ダンジョン攻略 ~大魔帝の魔術~
あれから数時間後。
いわゆるダンジョン。
私達は忘れられた鉱山と呼ばれる、既に採掘限界を迎えた坑道に足を踏み入れていた。
使われなくなった施設に魔物やゴーストが棲み付いた、よくあるパターンのアレである。
暴君ピサロ帝の名の下。多重結界を施され、この地は厳重に封印されているようであるが、まあそんな事を気にしていられる事態ではないだろう。
こんなもん、勝手に侵入したモノ勝ちである。
一応、結界の解除は脱走のプロである私にかかれば一瞬であったと自慢しておく。
◇
魔力照明を灯したカンテラが、土の壁をほんのりと夕方色に照らしている。
空気は重く、少しだけ酸素が薄いか。
なぜこんな、肉球と指の間に砂利が入り込んでしまうような鬱陶しいダンジョンに来ているかというと。
答えは単純。
私と魔女マチルダが協力し探査魔術で負の魔力の流れを調査した結果。
ここに、邪悪な魔を引き寄せる魔術装置のようなナニかが設置されていると判明したのである。
まあ私もその邪悪な魔に含まれているわけだが。
……。
そうなのである。
どうやら私もまた、ロックウェル卿と同じく意図せずこの地に引き寄せられていたようなのだ。
ただド田舎の名物料理が気になって遊びにきたと思っていたのに、それが何者かの意図で招かれたのだとしたら。
ぐぬぬぬぬ!
にゃろー、この大魔帝ケトスさまを招くとは良い度胸だ!
しかし。
私ほどの魔族を引き寄せるほどのナニか、か。
自慢ではあるが、これでも私は大物なのだ。そんじょそこらの魔術儀式で呼べるようなレベルじゃない。
よほどの事件が絡んでいるか、あるいは。
思考に耽る私の耳に、硬い男の声が届く。
「この辺りからはモンスターが出るからな、全員、気を引き締めろ」
ギルドの中で一番レベルの高いダークエルフのギルマス。さきほどの声の主である彼が先頭を進み、そのすぐ後ろ、私は足が汚れるからと猫の姿で鑑定役の受付お姉さんの腕の中、その後ろに坑道探知魔術を扱う魔女マチルダと数名の高レベル冒険者が続く。
例の暗黒三兄弟もいるのがなんとなく笑えるが。腐らせた武器はちゃんと直したんだから、まあいいか。
ひんやりとした鉱山は夏であったのならなかなか心地よさそうである。
からかいがいのありそうなゴーストや魔物もちらほらいるし。
あ、目があったら逃げた。
にゃはははは、面白い、面白い。もっとからかってやろうとそよ風程度の魔力を飛ばして威嚇してやる。
ばしゅーん!
ぼびょーん!
コミカルな音がダンジョン内に響くが、冒険者ギルドの面々はわりと本気で濃い汗を垂らしてその様子を眺めている。
これは。
にゃふふふふ。
ちょっと人間には使えないレベルの魔術を使ってみる。
冒険者たちが阿呆みたいに口を開いて驚きまくっている。
さすが私。
偉いぞ私!
素晴らしいぞ私!
自慢できるポイントではちゃんと自慢しておこう!
「気を引き締めろと言ったものの、これでは身も蓋もない無双状態ではないか」
『ぐふふふふ、まあこの大魔帝たる我の手にかかれば魔王軍に属さぬ雑魚モンスターなどこんなものよ』
ドヤ顔にゃふにゃふな私の言葉を遮り、
「止まってくれ、ここにトラップらしき魔術陣が――」
罠探索技術に優れたギルマスが全員に動かないよう、号令をかける。
なにやら仰々しい解除魔術を扱おうとしているようだが。
その前に。
受付娘の腕の中で、私はそのまま体をにょーーーーっと伸ばし。
『ぶにゃん』
罠と魔術陣が音もなく塵へと消えていく。
ついでとばかりに行くべき場所、進む道の天井をサーチライトが灯り始める。
ダンジョン攻略もけっこう好きだったりする私のオリジナル魔術だ。
結構自慢なのだ!
ギルマスは展開しかけていた魔術陣をため息と共に解除した。
なんか見せ場を奪われたみたいにじっとこちらを睨んでいるが、気にしない。
だって、わざとだし!
そんなやりとりを見ていた受付娘が、私をもふっと強く抱きながら言った。
「へー、ケトスちゃんてほんとうにすごい猫ちゃんなのねえ。みたことのないスキルばっかり」
『にゃふふふ、伊達に長生きしてないからねえ』
「ねえねえ、さっきの灰塵の焦土っていう殲滅魔術。お菓子を上げるから使い方教えてくださいよお、今度ギルドのゴミ掃除の時に使ってみたいから」
ゴミ掃除の意味がそのままなのか、暗喩なのかで意味がだいぶ変わるな。
こりゃ。
ふと私は貌を上げた。スキル名まで鑑定できるとは、なかなか優れた娘である。
まあボケボケだが。
『へー、あのそよ風って正式にはそんな名前なのか』
「猫ちゃんが自分で使ったんじゃない。あ、このアメ舐めます?」
『アメじゃなくてそっちの乾燥芋が欲しい。あとマタタビジュースも寄越すのじゃぞ。ぐびっぐび。ぷはぁぁぁ……あいにくと、私は術やスキルの名前にはあまりこだわりがなくてね。覚えるのも面倒だし、力なんてとりあえず発動さえすればいいのさ』
ぺっちゃくっちゃ喰いながら話す私と、娘の談笑を耳にしたダークエルフのギルマスの眼鏡が光る。
「頼むから、もう少しだけ緊張感をもってくれ」
「だってえ、ここはもう使われてない鉱山なんですよねえ。人だっていないし、モンスターだってほとんどいないみたいですしい、最強の猫ちゃんを抱っこしてるならたぶん一番安全ですよ、あたし」
「落盤の危険だってあるだろうが、少しは無い知恵を絞って考えろ。それにここには本来ならもっと強力なモンスターだっているんだ、自分より大きな魔がいるから近づいてこないだけでな」
「ひどーい! またバカにしましたね!」
私は娘の腕の中からひょいと後ろを向き、肩からにょきっと顔を出す。
にょろーっと身体を伸ばし、こっそりと、
『良いのか、魔女の娘よ。この二人をこんなに接近させて』
「いいのよ。わたしは種さえあればいいんだから」
これはこれは。
『ほほぅ、ほんとうかなあ』
「なによその貌は」
『別になにもいってないだろ、にゃはははは』
好奇心で耳毛を膨らませ、尻尾をふぁっさふぁっさと振って猫笑い。
「はぁ……この色々とぶっ飛んだ猫が大魔帝ケトス様だなんて信じられないわ。魔女とも馴染みのある猫魔獣の魔族ってことで魔女界の中では結構人気で尊敬されているのに……うちの母さん、こんな猫様だとは知らずに崇拝していただなんて知ったら、どんなにショックを受けるか」
『へー、君のお母さん私の信者だったんだ。そういえばどっかで祀られてるらしいね、私。今回であったのも何かの縁だ、なんなら私の力を使った邪術を教えてあげても良いよ』
「え、いいのかしら!」
『ネコを信じよ、私を信じよ! 我が魔術と叡智を求めよ! にゃははははははああ!』
と、冗談めいているものの、おそらく実際に私の力で魔術は発動する。
なんらかの理由で神性を得た存在ならば、その者は神と同質の次元にある高位存在となるのだ。
新しく生まれた神性持ちの信仰対象を新たな神と崇める信徒ならば、自らの魔力を媒介に信じる神の力の行使が可能なのである。
ようするに、僧侶たちが使う祝福の奇跡の大物魔族版だ。
にゃふふふ、我もビッグになったものよ。
魔女にとってもそれは大変興味があるのだろう。
「それで術の効果は、どんなものがあるのかしら?」
『んー、ピーナッツの皮を剥かずに中の身だけを取り出す禁断の魔術とか』
「ほ、他のはないのかしら」
『魚の骨を柔らかくする邪術とか』
「……マシなのはないの?」
『じゃあ無差別に暴走してありとあらゆる生者を喰らい尽くす、影の猫を大量に呼ぶ召喚術とかはどうかな』
「えーと……その術の制御は?」
『できるわけないじゃないか、私は憎悪から生まれた魔獣だよ? その力を借りた攻撃魔術なんて人の器で扱ったら暴走するにきまっている』
うわーこいつ使えねえって表情をぐっと堪える魔女マチルダは、なかなかに空気の読める魔女なのだろう。
「ま、まあ御力を貸していただけるなら自分で研究いたしますわ」
そんな他愛もない会話をして。
しばらく。
岩盤の壁の前でギルマスが立ち止まった。
「行き止まりのようだな」
「待って、この奥に何かあるみたい……」
魔を引き寄せるナニかを探るステッキ、その先のオーブはギルマスの奥の道を示している。石と石の間を通り抜ける風の音が、僅かに聞こえていた。
手で壁を探りながらギルマスが小さく声を漏らす。
「隠し通路か」
手のひらに魔術を通し、瞳を閉じる。
「中は広い空洞だ。この気配は、アンデッドの大群が待機している。なにやらトラップも仕掛けられているようだが」
「わたしの探知魔術もこっちを示しているし、どうやらこの奥で間違いないようね。どうする? 壊すにしても落盤の恐れもあるし、まずは浄化の魔術を用意しないといけないけれ……ど……って、ケトス様? 魔力をためて、いったいなにを」
振り向く魔女の目線には、八重の魔法陣が映っているのだろうと思う。
味方全員を結界で防御し。
「まさか……っ、全員伏せろ!」
まあようするに。
私はまどろっこしい事が嫌いなのである。
肉球で方向を指さし。
ドーン。
ズババババババババアアアアアアアアアアアアアアアアア!
閃光が。
一陣の風となって吹き荒ぶ。
隠し通路の封印を強引に突破しようとしているのだ。
魔力の波を起こし、設置されていたトラップ魔術陣ごと破壊しつくす。
暴風が私のヒゲとしっぽをヒラヒラと靡かせた。
光が轟く中。
銀縁眼鏡を抑えながらギルマスが吠える。
「あなたは、なにをかんがえているのですか! 俺のギルドの者たちを危険には晒し――」
『まあ安心したまえ、もし崩れたら全員を転移させるからさ』
「えーと、スキル鑑定っと……ええ! 広範囲全体瞬間転移スキル? 猫ちゃんほんとすごーい!」
「バカ受付、お前もこの方をあまり焚きつけるな!」
落盤もなく。
隠れていたトラップ型アンデッドも一掃し。
道は開かれた。
『さて、先を急ごうか』
私を腕に抱く受付娘以外は、なにやら物言いたげにこちらを睨んでいる。
が。
急がないといけないのは事実なのだ。
『ほら、早くしないとロックウェル卿が来ちゃうよ』
渋々と歩き出したが。
人間って心が小さいなあ。
まあ本当に、少々急がないと不味い事になるのだから仕方ない。
憎悪に引き寄せられた私だからこそ、分かる。
この地は。
何かがおかしい。
私は今倒した敵の死骸に目をやった。
魔女もその視線を追い、はっとした表情で私を見る。
魔女が目線で異常事態かどうかを確認してきたので、素直に私は頷いた。
この私が。かなり「真面目な表情で」である。
アンデッド型の敵の正体は――死霊笛吹悪魔。
地獄に棲む爵位の位を持つ悪魔がアンデッド化し、魔術によって操られた最高ランク不死者モンスターである。
奇襲で倒せたのは幸いだったが、もし笛を吹かれていたら何人かは死に魅入られ自傷していた筈だ。
今の隠し通路も私だからなんとかギャグで済んだが、並の人間なら多数の死者を出していたはずなのである。
それほどに、異様な力で満ちている。
魔女以外も、高レベルモンスターの並ぶ遺骸の異常さに気付いたのだろう。
深く、緊張の吐息を漏らし始めた。
皆、自らの武器に意識を集中させ周囲を警戒する。
冒険者の一人が高レベルモンスターの落とした宝。ドロップ品を拾おうと手を伸ばす。
が。
私を腕に抱いていた受付娘が、不意に似合わぬ声を上げた。
「駄目よ!」
皆が振り向く中、受付娘は口に手を当てて冷や汗を流す。
「一つも拾っちゃダメ。たぶんそれ、全部呪われている。しかも簡単には解呪できない厄介な……呪い。きっとそれを含めて、罠、なんだと思います」
ふむ。
私が小石を投げてみると。
地面から大きな口が開き。
ガバアアアアアアアアアアア!
呪いの効果で、空間ごと小石が喰われてしまった。
私でも気付かなかったのだが――。
この娘。鑑定役として、かなり優秀なのだろう。
呑気に会話をしていたくせに、空に浮かべた魔術筆でちゃんとマッピングまでしてるし。
普段はボケボケだが。
ともあれ。
少し真面目になった方がいいだろう。
今の罠が引き鉄となって、なにかを呼び寄せてしまったか。
私は耳をピンと立てた。
足音か。それも、少数ではない。
『ギルドの諸君。気を付けてくれ、何かが――来る』
実際。
目の前に広がっていたのは、私の圧力にさえ耐えてやってきた魔の気配。
山と言えるほどの魔物の大群だった。
大規模な戦闘が、始まろうとしていた。




