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エピローグ 帰国編 ~さよならは宴の中で~2/2



 自らの居場所を失ったかのような彼女の言葉。

 聖職者であり、戦い続けていた神官長ミディアムくんに向かい――大魔帝ケトスこと私は提案する。


『親父臭い言い方をしてしまうが。恋でもしたらどうだい』

「恋、ですか」


 揺れる私の尻尾の先をじっと見て、彼女は何か言葉を詰まらせてしまった。

 ふむ。

 あー……なんか、親戚のオジサンみたいなこと言っちゃったのかな、これ。


 わかってるけど、お節介じゃ!

 ってやつである。


『大いなる輝きの教えはもうなくなった。結婚だって自由にできるんだろう? 家庭を作るのが全てとは言わないが、そういう選択肢だって君にはできるようになったわけなんだし』


 ふと考えて――やはりお酒をぐびっと飲み込み。

 眉を下げながら彼女は言う。


「しばらくは――ちょっと無理そうですわね。わたくし、失恋してしまったんです」

『おや、それは。ご愁傷様というべきか、にゃんとも』


 まあ平和な世の中になったのだ。

 私の知らない場所で、そういう話もあったのだろう。


「きっとわたくしがお慕いしてしまったことに、気付いてすらいないんですよ、その方。わたくしとは……見てる景色も、住む世界も――全てが違ったのです。だからこそ、気になってしまったのでしょうけれど」


 住む世界が……となると相手は三傑より上の地位にいるモノ。


 私はモフ毛をビビーン!

 猫の名推理で結論を導き出す。

 つまり……。

 にゃるほどね~、ミディアムくん、カルロス陛下に仄かな感情を抱いているのか。

 たしか――であった頃に、王様のわりとイケてる美貌にぽぅっとしていたし。


 まあ、その辺は指摘しないであげるのが大人の対応かな。


『君の心は美しい――きっと、もっといい相手が見つかるさ』

「その方以上の御方など、なかなか見つかりそうもありませんが……そう――ですわね。ふふ、そうであることを、願っておりますわ」


 言ってグラスを傾けるが、もう雫は残されていない。

 注ぎ足すシャンパンも既になし。


 完全になくなってしまったお酒。

 それをきっかけにしたのだろう、ふぅ……と息を吐いたミディアム君は神聖な波動を発動。

 自らのアルコールを祈りで浄化し――。

 姿勢を正し、私に礼をする。


「それではわたくしは少し、皆様に挨拶をしてきますわ。新しい主神様の事を話し合う機会ですし」

『ああ、無理をしない程度にね――君が元気に暮らしていける日々を、遠くの世界から祈っているよ』


 言葉に祝福の力を込めて。

 私は、ミディアム君の未来を祈った。

 大魔帝である私が祈ったのだ、きっと天へと届いただろう。


「本当に……ありがとうございました。ケトス様――わたくし、あなたに出会えて、ほんとうに、ほんとうに……っ、嬉しかったですわ」


 最後は口早に告げて、彼女は歩き出した。

 会おうと思えばいつでも会える。けれどおそらく……。

 きっとこれが最後の別れになるだろう。


 慣れないヒールの音が、響く。

 カツリ、カツリ――!


 聖職者としての迷いを振り払った彼女。

 その背に向かい、私は言った。


『さようなら。私も君に出会えて……嬉しかったよ』


 カツリ……っ。

 彼女が一瞬、立ち止まる。


『もし――どうしても全てが嫌になってしまったら、大いなる光を通じて私を呼ぶといい』


 闇に誘う魔族の声音で、私は彼女に逃げ場を作る。


『君を異世界に連れて行ってあげるよ』


 もし本当に彼女が願えば、その望みは叶う。

 私は大魔帝だからね。


 それは彼女にも伝わったのだろう。

 別れの言葉を告げる私を僅かに振り返って、彼女は後ろ髪を震わせた。

 ミディアムくんは何故だか瞳をすこし潤わせて。


「……っ――!」


 何かを言おうと口を開くが――。

 それを押しとどめて。


 微笑んだ。


「ありがとうございます。そして……さようなら――ケトスさま……っ、わたくしがお婆ちゃんになってしまう前に、会いに来てくださいね」


 やはり人にとっても――別れは辛いモノなのだろう。


 まるで。

 想い人への別れのような声とお辞儀を残し――。

 彼女は人の賑わいの中に消えていく。


 慣れないヒールの音も聞こえなくなった。


 聖職者ミディアム。

 彼女はこれから私の知らない彼女の物語を、繋いでいくのだ。


 きっと、今回の経験を活かして立派な聖人へと育つだろう。


 その証拠に、彼女には先を視る神託の力が強くなりつつある。

 彼女は知っていた。


 永久に生き続ける私にとって、時の流れの感覚は今を生きている人間達とは違う――と。

 感覚のズレ。

 文字通り、生きる世界が違う存在――私と人間の出会いはほんの一瞬の泡。


 そういった超常的な力を見る能力を習得しているのは、優秀な聖職者の証である。


 聖職者として大いなる存在に仕えていた彼女は、普通の人間よりもそういった事情に詳しかったのだろう。

 超越した存在となっている者との距離が、感覚として理解できていたのだと思う。


 だから、言ったのだ。

 老いてしまう前に、と。


『おばあちゃんになる前に……か』


 まあ、きっと彼女なら美人なおばあちゃんになるんだろうけどね。

 出会いと別れ。

 命短い人との縁はどこかが物悲しいのである。


 そして、出会いと別れはもう一つ。

 全ての因となった男。

 武人の強さと優しき心を持つ国王――カルロス陛下が私のもとへと歩み寄ってくる。


 その貌は……きっと。

 言いたいことは分かっている。

 引き留めようとするその言葉を先に読んで――私は言った。


『私は今晩ここを去るよ』

「どうやら。先に言われてしまったようですな」


 引き留める言葉を読んで先に断ってしまった。

 もしかしたら、その言葉を受け入れてしまうかもしれない。

 そんな、未来もまた……あったのだろう。


「この地に留まっては、頂けないのですかな」


 それでも。

 王は手を伸ばし――言った。


 私を撫でていたその手は魔王様と似ている。

 けれど、魔王様ではない。

 答えは初めから決まっていた。

 どう運命が変わろうと――魔王様の傍を離れる気にならない私に選択肢などないのだ。


 それでも――。

 正直言ってしまうと、伸ばされた手が……嬉しかった。


 カルロス王は賢い男だ。

 私という闇の存在と恐怖、そして危険性を知っているはず。

 それでも。

 なお――王は私に残らないかと提案しているのだから。


 だから私は誠意をもって断ろう。

 魔の霧を纏った私は大魔帝ケトスとして顕現。

 人とネコと魔。

 全ての心が合わさった、百年以上前に暴れた殺戮の魔猫。

 全盛期の私の姿だ。


 闇に潜む巨獣の顔でぎしりと――口を動かして見せる。


『我は永久に存在し続ける憎悪の魔性。此度はただの異邦人であった、ならばこそ……このような出逢いと共闘もあったのだろう』


 会場に集う心優しき人々に目をやって――私は続ける。


『なれど――永続的に住むとなれば、また話は別となる。必ずや、我の存在は災厄を呼ぶ。我は強大すぎるからな、その力を私利私欲に利用しようとする輩も現れるであろう。我を激怒させ、失望させ――荒ぶらせ……世界を崩壊させてしまう輩も出るやもしれぬ』


 そしておそらく、私はこの世界を滅ぼしてしまう。

 そんな未来予知を王の眼に魔力として送り……言った。


『本気となって暴走した我を止められるのは友である三獣神、そして魔王陛下――あの御方のみ。我はこの世界を気に入った、また訪れる日もあるだろう。気に入った。そう……本当に気に入ってしまったのだ。ならばこそ……我はこの地に留まる気には、なれぬのだ』


 それが私の答えだった。


「あなたは本当に優しい御方だ――」

『王という立場でありながら猫を庇い怪我をする、そなたほどではないがな』


 それを受けて。

 カルロス陛下は少し寂しそうな顔をして微笑んだ。


 あの時、この男が咄嗟に私を庇ってしまった――それが全ての運命を変えたのだ。


 武人の貌で――国王として顔を引き締め。

 カルロス王は私に言った。


「この度の貴方様のご活躍、そして大恩。生涯忘れることなく、感謝し続けると誓いましょう。後の世代にも、あなたさまがもし遊びに来られてもスムーズに話が進むよう――まことにあった伝説として、語り継ぐことをお約束いたします」

『うむ、スマートな猫であったと事実を伝えるようにな』


 えぇ!?

 と、犬天使と猫魔獣大隊。そして人間達がこちらを振り向いた。


 なんだろう。

 ……。

 ああ、私が全盛期の大魔帝モードになってるから驚いているのか。


「伝承は少しずつ変化をしていくものですから、どうでありましょうな。さて――ブラックハウル卿。こちらが貴方様への御報酬となります」


 言って、カルロスくんはワイルくんを視線で呼んで。

 転移してきたワイルくんが大きなピクニックバスケットを差し出してくる。


「この中には王家の秘宝である魔道具が入っております」

『ふむ、状況により変化を齎すマジックアイテムに……なにやら相当に高度な儀式魔術が込められているようであるな』


 ワイル君がこほんと咳払い。

 王様に代わって説明を開始する。


「ええ、戻られましたらこちらの封印札を解いて蓋をお開け下さい。この世界で一番価値のあり、一番効果があり、一番おいしい料理。すなわち、究極のグルメが山盛りとなって召喚される仕組みとなっております」

『なるほどな――、くははははは! 悪くない土産で報酬であるぞ』


 にんまり笑顔で受け取って、亜空間に収納。

 本当はブラックハウル卿への報酬が晩餐会で、大魔帝ケトスへの捧げ物がこのバスケットなのだが。

 まあ、同一存在だと皆知っているのだ。

 いまさらか。


 さて、これで全てが終わった。

 宴はまだ続いているが――私は早く、魔王様に会いたくなっていた。


 私の主。

 ただ一人の、覇者。


『ワイルよ、カルロスよ。我はもう行くとしよう。我の世界のモノは宴の終了後に大いなる光が迎えに来ることになっている。それまではどうか、持て成してやってくれ』

「皆さまにご挨拶をされないのですか?」


 と、ワイルくんが寂しそうに眉を下げて言う。


『その、なんだ……我はそういうのが苦手で……なんというか、名残惜しくなってしまうからな。そんなことよりも、ワイルよ、我との盟約に従い、ちゃんとその聖杖を後の世代に繋げるのだぞ』


 ようは番を作れ(けっこんしろ)、である。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて言ってやったのだ。


「ケ、ケトスさま! こ、このような所でそんな!」

『くははははは! すまぬな! では皆のモノ、さらばだ――!』


 本当に、名残惜しくなってしまうので――私は空間を開き、闇の中へと消えていく。

 扉をくぐる私を見て。

 頬に大粒の雫を流しながらも、笑顔を作るミディアムくんが、


「どうか、お元気で――っ!」


 祝福による光を放って、手を振っている。


「必ず……っ、かならず、わたくしがお婆ちゃんになる前に、会いに来てくださいねー!」

「ケトスさま! 貴方様に賜ったこの聖杖、必ずや――後の世代に!」


 ワイル君が杖に見送りの灯りを照らして、貌をぐしゃりと歪めている。

 聖杖から送られてくる、淡い輝き。

 感謝を示す異界の言葉。

 彼の詠唱は――涙の色で濡れていた。


「ケトス殿。あなたこそが世界の救世主――我等はいつまでも、お待ちしております」


 そう告げるカルロス王もまた――肩を揺らしていたが……武人の涙は見ないのが礼儀だろう。

 振り返らずに、私は進む。

 異界で出会った彼らに見送られ。


 私は――あるべき場所へと帰還した。



 ◇




 異世界散歩は終わった。

 思う所や感傷はたくさんあるけれど――。


 にゃふ、にゃふふふふふ!

 落ち込んだり、懐かしんだりするのはグルメを食べた後でいいよね!


 瞬間的に沸かせたポットの紅茶を、黒マナティ模様のカップに注ぎ。

 手もちゃんと洗って、いざ勝負!


 魔王城に帰還した私は、さっそくピクニックバスケットの封を解き。

 パカリ♪


 八重の魔法陣が、私の部屋に展開する。

 古の魔術なのだろう。

 相当に高度な魔術式が使われているようだ。


 これは、かなり期待できそうではないか!


 尻尾のモフ毛をフリフリ~♪

 鼻歌をまじえながら、召喚されたアイテム。

 究極のグルメを鑑定なのじゃ!


『さぁて、私のごちそうちゃん! いま食べてあげるからね~!』


 中からでてきたのはバスケットいっぱいのパン料理。

 濃厚なお肉の香りとバター。

 そしてトマトのみずみずしさが際立つ、大魔帝ふう……。

 ホットサンド。


『あれ……これ、まさか。私が作った大魔帝風ホットサンドなんじゃ……』


 ……。

 あー、たしかにこれ、回復アイテムとしての効果が絶大だし。

 自分で言うのもなんだが、料理スキルも高い私が作った逸品だからアイテムレベルも高いし。

 仮にも神に属する者が作った、グルメだったわけで……。


 そりゃ、魔術による料理召喚で最上級のグルメを呼び出したら。

 世界に登録されている、これが。

 でてきちゃう、よね……。


 ……。

 目を点にして、大量の大魔帝風ホットサンドを眺める私。


 そんな。

 呆然自失にゃんこの前にモヤモヤと現れたのは、ニワトリとシベリアンハスキーっぽい魔狼の影。

 幻だった影が、二匹の魔力により姿を現実のモノに置換して。

 顕現。


『おおー! ケトスよ、今帰ったのだな!』

『ほれ! 究極のグルメ報酬を我らにも差し出すのだ!』


 帰りを待ちわびていた、二匹の大魔族。

 ホワイトハウルとロックウェル卿が、私の部屋に空間転移してやってきたのだ。


『こ、これは!』

『滅多に我らには作ってくれぬ、おまえ特製のホットサンドではないか!?』


 大喜びで食らいつく魔獣が二匹。

 いまだに呆然とする魔獣が一匹。


 幸せの青い鳥は、実は身近な所にあったんだね。


『にゃんて、にゃるかぁああああああぁぁぁぁああああああああ!!』


 にゃぁぁぁあああああぁぁぁぁあああああ!

 私、完全にやらかしたぁぁぁあああああぁぁぁぁ――っ!


 愛しき魔王様のお膝元。

 帰国した初日に――私の魔力が魔王城を揺らす。


「ななな、なんなんすか! この魔力はっ……って、ケトスさま!?」

「お帰りになられていたのですね!」


 なにごとかと飛んでくるサバスくんに、ジャハルくん。


 暴れそうになる私を宥め抱える彼らの前。

 ニワトリとワンコは我、関せず。

 究極グルメ――その名も大魔帝風ホットサンドを、むっちゅむっちゅ。

 美味である! 美味である! と貪り食う。


 今日もまた。

 私が原因で発生した、大騒動の始まりである。


 この後、不貞腐れた私が美味しいものを食べるまでは部屋から出ないし!

 と、籠城したりもしたのだが。

 それはまた、別の話なのである。


 大魔帝ケトスの名が、あの世界で残り続けるかは分からないが。

 こちらの世界で暴れ続ける私の名は消えることなく、広がり続けることだろう。


 魔王城の賑やかな気配もまた。

 当分、消えそうもなかった。






 第九章、エピローグ

 ~さよならは宴の中で~ ―おわり―






以上で、第九章は完結となります。

明日からは、

「魔王様の兄を名乗る不審人物が登場する

第十章、不機嫌ニャンコとお兄さん ~黒きモフ毛~編」

の連載開始となっております。


異世界長編章となりましたが、

ここまでお読みいただきありがとうございました~!


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― 新着の感想 ―
[一言] Oh! ケトス様…あまり気落ちなさらないでくださいね。 久しぶりのポカポカ湯たんぽさんを楽しんでみては? そしてミディアムさんの恋が成就しますように… そういえば作者様は猫を飼ってらっしゃる…
[一言] 大魔帝風ホットサンドのオチはつい笑ってしまいましたw いつも楽しませていただいております!
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