闇夜の侵入者 ~ねこにつどいし英傑達~
会議が行われた、その日の夜。
それは――突然やってきた。
ズズズズズ、ズオォォォォォォオオオオオォォォォン!
ネコちゃんの――へそを天井に向けて眠る、良き睡眠。
いつも魔王様が「かわいぃかわいぃ」と言ってくれる素敵なネコちゃんスヤスヤを破り、ついでに魔王城を覆ったのは……九重の魔法陣。
九重といえばまあ、それなりを超えた存在。
少なくとも、誰にでも使えるようなレベルではない魔術による干渉である。
けたたましい振動と音が続く。
ぱさりぱさりと、天井から埃が降ってくる。
ちゃんと掃除はしている……いや、サバスくんがしているのだが、あんな所にまで埃が溜まっていたとは。
いや、これは天井の少し崩れた音か。
まあ、いいや。
昼間にいっぱい頑張った偉いネコちゃんは、グッスリと寝る時間だもんね。
『んー……んにゃんにゃ、あと五十年……』
惰眠を貪るネコちゃんは魔王様クッションを抱き寄せて、んにゅ~♪
ググググ、グゴグゴグオォォォォォォオォッォン、シュシュシュシュ!
あー、まだ続いてるな。
あれ。
なにかあったのかな……。
ふと賢い大魔帝、最強魔猫こと私――ケトスは考える。
『って、これ、敵襲じゃにゃいのか!?』
猫の口をあんぐりと開けて、くわぁっと目を見開き思い出したのだ!
走る焦燥。
まさか、あの手紙は本当だったのか?
だとしたら――魔王様が危ない!
しゅん!
跳び起きた私は空間転移。
魔力干渉の発生地点。
闇の雲と黒マナティの広がる魔王城上空に顕現――したのだが。
目の前の光景に、思わず息を漏らしていた。
『にゃにゃにゃ! これはいったい――っ!?』
そこにあった光景は……。
まさに大戦争の再現。
世界を翻すほどの闇の勢力が、夥しい魔力を放ち慟哭にも近い魔力摩擦音を鳴らしていた。
謎の勢力同士が、戦いの狼煙を上げようとしていたのである。
異界からの侵入者か!?
まずい!
まさかこれほど危険な勢力が――同時に攻め込んでくるとは想定外だ。
呼吸を整え、私は冷静に状況を見定める。
まず目に入ったのは、他に類を見ない程の死霊。
貌のない、無邪気な黒き人魚。
夕日よりも赤い、死者の腕。
そして次に猫目をさらったのは、闇に生きる獣。
異形な獣。
優雅な翼獣。
幻想的な狐。
無数ともいえる猫の群れ、そして軍服を着こんだ犬の群れ。
『……って、これ……』
だんだんと、お眠りモードだった私の頭がしっかりとしてくる。
ジト目で、よぉぉぉぉおおっく見てみると。
そこにいたのは見慣れた者ばかり。
本気を出して禍々しい存在としての力を全力で行使する、黒マナティ。
そのクローンたち。
彼らの周囲に舞うのは四つの手――因果を書き換える能力を解き放つ血塗られた栄光の手。
次元の狭間では白銀の魔狼、ホワイトハウルが全盛期の姿で顕現し唸り。
魔王城の天辺には、大翼を広げた全盛期の姿のロックウェル卿が石化の眼光を輝かせ――。
コンビニから強盗退治用の狐印刺股を構えた魔狐、フォックスエイルが。
地上には、魔王軍の精鋭たちが同時結界魔術を張っている。
その後ろには聖騎士猫を中心とした猫魔獣大隊が。
さらに後ろには、世界各地に散っている筈のスパイワンワンズが。
闇夜に牙を磨いて、魔力を滾らせていた。
それぞれが単独で行動していたのだろう。
互いが互いを、闇夜の侵入者だと思い込んでいたのか――わりと洒落にならないレベルの魔法陣があちらこちらで発生している。
いや……マジで。
なにやってんの、こいつら。
肉球を鳴らし――。
『我、全ての魔を喰らうものなり……ちちんぷいぷい、うにゃうにゃにゃ』
全員の魔力に干渉。
魔術とスキルを強制キャンセルしながら、私こと大魔帝ケトスは猫の頬をぽりぽりぽり。
『光よ――我が主の城を照らせ』
大いなる光の力を借りた奇跡。
朝の陽ざしを生み出す祝福で周囲を照らす――と。
そこにはやはり、見慣れたメンバーが完全フル装備で戦闘態勢に入っていた。
それぞれが互いの顔を見て。
ぽかーん。
『こんな夜中に、なにをしているんだい、君達……』
呆れた猫目で。
みんなをじぃぃぃぃぃぃっと、見つめてやる。
私の言葉に、皆。
味方同士で一触即発状態だったと気付き、うわ、やっべ……と目線を逸らし始めていた。
◇
とりあえず今回の騒動の原因だったらしいのは、珍しい人物。
精霊国の長にして、女帝。
側近という名の、私の新たな世話係になりつつある炎帝ジャハル君だった。
「す、すみません……まさか、こんな事になっていただなんて」
『君にしては珍しいねえ。普段はこういう騒動を起こす私を、叱る場面が多いのに』
まあだいたいの予想はついているんだけど。
魔王軍の最高幹部としては、騒動をちゃんと問い質す責任がある。
「すみません、ちょっと軽率だったっす」
『まあ問題ないよ。怪我人も出ていないしね――ふわぁ……っぁ、むにゃむにゃ……ちょっと眠いけど……』
お眠な猫眼を、猫手でウニャウニャ。
私はジャハル君の目の前でちょこんと鎮座し、肉球を舐め舐め。
手についたポテトなチップスの脂を拭き取り――証拠隠滅。
寝ながらお菓子を食べちゃダメですよって、ジャハル君とサバスくんに言われていたからね。
あまーいホットミルクを召喚し、てちてち。
うん、あったかい。
落ち着いたし寝ながらチップスの証拠は消しとった。
さて。
猫毛をもわっと膨らませ。
私は責任者として彼に問いかける。
『で、事情は説明して貰えるんだよね?』
いまだ警備を続けている魔王軍最強軍団。
彼等が周囲を見渡している中。
私を厳重な結界で覆いながら――。
燃える炎の瞳を、うっ……と揺らしてジャハル君は言う。
「えーと、手紙の主は少なくとも、ケトス様の魔術を破る程の使い手だったわけじゃないっすか」
『まあ――結界を破ったんだか、隙間を潜らせたのかは分からないけれど……私の寝室にまで、モノを転送してきたわけだからね。それなりの使い手だろうね』
「軽く言ってますけど、それって結構ヤバくないっすか?」
ふと考えてみると、確かに並の存在ではないだろう。
「オレですら、正直、アンタの結界を正面から破って手紙を転送する! なんて芸当、できる自信ありませんよ。ケトス様の言葉じゃないっすけど、万が一ってことも考えると、オレ不安になっちまって……」
しゅん……と反省顔でジャハル君。
やっぱり、なんだかんだで私に甘いんだよなあ……。
彼女はかつて色々と大変だった精霊族だ。
もしかしたら、人間により家族を失いかけた事がちょっとトラウマになっているのかもしれない。
親しい人が消えるのは……辛いからね。
そういう可能性があっただけで、不安になってしまったのだろう。
まあ、私があまりにも美しく気高い存在。
かわいい、という至上の特権階級にある猫ちゃん!
というのも大きな理由だとは思う。
あの手紙からネコちゃん誘拐の危険を考えてしまったのだろう。
かわいいから狙われやすいし、攫われやすい。
うん、間違いないね?
「それに……ただの詐欺なら、まあいいんすけど。そうじゃなかった場合。本当に力ある存在がケトスさまをどこかに誘い出そうとしているなら、危険なわけじゃないっすか? サバスさんにも相談したら、あの人も同じ心配をしていたらしく――じゃあとなって、広く有志を募ろうとしたんすけど……」
言葉を止めて、困った様に頬を掻くジャハル君。
『あー……読めてきたよ』
私を心配しやってきてくれた皆。
いまだにキョロキョロ、監視体制を維持する彼等を見渡しながら。
私はネコのヒゲをピンピンさせる。
ちょっと……嬉しかったのである。
『つまり――私を心配してくれて、それなりに強い連中に君とサバスくんで声を掛けたら』
「はい――……まさか、全員が完全武装のマジモードでくるなんて……想定外だったんすよ」
私のお世話係二人で。
ブッキング、しまくっちゃったんだね。
『にゃはははは、君達でもそういう失敗をするんだね』
「笑わないでくださいよ、ちゃんと確認しなかったことを反省してるんすから」
と、反省を示し頭を下げるジャハル君。
向こうの山で魔王軍のにゃんことワンコ部隊を率いる悪魔執事、ヤギ頭のサバスくんも頭を下げている。
いつも私が迷惑をかける側なんで、こういうのは結構珍しかったりもする。
『ありがとう。君達の気持ちはかなり嬉しいよ――でも……うん。心配してくれるのは、ものすっごく嬉しかったけど。なんでまた全員に声を掛けちゃったんだい。これ、明らかに過剰戦力だろうに』
猫の魔眼による鑑定に引っかかるのは――うん。
他所で出逢ったら警戒するレベルの高位存在だらけ。
口には出さなかったけど。
軽く異世界を、世界ごと吹き飛ばせる戦力だよね、これ。
どの勢力もヤベェ奴ら。
ゲームか何かで登場したり、他の異界に転移したとしたらラスボスか、ラスボス候補になる連中ばかりである。
がばっと顔を上げて、ジャハル君がぐぬぬと唸る。
「だって! あいつら全員、断ってたんすよ!? えぇ? 面倒くさいし、夜だからパスするわー的なことを言って! 黒マナティも新人の栄光の手も、ケトス様なら強いし問題ないから大丈夫だって参加する気配なかったですし……! だから、次々と声をかけることになって……っ、あんな塩対応されたら、全員がくるなんて普通、思わないじゃないっすか!」
『ははは、私と違って素直じゃない連中ってことだろうね』
全てを受けいれる大人の顔で、私は眉を下げる。
『まあ、幸いにもこれで心配はなくなっただろう? 相手がどんなに強くても――こんな強者が揃っている所に侵入してくるバカはいないだろうし。幸か不幸か……あいつら、マジで完全武装の上に魔力を滾らせて、敵はいないかと目をギラギラさせてるし……大丈夫そうだね』
「それも……そうっすね。これで相当、威圧も威嚇もできるでしょうし……てか、こんな状態に攻め込んで来たら、本物のバカっすよ」
私とジャハル君が、魔王城から警備を固める彼らを見る。
少しドン引き気味に……。
ちょっと凄すぎるのだ。
あいつら、普段の態度はアレなくせに……私が誘拐されるかもってなったら、けっこう本気で心配してくれるんだね。
だから、素直に私はネコ眉を下げた。
『感謝しているよ』
「じゃあ結果オーライってことで、今夜はこのまま魔王城の外でバーベキューでもします?」
『お、いいねー! これだけの人数が揃ってればかなり楽しい宴会になるもんね』
と、特大バーベキューセットを召喚しようとした。
その時だった。
ゴガズゴバギギィィィィイイイイイイイイイイイン――ッ!
大爆音と共に。
魔王城の空に、特大の魔法陣が広がる。
ついでに、ちょっとセクシーな低音ボイスが夜空に広がった。
「ふは、ふははははははは! さあ、約束の刻だ! 我が弟の愛弟子で愛猫、大魔帝ケトスよ! 俺様はきた! 盟約に従い、今宵、てめぇの身柄を預かりに……! って、なんだてめぇは……なんで鳥目の筈のもふもふニワトリがこんな夜空に、って、はぁ!? なんだ、この異常な魔力は! しかも、なんかどんどん近づいてきやがるし――って、痛っ! あた、ちょ! 待ちやがれ! てめえ、ぶっ飛ばすぞ! ああん!? いきなり十重の魔法陣をぶっぱなしてんじゃねえぞ!? って、いや、やめ……っ、超高確率の石化クチバシで目をつつこうとするのは反則……、ゴ、ゴラァァァァアアア! 俺様は弟とは違って、モフモフアニマルだからって容赦はしねえからな!」
なんか、ちょっと魔王様のお声に似た声が響く。
まあそのセリフは、すこし古臭いタイプの不良っぽいが……。
これは……例の詐欺師が登場したのかな?
どうやらロックウェル卿と戦闘状態に入ったようだ。
遠くに居過ぎるのと。
魔力感知を遮断する霧が発生しているので……相手の姿がちょっと見えないのだが――。
フォルムは人型である。
背中に翼を生やしているっぽいのだが……。
天使だとか、悪魔だとか、堕天使だとか。
そういった芸術にでてきそうな存在が、黒いコートと凝縮された魔力を纏っている――と言った感じの男である。
ふむ……まあ、魔族……なのかな。たぶん。
「我、黒き血脈に生きる者――汝、我が戒めの呪に従い、沈黙せよ!」
バッと手を翳し。
不審人物が、なにやら魔術を詠唱。
魔術文字による魔法陣を展開し――赤い瞳を闇夜で光らせた。
「魔力――解放。アダムスヴェイン第三楽章……甘き原始たる蛇の誘い」
血で描かれた魔法印が、空に怪しい輝きを放つ。
大空に、異形なる蛇が召喚され――その瞳が召喚者と同じ色に輝き。
しゃああああぁぁぁああぁぁぁ!
ロックウェル卿の身体が、蛇による邪で覆われていく。
精度も魔術式も完璧だ。
油断のならない相手である。
実際――ロックウェル卿のもふもふ羽毛の身体は、不審者が召喚した大蛇の呪いで戒められている。
これは、神話系統の伝承を扱う太古の魔術、なのかな。
「そこで大人しく眠ってな、チキン野郎」
気取った仕草で髪を掻き上げて、ふふんとロックウェル卿にドヤ顔をしているようである。
が――。
『なーにが、黒き血脈であるか! この不審者め!』
「いってぇぇええええええええええ! てめえ、なんで動けるんだよ!」
そこに襲ったのは――。
目を尖らせているであろう、ロックウェル卿が本気の鉄槌。
鱗持つ者を眷族として使うロックウェル卿に……蛇の呪いをかけたって、ねえ?
大蛇を手懐け味方とし。
蛇よりも、もっとデラデラと怨嗟を募らせ輝かせるのは――ニワトリさんのギンギラお目め。
『余を誰と心得る! 魔王陛下より卿の名を授かった大魔族、ロックウェル卿であるぞ! 頭が高いわ!』
連続くちばしが不審者を襲う!
「はぁぁあああああ!? ど、どーなってやがるんだ! こいつ、ニワトリのくせに俺様と同格程度につえーじゃねえか!」
すっごい禍々しい古代魔術を使ってた不審者さん。
なんか。
ロックウェル卿に突っつかれて、大ダメージを受けているようだ。
あ、でもうまく逃げたな。
蛇のように脱皮し、精神と肉体を他方に転移させたのだろう。
次元の狭間にその身を忍び込ませ始めている。
不審者と警備ニワトリのバトルは続いているが――。
それにしても。
この守りの中で何も考えずに攻め込んでくるなんて……。
えーどうしよう……。
どう考えても、残念なヤツじゃん……。
ジャハル君が、夜空で繰り広げられる攻防戦を眺めながら言う。
「どーしましょう、ケトス様。攻め込んでくるバカはいないって、思ってたんすけど」
『バカ……きちゃったね』
もし本当に。
魔王様の兄だったとしても、これ。
話し合いなんてできるのかな……。
侵入者を追い払う、極悪軍団の攻撃は――まだ続く。




