闇夜の侵入者 ~最強の護衛軍団~前編
大魔帝ケトスこと、私が見守る中。
魔王城上空に大魔術の閃光が轟き叫んでいた。
侵入者を退治しようと――待ち構えていた魔王軍。
ちょっと軽く世界を破壊できるラスボスレベルの連中が、完全フル装備で待機していたのに侵入してきたバカがいたのである。
おそらく私に紅き手紙を差し出した、張本人。
その名はレイヴァン=ルーン=クリストフ。
現時点では暫定――魔王様の兄を騙る、詐欺師である。
そんな詐欺師に向かい、ロックウェル卿がクワクワクワクワァァァァァァァ!
羽ばたく両翼の先端から十重の魔法陣をダブルで生み出し。
くわぁッ!
『滅びよ――我が友をさらおうと企む変質者よ!』
たぶん世界最強クラスの極悪ニワトリこと、ロックウェル卿の本気の魔力が大気を揺らす。
そのおかげだろう。
魔力による知覚感知を遮る魔霧が晴れ、両方の姿がよく見えるようになっていた。
対する相手は、魔王様のお声に似たアウトローっぽい謎のダンディ壮年。
姿は……不精ひげを生やした魔族。
背に堕天使というかカラスっぽい翼をもつ、シャープでいかつい印象を与える黒衣の魔族である。
フォックスエイル辺りが彼を見たら、まあワイルドハンサムさん! と喜んで魅了するのだろうが。
ともあれ。
あのロックウェル卿の攻撃をギリギリとはいえ受け流しながら、謎の男は指を鳴らす。
十重の魔法陣で石化状態を解除しているのだろう――治療をしつつも、くわっと鋭い眼光を見開き、怒鳴りだす。
「ちぃ!? ふざけんなよ、このクソ鶏! この俺様を誰だと心得る、聞いて驚き跪きやがれ! かの魔王の兄にして……」
『余には興味のない話。たとえあの方の兄だとしても、我が友を傷つけようとするのならば――滅ぼす、ただそれだけの話である!』
大魔族同士の戦いで生じる閃光が、夜空を更に輝かせる。
え、どうしよう。
ロックウェル卿、洒落じゃなくて本気を出してるし。
あ、魔王様の兄を騙るダンディ鴉魔族君、鑑定の魔術を使い始めた。
「はぁ!? こいつ、マジ強えぇじゃねえか! つか、怨嗟の魔性だと!? なんでこんなところに!? 全ての先を見通す神鶏。霊峰に隠れ住む伝説の魔鶏が……って、痛い。痛いだろうが! 目はやめろって! ゴラァァァァ!? 本気でぶっとばすぞ、このチキン野郎!」
二人の戦いは人知の届かぬ領域に及び。
時空と次元を超えて、ドガドガドガ!
異世界とこちらの狭間の場所。
かつて――ネモーラ男爵という、異世界の大魔族が潜んでいた空間にまで広がっている。
こちらから目視できないから、できたらこっちでやって欲しいんだけど。
そんなネコちゃんの困惑を知ってか知らずか。
片方が、メリメリと次元を切って戻ってきた。
その翼の持ち主は……あー……アウトロー変質者の方でやんの。
闇の虚空……次元に生じる隙間の中から声が響く。
「あぁ……逃げ切った。なんだったんだ、あの極悪鶏は。マジ、ビビったぜ。ったく、アレがここの最強護衛か……まあ、遠くに置いてきたからしばらく大丈夫だろうが、どーなってんだ……ここ。まあ、いい終わった事だ」
へえ、あのロックウェル卿から逃げ切るなんて。
すごいな。
魔力による音声拡張魔術で男は闇夜に問いかける。
「あー! あー! なあケトス! 聞こえてるんだろ!? てめぇを迎えに来てやったんだ……って、今度はなんだ?? はぁ!? ケトスさまを守るんだって……うげぇ!? こいつら! ブ、ブレイヴソウルじゃねーか!? しかも、なんかクイーン種までいやがるし!?」
空間転移をしてロックウェル卿から逃げ切ったのだろう。
が――次は黒マナティに捕まったな……これ。
「なななな、なんでだよ!? 主神はおろか、弟ですらも浄化できなかった最上位を超えた消去不可能の究極死霊。そんな天変地異と偶然、遭遇するなんて……、いやいやいや、ありえねえだろうが!?」
モキュキュモキュキュ!
黒マナティが、かつて私と戦っていた時のような戦術を取り――空を支配し始める。
「って、やめ! ふざけんなよ、おい、なめてんじゃねーぞ!! この俺様に同族化の呪いは効かないから無駄だって! だ……けど、痒いから! やめ、ゴ、ゴラアァァッァァア! 翼をもごうとするな! マジふっ飛ばすぞ!? なーんて、言うと思ったか? てめえらが反射攻撃をしてくるのは知ってんかんな! そんなパンチを喰らってもこっちからは攻撃なんて、って――」
一瞬、言葉が途切れて。次に轟音が鳴り響いた。
「はぁぁぁぁぁあああああああああ!? なんで因果を無理やり捻じ曲げる栄光の手、その進化種が一緒に行動をしてやがるんだ!?」
もきゅもきゅもきゅきゅ!
わーしゃわしゃわしゃ!
分類すると、死霊コンビの彼らが見事な連携を見せ。
ゴゴゴゴ、ゴガァァァァァァ――――ッ!
閃光が轟く亜空間。
魔王城上空で、血塗られた手と黒マナティによる協力魔術が十重の魔法陣となってぶっ放されている。
これ、次元の狭間を行ったり来たりしてるからいいけど。
ちょっとでも……戦いの余波が、人間界に飛んでいったらヤバイことになるんじゃ……。
あ、またあの変質者。
黒マナティと血塗られた栄光の手から逃げ切ったな。
まあ、かなり魔力も体力も消耗しているようだが。
「ぜぇ……ぜぇ……まじ危なかったぜ……どういう組み合わせだ、こりゃ。ありえねえだろ……」
ぷぷぷー!
ちょっと弱気になってて笑えるんですけどー!
しかし、なんかギャグっぽい相手だが――。
あの連中から逃げ切るって。
わりと凄いぞこれ。
偉大なる魔王城を、くわっと睨みながら男は吠えた。
「つか、なんなんだこの城は!? 異界を含め、世界全てを破壊でもするつもりなのか!?」
いや、勝手に集まっただけだし……。
「ったく、あいつ、我が弟ながらなんてモノを眷族に使ってやがる!? お兄ちゃん、心配しにきてやって正解だったぜ」
肩で息をしながら、ボロボロになった翼を手で払いながら男はボヤく。
そのいかつい貌もぐぬぬとなっていて。
だんだんと青褪めている。
「まあいい。あー! こほん! 今度こそ。待たせたな。聞いているかな、ケートースーくーん! 俺様は、俺様こそがかの有名な黒薔薇の貴公子、その名も……って――嘘だろ、またかよ」
両翼を広げ私を呼ぶ、その真後ろに雷鳴が轟く。
鳴り響く稲光が、複雑怪奇な魔法陣を描き出す。
神の力による召喚転移だろう。
顕現したのは――白き光と闇の獣。
「今度はシベリアンハスキー!?」
『我はホワイトハウル。汝を裁定せし――聖にして魔。魔にして聖たる神獣の長。ケトスの友である』
あ、やべえやつ。
きちゃった。
このワンコ……一応、というかもう半分ぐらい主神状態だしなあ……。
「おー! もふもふワンワンじゃねえか! これはあの極悪鶏と死霊とは違って話のできそうなタイプだろうな――って、なんだ、おまえさん。その神聖な波動は……それに、口を開いて溜めているのは魔哮か!?」
『問答は不要である。汝の罪を教えよ。いや、それも無用であるか――ケトスをかどわかそうとする、その罪は――明白!』
裁定の神獣が司る審判の天秤が、世界に顕現する。
ホワイトハウルは犬目を、ギロリ。
『せめてもの情けだ。良き来世が訪れる事を願ってやる――このまま滅びるが良い!』
かなり、マジでやっちゃう気らしい。
「はぁぁぁぁぁあぁ!? てめえ、主神クラスじゃねえか! ……ちょっと、まて! 俺様は神聖とか、光とか、輝きとかって、そういうの、苦手で! バ、バカやろう! それ……っ、やめ! マジで直撃したらクソ痛ぇやつじゃねえか!?」
本当に問答無用なのだろう。
ホワイトハウルはワンコとしての顔ではなく、神の顔でくわっ!
牙を剥き出しに唸り――魔力を解き放った。
『魔力――解放。冥府魔狼の大審判!』
キィィィッィィィイイイイイイン!
主神として力を解き放つ、ホワイトハウル。
その裁定天秤魔術が発動したのだろう。
罪の意識のある者から魔力を奪い取る、回避不能なかなり凶悪な魔術である。
不法侵入の罪を裁かれ、強制的に魔力を奪われた影響がでているようだが――。
謎の男もまた、翼をばさり!
両翼の先と、広げる手の先から血文字による魔術を詠唱。
「我、世界と共に歩む者なり――顕現せよ、我が叡智に眠りし混沌よ!」
魔力を吸収されつつある環境で、特殊な魔法陣を展開。
これは――。
また神話系統を再現する魔術かな。
「捧げよ――汝らの罪は明白なり」
男の宣言に従い――世界が一瞬、軋む。
原罪と裁定のぶつかり合いになるな、こりゃ。
ホワイトハウルが相手の底知れぬ魔術を訝しんだのだろう。
警戒するように距離を取る。
『これは――神話魔術か。貴様、いったいなにものだ?』
「だから言っただろ。魔王の兄にして、黒薔薇の貴公子。レイヴァン=ルーン=クリストフ様だよ――さあ集え、我が眷族。疫病を運ぶ邪悪なる破壊者よ」
輝く夜空に、紅き瞳のネズミが無数に生まれだす。
男の魔術に導かれたのだろう。
それはまるで紅き星々。
空に――紅い輝きが、ぶわぁぁぁぁぁぁああああああっと一斉に広がっていく。
静かに観戦していたのだが、私の毛がぶわりと膨らむ。
『うにゃにゃにゃ――ッ!! うなんなうなな!? うにゃうにゃ!』
あ、やばい、うずうずとしてきた。
ネズミはまずい……。
ぼっふぁぁぁぁぁぁと膨らむ尻尾。ついつい、飛び出てしまう猫の声。
「ケトスさま!? まずいっすよ、どうどう! ほら、大好きなチーズでも齧って落ち着いてくださいって!」
『は! 私はなにを……おー! チーズじゃないか!』
むっちゅむっちゅとチーズを喰らって、観戦モードに戻る私。
はあ……と安堵するジャハル君。
なんという罠。
なんという誘惑――これ、ジャハル君が傍に居なかったら危なかったな。
そんな動きを知ってか知らずか、戦場では動きがあった。
深い皺を刻んで口角をつり上げる不審者、レイヴァンくん。
魔王様の兄を騙る。
その力は伊達ではないのだろう。
男の翳す指先が、ホワイトハウルの眉間を指差す。
「神話――解放、アダムスヴェイン! 捧げし金色脱鼠の逃走劇!」
『な……っ!? アダムスヴェインだと、この魔術は魔王様の……しまった――っ』
魔力煙で象られた金色のネズミが、ホワイトハウルの身体を包む。
あー……これ知ってる。
魔術系統こそ違うが――使い方や魔術式はほぼ一緒。
魔王様が、たまに使っていた強制逃亡魔術だ。
本来なら自分だけが敵から逃げるための、スパイや忍者、諜報員の職業にある者の魔術なのだが――魔術式を弄り、その対象を敵に指定。
強制的に相手自身を逃がしてしまう。
という、姑息な使い方のできる実はけっこう便利な魔術の裏技である。
もちろん、この魔術は私にも使えるし。
原理を知っていれば防ぐのも簡単なのだが――こんなせこい使い方を想定している者は少なく。最初の一回は大抵、決まっちゃうんだよね。
実際、ホワイトハウルは金色鼠と共に――天界の自室に強制帰還させられたみたいだし。
ロックウェル卿も霊峰に戻されたのかな。
どんな格上でも、いや格上にこそ効果のある戦術。
さすがにロックウェル卿やホワイトハウルには勝てないと、踏み、同じ罠に嵌めたのだろう。
あの二獣と同格か、そのちょっと下で。
なおかつ姑息な手段も得意とは、けっこう厄介な相手である。
「勝てないのなら戦わなければいい、ただそれだけの話ってな。ふふ、ふははははは! 俺様ってば、やっぱり輝いてる、輝いてる!」
あー、この感じ。
この飄々とした空気。
戦場なのについうっかり、油断してしまう所も似ている。
私はジト目で相手をじぃぃぃぃぃいっと見る。
本当のお兄さんかどうかはともかく。
マジで魔王様の関係者だな、これ。
そんな。
闇のお兄さんに向かい、新たな最強護衛が近づき始めていることを――彼はまだ知らない。




