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魔猫は神をも噛み殺す ~栄光が喰らうモノその3~



 神の滅んだ荒野の地。

 隔離された空間、封印王立図書館エリア。


 いまだ魔力吹き荒ぶその空に佇むのは――黒衣の美壮年。

 人ならざる妖しげな微笑を携える、紅き瞳の男。

 大魔帝ケトスこと、私である!


 悠々と再登場した私は、人間モードで優雅にドヤァ!


 ネコちゃんモードだと可愛さとか、力強さとか。

 そういう愛らしポイントをアピールできるが――人型モードだと優美さとか、大人の魅力とか、そういう醸し出す静かなる魅力をアピールできてしまうから恐ろしい。


 にゃふふふふ、我はどんな姿でも麗しいという事である。

 さて――それはともあれ。

 少し、まじめにならないといけないだろう。


『神の力は潰えた――勝利を確信していたところを悪いね、君達の負けだよ』


 女の胎を貫いていた腕で空を切り、汚れた血を魔術で浄化しながら私は宙に座り込む。

 口角の笑みを深くギシリと釣り上げて――。

 紅き瞳を輝かせ私は魔術を発動。


『魔剣――召喚。一掃せよ、ダモクレスの剣』


 同時に顕現した剣が、空間を覆っていた大いなる輝きの魔力と女教皇ラルヴァの眷族を掃討する。

 世界には剣の雨が降っていた。

 赤と黒。

 様々な邪剣と魔剣。


 これらは全て私が異界召喚した伝説の武器。私も知らない場所、知らない土地で世界を滅ぼした曰く付きの武器ばかり。

 これらの禍々しき神器を無数に所持している理由はもちろん。


 魔王様を守るために保有していた。


 ――わけではなく。

 いつもの異界召喚で遊んでいるうちに、溜まってしまった捨てる事も出来ずに困っていた異界の野良武器ちゃんである。

 ほら……私、異界召喚をすると妖しいモノを引き寄せてしまう体質があるし。

 いつのまにか……溜まっちゃうんだよね。

 まあ、いつぞやの呪われし紅の魔剣みたいに、本当に必要とする人間に譲り渡す時もあるので役に立つこともあるのだ!

 呪われて一生外せなくなっちゃったけど!


 ともあれ。

 それらを使役し人間達を囲んでいた栄光の手を殲滅。そのついでに玉座代わりに空へ浮かべた魔剣に腰かけ、身体をゆったりと預けていたのだ。

 剣の玉座に座る私、超カッコウイイ! という展開である。


 実際、闇のオーラを放ちながら魔剣を操る私はさながら悪の大幹部。

 これらの邪剣の出所や経緯を知らなければ。

 邪剣の雨を自由自在に操る大邪神に見えている事だろう。


 空で揺蕩う私を涙まじりの眼で見て、神官長ミディアムくんが呆然と呟いた。


「ケトス、さま……?」

『ああ、ごめんね。君達を驚かせてしまったね』


 素直に詫びたのは、彼女の頬に残る雫の跡を目にしてしまったから。

 私はきっと、女性を泣かせてしまった心無い男なのだろう。


『ちゃんと死んだふりをしないと、ラルヴァの隙をつけなかったんだよ。どこに主神が隠れているのかも、把握できていなかったからね。心配してくれるだろう皆には悪いとは思ったのだけれど――すまない、勝利を優先してしまった私を許しておくれ』


 眉を下げて、苦い笑みを零してしまう。


 古くから私を知るラストダンジョンに住まう猫魔獣、そして大魔帝としてきまぐれな私を知っている聖騎士猫。

 彼等は猫。

 猫のする悪戯は全てが許されると確信しているようで、まったく気にしていなそうだが――神官長ミディアム君は、どうだろうか。

 泣かせてしまったのは事実なのだ。

 きっと、魔王様には怒られてしまうだろう。


 涙を拭い、彼女は首を横に振った。


「わたくしったら……、駄目ですね。あなたがあれほど簡単にやられてしまう筈など……ないのに、その身が貫かれたその時に、全てが飛んでしまって」

『どれほど武芸に長けようと、君も心綺麗な女の子だということさ――さて、ちゃんとしたお詫びは後にしよう』


 詫びるような声音で瞳を閉じて、私はダンディに指を鳴らす。


 ジャキジャキジャキ!

 いまだに背後で蠢く女教皇ラルヴァ。

 その身を無数の剣の檻で覆ったのだ。


『せっかくの英雄と美女の再会なのに――水を差さないでくれるかな。ラルヴァくんだっけ? 君、空気が読めないっていわれないかい?』

「なぜ、なぜ滅びぬ!」


 口の端から血と唾の球を飛ばしながら、女教皇は狂乱したように目をむき吠える。


『はは、いいねえその貌。それなりに狩猟本能をそそるじゃないか』

「たしかにそなたの放った魔弾は汝の身を貫いた、その命を絶った。なのに、なのになのになのにぃっぃいいいいいい! どおぉぉして、貴様がここに顕現している!」


 その言葉自体が呪術となっていた。

 マンドレイクとしての力だろう。

 私は放たれた呪術を指ではじきながら、ただ静かに告げる。


『言っただろう、一度殺した程度で滅びるわけないじゃないか。これでも私は魔王陛下の使い魔。かの偉大なる御方より魔王軍を預けられた最高位の魔族。今の私はたとえ千回死んだとしても、滅びたりはしないのさ』


「千回死んでも……死なない、じゃと!? 戯言を……っ、嘘は分かる範囲でつかねば何の意味もないと分からぬのか!!」

『困ったな、怒らせるつもりはなかったのだけれど。それが事実、私の基本能力なのだから仕方ないだろう? 君だって鑑定ぐらいはできるのかな? いいよ、やってごらん。今だけ……受け入れてあげるよ』


 言って、私は剣の玉座に座ったまま――魔力を抑えて静かに息を吐く。


「馬鹿め……っ、その油断が命取りじゃ! 情報さえつかめば、いくらでも戦闘は有利に動かせるというモノ!」


 実際に魔術障壁を解いた私に、女教皇は手を翳す。

 鑑定の魔力が私を捉え――。


 そして――。

 女教皇は私の言葉が嘘ではないと悟ったのだろう。

 静かに、唇を蠢かし息を吐いた。


「なんじゃ……これは……」


 呆けてしまった女に、剣の雨と戦い続ける栄光の手が困惑。

 ズズズ……と、蛇のように重なりくねる根の下半身が一歩、一歩と静かに下がっていく。

 後ずさりだ。


『どうだい――? 少しは見えたのかな?』

「っひ……ぃ……!」


 この反応は、見えたという事だろう。

 絶え間なく煮えたぎる私の憎悪とそして、死なない体の秘密。


「これいじょう! わらわに、そのような、げに恐ろしきモノを見せるでない……ッ!」


 狂乱する主人を守るべく、血塗られた栄光の手が空間を転移しやってくる。

 眷族たる四つの手。彼らはコレを母と思い、心配しているのだろう。

 けれど。

 ラルヴァは何も言わなかった。

 しばらく、固まってしまった。


 何も言わぬまま、時だけが過ぎ。

 ようやく、なにやら動く気になったのだろう。

 ラルヴァは自らのヴェールの中に細く歪な指を挿し込んで、狂乱した様子で掻きむしる。


「ふふ、ふふふははははは! ええーい……っ、大いなる輝きめ! このような化け物を敵にしおって、初めから勝てるはずないであろうが!?」


 肩を、揺らし始めた。


「くく、くふふふふ……まさか、かような存在であったとは! 不死……? それも魔術や儀式を用いない、純粋なる不死……。このような……稀少な……存在だったとはな! なにが主神じゃ、なにが母じゃ! きさまが短気を起こさず闇の獣に攻撃していなければ、全てがうまくいっていたものをっ!!」


 既に滅んだ大いなる輝きを罵倒しながら、女は天を睨みつける。


 あまりの動揺に、血塗られた栄光の手が彼女の周囲を駆けまわる。

 四つの眷属、彼女の子飼いの中では最大戦力。


「ああ、すまぬ。愛しき我が子らよ……声を荒らげた母を許してくりゃれ。この者、異界より転生してきおった、邪悪なる魂は……単純故に、最強の能力の一つ。不死を持っておるのだ。死してもその場で蘇り、戦い続ける能力。いや、これは、不死の呪いかえ。そう……この者が顕現していた時点で、我らの勝利は、はじめから……なかったのじゃ……」


 血塗られた栄光の手を腕に抱き、本当に愛おしそうに瞳を閉じる。

 これはラルヴァに埋め込まれた心。

 子を想う、母の愛。

 大いなる輝きによって狂わされた植物魔族の哀れな心だ。


「どうして、みな……妾を虐めるのじゃ。どうして、我が子らを拒絶するのじゃ。どうして! 妾の子を奪うのじゃあぁぁあああ!」


 叫びは真に迫っていた。

 本当の嘆きだったのだろう。

 確かに彼女は哀れな魂だ。そのように創造主に歪められて作られたのだから。


 けれど。

 微かな怒りを覚えた私は闇で空を包みながら、紅き瞳をギラつかせていた。


『その言葉はそのまま君に返ってくる。どうして君は――他人の子を奪ったんだい?』

「なれど――、妾には、それしか道が!」


 ぞっとするほどの声が、私の喉から伝っていた。


『君も母なら見えていたはずだ。今、ここに飛び彷徨う栄光の手。彼らの母が我が子の死を知り、どれほどに嘆き悲しんだのか――知らないわけではないのだろう』


 そう。

 どれほどに彼女が被害者でも。彼女にとっての正論を語ろうと――実際に起こっていた悲劇がなかったわけではないのだ。


『君には同情するよ。けれど――君はやりすぎた』


 栄光の手から透けて見えてしまう、犠牲者たちの過去。

 殺された時の恐怖。

 その断片が栄光の手の中で生きている。

 加工されていく感覚。

 それも私には見えていた。

 この空にはたくさんの憎悪が漂っていたのだ。


 それが私の心をザワつかせる。


 女教皇はごくりと息をのみ、歯をガタガタと震わせ始めた。私から滲みだす死の香り。不死という特性を持つ魔猫に対し、本能的な恐怖を感じているのだろう。

 まるで――清らかな少女のように震えだしている。


『もう、諦めたまえ――君ほどの力があるのなら、この私の不死の効果は理解できただろう? 君はどう足掻いても私には勝てない』


 これはけして、大袈裟に言っているのではない。


「化け物め……っ」

『ああ、そうさ。私は世界に生まれたその時から――死なない化け物だったのさ』


 私に与えられた転生の特典。

 不死。

 かつてはこの能力のせいで人間達に苦しめられたが――実際の戦い、特に戦争ともなればこれほど有益な能力はなかなかないだろう。


 普段、私ですら意識しなくなったこの力。

 もはやこんな力に頼らずとも、私はそれなり以上に強かった。

 かつてボロ雑巾のように殺され……弄ばれた憎悪。あまり思い出したくない記憶まで蘇ってしまうから、好きではないのだが……。

 今回はこの力に助けられた。


 完全に滅んだとしても、私は魔王城でリポップする。

 けれど、この世界、そしてこの隔離空間に戻ってくる前に王国軍は全滅していたのだろうから。


「情けだと思い、教えてはくれぬだろうか?」

『なにをだい?』


 まるで救いを求めるように、女は私を見ていた。


「どうすれば……妾はどうすれば、そなたを滅ぼすことが出来たのじゃ? 我が子を増やし、守ることが出来たのじゃ? 母の手により深き眠りにつかされ、目覚めた今は確定した敗北。これでは、あんまりではないか」


 もっともな嘆きである。

 彼女への同情は――私の中には存在する。だから答えた。


『私を滅ぼすには短期間……時間にすれば一日の間かな。その期間内に千回以上も殺されてしまえばさすがに消滅する――まあ、それでも私は魂をダンジョンと契約した猫魔獣。すぐに再臨、登録されているダンジョン、すなわち魔王様のもとへと帰還しリポップする――脆弱なりしも輝かしき者、人間。彼らの犠牲さえ気にしないのなら、いや、気にしていたとしても……負けることなどないのさ』


 そしてリポップをしたら最初からやり直し。

 また無数ともいえる回数、私を殺さなければ滅びない。

 滅びたとしてもまた――繰り返しリポップする。


 私は低級猫魔獣。

 雑魚に分類される種族のまま成長を続けた化け物。

 ただ、不死という能力だけが特殊だった猫に過ぎないのだ。

 だから何度でも蘇る。

 何度でも魔王様を御守りするため、存在し続ける。


 最弱モンスターが無限に湧き続けるように――私は湧く。

 本来ならただちっぽけな雑魚魔族。魔王様に御遣いする弱き使い魔だったのだから。


 かつて――グルメ散歩を開始する前はこれほどまでの無限再生能力はなかったが、今の私は、様々な出会いの中で強大になっている。

 今の私を滅ぼすのは、私自身であっても難しいのだ。


『君の敗北は揺るがない』


 乾いた笑いを零し、女は乱れた前髪を口元に垂らしながら笑う。


「はじめから、無理だったと……そういうことなのであろうな……」

『ごめんね。君と同じ時代に顕現してしまって』


 本当に、言葉通り。

 一回、私を殺した程度では何の意味もないのだ。


 そして、もう二度と――この場所で私が死ぬことはないだろう。

 今の私は人間の形態を維持している。

 私の魂は外見の影響を大きく受ける。

 唯一の弱点であった猫の邪気や短気といった、悪戯や遊び心は消えているのだ。


 ラルヴァは言った。

 栄光の手たちを止めて――。


「せめて我が子らは……痛みなく」


 それは慈愛に満ちた聖母の顔。

 全てを慈しむ母の顔だった。

 白い肌と唇から血を流しながら願う彼女の願いは純粋無垢な、望み。


 降伏だ。


 やはり。

 彼女も被害者なのだ。


『まずは――栄光の手、君達に眠りを与えようか』


 言って、私は紅き瞳を輝かせ力を発動。

 地平線の彼方まで広がる程の魔法陣で空を覆う。


 斜に構えて玉座に座る私の周囲から、魔の霧となった闇が広がる。

 ズズズ――ズズズ……。

 と、このエリアを魔力持った闇の塊が侵食しているのである。

 大いなる輝きがいなくなったことで、私という邪悪な神がこの領域を完全に支配した影響がでているのだ。


『魔力――解放』


 這いずっていく闇から伸びる暗黒の腕が――栄光の手を優しく抱きしめるように握り、引きずり込んでいく。

 その数は千を超える。

 それもそうだ。

 栄光の手の数に応じて、その躯となった持ち主の魂を召喚したのである。


 願いを叶える魔道具、ハンド・オブ・グローリー。

 彼等は本来の手の持ち主、その悲しき迎えによって正気へと戻り――そして、自らが既に死んでいると悟ったのだろう。

 少しだけ孤独を感じさせる仕草で、空を掻き……やがて動かなくなった。


 塵へと戻り、消えていく。


 その効果を最初に察したのは、この哀れな骸の手を我が子と呼び使役していた女教皇ラルヴァ。

 大いなる輝きという力を失った彼女は、ただの四大脅威へと格を落としている。

 四大脅威は同時に顕現できない。


 その制約に従い弱体していく。

 その貌が次第に老化し、木の根のように朽ちていた。


 朽ちる手で、消えゆく栄光の手の輝きを掬い上げるように撫でながら――ラルヴァは言った。


「妾は……いや、あたしはこの子らを愛していた――それだけは、本当なのじゃ」


 力強き四つの手。

 血塗られた栄光の手が、嘆く母を慰めるかのように宙を舞う。

 小さくなっていくその背と嘆きの声を眺めながら――彼らもまた、母と同じ嘆きの呻きを漏らす。


「ああ、愛しき子らよ……あたしも共に――」


 言って、ラルヴァの身体は静かに崩れていった。

 粉雪のように、さらさらさらと風に流され消えていく。


 元より。

 大いなる輝きにより不自然に起こされた不安定な降臨だったのだ。

 神の力を失った今、その魔力核を保っていることもできないのだろう。


 消える母を掴もうと舞う血塗られた手。

 四つの眷属を目にし、崩壊するラルヴァが囁いた。


「我が子らよ。どうか……あなたの力を……願いを叶える能力を――滅ぼしてしまったネイペリオン帝国の彷徨える魂たちの蘇生に……つかって、あげてちょう……だい。きっとあたしは……だれかの子の命を奪っていたのでしょうから……だから、せめて……できる限りは……」


 粉雪の中に残る唇だけが、動く――。

 佇む私を見て――。


「くふ、くふふふふふ――ねえ、大魔帝ケトス……こどもを殺せないあなたに……あたしの子を、殺すことはできるのかしら……」


 その言葉を最後に、彼女の心はマンドレイクの根から離れ――残滓すら残さず、消えた。


 最後の言葉を漏らした者。それは、きっと……彼女に与えられていた母の心。

 大いなる輝きが与えた、心。

 すなわち。

 名も顔も知らぬ――人間の魂。


 本当に、何も残さず消えてしまった。

 大いなる輝きを喰らった影響だろう。

 マンドレイクの根では、あの輝きの力に耐えられなかったのだ。


 騒動の主の一人は、こうして呆気なく滅んだ。

 もはや敵はいない。

 空には私と、四つの手だけが残された。


 もしかしたらこの四つの手は、彼女にとっては特別な存在。

 植え付けられた母の心。

 大いなる輝きが人から抜き出した心。子を失った母親――その名も顔も知らぬ誰かの、本当の子供の手だったのかもしれない。


 今となってはもう分からないが。


 残された腹心。

 強大な手だけが、この空に残り――漂っていた。

 あまりにも人の血と力。

 そして歪な願いを吸い続けたのだろう、彼等だけは成仏することができないようだ。


 寂しそうに漂う彼等に、私は手を差し伸べていた。


『一緒に来るかい?』


 血塗られた四つの手は迷いを見せるが。


『今、大いなる輝きに支配された栄光の手により滅ぼされた……帝国の死者の蘇生を行っているんだ。魔術的繋がりを持つ君達がいると、その、なんだ……私は助かる。どうかな?』


 しばらく彼らは黙ったまま。瞳のない心の目で私を眺めていた。


 どうせこのまま滅びるのならば、母の願いを叶えよう。

 そう思ったのか。

 わしゃわしゃわしゃと頷いた。

 行く当てもない彼らは、私の誘いに導かれ亜空間の中へと消えていく。


 その転移先は、黒マナティ……ブレイヴソウルが待機する治療空間。

 蟲魔公ベイチトも待機している、闇の空間。


 ベイチト君には少し悪い事をしてしまった。

 彼女もまた、元は四大脅威。その位を返還したとはいえ、同時に顕現ができないという制約による制限を受けていたのだろう。

 だいぶ、口数が減っている。


 人間達が不安になるだろうから、それは隠しておこうと提案したのは彼女だったが――やはり、だいぶダメージを受けているようだ。


 後でちゃんと詫びておこう。

 そう思った。

 次の瞬間。

 私の手元には魔導書が顕現した。


 タイトルは――血塗られし魔根譚。

 子を想う気持ちだけは確かであった女教皇、狂える……いや、狂わされたマンドレイクの生涯が記された魔導書。

 おそらく、これで私は女教皇の魔術を習得したのだろう。


 私は――。

 栄光の手を受け入れ。

 眷族としての契約を交わした。

 その証だ。


 これで、全てが終わった。


 荒野と化した封印王立図書館――その姿も私が指を鳴らすだけで、再び元の姿を取り戻す。

 ここには王族の魂が眠っている。

 そのまま荒野にしておくのは――忍びない。


『さて、犬天使に猫魔獣大隊の諸君。君達も大義だったね――人間達を守ってくれてありがとう』


 言って、私はポンと黒猫の姿に戻り。


『じゃあゲートを開く。待っている人もいるだろうし、私もお腹が空いたからね――帰ろうか』


 いつもと変わらぬ明るい猫声をあげた。

 憎悪を滾らせた人型の私について、誰も、何も聞かなかった。

 それはきっと。

 私が語りたくない。聞かれたくない、そんな顔をしていたからだろうと思う。


 騒動は去った。

 けれど――私の中には、身勝手な主神に振り回されたラルヴァの死。

 その最後の悲しい微笑が、こびりついて離れなかった。


 いつまでも――……。

 いつまでも……。


 どうか我が子を……と。

 願う彼女の母の心が、吹くはずのない吐息で――私のモフ耳を揺らしていたのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] ラルヴァもまた神に踊らされてた憐れな道化だったのですね… ケトス様と同じ時代に居たのは不幸であるものも救われた幸運ままた… 今回の章もかなり良かった…
[良い点] 安らかにお眠りくださいラルヴァさん。 [一言] 案外ラルヴァさんは根は悪い人ではなかったのでしょうね。 心根の腐った大いなる輝きと違いむしろラルヴァさんの方が余程慈愛と優しさを持つ邪神だ…
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