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魔猫は神をも噛み殺す ~栄光が喰らうモノその2~



 魔術反射――。

 それは破壊のエネルギーを扱う魔導士が最も警戒するアンチマジック。


 それなりに戦闘回数を重ねた魔術師ならば、必ず一度は痛い目に遭う、マジックキャスターにとって最大の脅威。

 いわゆる天敵。

 力が強力であるほど、それを反射された時のリスクは絶大。

 時にその一手だけで戦況は動き勝負は決まってしまう。


 神話でもよくある話だ。

 愚かで驕った神を撃ち落とすのは、自らの魔力。

 強大な力をもった神ほど、その自らの力を利用され滅びるモノと相場は決まっている。


 一瞬の沈黙の後。

 戦場に動揺が広がる。


「そんな……っ、嘘!」


 未来を見ていた神官長ミディアム。

 彼女の能力は正しかった。伸ばす細き指先――魔弾に貫かれた黒猫を受け止めようとした、彼女。

 警告は届いていた。


 けれど既に――遅かった。


 魔弾は黒猫の身体を蝕んでいる。

 治療の光を翳す彼女が、吹き飛ばされた猫を受け止めようとしたその時、黒猫は塵となって崩壊した。


 大魔帝ケトスは自らの魔力で――死んだのだ。


「ケトスさまぁぁぁぁぁぁあああ、いやぁぁぁぁぁあああああああ!」


 戦火広がる荒野に嘆きの悲鳴が轟いた。

 乙女の悲鳴。

 その悲痛な叫びを覆いつぶすように、続くのは砂利を噛んだような女の声。


「くく、くふふふ……っ!」


 聖職者のヴェールを揺らし――。

 貫かれた黒猫の影を狂える瞳に捉え、女教皇ラルヴァが歓喜の叫びで空を揺らす。


「勝った! くくく、くふふふふふふふふ! 喜べ、歌え、我が子らよ! この戦争、我らの勝利であるぞ!」


 絶望が、戦地に広がっていく。

 それもそうだろう。

 滅ぶはずのない大魔帝の姿が消えたのだ。


 ガチャリ……モーニングスターを腕から零したミディアムに、王の叱咤が飛んだ。


「戦いは終わってはおらぬ! 皆の者、怯むなぁぁぁぁあああ!」


 武人としての顔を尖らせ、カルロス王が先陣を切って戦場を駆ける。

 その手に掴む雷鳴の剣が、数を増していく栄光の手を薙ぎ払う。


 しかし、敵将を討ち取り勢いづいたラルヴァの猛進は止まらない。

 子を増やし。

 顕現させながら。

 女教皇は取り込んだ大いなる輝きの力を、栄光の手の強化に注ぎ込む。


「いかん! 犬天使どの、ニャー達が時間を稼ぐ故、人間達の避難を!」

「承知いたしました!」


 戦況を不利と判断した聖騎士猫が一時撤退を提案。

 犬天使が頷き肉球を翳すも――。

 女教皇ラルヴァが長き爪を生やす指で空を払う。


「ええーーい! 獣畜生には興味などないわぁああああ!」


 主神クラスの力持つ、今のラルヴァ。

 狂える手段で手にしたその力は本物だった。


 ズゥゥン!


 荒ぶる輝きの魔力。

 それを受け止めたのは聖騎士猫の盾。

 猫ヒゲが様々な方向に揺すられる。


「くぅ……っ!」

「「「――我等、王国騎士団。同胞の盾に我らの守りを譲渡せん――!」」」


 魔力と聖なる波動を含んだ人間の声が、重なる。

 騎士という職業を直結リンクさせた人間の騎士達が、聖騎士猫の盾と本人に守りの結界を付与。

 同時に徐々に体力を回復する特殊なフィールドを形成したのだ。


「「「――燈り穿て、光の矢よ――!」」」


 人間騎士の力を借りた聖騎士猫が前線を支える、その最中。

 攻撃を放ったのは人間の部隊。

 人間の魔術師団と大いなる光の力を借りる聖職者。

 力合わせた彼らが、神の力を「祝福された光の矢」として放つ神魔合成魔術で光の雨を降らせているのだ。


 ズジャズジャズジャズジャジャジャジャジャジャジャジャジャ!


 放たれ続ける光弾の射手。

 一人一人の力は巨悪に遠く及ばない。

 けれど、人間の力は個にして複数。複数にして個。


 群れとなった彼らの力こそが人間本来の力。

 大魔族を相手にしても太刀打ちの出来るレベルまで昇華された、人という種族に込められた協調の力。

 それでも、時間稼ぎにしかなっていないのは明白。


「うにゃにゃ! カルロス王よ! 一時撤退だ、次元の扉を……! ケトスさまがお授けににゃったその剣を用いれば、内側から外への脱出のみなら可能にゃはず!」

「承知した。我――メルカトルの血筋を引きし者」


 封印王立図書館エリア。

 その隔離された次元から抜け出す扉を、王族の力をもって開こうとするが。

 女教皇ラルヴァがそれを見逃すはずがなかった。


「愚かな――!」


 マンドレイクの根をくねらせた女教皇が、大いなる輝きの力を行使。

 ぎしりと歪んだ手のひらに乗せた妖しげな魔書を開き、バサササササ!


 紫色の十重の魔法陣が空を覆い隠す。


 血塗られた栄光の手が、母の合図に従い。

 空に魔術式を刻み――願いを叶える力を発動!

 ゴゥ――ッ!


 穿たれ続ける光の矢を退け、人間軍を殲滅するための輝きの矢を撃ち放つ!

 願いを叶える――すなわち因果を書き換える程の力による魔術攻撃だった。


「させてにゃるものか!」


 迎え撃つのは猫部隊。

 きしゃあぁぁぁぁああああああああああああ!


 モフモフな猫毛を逆立たせ、猫の唸りを上げる!


「我等はケトスさまより人間を任されたのだ!」

「ここで喰い止めねば人が傷つく」

「それは、けしてケトスさまが望まれることではにゃい!」


「我等を――にゃめるにゃぁっぁぁあああああああ!」


 広がる肉球型の魔法陣。

 防御陣形を組んだ聖騎士猫が、この場に生存する全ての命を守る大結界を新たに展開!

 輝きの矢を結界で受け止める猫たちの眉が、ぐぬぬと歪んでいく。


 第一陣は受けきった。

 しかし。

 次元の扉を開く王の詠唱は、周囲の魔力の混濁によりキャンセルされてしまっている。

 このままでは再度の詠唱も不能。

 それは全軍が理解していた。


 そして、それは敵も同じこと。

 逃走する次元の扉を開かせまいと――女教皇ラルヴァがネズミを狩る顔で、ギシシと口角をつり上げる。


「おや、もう終わりかえ。ならば――そのまま死ね! 古き時代に生きし騎士ネコどもよ!」


 続く第二陣。

 輝きの矢が、魔力を消耗した結界を貫通――。


 ぎしぃぃぃん!


 極大結界で覆われた聖騎士猫の盾が、ビシりとひび割れていく。

 が――。


「うなんな! うなな!」

「すまぬ! 助かった!」


 間一髪。

 闇に潜むラストダンジョンの猫たちが、先行する犬天使と聖騎士猫を影猫魔術で回収したのだ。

 すかさず宮廷魔術師ワイルが杖を翳し――!

 七重の魔法陣を展開。


「聖杖よ、大神ケイトスの名において汝を慕う猫を守護せよ!」


 大魔帝の力を借りた猫限定防御魔術の発動に、神官長ミディアムが続く。


「たぁぁぁっぁあああああああ!」


 握るモーニングスターの鉄槌が、山の如く群れとなる栄光の手を吹き飛ばし、


「安らかなる眠りを!」


 迷える彼らの魂を成仏させ、猫魔獣大隊と犬天使の帰路を作り出す。

 彼らは全員、集合したが。

 ……。

 既にその場所は狂える女教皇ラルヴァの腕の中。

 栄光の手に囲まれた、檻の中といえよう。


 ボス猫を失った連合軍の負けは濃厚。

 後は、どれほど犠牲を少なく敗走するか。


 しかし退路はない。

 願いをいびつな形で叶える栄光の手は、母が主神の力を取り込んだ影響だろう――ラルヴァの魔力をその身に受けて、魔道具としての力を増している。


 繁栄する我が子を愛おしむように、聖母の如き微笑を零し――ラルヴァは言った。


「人の子らよ。もはや勝負はついた――投降し、その手をあたし……いや、新しき主神であるわらわに差し出すが良い。さすれば我が子を増やし育てる贄としての繁栄と暮らしを、人間族に与えると約束しようではないか」


 返事の代わりに、カルロス王が大魔帝から授かった雷鳴の剣を握り。

 三傑のうち二人。

 宮廷魔術師ワイルと神官長ミディアムがそれぞれの神器に魔力を込め、抵抗の意志を示す。


 もはやボス猫はいない。

 大魔帝ケトスは死んだ。


 それを理解しているのに、彼らは光を、輝きを失ってはいなかったのだ。

 人間達の輝きを目にした、犬天使。

 そして猫魔獣大隊もまた、自らの獣爪を尖らせ――巨悪を睨んだ。


「無駄よ、無駄無駄。全てがもう遅い。神を喰ろうた妾は既に主神たる資格を手に入れたも同然、忌々しくも妾を利用していた大いなる輝きはもういない。四大脅威という名の枷を嵌められ、使役されることもない……くふふふ、くふふふふふ!」


 勝利を確信した女の哄笑。

 その瞳と口元が、僅かに歪んだ――。


『へえ、やっぱり大いなる輝きはもう存在しないのか』


 くぐもった憎悪の音色が。

 勝ち誇る女帝の髪を後ろから揺らす。

 人間達の瞳が、まるで太陽を拝むように大きく見開いた。


『なら――初めから警戒する必要なんてなかったね』


 女教皇が振り返った。

 その次の瞬間。


「――え――?」


 不意に、浮かび上がってきた闇が――。

 ずぶじゅうぅぅぅぅぅぅうううう!

 女教皇の胎を貫いた。

 大いなる輝きを喰らった腹を、腕が貫通していたのだ。


「ど……して、そなたは……っ、たしかに……死んだはず」

『まさか、一度殺した程度で私を滅することができると、本気で思っていたのかい?』


 女を揶揄うように背後から顕現した人影。

 漆黒の髪の隙間。

 紅き瞳を燦々と輝かせる一人の男。

 酷く性的で、冷めた瞳をした――美丈夫。


『これが……神の核かな。おや、こんなに小さくなってしまったのだね。大いなる輝き』

「き、さ、まは」


 輝きが、ラルヴァの細い腹の中で蠢き語る。


『わざと食われてラルヴァの体内で潜伏。彼女が討伐された後、百年ぐらい経ったら何食わぬ顔で再臨するつもりだったのだろう? 甘いね――そういう外道は、同じ外道には分かってしまうモノさ』


 瞳を細め――美丈夫は、口角を甘くつり上げる。

 輝きを掴むその指が、ぎしり!


『君、つまらないから消えちゃいなよ』


 男は女教皇の体内から大いなる輝きの核を握り――ぐじゃぁぁぁぁあああ!

 輝きが破裂し。

 世界を魔力振動が襲い掛かる。


「ひぎゃぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!」


 神としての力。

 神の核となっていた信仰の光を男は闇で覆いつぶし、破壊した。

 全ての元凶。

 長年に渡り人々を苦しめた神は、たった一瞬で滅んだのだ。


 神が滅んだ余波。

 世界を半分以上、潰しかねない魔力暴走も男が指を鳴らすだけで治まり。

 ただ。

 静かなる魔力の鼓動だけが、世界に風となって伝わった。


 これが主神の死。

 そして消滅だ。


『はい、これで終わりだよ――大いなる輝き、この世界の悪しき女神よ。脆かったね――まったく、面白くもない不快な存在だったし、消えちゃっても。仕方ないよね?』

「そなたは……生きて、おったのかぁ!」


 腹の空洞に魔力を溜めて。

 じりじりと損傷を再生。

 けれど――髪を乱し、ぐぬぬと唸る女教皇が飄々とした男を睨む。


『そういうことだね、ラルヴァくん。次は――君の番だよ。さあ、滅びる前に祈りたまえ。さて、君は誰に祈るんだい? もう、君のお母様は消えてしまった。完全にね』


 くくくく、と冷淡に笑う男の正体は――大魔帝ケトス。

 その姿はさながらダンディ雑誌のイケメン枠。

 洒落たダークスーツなんかを着こなしちゃって、ワンコの頭を微笑しながら撫でていそうなスラリとした長身の男。


 冷静さを保つためにあえて人の形を維持し、変身魔術で人間に化けた美しくも強き者。

 そう。

 私こと大魔帝ケトスである!


 くははははは! 我、ちょうかっこういい再登場なのだ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] お、やはりご無事ですか!ケトス様。 後、大いなる輝きさん…。さようなら。 [気になる点] え~っと…。どういう仕掛けで無事だったんでしょうかね?( ・◇・)? [一言] 例えラルヴァが主…
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