最後の晩餐 ~ケバブの謎肉はうまい~
蝗害で滅ぶと予想される地、エンドランド連盟。
その中心都市ガイラン。
精霊国の長としての炎帝ジャハルくんが、人間のお偉いさんとのアポを取りに行っている間。
露天商が並ぶ市場の、串焼き店の前でじゅるり。
舌なめずりをしていた大魔帝ケトスこと私は――魔王様の兄レイヴァンお兄さんの肩に乗ったまま、素敵グルメなニャンコ観光を行っていた!
話がこじれたらこの街、滅びるからね。
最後の思い出作りというヤツである。
海産物や野菜系のグルメは……うん。
正直言って、乾燥させただけの塩漬けで微妙だったが……。
反面。
熱を利用するグルメにはそれなりの魅力があり――私の猫鼻はスンスンうにゃうにゃ!
香ばしい煙に惹かれて膨らんでいたのだ。
肉巻きケバブの削り売りも盛んなのか、多種多様なお肉の露店が並んでいる。
よりどりみどり、というヤツだろう!
焼き鳥屋の露店から流れる濃厚ダレ香る煙も美味しいが、それに勝るとも劣らぬ絶品さである!
特に気に入ったこの羊のケバブは――ちょっと癖が強く独特な風味なのだが。
ガージガジガジガジ、むちゅむちゅむちゅ。
この喉の奥で溢れるワイルドな、お味が――まあなんとも。
にゃふふふ……!
ネコちゃんの私にとっては狩猟を思い出させる味で、悪くない!
悪くないのである!
『くははははは! これぞ我にふさわしき贄よ!』
「おまえさん、ほんとうによく食うなあ……」
銜えタバコをピコピコさせて――。
レイヴァンお兄さんはグルメ情報が記された、大魔帝印の魔導地図を見ながら頭を大きな手でガジガジ。
「んで、次はどこに行くんだ――? ここの一角はこれで制覇だろ」
『にゃははははは――! 制覇! 制覇! 完全制覇! 人間どもの露店街など恐るるに足らず! グルメ制覇にまた一歩、近づいたという事なのだ!』
ビシ!
ズバ! うにゃーん!
「あ、こら! バカ野郎!? 人の上に爪を立てて掴まりやがって、ドヤポーズを取って暴れるんじゃねえよ!」
抗議の怒声に構わずうんしょ、と身体を伸ばし――。
私も肩越しから、地図をじぃぃぃぃぃ。
『そうだねえ。んー……あー、そうだ! お兄さんはなにか食べたいモノとかないのかい? 私ばっかり好きなのを食べちゃってるし』
「俺様は――まあ、こうして酒さえ飲んでればいいから問題ねえよ。お前さんが行きたい場所を選びな。あの炎の大精霊が交渉に失敗したらこの街は、滅びちまうんだしな」
人々の営みを眺めながら。
お兄さんはキシシシと皮肉げに嗤っている。
まあ、彼にとってこちらは異世界。異界の人間に対してはシビアな価値観を持っているようで――それほどの憐憫や、特別な情はないのだろう。
そもそも魔族が人間に情を向けるなんて、普通じゃあんまりないからね。
極端な話。
人間種の街が一つ滅んだとしても、あーそう……ところで今晩のおかずはどうする? 肉? 魚? それとも両方? で終わってしまう話なのだ。
しょーがないなあ……と助けてしまう私やジャハル君の方が、どちらかといえば特殊なのである。
その辺りには触れず、私は猫口を動かす。
『遠慮してるってわけじゃなさそうだね。もしかして、食事が必要ない種族だったりするのかな?』
魔王様はちゃんと食事を楽しんでいたのだが。
「ま、そんな感じだ――だいたい、食事なんて結局は魔力を溜めるために糧を得る行為。お前さんだって世界に揺蕩う憎悪の力を魔力に変換してるんだから、本来なら食事は必要ないんじゃねえか」
『私が私として在るためには必要な行為だよ。可能なのに食事を楽しまないなんて勿体ないし――つまらないから御免だね』
まあ、もし戦争とかになった場合。
食費を考えるなら、我慢するべきなのかもしれないが……。
そーいう、都合の悪い話も御免なのだ。
私は憎悪を食欲に変換することで暴走を抑えてる部分もあるし。本来なら食事をする必要のない存在とか――そういう話を進めるのは、よくないと思うのだ。
うん。
『さーて、次は、どこにしよっかなあ!』
私は、次のグルメを求めてネコの魔眼を発動させるが――。
べちゃぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁ……。
あ、遠くを見ていたせいだろう。
レイヴァンお兄さんの翼にケバブのタレを零しちゃった……。
しかも結構ガッツリと。
ケバブを包んでる紙包みから、こう……ベチャっと。
……手で拭けば、だいじょうぶだよね?
そぉぉぉっと、猫手を伸ばすのだが――。
「ん? どうした? 俺様の翼にジャレついて……お、なんだなんだ。可愛い所もあるじゃねえか!」
『ふぇ!? な、なんでもないよ?』
よくよく見たら、散々に猫口の横からこぼれた食べカスで――黒き翼をべちゃべちゃにしちゃっているのだが。
脂まみれでテカテカしちゃってるのだが。
もしかして、お兄さん……気付いてない?
「あー、ったく……なるほど。俺様の食生活、ってか、自分ばかりが食べてるのを気にしてやがるんだな? なーに、俺はいいんだよ。食べる事への欲がなくなっている……それだけの話。そう――それだけの話に過ぎねえんだよ」
言って、レイヴァンお兄さんは少しだけ寂しそうな顔をして見せる。
どーしよ。
勝手に勘違いして、なんか愁いを帯びた顔をしてるけど。
ともあれ、チャーッンス!
今のうちに汚れを拭おうと、ケバブの包み紙で翼をふきふき。
よーく、拭き取……れてないね……。
げげ!
よく考えたら。
ケバブを包んでいたベチョベチョ紙で拭いたら、もっと汚れを広げるだけだった!
やばいやばいやばい!
もし翼を誇りにしている種族なら、絶対に怒られる。
「だから、お前さんが食べている姿はまあ嫌いじゃねえんだ。なにか食べたいモノが見つかったんなら、遠慮せずにちゃんと言えよ」
お! やっぱり気付いてない!
優しげな顔をしているし。
翼をべちゃべちゃに汚しちゃったのを誤魔化せるし、話に乗っておこう。
『じゃあ、そうだね。あそこの牛ステーキ串がいいんじゃないかな! 保存しておいて、ホワイトハウルとロックウェル卿へのお土産にしたいし!』
「分かったよ。ったく、猫が遠慮してんじゃねえぞ」
穏やかに微笑んで――ながーい足を牛串屋に向けるお兄さんの肩で、私は猫手をしぺしぺ。
ラッキー!
翼を汚したとバレてないから、セーフ!
おー、濃厚な脂は後で舐めてもおいちい♪
しかし、お兄さんがさっき言っていた話を思い出し。
私も街をきょろきょろと眺める。
もしこのガイラン? の街が滅んでしまったら、この味も最後になるかもしれないのか――。
最後のガイラン……。
最後の晩餐……なんちって!
えぇ……、なにこれ。私の猫頭からこんな言葉が漏れているのか。
……。
んー、駄目だな。つまらないというか、全然繋がってないというか。
そもそも不謹慎……というか。
どうもネズミを見ちゃったからか、残酷……というか、猫魔獣としての冷たい狩人の一面が強く出てしまっている気がする。
ようするに。
ネコちゃんがうにゃうにゃ! っと、走り回って、かわいく暴走する姿を見た事のある者なら分かると思うが。
妙に、意味もなく。
ハイテンションになってしまうのだ。
スイッチが入ったとも言う。
「難しい顔をしてやがるな、考え事か」
『まあね~』
その辺りを誤魔化し手短に返したのだが。
心底げんなりとしたジト目で、お兄さんは言う。
「おまえさんのその貌。弟が何か考えてる時とマジでそっくりなんだよ……。ちゃんと言え。そういう顔をした後は大抵、なんか勝手に突っ走ってやらかしやがるから……気になるっての」
魔王様。
ほんとうに、おにいさん、振り回しまくってたんだね……。
たしかに今回の件で、色々と思う所もあるのだ。
まあ、隠していても仕方がないか。
『んー……じゃあ話すけど。今回は依頼されたわけでもなく、勝手に助けに来ているわけなんだよね。だから――断られたら、じゃあそうですか、なら億単位の飛蝗くんが来ますが頑張ってくださいね。私たちは次に襲われそうな国に拠点を作り、そっちで対処します――ってなるし。この辺りにはジャハルくんも投資してないし、グルメもさほど目立ったモノはないし。私個人としてはともかく魔王軍としては、助けるに値しない地なのは確かなんだよ――だから、流れ次第では見捨てる事になるのかぁって、ちょっと思ってしまってね』
口数が増えているのは、当然。
翼を汚した事から目を逸らす、いわゆる現実逃避も含まれている。
「んだよ、そんなことかよ。別にいいじゃねえか、人間の街が滅ぶぐらい。人命は助けてやるつもりなんだろ?」
見透かされているのなら、誤魔化す必要もない。
『そりゃまあ……民間人はかわいそうだからね』
「まあ、どう行動するかはお前さんの勝手だがな。必要以上に悲しむことも嘆くことも、ましてや無理に手を差し伸べる必要なんてねえよ。どうせ人間なんて種族は、喉元過ぎればなんとやら――なんともまあ、くだらん生き物じゃねえか」
熱さを忘れるというヤツだろう。
昔になにかあったのかな?
レイヴァンお兄さんは人々の顔を、やはりつまらなそうに眺めながら。
煙草を、ふぅ……。
淀んでいく空を見ながら渋いイケおじ顔をし、声を出す。
「あの大精霊のねーちゃんは上手くやってるんかねえ」
鳥のように飛んでいく煙の先を、じぃぃぃぃっぃぃいいっと目で追いながら私は答える。
『ジャハル君の事かい?』
「ああ、そんな名前だったか。あいつ――人間への複雑な感情を抱いてるみてえだったからな。なんか訳ありなんだろ」
勘は鋭い、と。
『まあ――外交官としての彼は優秀だ。よほどの事でなければ私情は挟まないだろう。そして、よほどの事だったのなら、私は彼の行動を肯定する。全てを受け入れ協力しよう。それがこの地の人類を滅亡させる一歩だったとしても、私に躊躇はない。私はね、レイヴァンさん――魔王様が大切なんだ。魔王様の愛した魔王軍を愛している。むろん正直に語れば、人間にも既にそれなりの感情はある……けれど、けれどだ。魔族と人間、どちらを優先させるかとなったら――天秤に掛けるまでもないことなんだよ。つまり――彼の交渉でダメだったのなら、誰が行っても同じだったという事さ。分かってくれるかな?』
穏やかに、ゆったりと告げる私に――魔王様の兄はあそばせていた銜えタバコを止めた。
きっと。
魔王様を思い出したのだろうと思う。
その辺りの感情を奥に仕舞い込むように――やはり皮肉を込めた顔で彼は言う。
「信頼していやがるんだな」
『部下を信じるのが上司の仕事さ――』
ここ、カッコウイイ上司ポイントである。
「信じるのは良いが――女一人を歩かせるのは、どうなんだろうな」
このお兄さん。皮肉屋を気取っているのかもしれないが。
んーむ。
やっぱり、心配してまーすって感情が透けて見えてしまう。
ぷーぷーすかすか。
タバコの量が増えている。
落ち着かないのだろう。
『大丈夫、ジャハル君は強いよ。それも、かなりの実力者だ。なんたって私の側近だからね、身近にいる影響と、本人の努力で能力は向上し続けている』
「そうか――なら、いいんだ」
こっそりと漏らす安堵の息を聞いた私は、少し嬉しく思っていた。
レイヴァンお兄さんは、ジャハル君の力を直接見ていないから不安だったのだろう。
ああ見えてジャハル君は本物の大魔族。
古参幹部に喧嘩を売りまくっていた、過激派で武闘派な一面も持ちあわせる炎帝で炎の大精霊なのだ。
その実力は魔王軍でも飛びぬけている。
実力で得た地位の経緯をちゃんと知らないと、ただ男勝りなだけで、鑑定や探査魔術を得意とする後方支援担当の幹部に見えなくもない。
こっそり最強クラスなサバスくんといい。
今の魔王軍……。
実は、後方支援を担っている魔帝の方が、戦闘専門の魔帝よりも戦闘力も魔力も実力も高いのだ……。
該当者は、大魔帝ニャンコの世話係になっているサバスくんとジャハルくん。
彼等は私と直に接する機会も多く、強さの基準が私よりになっている影響か。他の魔帝に比べると、魔族としての実力の格が一つか二つぐらい上なんだよね。
特にジャハル君は、なんか私にふさわしい側近になろうと修行も怠っていないみたいだし。
まあ、さすがに。
次元が違う私や、ロックウェル卿やホワイトハウルの足元にも及ばないが。
ともあれ。
その辺りの事情を知らなかったお兄さんは、広報担当で後方支援役なジャハル君が人間に囚われないかと懸念を抱いていたのだろう。
つまりは、やはり心配していたということだ。
人間へはそういう感情を覚えなくても、魔族仲間なら――情の深い男なのだろう。
さて。
その情の深いお兄さんには、聞いておきたいことがある。
どうやって切り出すか――タイミングを考えながらも私はグルメ露店に目をやった。
お兄さんも釣られて目をやり。
「あの黒コショウ……最上級炎熱牛ステーキ串ってやつが欲しいのか。いいぞ、ちょっと待ってな」
私が肉球で示す先。
いちばん高い牛ステーキ串を購入したレイヴァンお兄さんは、苦味の混じった笑顔で差し出してくれる。
優しそうな男だ。
いや、実際――優しい男なのだろう。
けれど――。
きっと、この飄々とした男はそれだけではないナニカを持っていた。
『で――そろそろちゃんと聞きたいんだけど。なんでまたお兄さんは、異世界であるはずのこの世界にやってきて、定期的に飛蝗を喰らっているんだい? まさか人助けとは思えないし』
少しの間があった。
お兄さんはあくまでも飄々としたまま。
やがて、口を尖らせ抗議する。
「はぁ? なんで人助けをしないって決めつけてるんだよ。俺様だって人助けの一回や二回……」
冗談で流そうとする小芝居を遮り私は言った。
『だって――君。人間が嫌いなんだろう』
言葉を受け止めて、レイヴァンお兄さんは黙り込んでしまった。
事実だったからだろう。




