炎熱騒乱 ~ガイラン冒険者ギルドにて~その1
転移魔法陣からニョコっとネコ頭を出して、きょろきょろ。
こっそりと周囲を観察するのはこの私。
大魔帝ケトス――偵察ニャンコモードである。
転移陣の繋がった先は――ジャハル君のいる大きな施設。
座標は、北区画と西区画の境付近か。
私が街に掛けた時属性の魔術の影響は少ない。正常な時が流れている事からすると、強力な結界が張られているのだろう。
さて、じゃあここはどこかというと!
ジャハル君が向かった先。
土地の霊脈を利用した、強力な結界が使用されている施設。
ここまで分かれば答えは簡単。
名推理を披露しようとするその直前。
すばらしき私のモフ耳を焦燥に駆られた人間達の声が揺する。
「火炎弾――っ!」
「バカ……! ギルド内でそんな火炎系の魔術を使ったら、火が!」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」
ヒューン、ドガドガバーン!
室内で発動する爆炎が、絨毯の表面を舐めるように焦がしている――。
戦闘中なのは確実か。
繊維の焦げる匂いが広がる戦場にいるのは……人間の部隊と、それと戦い続ける謎の軍団。
まあ、ジャハル君が既に魔術をぶっ放していたから戦闘状態は予想していたのだが。
幸いにも――人間が相手にしていたのはジャハル君ではない。
もし人間が私の側近である炎帝に敵対行動を取っていたのなら、既に彼らはこの世界から消えていただろう。
じゃあ人間達が何と戦っているかというと……。
なにやらモンスター? に襲われているようである。
二足歩行の……魔族ではないし、獣人でもない。
なんだ……これ。
ここからだとよく見えないから――顕現するしかないかな。
ともあれ。
途中で妨害されてしまった名推理を再開すると――。
ここは魔導地図を見るまでもなく!
冒険者ギルド内部!
ギルドといったらお約束の冒険者酒場!
香ばしいお肉さんの香りが豊かな、お食事処もあるわりと当たりなグルメスポット!
新しい街でグルメを探す時って、ギルドもわりと穴場なんだよね~♪
調理スキルが高い冒険者ってけっこういるし、元冒険者が料理人になっているパターンだとまだ見ぬグルメに出会える確率もぐーんとアップ!
だからギルド観光も悪くはないのだが。
まあ、襲われてるんじゃあグルメは期待できそうにないかな。
名推理終了と共に――私は、魔術を発動!
黒いモヤモヤを召喚し、エコーの掛かった声を出す。
『騒々しいぞ人間どもよ。この大魔帝ケトスを前にし、なんとも不遜な――この我の顕現を拝する権利を得ておきながら、なぜそれほど騒ぎ立てる事ができるのか。くははははは! 理解に苦しむわ! 苦しみ過ぎてお腹が空いてきてしまったではないか!』
妖しき魔力持つ煙と共に、哄笑がギルド内に広がる。
むろん。
いつもの、ただの演出である。
さて、これで存在も空腹もアピールしたし、出るかな。
肉球を転移魔法陣に引っ掛けて――よーいしょ!
あれ……なんかお腹が、ひっかかって……おかしいな……。
あー、でたでた!
よし、行くぞ!
ズジャ!
ギルド内の床に十重の魔法陣が浮かび上がり、そこから私がデデーンと登場!
黒煙と共に――スマートな猫魔獣が召喚される。
『くははははは! 我、華麗に参上なのである! さあ、脆弱なる人間どもよ! 助けてほしくば、我にグルメをさしだすのニャ!』
ドヤアアァァァァァァッァアア――ッ!
ふ……決まった!
肉球を傾ける角度まで完璧である。
さーて、これで人間達は私に平伏し。
へへー、今後一年間はケトス様にグルメを献上いたしますので、どうかお助けをぉ……となる筈なのだが!
人間達は亀のように結界に籠ったまま、謎の敵を睨み唸る。
「今、なにか結界の外で――変な猫の声がしたような?」
「んなことに構ってるヒマねーだろ! 結界維持に集中しろ!」
「は……はい! すみません!」
私、だれも反応していない状況で、ドヤってビシって風がヒュー。
完全に滑っている。
あれ、ニンゲンたち。
ぜんぜんきづいてないよ?
何重にも張った風の結界の中で、なにやらすごい剣幕で魔術とスキルを発動しまくってるよ。
転移陣から堂々とでてやったのに!
ビシっと偉そうに顕現してやったのに!
グルメを要求してやったのに!
反応なし!
既に戦闘が始まっていたんだから、仕方ないんだけどね……。
ええぇぇぇぇぇええええ!? 無視されるの寂しいんですけどぉ……!
どうしよう。
完全に心が萎えちゃった。
もう助ける気も失せちゃったし……。
じゃあ。
人間が相手にしてる敵の方に味方をすればグルメを貰えるかもしれないが――どうもこっちはこっちで、会話ができそうにない相手。
んーむ……。
『ええ……せっかく大魔帝ケトスが顕現してあげたって言うのに……だーれも見てくれないし』
両方をふっ飛ばせば……こっちを見てくれるかな?
ネコちゃんを無視するなんて、どーせどっちもろくでもない奴だろうし。
うん。
と、ちょっと邪悪な思考が頭上にムクムクと浮かび上がっていたのだが。
そんな私の頭をナーデナデナデするのは――懐かしい御方を思い出させる大きな手。
「そりゃあ――お前さんは一見すると可愛いだけの猫魔獣だ。戦闘中に湧いて出たって、紛れ込んでたネコちゃんがキョロキョロしているようにしかみえんだろ」
大魔帝を鎮めるその手の持ち主は――遅れて転移陣から顕現してきた魔王様の兄。
レイヴァンお兄さんである。
ナーデナデナデ!
私のモフ毛を撫でるその手はなかなかどーして、うん、悪くない!
『にゃにゃにゃ! にゃるほど! あまりにも私が可愛いから! 大魔帝ケトスだって気付いていないのか……それは盲点だったのニャ!』
「だろ? だからその荒ぶる魔力を鎮めて、展開しかけてる魔法陣を置いて……おちつけよ……な? ほーら、ケトスちゃんはいい子だなあ」
翼をバッサバッサさせるお兄さんも顕現したのに、だーれも気付かないよ。
こいつら。
よっぽどの接戦なのだろう。
「ったく、人間って生き物はどうしてこう戦いが好きなんだろうな。まーた、戦ってやがる」
気怠そうに戦場を見るレイヴァンお兄さんは――銜えタバコから発生させた煙結界を纏いプカプカ。
じぃぃぃっと人間と戦う謎の生物を見る。
「つか、人間と戦ってるありゃ……なんだ。昆虫人間? ワーマンティスの亜種か?」
『初めて見る亜人種だね。いや……モンスター? そもそも生物なのかな、これ?』
釣られて私も目線をやって――。
昆虫人間としか形容できないような謎生物に、ネコちゃん頭を悩ませる。
『これ、私達の世界の生き物じゃないね。この世界への在り方が少し違う。レイヴァンお兄さんは何か知らないのかい?』
「こんな趣味の悪い生物、知らん――。ちょっと聞いてみるか。アダムスヴェイン……我は汝らの瞳となろう」
言って、翼をバサリと舞い上げて――亜空間に棲み付く飛蝗くん達に謎の軍団を見せるが。
ワシャワシャワシャ。
チューチューチュー。
彼らは億単位に膨れ上がった分裂牛串をガジガジしながら、億単位の数で首をこてり。
知らないという風に、首を振る。
――おい、みんな! 我等に無限に増え続ける牛串をお恵みになってくださった、ネコ神様がおられるぞ。
――拝んでおこう。拝んでおこう!
――ケーットーッス様! ケートース様!
魔力飛蝗が跳ねて、騒いで大合唱。
あ、けっこう可愛いかも。
そういや、倍増し続ける牛串が――翼亜空間で無限に分裂しつづけるとどうなるんだろ……。
飛蝗さん、中でプクプク太り続けるんじゃ……。
……。
まあいっか。
「お前たちは何か知って……駄目だな。俺様の翼亜空間の連中も知らんとよ」
『ネズミさんを出して、もう一回聞いてみる? 外に出してみると、なにか新しい発見があるかもしれないし』
そーっと近づき……翼の中を、じぃぃぃぃぃぃぃ。
亜空間に ネコ手を伸ばそうとする私を睨む、お兄さんの眼が怖いからやめておこう。
『んーむ……昔から生きて魔術にも知識にも長ける私たちが知らないってのは、不気味だね』
ハテナばかりが浮かんでしまい。
二人して、じぃぃぃぃぃいいっと見てしまうのは絶賛人間と戦闘中の触覚生物。
やはりどうみても、虫。
二足歩行の人型昆虫。
とりあえず説明しよう。
目の前にいるのは人間たちと戦う謎の軍団。標準的な人間よりも一回り大きな、二足歩行の虫さん。
細い枯れ木を彷彿とさせる色と体形をした、虫顔のスレンダー亜人種である。
身に着ける防具は特になし。
硬い外殻が天然の鎧となっているのだろう。
武器は――牙と鎌に似た腕そのものと、なによりもその健脚か。
魔力で加速し跳躍。
その勢いを利用してのキックが得意技のようである。
貫通力もある攻撃の影響か――人間の結界がバリバリと破られているのだろう。
そのパリパリ加減がオーロラみたいに輝いていて――ちょっと綺麗だったりもする。
むろん、不謹慎だから口には出さないけど。
「で、どっちが敵なんだ? あの炎帝のねーちゃんと合流しようにも、これじゃあまともに会話もできんだろ」
『その辺はジャハル君に聞いてみないとなんともねえ。人間との交渉が決裂してこうなっている可能性もあるし。この虫人間が魔王軍の敵と決まったわけじゃないし』
事情を知っていそうなジャハル君の姿は――見えない。
おそらく奥の応接室か。
『ジャハル君に連絡を取ってみるから、ちょっと待っててね』
「うっせーし、両方消しちまうか?」
と、キシシシと嗤いながらお兄さん。
魔王様の兄だけあって、わりと何をやらかすか分からない所があるからなあ……この人、半分本気だよ……。
『私みたいなことを言わないでおくれ、我慢してるんだから――』
「どうせ俺様は後腐れない異邦人だ。おまえさんがやらかす時は、その前に代わりにやってやるよ。街ごと破壊されても面倒だしな」
あー、そういうことか。
まあ、たしかに――私がなんかでブチ切れて、ついうっかり両方消そうと思ったら。
街まで全部やっちゃいそうだもんね。
私にとっては優しいのだろうが、人間相手には本当に容赦するつもりはないようだ。
さて、お兄さんもわりと地雷原みたいな気がするし――急いでジャハル君に魔術で連絡を取ってみると――。
暴れずに、待っていてください……、てか、絶対に暴れないでくださいっすよ!
とのこと。
『待っててくれってさ』
「聞こえてたよ――暴れないでくださいっすよケトスさん」
またもや煙草の煙を渋く吹いて。
キシシシと嗤いながらの皮肉である。
『まあ大人しく待っているしかないね。どっちを助けたらいいか分からないし』
「せっかくおまえさんがそういう面倒な部分を誤魔化すための助け舟に、グルメ報酬を提案したのに、スルーされちまったしな」
バカなのか運がなかったのか。ともあれ哀れな奴らだ――と、お兄さんは人間に向かい冷めた視線をチラリ。
私もネコ目を紅く輝かせ、ギロリ。
『まるで私が人間を優先したがっていた、みたいな言い方はやめておくれ』
「おっと、悪い悪い。大魔帝さんが人間を優先したがってる筈ねえわな――こりゃ失敬」
ったく、完全ではないし魔王様ほどではないとはいえ――未来を読める能力者なので、こういう皮肉が好きなのだろう。
おそらく分岐した未来の先では、そういう結果が見えていたのだ。
実際。
最初のやりとりでちゃんと頭を下げていたら、助けていたわけだしね。
まあ、まだ人間達にも余裕があるし。
ジャハル君には大人しくしてろって釘を刺されちゃったし。
もうちょっと状況を観察するしかないか。
そもそもだよ!
私、大魔帝だし。
大魔族だし。
いつでもどこでも、ササっとやってきて――人間を救うグルメ魔獣と思われてしまっても困るのだ!
まあ、結局救うようになる気もするけど……。
人間達に、簡単に動くネコちゃんって思われてもダメだよね?
念のため。
名誉のために言っておくが。
別に、いまだに。
あの時の会議のネチネチを根に持っているというわけではない。
賢き動物である猫やカラスは他の動物よりも執念深いというが。
私は心が広いからね。
ぜんぜんしつこくないし。
そこんところを、勘違いされても困るのだ。
 




