闇夜の侵入者 ~最強の護衛軍団~後編
戦火の広がっていた魔王城上空。
ギャグやノリだけでは逃走すらも不可能な二匹の獣神。
白銀の魔狼ホワイトハウル。
霊峰に住まう神鶏ロックウェル卿
彼ら二柱を魔王様の扱う魔術でなんとかやりすごしたのは、翼持つ黒衣の魔族。
アウトローな不精髭の似合うワイルドハンサム男。
魔王様の兄を名乗る強者――レイヴァン。
口を開かず、ふっ……とたばこでも吸っていたのなら。
その渋くいかついダンディで。
年上好きの女の子から、ちやほやされそうなのだが。
口を開けばきっと――。
「ぜぇ……ぜぇ!? ああん!? なんだったんだ、いまのは!? 俺様。マジ大ピンチだったわぁ!」
アウトローってより、チンピラだよね……。
えぇ……これがもし本当に魔王様のお兄さんだったら、やだなあ……。
――と。
思っていたのは大魔帝ケトスこと、この私。
魔王城の結界の中から、夜空を見上げる魔王様の愛猫ニャンニャンである。
現在、絶賛みんなから守られ中なので、大人しくしているのだが――。
はてさて。
「ったくガチで、あぶなかったぜ。今のは嫉妬の魔性だろ!? それにあのニワトリは怨嗟の魔性だろう? んで、ケトスっちが憎悪の魔性だぁ? さすがに……もうヤベエやつはいねえ、だろうけど……マジ危険すぎるだろ! この城……っ!」
不精ひげを擦りながら呆れかえる男。
色々と考え込んで出した、彼の結論は――。
「おいーッ!? ケトスとかいう弟の眷属ー!? てめぇー! こりゃ、いったいどうなってやがるんだーぁぁぁぁああぁぁぁ!?」
怒鳴るだった。
『にゃははははー! ごめんねー! でも、私だけのせいじゃないし―! そーもーそーもー! 魔性を拾ってきたのはー! 私じゃなくてー! 魔王様だしー!』
音声魔術に音声魔術で答えて、私はモフ耳をぶわっと膨らませ猫笑い。
必殺!
責任転嫁である!
『文句ならー! 魔王様が起きた後にー! 本人にー! 言ってー! おくれー!』
「限度ってもんがあるだろー! これ、ぜってぇえ! 世界そのものからー! 目をつけられてるだろぉぉおおおぉぉ!? あぶねえってレベルを超え過ぎてるっての! ラインを考えろ、ラインをぉぉぉぉ!?」
ぜぇぜぇ……と、全力で唸った彼の声が魔王城に響き渡る。
まあ、もっともな指摘である。
その嘆きと驚愕の声を聴きながら、私は猫の腕を組んでうんうんと頷く。
いや、ほんとう。
まじでその通りだよね。
私が言うのもなんだけど、この魔王城……かなり危険地域すぎるのだ。
少し話は長くなってしまうが――これ。
結構、重要な事なのである。
あのレイヴァンという魔王様の兄を名乗る男も、おそらく考えている筈だ。
本当なら新たな勇者やら、異界の英雄やらが出現。
世界のバランスを保とうとする力が働いて――魔王様と勇者との戦いが起こった百年ほど前のあの戦争のように、歴史に残る大事件が起きるはずだ――と。
いわゆる運命と言われている、抗いがたい強制力の事だ。
簡単にいってしまえば、悪は正義に倒される。
そういう単純な流れの事である。
私を含め、単独でさえ危険。本気になって暴れれば――世界を破壊できる連中がここまで揃っているなんて有史以来初めてなのだろうと思う。
言ってしまえば私達は悪。
必ずや、それを消去しようと正義が発生するはず。
だからこそ、本当は勇者の再出現をもっと本格的に警戒しないといけないのだが――。
それが発生していないのは――にゃふふふふ。
まあ私がちょいちょいっと魔術を使って、運命を誤魔化しているのである。
これでも私。
今、分類されるとするなら、本物の力ある大邪神だからね。
さらに自慢を付け足すのなら――。
運命を左右する幸運値をある程度操作できる、招き猫としての特性も持ち合わせる猫魔獣。
そのトップクラスの獣神なのだ。
それくらいできてしまうのである。
もういっちょ、更に付け足すのならば。
とある事件をきっかけとし、私はこの世界の主神である大いなる光とも交流がある。
世界を支えるシステムで柱の一つである主神。
かの女神と、悪くない関係を築いているおかげで――、一概にこの魔王城が完全なる悪の巣窟である、とは言えなくなりつつなっている筈だ。
もっとも、世界のバランスを保とうと勇者っぽい何かが発生するとか。
強大すぎる力が発生すると、世界が目をつけ運命が悪さをするとか。
その辺りは、あくまでも世界生物論を読み解いた魔王様の仮説。
証明できていないから、本当なのかどうかは分からないんだけどね。
まあ実際。
世界を維持するのが絶対正義だと。
勇者の関係者と呼ばれる、目的のためには手段を選ばない――ぶっとんだ連中がいまだに暗躍していたりもする。
世界を存続させようと、裏で動く勢力が存在するのは確かなのだ。
それが、世界そのものなのか。
そういうカルト宗教なのか。
世界を見守るナニカなのかは分からないが。
まあご愁傷様。
今は一番、忙しい時代になっているとは思う。
最近、世界からの干渉を受けず、更に世界へ干渉できる魔術――いわゆる禁術を使いまくっている、とある猫のせいである。
麗しくも気高いその魔猫のおかげで、死ぬべき筈だった者が運命を捻じ曲げられ助かったり。
まだ滅ぶ筈ではない巨悪が、運命を捻じ曲げられ先に滅んでしまったり。
良い事も、悪い事もたくさんあった。
禁術による干渉とネコちゃんの気まぐれで、世界のバランスが、そりゃもう……めっちゃくっちゃになっているからね。
こんなに滅茶苦茶なのに、致命的な問題が起こっていないのは――。
もしかしたら――私がその芽を、芽の状態で摘み取って散歩しているおかげなのかもしれない。
そう、つまり!
自分で尻を拭っているので、なーんも問題ないのである!
私の考えていることがなんとなく分かったのだろう。
私の横で、炎の大精霊である炎帝ジャハル君が諸悪の根源を見る顔で――私をちらり。
まあ、だいたいは私のせいなんだけど。
その辺は敢えて。気にしないのである!
さて、話は逸れてしまったが。
候補の一つとして。
今、目の前にいる大魔族は、そういったバランスを保つためにやってきた現象の一つである可能性もある。
そんな問題候補のレイヴァンお兄さんであるが――彼は既に次の相手の罠にハマっていた。
黒衣と翼を翻す、その肉体の周りに妖しいピンクの魔力が漂っている。
「って、今度はなんだ!? なんか身体が火照って……これは、まさか――ッ!」
いかつい貌を紅く染めて、荒い息を漏らし始める変質者レイヴァン。
彼の前に発生する幻想的な魔霧。
その中にゆらりと浮かぶのは、一匹の巨獣。
長くモフモフな獣の尻尾が、ゆらり……ゆらり。
煽情的な甘ったるい声が響く。
コーン……と、精神を揺るがす狐の咆哮と共に、それは顕現した。
『ふふふ、いまさら気付いても遅いわ――もうあなたはアタシのテリトリーの中。彼らのおかげで、接近に気付かなかったんでしょうけれど、甘かったわね』
「ちぃ……っ!? 精神感応能力者か……――っ!?」
周囲を見渡し、レイヴァンお兄さんとやらがバッと結界を張り巡らせる。
――が。
『残念ね。もう遅いって言ったじゃない――ふふふ、あなたは既に我が手のひらと肉球の上』
口元を手で覆いながら。
レイヴァンお兄さんは、目つきを鋭く尖らせる。
「他者を誑かす幻獣――魔狐……色欲の魔性だと――っ」
『そう――アタシこそが、魔猫の君ケトス様に助けられた魔性が一柱。人はアタシを死の商人、フォックスエイルと呼ぶわ。狐は恩を忘れないのよ?』
名乗り上げ――それ自体がやはり魔術となって霧が発生。
狐火を纏い、少し斜めに敵を見て――狐はふふふと妖しく嗤う。
『それよりも――さっきあなた……良い事を言っていたわね。勝てないのなら戦わなければいいだけの話。それはあなたにも返ってくるって、ご存じだったかしら?』
夜空の月が、魔狐の魅了ミストによってピンク色に染まっていく。
『かつて敵対した魔猫の君。彼には全然効かなかったけれど、精神耐性を貫通できるのなら――あなたはアタシの敵じゃないわね』
言って、狐は舌なめずり。
零す微笑は男女を問わず惑わす魔性の笑み。
彼女もうちの居候である。
長いのんびり魔王城暮らしの中。金と男で、体力も魔力も神通力も取り戻していた女狐。
正真正銘の色欲の魔性で、ヤベエ奴。
ちなみに、焦げたパン色のお手々がキュートなこの狐も、一匹で世界を混沌に落とせる程にはクソ強い。
「うわ! まじかよ! マジもんの本物は初めて見たぜ、まさか色欲の魔性まで使役してやがるのか!? なんなんだこの世界最恐を取りそろえた伏魔殿は!? やべ……っ、最近、やわりゃかいおんなのきょと、あんま、あそんでなかったから……っぐ」
これは――終わったな、レイヴァンお兄さん。
フォックスエイルの色欲の魔術に囚われた。
もうその時点で勝負はついたようなものである。
まあ、どうやらフォックスエイル側も、この男の防御結界を貫通できないようだが。
はてさて。
『あら、あなたけっこうなワイルドハンサムなのに、勿体ないわね。退治された後で、たっぷりと遊んであげるわ』
誘惑の香水を巧みに操る魔狐が、ピンク色の八重の魔法陣を妖しげに揺らし――叫んだ。
『今よ! みんな、やっちゃってちょうだい!』
あ、地上で待機していた古参幹部が力を合わせて九重の魔法陣を展開しだした。
なかなかの魔力コントロールである。
あいつら、私が散歩をしているうちにまーた強くなってるな。
まあ、格闘ゲームにでてきそうな戦闘狂が多いし、修行でもしていたのだろう。
あいつらの最終目標は、私と同じぐらいの戦闘力を持つ事らしいし。
けれど、相手も上手だった。
ぺろりと長い舌で唇を湿らせ、瞳を紅く輝かせる。
「こいよ! ほら、たっぷりやらせてやるって、なあ!?」
変質者お兄さんは翼をバサァァァァァアっと広げ、九重の魔法陣の直撃を受ける。
あえて受けて、短時間とはいえ魅了状態を解除したのだろう。
「紅き月よ! 狂気と力を我に――!」
その瞬間――男は自らを狂戦士状態にするルナティック系統の自己強化を発動。
フォックスエイルの精神感応を無理やり和らげる作戦に出たか。
「いいぜ、ああいいぜ! この感じ、たまんねぇな! だが――それじゃあ俺様は落とせねーよ? くるぞくるぞ、ああ、くるぞ! その力、使わせて貰うぜ!」
狂戦士化の影響か。
支離滅裂にそう言って、レイヴァンお兄さんは流れた血文字による古式魔法陣を展開。
これも、見たことがある。
魔王様もお使いになっていた魔術。
攻撃してきた魔術やスキルの魔力そのものを奪い吸収――無効化する、カウンターマジックである。
九重の魔法陣による波状攻撃をその身で受けて吸収!
気取った仕草で闇の中を踊る。
「ふふ、ふははははは! 甘かったな? ええ、おい。未熟な魔族とお嬢ちゃん達! そういう単純な高出力攻撃は結構奪いやすいモノなんだぜ!」
お相手さんは、魔王軍の攻撃を吸いながら勝ち誇っているご様子。
なかなかご満悦のようで、不精髭をスリスリ――筋張った長い指で擦りながら、むふーっとしている。
無敵に思える吸収魔術に見えるが――当然弱点もある。
よくある吸収し過ぎて破裂しちゃったりするアレである。
さすがにそんな間抜けはしないだろうけど。
「まあ、この俺様ほどの実力があればこそだけどな、ふははははははは! 色欲の魔性の誘惑をといてくれて、あんがとよ!」
再び次元の狭間に逃げ込んだみたいだけど……。
私は知っていた。
あいつらが、そんな簡単に逃がすはずがないと。
これ、古参幹部連中の罠だな。
次元の狭間は逃げるには最適な場所だが、それ故に読まれやすい。
私は男が出てくるだろうポイントに猫目を向けて。
あー、やっぱり。
なんか……地上で、待機している人影がある。
謎の男を狙うその姿は……たぶん……ファリアル君。
血染めのファリアルの二つ名を持つ、人間であり憎悪の魔性の器たる超越者で――稀代の天才錬金術師。私ですらドン引きする手段を平気で取る、外道な英雄なのだが。
これ。
一番捕まっちゃいけない奴に、捕まったんじゃ……。
案の定。
次元の隙間に向かい、ファリアル君はぎしりと闇の微笑を浮かべ。
「その油断が命取りですよ――」
言って――ポン!
魔道具を放出。
闇夜に広がるのは、無数の蟲の群れ。
なんだろう、あれ。
猫毛がぶわぶわーっと拒絶するように、逆立ったけど。
この私ですら猫肌の立つ、異形なる昆虫なのだろうか。
「ん? なんだ!? なんで、人間が魔王城にいやがるんだ!? え、全てはケトス様のためにって……!? 待て待て待て! それは……っ、さすがに駄目だろう! 俺様好みの綺麗な顔をしてるくせに、なんてモノを使う気なんだ、てめえ! ぐえぐぅぶぶぐ! それは、マジで、やば……ぃ……」
何をやったのか分からないが……。
ファリアル君の外道戦術が直撃。
逃げ回っていた闇夜の侵入者が、ついにやられたようだ。
フォックスエイルと古参幹部連中。
そしてファリアル君が手を組んで、罠を張っていたのだろう。
わざと逃がして、狙いやすい位置に誘導していた――という感じかな。
まあフォックスエイルの幻影に囚われた時点で、もうその後はやりたい放題できるからね。
こればっかりは相性の問題なので仕方がない。
ともあれ。
これで、とりあえずは大人しくなった。
「ゴキ……ブ……ィ、を使うのは――世界協定……いは……ん」
と、敗因を呟きながら。
ひゅ~ぅぅぅぅぅぅ、ぽとり。
私の前に落ちてきたのは、ボロボロになった一人の男。
おそらく、今回の事件のきっかけとなった紅き手紙の差出人。
魔王様の兄を名乗った男であろう。
関係者だというのは、使う魔術を見る限り間違いないのだが。
てか、ファリアルくんが呼び出してた無数の蟲って……。
魔力持つ通称Gの群れ……。
いやいやいや、考えるのは止めておこう。
さすがにグロイし、えげつない。
あー、遠くで良かった……。
困惑しながらも庇うように私の前に立つ炎帝ジャハル君。
鑑定の魔術を発動する彼が、危険がないかチェックをしながら私に言う。
「ケトスさま……まさか、この人って」
『まあ、このタイミングだ。十中八九、黒のなんちゃらさん。自称、レイヴァンお兄さんだろうね』
いや、ギャグみたいな展開で簡単にやられてしまったが……。
この男。
私ほどではないが、かなり強いようである。
あの連中に危害を加えず、反撃しないでそれなりの時間を逃げ回っていたのだ。
当然、誰にでもできるような事じゃない。
つまり。
本当に魔王様の兄、という可能性がでてきてしまったわけで……。
『えー……どーしよ。……。本物だったら絶対に面倒なことになるよね……』
「そりゃ……用がなければこないでしょうしね。んー……魔王様のお目覚めまで城に滞在するって言われても――まあ、たしかに……どう扱ったらいいか、悩ましい所っすね」
『だよねえ。眠る魔王様の身柄を引き渡せ――なんていってきたら、私、拒否して全力で暴れて、世界の半分ぐらいはネタ抜きでふっ飛ばしそうだし――魔族として力のぶつかり合いの勝負で勝ったんだし、このまま……埋めちゃおうか?』
と、砂をかけるように私は猫足を、ざっざっ!
わりと真剣に思っていたのだが。
ジャハル君が私の肩をがしりと掴んで、
「いや、それはさすがにまずいっしょ……」
と、首を横に振ったから止めておこう。
◇
はてさて、これからどうなるのか。
まあ、とりあえず身柄を厳重に封印拘束しつつ起きるのを待って。
話だけでも聞いてみるしかないか。
ともあれ、皆に守られたのは確かなので。
心配して寄ってきた我らが仲間に向かい、背中を向けたまま私は言った。
『そうそう――言い忘れていたけれど。ありがとう君達。その、なんだ……守ってくれて嬉しかったよ』
――と。
仲間たちの集う魔王城。
ちょっと目を逸らしながら。
うにゃうにゃーとしてしまう、私なのであった。
歓喜でぶわっと膨らんだモフ毛が、靡く。
まあ、ようするに。
嬉しいが、ちょっと気恥ずかしいのである。
だって、私。
ネコだからね。