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エピローグ、メルカトル王国編 ~事後処理は猫トイレ砂とともに~前編



 あれから更に数週間が過ぎていた。

 大魔帝こと私は今、とりあえず共同管理となったネイペリオンの首都。

 その宴の会場であるハロウィン城の中庭にいた。


 母なる世界樹として生まれ変わったラルヴァくん。

 主神として世界を守護している神樹の根本である。


 世界樹の下では今、とりあえずの帰国を祝う宴が開催されていた。

 飲めや歌えやどんちゃん騒ぎ。

 まだ日も高いのに無礼講の大宴会が行われているのだ。


 主役は私ではない。

 一度は滅びた街並みの住民たち、ネイペリオンの民だ。

 療養していた帝国の民も無事に帰国し、安定した暮らしを得ていたのである。


 まだ名も無い祭りを祝うその最中。

 愛らしい私のネコ目に映るのは――人間達の笑顔。

 踊る人間の男女や、弦楽器を鳴らす吟遊詩人。突如出現した世界樹を見に来た観光客。露店を並べる商人たち。

 その横で。

 滅びた城の主となっていたハロウィンキャット達が身体をくねくね、肉球をぺちぺち、愛らしい踊りを披露している。


 ハロウィンキャットがこの街を守護していると人間達も知っていて。

 彼等は全員、群れの仲間。

 既に猫魔獣と人間が共同生活を送っているのである。


 私はというと、世界樹の大きな枝にちょこんと乗って――並べたゴチソウに舌をペロリ。


 世界樹に巣を作った蟲魔公ベイチトくん。

 彼女が提供してくれた蜂蜜をふんだんに使った、ふっくらパンケーキに更に濃厚バターを垂らして、にやり!

 ナイフとフォークで、ぐさぐさぐさ!

 宴のあまいスイーツに舌鼓を打ちつつも、帝国の民の様子を窺っていた。


 街も住人も戻った。

 けれど――全てが元通りというわけではないのだ。

 不死者として徘徊していた人々の健康状態は良好だが、心はそう簡単に立ち直れるモノではない。


 彼らの中に刻まれている、悲劇に襲われた首都。

 崩壊した街並み。

 消えた王族――そして皇帝を失ったこれからの暮らし。

 不安は尽きないだろう。


 それでも、やはり人間は強く光り輝く生き物だ。

 ここの穏やかな暮らし。

 それと新たな住人、新婚ハロウィンキャットの和やかな姿で癒されているのか。

 荒んでいたその心に、輝きが戻り始めている。


 思わず猫の瞳を細めて、私のねこ口が緩んでしまう。

 ……。

 おっと、いかんいかん。人間如きの平穏にいちいち喜んでいても仕方ないのである。


 そんな私に声をかけてきたのは、蟲魔公ベイチトくん。


 分裂状態でがさがさごそごそ。集合してくる。

 私を探していた様子である。

 だいぶ穏やかになったその貌を、ギチギチギチと横に倒し。

 彼女は言う。


「我、あなたを探していた。ここにいたのか」

「大魔帝ケトス。あなたはこの世界の救世主、降りて持て囃されなくていいの?」

「みんな、あなたを探しているのだけれども?」


 ちゃんと蜂蜜ジュースを持ってきているところは高ポイント!

 受けとった私は、少しだけ本音を漏らしていた。


『ここに長く居過ぎると――名残惜しくなってしまうからね』


 この世界には私を迫害し、殺し続けた人間はいない。

 私が恨み、憎悪しつづける人間と、この世界の人間は違うのだ。

 同じ人間種であるが――。

 直接的には関係のない、種族。


 だからだろう。

 居心地が……良すぎるのだ。


「名残惜しいのなら、大魔帝ケトス。あなたもこの世界に定住すればいい」

「きっとこの世界の民は喜ぶ」

「それに……」


 彼女は珍しく一瞬、言い淀んで――触覚をもどかしそうに揺らし。

 言った。


「我等も――まあ、すこしだけ嬉しい」

『おや、あまりにも私が素晴らしいから。惚れちゃったかい?』


 話題を逸らし揶揄う私に、ぶんぶんぶんぶん。

 翅を鳴らし、呆れた口調でベイチトくんは呟いた。


「それはない」

「けれど」


 完全に集合し。女帝蜂モードになった彼女は、蟲の眼を揺らしてギチリと顎を鳴らした。


「もし。もしもだ――我らに人としての心が与えられていたのなら」

「ココロがあったのなら」

「そうなって。いたのかもしれない」


 手に入らない心を羨むように手を伸ばし――。

 彼女は言った。


「我等二与えられたのは蟲の心――」

「それが」

「少しだけ、残念に思える。なれど。本当に僅か。勘違いは、しないで欲しい」


 なぜかちょっとだけ寂しそうに蟲の眼を光らせて。

 まるで恋を諦めた淑女のように……彼女は苦笑してみせたのだ。


 苦い笑みを受け止めた私もまた、告げた。


『人にはない君の輝き。合理的な魂と心――それはとても綺麗で純粋な光だ。人は醜く汚い側面も多く存在する……私は、君の落ち着いた輝きが好きだよ』


 素直に告げたのに。

 彼女はすぐには、肯定も否定もしなかった。


 しばらく経ってから。

 平和な街並みを見ながら彼女は言った。


「それでも――」

「人の心は美しい。我らには眩い輝きに見える」


 本当に、綺麗に見えているのだろう。


 たしかに今、この場で宴を喜ぶ彼らは輝いていた。

 けれど私は知っていた。

 人とは輝きだけで構成された生き物ではないと。

 かつて人であったからこそ、その中に潜む闇も知っていたのだ。


 モフ毛を靡かせて人を眺める私に、ベイチトくんが顎を鳴らす。


「我、提案する。大魔帝ケトス」

「一つ、願いがある。聞いてくれるだろうか」

『なんだい?』


 彼女から願いを言うのは珍しい。

 まあ、彼女も元四大脅威。最上位クラスの魔族だ。

 たいてい自分でなんとかできるからね。


 完全なる女帝モードになって、ベイチトくんは言った。


「確かめたいことがある。人の姿になって貰えないかしら」

『いいけれど、どうしたんだい?』


 魔の霧を纏った私は――紅き瞳の美壮年姿に外見を変える。


「あなたは人になれるのに、どうして普段はあまりならない?」

「猫であるよりも、ご飯を食べやすい」

「手だって、使いやすい。猫の状態を維持することは合理性に欠ける」


 彼女らしい意見だと思った。

 だから私は苦笑する。


『人になると――どうしてもね、色々と考えたくないことも考えてしまうから。その……なんていうかな、少し、疲れる』


 私は一見すると人間だ。

 猫耳と尻尾を生やさないで人型モードになっているから猶更だ。

 けれど――。

 消えない憎悪に身を焦がす……黒い化け物だ。


 一生消えることなく。

 燃える憎しみの火。


『こうして人でいると――時折ね、破壊衝動が生まれるんだ。全てが憎い。全てを壊せ、命を絶ち――動くもの全てを殲滅しろってね。滅ぼすならああすればいい、世界を壊すならこうすればいいって……猫であるときよりも――邪悪な発想が、次々と浮かんでしまうんだよ』


 紅い瞳は平和になった世界を見る。

 すぅっと瞳が閉じていく。


『私は猫としての憎悪を人間の部分で抑えていると思っていた。けれど。もしかしたら逆なのかもしれない』


 誰しもが笑顔を浮かべている。

 本当に幸せそうだ。

 猫としての私は、人間の宴とご馳走に歓喜している。


 けれど――どこか冷めた瞳でそれを見る私も存在していたのだ。

 幸福が――。

 妬ましいのだ。


『人間として全てを憎悪する私を、猫の無邪気と能天気さが……和らげている。そう思ってしまう瞬間があるんだよ』


 人間は――残酷な生き物だから。

 ――と。

 つい、本音を漏らしてしまった私に、蟲魔公は言う。


「あなたはやはり人の心を持っている」

「我はそれが知りたい」

「脆弱なりしも輝かしき者……人間。個にして複数。複数にして個」

「群れとなった時、その真価を発揮する種族」


 時に……大魔族を圧倒する光。

 人間、か。


『君たち四大脅威と――すこし似ているね』


 感傷の中で呟きを漏らした私に近づいて。

 ベイチト君はそっと顔を傾けた――。


 温かい木漏れ日を作る世界樹が、ざぁぁぁぁぁっと音を鳴らしていた。


 目と目が合った。

 彼女の影が離れていく。


「人間はこうして行かないでと相手を呼び止めた」


 蟲の女帝が――私を見ていた。


「けれど合理性に欠けている」

「やはり、我は蟲のようだ」

「我等にはこの行為の意味が分からなかった」


 おそらく――人に憧れる彼女は、下にいる人を真似たのだろう。

 変わりゆく帝都の空気。

 それに馴染めず旅立つ男……その背を引き止める、女性を……。


『ああ、君はあれを見たのか』


 ギチギチギチと蟲の顎を鳴らし、彼女は訝しんだ様子で言う。


「朝から似たようなつがいを何匹か見た」

「環境の変化による。心の変化だろうが」

「人は回りくどい生き物だ。素直に繁殖したいと言えばいいものを」

「理解に苦しむ」


 やはり蟲の発想だと。

 ついジト目で見てしまう。


『いや、……それは……どーかと思うけど』


 これで彼女が人間のヒロインで、私が人間のヒーローなら。

 きっと結末は違っていた。

 けれど、そうじゃない。


 下で抱き合う人間の男女はハッピーエンドを迎えているが……我らは違う。


 私も彼女も人ではない。

 思わず私は苦笑していた。

 彼女もくすりと、見えない眉を下げていた。


 ポンと姿を黒猫に戻し。

 パンケーキをむしゃむしゃしながら私は言った。


『まあ私の本質も愛らしく能天気な猫魔獣。だから、ああいう人たちの心はちょっと分からないけれどね』


「あなたはモトの棲み処に帰ってしまう」

「それはきっと正しい事」

「気が向いたら、また来て欲しい」


 彼女はさきほど顔を近づけた時に契約を残したのだろう。

 冬虫夏草の描かれた魔導書を浮かべ、私のアイテム保存亜空間に入れて……微笑んだ。


「もし。いつか。あなたの憎悪が溢れだしてしまったら。人間全てを敵にするような戦争を起こすつもりなら。我を召喚せよ。汝の恩に報い、我が力――全てを貸すと約束しよう」


 怖い事を言っているが。

 本気なのだろう。

 私は書を受け取り、肩を竦めて見せた。

 断る理由もなかったからね。


 受け取った私を見て、満足したのか。

 まるで人のような笑顔で彼女は言う。


「いつここを発つ?」

『んー、メルカトル王国からの正式な依頼。報酬にあったグルメ晩餐会と山盛りピクニックバスケットを貰ってからかな。つまり、明日。ようやく世界会議が終わったからね、今晩ごちそうしてくれる流れになっているんだ』


 メルカトル王国の名を聞き、ベイチトくんが少し嫌そうに翅を鳴らす。


「あー、あれか」

「王宮の民には敬意を表する。なれど、他国の人間。好きになれない」

「世界会議思い出す。我、胸やけ」


 諸悪の根源をぶっ飛ばしたから、さあ世界は平和だ。

 人類皆兄弟。

 さあ仲良く平和を満喫しましょう!


 なーんて、なるはずもなく。

 事後処理がめっちゃ大変だったのだ。


 まあ、この国だけだったら問題ないんだけど――今回は世界規模の大事件。

 さすがに我々だけで話をするわけにもいかず。

 つい先日まで。

 世界規模の会議が行われていたのだが――。


 あー、うん。

 ご想像の通り。

 もう一応、解決はしたし。

 あんまり思い出したくもないのだが。すんごく、めんどうくさい流れになったのである。


 他国も関わってくるせいだろう。

 世界会議は――色々とややこしいことになったのだ。


 これから語るのは、ネコちゃんにとってネコ眉を険しくしてしまうような話。

 まあよくある話。

 平和になった後で起こる、国家間のいざこざの物語だった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 落ち着きを取り戻せたようで良かったですね。 [一言] この世界が慈愛と優しさに満ち溢れた世界になるといいですね。 後、ケトス様の言う通りたぶん人間の心が持つ憎悪を猫の心が抑えてるのかもと…
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