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調査結果 ~炎帝の帰還と過去視の魔術~前編



 魔王様の兄、レイヴァンお兄さんとのグルメ散歩から帰宅し、魔王城。

 最奥の自室。

 夕食の前に一人、毛布の上で身体をぐでーん。軽く親子丼を食べている時だった。


「ケトス様――ジャハルです。入りますよ」

『んー! 開いてるから勝手に入ってきておくれ~!』


 許可の言葉に応じて、焔の揺らめきと共に顕現したのは炎帝ジャハル。

 精霊の国を治める炎の大精霊――私の側近ともいえる、大魔族の一人である。


 いつものアラビアンな格好ではなく、今日は正装モード。

 女帝としての紅蓮のドレスに身を包み、装飾品を装備した上で――髪を結い上げ更に薄い口紅を引いた、完全女王様モード。

 まあ、その素の性格はオラオラ系で結構粗暴だったりするから、ちょっと笑えてしまうのだが。

 ともあれ。


「って、まーた夕食前なのにそんなに食べてるんすか?」

『軽食だよ軽食。これは今日、西帝国の王宮に顔を出した時に貰ったおドンブリ。前回の異世界マリモ事件の報酬だし、ピサロ帝からの贈り物だし、貰い物だから食事にはカウントされないし――うん』


 とろとろ卵って、いいよね~♪


 ジャハル君には私の指令で一度、自らの国に戻り資料を探して貰っていたのだが――。

 帰ってきているという事は……。


 ノリをまぶした親子丼をカカカカカとお口の中に流し込んで――ごっくん。

 私は猫の微笑みでジャハルくんを出迎えた。


『お帰り、早かったじゃないか』

「まあ、大急ぎで用意してきましたからね――それで、レイヴァンさんはどうしてるんすか?」


 会話を聞かれる恐れがないかと、暗に言っているのだろう。


『今は客室で休んでいる――ロックウェル卿とホワイトハウルが監視しているから問題ない。というかワンコとにわとりのあいつら……あの部屋を既に乗っ取る勢いでお菓子とか、毛布とか持ち込んでたからね……あそこを私物化するつもりだよ』


 ジャハル君は、ははは……と苦笑い。


『それよりもだ――任務ごくろうさま。悪かったね、急に頼んでしまって。それで、蝗害や悪食系統の魔性について、何か分かったかい?』

「ええ、バッチリっすよ!」


 にんまりと微笑むジャハル君は、山のように積まれたお菓子ボックスをツツツとどけて――炎の椅子を生み出し、豪快に座る。

 スリットの目立つ、燃える焔のドレスだから太腿とかも結構見えているのだが、まあいつもの事か。


「やっぱり人間界では定期的に、魔力飛蝗やべえバッタイナゴによる被害が出ているみたいっすね。ガラリアんところのあの皇帝にも確認したんで、間違いないと思いますよ」


 言って詳細なデータを魔導書にして渡してくれるジャハル君。

 女帝として精霊国を治めているだけあって、こういう書類仕事も得意だからついつい頼りがちになっちゃうんだよね。


 ちなみにガラリアとは、かつて私が滅ぼした軍事魔導国家の名である。


 種族の大半は人間種。

 今は真ガラリアと名を変えて再建――。

 先祖の暴挙を反省した今の皇帝は平和を誓い、精霊族とも和解。交易まで行っている、わりと魔族や魔王城とも接点のある人間国家なのだ。

 魔道具の最先端技術が集まる地であり、水面も綺麗なオアシスの周りに白亜の王宮を構える――……。

 まあようするに、私の砂漠のお昼寝スポットその一である。


 むろん、この国にも私がグルメ介入しちゃっていたりもする。


『ああ、エビフライくんとも会っていたのか。で、どうだった? 元気にしていたかな』

「ま、関係は良好っすね。って、ケトスさま……アンタ、オレもあんまり知らなかったんすけど。最近も何度も夜に抜け出して、あの白亜の砂漠宮殿に転移して窓を肉球でドンドン! エビフライ! エビフライ! って、夕食をご馳走になってるそうじゃないっすか」


 ジャハルくんとあそこの皇帝さんは国同士のお付き合いがあり、会食や会談などにも、それなりの手順などを踏むのだろうが。

 私にはそういうの、関係ないしね~。


『あそこは私の縄張りの一つだからね、当然だろ?』


 言って。

 私はソースと醤油、どちらもかかったエビフライのぷりぷりの肉感を思い出して、涎をじゅるり。


「ちゃんとお礼言っとかないと駄目っすよ」

『にゃはははは、その辺は大丈夫さ。だって私は、猫だしね! 行けばもう、大歓迎だし!』


 ドヤ顔で告げる私は、魔導書を魔力で浮かべて整頓して並べて見せる。

 占術や未来視。

 そして幸運を引き寄せる祝福を応用。

 どの資料が今回の事件に役に立つか、読み始める前に、魔術と奇跡の複合スキルである程度の選別を行ったのだ。


 むろん、結構すごい技術である。

 実際、ジャハル君は「いつもダメダメなのに、本当に魔術だけはすごいっすね……」と、褒め称え……てはいないけど、感心した様子で私のモフ毛を眺めている。


 せっかく資料を集めてくれたんだからね、ちゃんと活用しなくては!

 なのだ。


 ◇


 あれから小一時間ほど。


 魔導書化された資料に目を通し、おやつをバリバリしながら談笑をしていたのだが。

 ふと。

 気になる記述を見つけ、私はシリアスに顔を引き締める。


 人間世界における蟲の害。

 空一面を覆うような大群と化した蟲による、蹂躙の歴史。

 蝗害。

 かつて転生する前の私の世界でも、似たような現象は稀に起こっていたのだが。


 こっちの虫……魔力、持ってるからね……。


 猫のお髯がぴくりと揺れてしまう。


『なるほどね、発生場所や被害地域はそれぞれ異なるが――大規模な蝗害は百年間隔で起こっているのか。細かい蝗害はちらほらあるが、大陸を飢饉に落とすほどの規模となると……、やっぱり百年か』

「ええ、魔王城の書庫に残されている歴史書とも一致しますね。まあ、人間達の世界で起こった被害なんでこっちではあまり資料は残ってねえっすけどね」


 ジャハル君も資料を読み耽りながら、垂れた髪を耳の後ろに流し――静かに、焔の息を吐く。

 あれ、なんだろう。

 ジャハル君、なんかいつもとちょっと様子が違うな。


 まあ、女帝の格好をしているせいかな。

 深く気にせず、私も資料を読み耽り――。


『ちょうどきっかり百年、という所に何かヒントがありそうではあるんだけどね。魔力飛蝗が育ちきる周期なのか。各地に分散されていた飛蝗が集まる周期なのか。それとも群れのリーダーとなるボス飛蝗の生まれる周期が百年なのか……これじゃあ判断できないね』


 なにしろ蝗の群れに襲われたら最後。

 蘇生魔術も試さない程の無になるほど、骨までしゃぶられ喰われてしまうらしく……資料が少ないのだ。

 人間達、極一部の例外を除き……基本的にあんまり強くないしね……。


『えーと、次に蝗害のやってきそうな時期……百年の節目となるのは……っと……アレ?』


 ひーふーみーと計算する私はとある事に気付き。

 肉球の表面に汗をタラーと滴らせる。


 こういう場合は、まあお約束だとは言え……。

 いやいやいや、まさか……。


 動揺を隠し、もう一度資料を目にするが――やはりそうだ。


『…………』


 現実逃避するかのように私はシペシペシペと毛繕い。

 猫のお手々をペロペロ。

 濡れた手で動揺するお顔を、ふきふき……。


 背中の毛をちょっと噛んで、しぺしぺしぺ。

 うにょーんと後ろ足を上げて、もも毛をしぺしぺしぺ。自慢のモフ毛だしね、ちゃんと手入れをして綺麗にしとかないとね。


 ――と、うにゃうにゃうにゃ。

 丹念にベロを動かしてしまう。


 そんな私に、妙に澄ました女帝顔のジャハル君が言う。


「どうしたんすか? 珍しく弱気な顔をして……まさか、口の上についた親子丼の海苔が剥がれないとかっすか?」

『いや、それも確かに妙に弱気になっちゃうけど……そうじゃなくて、次に蝗害が予想される年って……あー、やっぱり。そー、だよねー。そういう、パターンだよねえ……』


 威嚇するようにモフ毛を膨らませながら、私は言う。


『今年、なんじゃにゃいか……これ』

「やっぱし、ケトス様もそう思います……?」


 ジャハル君も事前に調べてあったのだろう。

 ははは……と嫌な汗を垂らしながら、肩を落とし。


「オレ……実は、さいきん……けっこう人間の国にも投資してるんすよ。人間達って、魔道具の開発も進んできましたし、グルメの開発も凄いじゃないっすか? だから、これ、絶対儲かるなって……。ちょっと国家予算を投資しちまったんすけど……全部食われちまったら……その先行投資は全部パア……なんすよね」


 あー、妙に女帝モードで済まし貌だったのは……。

 これが理由か。


『もしかして君、現実逃避してる?』

「はは……はは。まさか――コノオレが、ゲンジツトウヒなんて……ねえ、ケトス様。魔力持つ飛蝗の群れって、マジで全部、喰って、大移動し続けるんすよね……」


 嘘を言っても仕方がないと、私は頷く。


『まあ、骨すら残さず食べつくすらしいね。人も、家畜も、建物さえも食べちゃうらしいとは魔王様に聞いたことがあるけど』

「オレの、オレの投資が……っ」


 肯定する私の言葉に、ジャハルくんは肌に浮かべた汗をボボボボと蒸発させる。

 あ……黙り込んじゃった。


 何故彼がここまでショックを受けているかというと、答えは単純。

 虫って、実は結構強いのだ。

 単体なら雑魚なのだが、群れとなると話は別。

 本当に厄介なのである。


 以前、人間種の特徴として――優秀なリーダーの下に集まり、群れとなると強い。

 と、人間に協力して戦っている時に少し語ったことがあると思うが――。

 あれと似ている。


 全員が協調し戦う種。

 個にして複数、複数にして個。

 協調こそが、強力な種族固有スキルと言ってもいいだろう。


 個々が協力することによって、群れ全体を強化。

 実力以上の能力を発揮する――集団適応種族と私が勝手に分類しているのだが。


 蝗害とかで発生する蟲の群れも……おなじなんだよね。


 リーダー蟲を中心とした、集団行動に特化された群れ種族。

 その自己バフスキルや自己バフ魔術。つまり――自らを強化する魔力効果は全員共通むれぜんぶに効果が及ぶ。

 ようするに。

 魔力持つ、空飛ぶ虫さん達が味方全体バフスキルなどをやってくるのだ。


 それも全員が。

 万を超える単位で。


 相乗効果でどれほどの強力な魔術になるか、魔術師としては興味あるのだが。

 私が魔術的見地への好奇心にモフ毛を靡かせていた、その横で。


 炎と魔力を滾らせ――。

 目をグルグルさせたジャハル君が、結い上げた長い髪に両手の指を通し。

 頭を抱えるように絶叫し始めた。


「だぁぁあぁあぁあああぁぁぁぁ、どぉぉおおおおっすんすか! 虫っすよ、虫がたくさん湧いてありとあらゆるものを喰い尽くすんすよ!」


 炎帝、パニック状態である。


『おや、ジャハル君。虫、苦手なんだね』

「一匹や二匹ならいいすけど、これ億単位っしょ! 無理っすよ、無理」


 ザワざわぁぁぁぁぁッと、鳥肌を立ててジャハル君は武者震い。


『君も心配性だねえ。まあなんとかなるだろう』

「どうしてそんなに落ち着いてるんすか! アレっすか! ケトスさま、虫とか大丈夫な方なんすか!?」


 この動揺の仕方は珍しい。

 へー、ジャハル君って、虫苦手なんだぁ……。

 今度、なんか私がやらかした時は蟲でも召喚して逃げるか。


 ともあれ、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 私は落ち着き払った上司の顔で、動揺する部下に告げる。


『心配ないさ――百年ごとに発生しているのなら、その都度、誰かが退治しているんだろうからね。今までは人間世界での災害だからと気にしていなかったから、魔族側の資料は少ないけれど――ちょっと、直接現場を見てみようか』


 言って私は亜空間から大魔帝セット一式を召喚。

 モフモフ紅蓮のマントをバサ!

 輝きの王冠を被り――猫目石の魔杖を装備。


『我はケトス――過去を覗きし魔眼の使徒、大魔帝ケトスなり』


 名乗り上げと共に短文詠唱するのは、もはやおなじみとなった過去視の魔術である。


 前にも述べたかもしれないが、これもおそらく未来や運命に影響してしまう危険な魔術。魔王様がお目覚めであったのなら、禁術の一種に指定されていたと思うのだが。

 まあ、気にしない!


 文字通り過去を見る事の出来る魔術なのだが、難点も多い。

 一つは。

 見ようと思えば、相手のプライバシーさえも気にせず何でも閲覧できてしまう事。


 そして、次に提示するのが一番の問題。

 無限ともいえる時の流れの中。つい最近の歴史ならともかく。百年以上も前の歴史から、見たい部分の映像を見ようと思うと……。

 めちゃくちゃ大変なのである。


 考えても見て欲しい。


 規模の大きい図書館に初めて行ったとしよう。

 とある本の、とあるページに書いてある、とある文字を探していたとする。


 そこには司書さんもなく、検索システムも存在しない。

 ただ見渡す限りの本棚があるだけ。


 その立ち並ぶ本棚の中から何の目印もなく、いきなり目当ての本が所蔵されている棚に行くことはできるだろうか?

 まあ、出来たとしても――多少の時間がかかるだろう。


 棚を発見できたとしてだ。

 並ぶ本の中から、背表紙も見ずに目的の本を見つけることが出来るだろうか?

 まず背表紙を探る筈だ。


 そうして浮かんできた背表紙にはズラァァァァアアアアっと似たようなタイトルが書いてある。


 その類似点だらけの背表紙の中から目的の本を探すのは、時間がかかる筈だろう。

 そして。

 目的の本を見つけることが出来たとして――その中の何ページ目の何行目、何文字目に目的の文字があるのか一瞬で探ることが出来るだろうか?


 ――と。

 延々と魔術による探査と調査を繰り返す必要があって、ひっじょおおおおおおぉぉぉに難しいのである。


 有史以来。

 これと類似する魔術が私以外にそれほど使われない理由、深く研究されない理由は、そういう所にあったりもするのだが。


 じゃあ、何故私は使えるかって?

 そりゃあ――まあ、自慢だけど。

 大魔帝たるこの私なら、そういうこともできちゃうんだよね。


 かなりの演算能力が必要なのだが。

 私――魔王様の愛弟子で、稀代の天才猫だからね。


 さて、自慢はこれくらいで十分か。


「どうっすか? 見つかりそうっすか?」

『んー……百年前の襲来は駄目だね、ちょっと写すのに時間がかかり過ぎる。魔族と人間との大戦争で、魔力の乱れが酷い……ここを探すよりも二百年前に飛んだ方が早そうだ』


 それに、もし……。

 魔王様のお姿と敵対する勇者たちを見てしまったら……私は自分を抑えきれなくなってしまうかもしれない。

 その辺りは敢えて語らず、私は魔力の流れを辿り――。


 該当する時空を把握した、その瞬間に――くわっ!

 目を見開き――!

 肉球を翳し。

 魔力を投射!


『じゃあ、二百年前の飛蝗襲来を映すよ――』


 猫目石の魔杖から投射した光が――記録クリスタルに映像を流し始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジャハルさん、実は虫ダメだったんですね。 [一言] うわ~人も骨ごと食らい尽くす飛蝗とか最悪だ!
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