中に出会ったら完全消去しとこ♪
そんな私の仄かな邪気を察したのか、お兄さんは話題を変えるべくタバコを吹き。
煙から発生した魔力を纏い――渋いイケおじ貌で告げる。
「さて、お喋りはこれくらいだ。そろそろ選択する時間だろう」
空気が、かすかに変わる。
私達が魔王様の話を進めている間にも、人間達の戦いは続いている。
魔王様の与えた力。
魔術を用いて戦う彼らを見て、魔兄の瞳がギロっと輝く。
「このままだと――死ぬぞ、こいつら」
『だろうね』
掬い上げるか、見捨てるか。
選ばないといけない、ということだろう。
「大魔帝ケトス。我が弟の愛弟子よ――おまえさんがどうしたいのか、魔王の兄たる俺に答えを聞かせてみせろ」
魔兄レイヴァンは、真剣な顔で私を見ていた。




