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炎熱国家連盟エンドランド ~あたらしいまちはモフ毛が疼く~



 なんだかんだ飲み会に突入してしまった、あの作戦会議の翌日。


 あの後、宴をたっぷりと楽しんだ私達は今、蝗害が発生するだろう地。

 小国が集い群れとなった大国――。

 炎熱国家連盟エンドランドに肉球を踏み入れていた。


 いや、まあ正確にはまだ肉球を降ろしてはおらず。

 観察するために空をふよふよと飛んでいるのだが。

 ともあれ。


 大魔帝ことニャンコ魔族な私、魔族の皆からケトス様といわれる素敵大魔族!

 新天地にも華麗に登場なのである!

 ……。

 まあ、そんなこと言ってる暇は、本当はないんだけどね。


 なにせこの国。

 近日中に発生する億単位の魔力飛蝗やべえバッタくんたちに、蹂躙されちゃうんだし。


 ちょっと先を見れば火山がボコボコ。

 草原も少なく大地も硬く。

 とーぜん、海産物は取れそうもなく。

 野菜系のグルメにも期待できそうもない、しょーもない土地である。


 正直、ちっちゃい国だし。

 覚えている人はほとんどいないと思うが。


 少し前の私の異世界散歩。

 そのきっかけとなった事件。

 ネモーラ男爵こと、謎のマリモ対策会議に参加していた、あの国である。


 騎士団長っぽい端整な顔立ちをしたオッちゃんが、四大脅威と呼ばれる異世界の大魔族とすり替わっていた!

 あの!

 私やロックウェル卿やホワイトハウルに、ネチネチぐちぐち。

 嫌がらせをしていたあの! 連盟国なのだ!


 まあ。

 別に?

 私は?

 心が? 広いので? もう、そんなこと、ぜーんぜん! 気にしてはないんだけどね!


 連れてきているメンバーは、監視の意味も兼ねてレイヴァンお兄さん。

 そして、人間国家とも交流があり、火山地帯の炎熱国家と相性のいい炎の大精霊であるジャハル君の二名だ。


 ワンコとニワトリは、魔王城でお留守番。


 ちなみに――普段もそうなのだが、ジャハル君の精霊国は炎帝の留守の間、妹の蒼帝ラーハルくんが代わりに管理をしているらしい。


 かつては命を懸けた姉妹喧嘩をしていたのだが……。

 あの事件以来、憑き物が落ちたように彼女は明るく聡明、前向きになった。

 本当に僅かな期間の代理とはいえ――その治世への評判もいいようだ。


 あそこの姉妹もちゃんと上手くやっているようで、ちょっと安心してしまうのである。


 さて――ほっこりとしたところで。


 ふよふよと空から観察していた私達だが。

 そろそろ街に入って、行動を開始するべきだろう。


 宿屋を探してえ、観光名所もチェックしてえ。

 更に、グルメもチェックなのである!

 やっぱり冒険にはそういう楽しみが必要だよね~♪


 わくわくドキドキな私とは裏腹。

 人間達の街をつまらなそうに眺め、レイヴァンお兄さんが街の中心を指差す。


「とりあえず、俺様の未来視によると――……あー、あの噴水の広間に降りるべきだと、言ってやがるな」

「レイヴァン様には何が見えているのですか?」


 魔王様の兄、確定という事でジャハル君が敬語モードになっている。


「さあな。俺の能力は道筋を見る事はできても、詳細までは掴めねえんだよ。なんとなく、あっちがいいとか、こっちがいいとか。そういうのは分かるんだがな――魔王と、あのチキン野郎みたいな能力を期待されても困る」


 んーむ、レイヴァンお兄さん。

 優秀過ぎる魔王様に、わりとコンプレックスを抱えてそうな感じである。


 ジャハル君も、同じ掴みにくさを覚えたのか頬をぽりぽりしてしまう。


『まあ、行く当てはないんだ。とりあえずお兄さんの予知ポイントに降りようか。なんか、私もあそこにビビビ! と、来るものを感じるし』

「こんな大魔族が三人同時に顕現したらパニックになるんじゃねえか?」


 たしかに。

 グルメ魔獣認定されている私や二獣が、日常茶飯事的に顕現している帝国ならともかく。

 あまり接点のないこの地に突如現れたら――まあ騒動になるかもしれない。


 しかーし!

 私はそういうことはあまり気にしないのである!


 肉球で肩をべしべししながら、私はヒゲをピンピンさせる。


『パニックになったら黙らせばいいだけだし、行った方が早いよ? お腹も空いちゃったし、降りようよ!』

「ったく――おまえさんがいうと冗談に聞こえねえよ」


 しょうがない奴だと、魔王様に似た苦笑を漏らすレイヴァンお兄さん。

 その渋い横顔に、ハァ……と眉間に手を当てて嘆くジャハル君が言う。


「レイヴァンさま……大変申し上げにくいんすけど、ケトスさま、ガチっすよ? って、ほら、もう魔術を発動――っ」

『じゃあ、行っくよー! ワープ!』


 尻尾を立てて、魔術を発動した私は――転移魔法陣を錬成し、ワープ!

 いざ!

 突入なのである!


 ワープ亜空間で、レイヴァンお兄さんがなにやら言いたげにこちらを見ているが。

 その強面をギロっと尖らせているが。

 てめぇおいこら、一回説教してやると翼をバッサバッサさせているが。

 まあ、気付かなかった事にしよう。


 んーむ。

 早く私の行動に慣れて貰わないと、いちいち反応されちゃうし――困るなあ。


 ◇


 私達が降り立ったのは噴水と、巫女らしき神像が目印となっている街の中心地。

 いかにも異世界の首都!

 といった感じの。

 周囲を防衛用の壁で覆われた都市の、ど真ん中。


 ちなみにここは、エンドランド連盟の首都。

 ――というか、中心都市と言った方がいいのかな?

 こっちの国の在り方について不勉強なので、首都と言っていいのか分からないが――。


 ともあれ。

 一番大きく、国家としての話が出来そうな都市ガイランの街。


 街の中央に鎮座する噴水を目印に。

 北にはお偉いさんの屋敷や役所、大いなる光を祀る教会。

 ギルドや騎士団の詰め所が集まり。

 西は飲食街や武器屋や魔道具屋のショップタウン。

 そして東と南が、それぞれ市井の民が暮らす区画となっているのだろう。


 典型的な作りなので……うん。

 そんなに個性はなさそうだ。

 別に、あの時の会議での一件をいまだにネチネチ覚えているわけじゃないよ?


 とりあえず。

 この中で一番まともなジャハル君が、この連盟の代表に事情を説明しにいくことになったのだが。


「さて、化粧はこんなもんで――完璧、かなっと」


 完全女帝モードで紅蓮のドレスを靡かせるジャハル君は、なぜかじっと瞳を細め。

 レイヴァンお兄さんの肩の上に乗って――うにゃーんとしている私を見る。


「じゃあ、精霊国の王として交渉してきますけど――くれぐれも、勝手に行動しないでくださいっすよ」

『大丈夫だって。ここにはお食事が楽しめる市場があるからね。魔道具屋もあるし。完全制覇するまではどこかに行ったりはしないよ』


 言って私はキョロキョロと市場のグルメを眺めて、ムフフ。

 スンスンと鼻腔が揺れてしまうのである。


 まだ見ぬグルメ! 掘り出し物を求めてマジックショップ!

 あー! いますぐにでも探検したい!


 目をキラキラさせる私を見て、ジャハル君が納得顔をつくる。


「あー、確かに。ここなら街の全体像がよく見えて、ケトス様を足止めできるから……最適なんすね。レイヴァン様がここを指定した理由はこれっすか」

「そういうことだろうな。ったく、こいつはグルメのことしか頭にねえのか!?」


 ハハハ……と苦笑しながらジャハル君も周囲を見渡す。

 その燃える瞳は人間の街を観察している。

 カツリと音を鳴らすヒールから発動している魔術は――精霊族の魂から作られた魔導具を反応させる探査魔術かな。


 んーむ、ジャハル君もジャハル君で地雷ポイントがあるからなあ。

 もしこの街に、精霊族を犠牲にして作られた魔導具があり。なおかつそれを知っていて悪用していた場合……。

 まあ。

 この街は、遠からず全焼するだろう。


 私も止めないだろうし、さほど人間に好意を抱いていなそうなレイヴァンお兄さんも止めないだろう。


 勘違いされてもらっても困るのだが、私は魔族。


 東王国や西帝国。

 エビフライランドや大司祭アイラの黒の聖母教、その他諸々。

 そういった国々の人間達と友好関係を築いているのは、魔族対人間の間に生じる摩擦がない、またはすでに解決している国だからなのだ。


 とーぜん、敵対関係になるならば一発でドカーン!


 様々な経験を得て――丸くなっている私であるが、魔族を利用し悪意を持って接してくる相手に容赦するつもりはない。

 その点。

 私という存在が、憎悪の魔性である事は利点といえるだろう。

 どれだけ人との関係を繋いだとしても、グルメで繋いだとしても根底は変わらない。


 心の奥底では常に憎悪を滾らせ続けているのだから――。

 肉球を翻すことに躊躇がないのだ。


「どうだ。炎帝さんよ、おまえさんは鑑定系統の魔術も得意なんだろ? 飛蝗が湧きそうな気配はあるか?」

「今のところはまだ――何の気配も兆候もありませんね。それらしき道具の反応も……んー、なさそうな感じなんすよねえ。蝗害の発生源は魔導具による召喚ではない、もっと別の何かということっすかね」


 蝗害発生の謎を探るようにジャハル君が呟くも、レイヴァンお兄さんの返答はない。

 おや。

 何か知っていそうではあるのだが……。


 お兄さんはどこから取り出したのか、既に銜えタバコモードになっていた声を低くし――淡々と問う。


「それで、精霊族の魔導具の方は」

「今のところは確認できていませんね――良かったです。もし悪意のある人間が所持し、我等が尊厳を踏みにじっていた場合は――」


 ここまで言いかけて――ジャハル君は少し、焔の魔力が漏れて地面のレンガを溶かしていたことに気が付いたのだろう。

 げげ! っと、眉を跳ねさせて魔術で治し証拠隠滅。

 これ、自分の熱で溶かしたものを操作する力を手に入れてあるのか。


 ジャハル君、地味にレベルアップしてるし。


 人間の平均レベルが上がっているのは前に語ったと思うが、魔族サイドも……平均レベルが上がってる気がする。

 まあ、いいことなんだけどね。


「さてと、とりあえずギルドを通じて代表に会える段取りを作ってきます。ギルドなら大元は共通組織、ウチの国にもあるんでスムーズに話が進むと思うんすよね」

『へえ、精霊族の国にもギルドってあるんだ』


 今度、ゆっくりとジャハル君の国にも滞在してみたいな。

 私、多くの精霊族の命を救った英雄猫だし。

 ……

 ちやほやしてくれて、ご馳走も貰えるのではないだろうか!?


「じゃあケトスさま、ほんとうに、暴れるのだけはやめてくださいっすよ」

『はいはーい! お土産、よろしくね~!』


 行動を開始するジャハル君の背にぶんぶんぶん♪

 肉球を振って――姿が見えなくなったことを確認すると、私は戦闘態勢に入る。

 財布の中身は……にゃふふふふ、完璧である!


『さあ! いざ参らん! 我の好奇心と、ついでに腹を満たすのである!』

「へいへい、つか、おまえ……いいかげん肩から降りろよ」


 レイヴァンお兄さんはおもいっきし嫌な顔をしているが。

 私は知っている。


『えー、いいじゃん! 魔王様もこうしてくれたよ?』

「ったく、俺様はあいつの代わりじゃねえっつの」


 その手は落ちかけた私のモフボディをなでなで。

 猫毛の感触に、ウズウズしているのである。

 つまり。

 この男も、猫好きなのである!


「そういうグルメ巡りとかは、全てが終わった後でいいんじゃねえか?」


 お兄さんはグルメがありそうな場所に脚を向けながら、私に問う。

 この男、けっこうお人好しだな。

 もう、人間と協力してちゃんと事件が解決すると思っているのだろう。


 魔王様の身内、か……。

 やはり、この男の魂は優しい。荒くれた様子を表に出しているが、基本的に善良なのだろう。


 そんな優しい魂の輝きを眩しく思いながら。

 私は魔族幹部の顔で――声で、応じた。


『まあ、こう言ってしまっては残酷に聞こえるかもしれないが……。もしジャハル君が代表とのアポを取ったとしても、だ。交渉が決裂したり、魔族の助けなど要らないという流れになる可能性も低くはない。そうなったら。おそらく、この街は――飛蝗に喰われて滅びるだろう。まあ民間人の命だけはサービスで救ってあげるけれど、商業は壊滅するだろうし。今のうちにグルメを堪能しときたいんだよ』


 一度、言葉を切って私は言う。


『ここのグルメだって滅びて消える前に私の口に入って、後世、私の口からその存在を語られた方が幸せだ。そうは思わないかい?』


 冷淡に猫の口を蠢かす私に――レイヴァンお兄さんは、ぞっとした様子を見せていた。


「マジ笑えねえから、ギャグっぽい空気からの――その淡々とした冷たい口調はやめろっての。アイツそっくり過ぎて、怖えって」

『ははは、悪いね――私はあの方を見て育ってきた。少し、やり方が似てしまうのかもしれないね』


 私は愉快なグルメ魔獣であると同時に、大魔帝ケトス。

 現魔王軍の代表なのだ。


 もし――魔族とこの炎熱国家連盟との国交や接点を作るのなら。

 一度、滅びかけてからの方が都合がいいのだ。

 交渉を有利に進められる。


 もっとも。

 それは交渉が決裂してからの話。

 ちゃんと礼節を弁え、助けを求めてくるのなら――見返りも気にせず助けちゃうんだろうけどね。


 今までだってそうだったし。

 けれど、いつもそうなるとは限らない。


 最近――人間の良い所ばかりと多く接しているから、錯覚してしまいがちだが……人間とは悪い所も多く存在する生き物だ。

 私はそれを忘れてはいないし。

 忘れるべきではないだろう――と、そう思っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり調査と言う名のグルメ巡りになりかけている。 [一言] うん、ケトス様平常運転ですね。(^o^)v ジャファルさんもレベルアップしているようで何よりです。 後、レイヴァンさん動物好…
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