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邪猫無双 ~異界より降臨せし神~その3



 滅んだ帝都の地下深く。

 かつてラルヴァが封印されていた地にて、闇の獣は語る――。

 大魔帝ケトスこと私の名推理は続いていたのだ。


 ネコが語るは神の悪事――人間たちを信仰を運んでくる蜜蜂として使っていた主神、大いなる輝きの長年の暗躍。

 私は肉球の上に魔力による映像を投影し、説明を再開した。


『繰り返される四大脅威による滅び、再生を望む人間達の神への祈り。大いなる輝きにとっての理想郷。そのサイクルの崩壊の始まりはおそらく、ネモーラ男爵の異世界転移だろう』


 きっと、それが全ての運命を変えた。

 大いなる輝きの残酷な揺りかごを破壊したのは、外界からの影響なのだ。


 人間達の中で一番冷静さを保っているのは、宮廷魔術師のワイルくんだったようだ。

 顎に曲げた指をあて、先を読んだように彼は言う。


「我らの軍に追われた男爵が……次元の狭間に逃げ込み。繋がっていたケトス様の世界に侵攻を開始、クリエイター職の民間人を浚って自らの回復を行わせていた――あの事件ですね」

『そう、私達の世界への干渉さ』


 本当は、私達側の世界からの干渉だったのだが。

 まあこれは黙っておこう。

 だってねえ?

 ワンコが仕事で溜まったストレスと愚痴を吐き捨てに、大魔術で次元の扉を開いていた! なんて言っても、たぶん信じて貰えないだろうし。


『ある日、滅びを迎え次の脅威へと切り替わる時期に入っていたネモーラ男爵が、突如、何の運命の悪戯か、本当に何の前触れもなく偶然に開いた次元の隙間に逃げ込んだ。野心に満ちた人の心、ネモーラ男爵は異世界にも魅了された』


 偉大なる魔王様の住まう素晴らしい世界を、観光地の誘致映像のように投影する。


『人の欲望は限りないからね――神にとってはそれも想定外だったんじゃないかな? 次元の狭間で回復を果たしたら帰ってくると想定されていた男爵は、そのまま世界と世界の隙間に棲み付いた。そして異界すらも自らのコケと種で満たそうと――私達の世界でも暴虐の限りを尽くし……その結果は自滅。本気を出した我等三獣神と人間の連合軍に討伐されたわけだ』


 魔王様配下の三獣。

 殺戮の魔猫、大魔帝ケトス。白銀の魔狼ホワイトハウル。神鶏ロックウェル卿。

 それぞれの全盛期の姿と活躍を投影し、人間達にその素晴らしさと強大さをさりげなくアピールする。


 むろん、そんなすばらしい我らを従える魔王様、その偉大さを知らしめるためだ。


 大魔族の映像と、映像からも伝わってくる計り知れないほどの魔力にごくりと息を呑む王国軍。

 知略に長けたカルロス王だけが私の本意を見抜いているようで、これ……たぶんただの自慢じゃろ……と、こっそり苦笑しているが。

 気にしない。


『コントロールしている筈の植物魔族が異世界で討伐されて、大いなる輝きは焦ったんだろうね。延々と脅威の顕現をサイクルさせることで保っていた信仰、それら全ての計画を壊されかねない程の大事件だ。彼女の力では一番使いやすかったネモーラ男爵の回収は不可能。一番の手駒てごまを失ったその上で、よりにもよって――強大な魔であり邪神の私、大魔帝ケトスをこの世界に引き寄せてしまったのだから』


 ちょっと脚色をして、私の異界渡りの映像を投影する。

 それはさながら巨匠たちによって描かれた神話の一ページ。ほんとうに、ちょっとだけ。ピザをくっちゃくっちゃしながら、ニャッハニャッハと時空を駆けていた私の姿を、凛々しい映像に切り替えているのである。


『だから、私が交渉を待ちかけたのに大いなる輝きは攻撃を仕掛けてきた。必殺の一撃だった筈の十重の魔法陣を放ってきたわけだ。四大脅威の秘密と自分が行ってきた悪事の露見を恐れたのだろうね。実際、こうして私は真実に辿り着いたわけだし。まあ結果は過去視の魔術で皆も見た通り、私にはそんなヘナチョコ雷電攻撃なんて効かなかった。むしろ攻撃などしなければ――私をただの猫魔獣だと判断せずに正しき神を演じていれば、運命は変わっていたのかもしれないのにね』


 私は魔術による映像投影を止めて――人間達に目をやる。


『後は君達も知っての通りさ。ネモーラ男爵のような魔が我らの世界を襲ってこないように、私は降り立った草原に魔猫王城を建築。その翌日には強大な魔の顕現を知った君達がやってきた――メルカトル王国の諸君は私という運命を書き換える大魔帝に出会ったわけだね』


 どこまでが正しいかは分からない。

 違っている部分もあるだろう、けれど、大筋は外れていない筈だ。


『全ては神の計画。自らの力を蓄えるための――長い、戦い。その歴史の裏で行われていた神の悪意。そして、その計画を偶然に破壊した私のきまぐれ。どこまでを信じるかは君たち次第さ』


 皆が沈黙する中。

 カルロス王が私を見て、呟いた。


「大魔帝ケトス殿。あなたならば知っているのだろうか」

『何がだい? 答えられる範囲なら答えるけれど――正しい回答だという保証はないよ。それでもよかったら、構わないけれど』


 珍しく。武人の表情でも王の表情でも、穏やかな本来の性格を想わせる顔でもなく――まるで、道に迷う若者の顔で、カルロス王は口を開いた。


「どうしても、分からないのだ。どれほど考えても、ワタシが神に選ばれた理由――それがずっと、分からないのだよ……なぜ、兄ではなくワタシだったのか……。ずっと引っかかっているのだ」


 その問いかけ。その表情。その嘆き……。

 それらが全て、私が見てしまった過去のカルロスくんとリンクしていた。


 ここで変な嘘をついても慰めにはならないだろう。

 私は王様の顔をまっすぐに見て、正直に告げた。


『単純な答えさ。君がお兄さんより優秀だったからだろう。まあ……誤解はしないで欲しいんだけど、あくまでも戦闘指揮官として優秀という事だ、人間性の方は知らない。人の価値とは、そういった戦闘分野のみで左右されるものではないからね』


 ネコ眉とヒゲをくねらせた私が、精一杯に気を遣ってフォローしていたと察したのだろう。

 カルロス王は僅かに頭を下げた。


『さきほども少し話題に出たけれど――四大脅威との戦いはある程度の拮抗が求められる。植物魔族に負けすぎてしまうと、信仰は薄れていき、絶望しか残らないからね。その点、君は違う。君ならどんな逆境でも力強く民を率いて、戦える。君が民を支えれば支える程、国は安定し――皆は神に感謝をする。このような素晴らしい王を選んでくれてありがとうございます。やはり、大いなる輝き様は偉大な神様なのねってさ』


 実際。

 カルロス王が国を治めるようになってから、民の心も安定したのだろう。

 彼の家臣たちは、納得した様子で頷いている。


「そうか――ありがとう皆の者。心配させてすまなかった。弱音は、今この瞬間のみにしておこう」

『それはどうだろうか。たまには弱い所を見せた方が部下は安心するかもしれないけれどね。まあいいや――話を続けよう。大いなる輝きが何をしていたのか、まだ心当たりがあるんだ』


 名推理を披露するため、私は他にも疑問に浮かんできそうな点を補足する。


『他にも神の関与と思われる案件は様々にある。メルカトル王宮を散歩していた私とベイチトくんが偶然遭遇したのは、今となって思えば不自然だ。おそらく、神が私をチーズでおびき寄せ――使命のために目覚めたベイチトくんと鉢合わせさせることで遭遇戦を誘った。あわよくば、彼女に私を討伐させようとしたんだろうね』


 ベイチトくんもこの意見には肯定的のようだ。

 よっし! これでチーズ盗み食いの件は神のせいにできた。


『偶然はこれだけじゃない。この上の帝都だってそうさ――何故かほぼ無傷だった大いなる輝きを崇める教会がいい例だね。他が少なからずの損害を受けた状態だったのに……あそこだけ奇跡的に無傷だなんて、やはりそれはおかしい。調べていないから断定はできないけど……信仰の力を集める場所である教会や寺院は、攻撃されていないんじゃないかな? それに、封印王立図書館の制約を破ったのに罰が下らなかったのは何故か……今、罰を下すはずのアレが隠れているからさ。呪いを返せる私の力を警戒しているのだろう』


 全てが神の手のひらの上。

 言葉を聞き終えて――。

 震える手を抑えるように握り、神官長ミディアムが口を開く。


「ケトスさま……お聞かせください。どうか、我ら聖職者に遠慮することなく……お答えくださいませ」

『ああ、カルロスくんにもそうしたように。疑問があるのならば答えられる範囲で答えよう。そして同じ忠告をしておく、あくまでも私の推測だ――必ずしも正しい答えを保証するものではない』


 それで構わないと、感謝を示すように深々と礼をするミディアムくん。

 聖職者の顔で。

 彼女は、言った。


「ケトス様はおっしゃいました、全ては神の計画だったのだと……」

『ああ、言ったね』


 ミディアムくんは、瞳を揺らしながら言ったのだ。


「ならば――! ネイペリオン帝国を滅ぼすよう、動いていたのも――。あれほどの悲劇を傍観、または自らの命で襲わせたのは! 我が神、大いなる輝き……だったというのですか!?」


 張り裂けそうな声だった。

 けれど、覚悟した上での声だった。

 上で見た光景も、この地下監獄で見た光景も……まるで悪魔の所業のようだったからだろう。


 ゆったりと瞳を閉じて――私は語った。


『大いなる輝きだろうね。性根が腐っていてもアレは大古の神だ。既に数ヵ月前にはネモーラ男爵の消滅を予言していたのだろう。その時はまだ私の存在までは感知できなかったとしても、強大な敵がやってくることは想定していたはずだ。だから保険として、サイクルを壊してでも女教皇ラルヴァを起こすことにした。ここで寝ているジェイダス神父に啓示を与える事によってね』

「そういえばケトス様は彼も被害者と仰っていましたね」


 冷静に語るワイルくんに頷き。


『本物の神の言葉なんだ、従わないわけにはいかないだろう? いつから啓示によって動いていたのかは知らないけれど……きっと、彼の人間性は……とうの昔に主神によって汚染されていたのだと思う。ともあれ、彼は本物の主神の加護と預言が与えられていたんだ――帝国の王族に取り入るのも簡単だっただろうね』


 身勝手な心無い神の計画。

 それらすべてを呪うように私は天を仰いで、猫の口を動かし続ける。


『帝国の中枢を神の力で支配した神父。大いなる輝きは彼を使い栄光の手を蘇らせ、人々を生贄に捧げさせた――ラルヴァを呼び起こす算段をしていたわけだ。願いを叶える性質を持つ栄光の手、彼等を眷族に持つラルヴァは強力だ。おそらく、単純な力比べでは主神よりも力を持っているのだろう。だから制御の出来ない植物魔族ラルヴァを目覚めさせ、暴れさせ――全てを一度リセットしようと暗躍し続けた。破壊しつくすのなら、制御する必要なんてないのだからね。けれど、ベイチトくんはこの場所を知っていた』


 ベイチトくんの中に宿る心を眺めながら――私は言った。


『蟲魔公ベイチトくんには合理的な心が与えられている。そしてその心も時の流れの中で……神の手を離れ、育ち始めていた。私との対決に敗れたら使命を捨て自由に生きる……すなわち、裏切ることも想定していたのだろうね。未来を知る――先に起きる魔力の乱れを読む能力は、ある程度の神性が備わっていれば誰にでも可能だ。実際、私にもその能力は備わっている。神は先を見た――だから急遽、封印の場所を移した。それが今の状況さ』


 聞き終えて――ミディアムくんが細い声を振り絞る。


「神の名を騙る、大いなる輝きを騙る存在が裏で神を操っているという可能性は……、ないのでしょうか」

『それは君が一番知っているはずさ。このジェイダス神父に力を貸していた力の源、それがなんだったのか。どの神に力を借りていたのか……大いなる輝きの魔術を誰よりも熟知している君ならば……同じものだったと、理解しているはずだ』


 そう。

 あの邪悪なる書に力を与えていたのは狂える女教皇ラルヴァと……そして。

 大いなる輝きの奇跡と祝福。


「ええ……よく、存じておりますわ……。だって、わたくし――本当に、神様を慕っていたのですから」


 彼女の心はきっと、傷ついている。

 けれど、それを乗り越える強さを人間は持っていると――私は知っていた。


 壊れた祭壇に流れる風。魔力を含んだ湿った魔風に長い髪の毛を揺らして……ミディアムくんは言った。


「ありがとうございます、ケトスさま……わたくしの弱い部分を……受け止めてくださって。ふふ……わたくしったら、まるで乙女みたいで、ちょっと愛らしくありませんでしたか?」


 彼女も彼女の中で感情を整理したのだろう。

 大いなる光の力を借りた魔術で自らの涙を浄化しながら――微笑んで見せた。


 ああ、やはり。

 美しい。

 人の心は眩しくて、宝石のようで……手を伸ばしたくなってしまう。

 肉球で掻き寄せ、かつて私にもあったはずの光を懐かしんでしまいたくなる。


 けれど、それはもう二度と届かない輝きなのだ。

 私は少しだけ寂しくなった。

 そんなセンチメンタルを投げ捨てて、私はネコ眉をにゃふんと尖らせる。


『いや、まあそうだけど。そのごつごつとしたフレイルを装備しながらだと、ねえ?』


 じぃぃぃぃぃっとチェーンフレイルに目をやる私に、彼女はいつものような笑みを送ってくるばかり。

 まあ、とりあえずは大丈夫そうかな。

 大いなる輝きが敵。それは結構、王国軍に衝撃を与えているようであるが。


 そんな複雑な空気を読んだかどうかは知らないが――。

 ワイルくんが良いタイミングで声を上げる。


「今、女教皇ラルヴァの神体はどこにあるのでしょう」

『それも見当がついている。おそらく大いなる輝きも同じ場所に隠れている筈さ』


 ベイチトくんにも思い当たる場所があったのだろう。

 ギチギチギチと蟲の顎を鳴らし、言う。


「おそらくは――魂の眠る場所。知識の泉」

「外からは干渉できない聖域」

「それ即ち――封印王立図書館の中」


 蟲魔公が断言したその時。

 世界が、揺れた。


 膨大な魔力エネルギーが、まるで大蛇を彷彿とさせるうねりを作り駆け巡ったのだ。

 戦い慣れしているこの場にいる全員が、それぞれの武器を掴む。

 異常事態なのは明白だった。


 次の瞬間。


 カチン……ギギ、ウギギギギギギギイィィィッィ――!


「こ、これは――ぐ、ぐわぁぁぁああああ……っ!」


 突如唸りを上げたカルロス王の肩。

 その甲冑の下に変化が起きていた。

 まるで時限爆弾のスイッチが入ったかのように、魔力が膨れ上がり始めたのだ。


 彼を中心に広がるのは――。

 まずい……っ。

 十重の魔法陣だ!


『カルロスくん! 暴走する魔力を制御したまえ!』


 刻印の呪いに汚染されるカルロス王が魔力をコントロールしようと指で印を刻むが――効果がない。


「ぐ……ぅ……み、皆の者……っ、余から離れるのだ――! これはおそらく、大いなる輝きの干渉である!」

「自爆させようとしている!?」


 魔術特性を読んだワイルくんが魔術を練りながら声を上げる。

 そして。

 その予想はおそらく正解だ。


 本当に外道な神であったのなら――どんな手段でも取るのだろう。

 人の命などに興味はないのだから。

 むしろ邪魔をするのならば、害虫と同じなのだろう。

 そして、大いなる輝きはやはり人間達にとっては邪神だった。


 今、封印王立図書館に隠れているのなら――その唯一のカギを破壊してしまえばいい。

 その所持者ごと、暴走させ爆発させることによって。


『聞こえるかい、大いなる光! じゃあ、打ち合わせ通りに行くよ!』


 そんなことはさせないと――私は、魔術を発動させた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 全ては打ち合わせ通り!? そりゃケトス様も未来見えるから当たり前か… 凄いかっこいい…
[良い点] 主神ゲスすぎ! [一言] マッチポンプだけならまだしもあそこまで悲劇を撒き散らすとは…。最早生かしておく必要があるとは思えません!ケトス様、やっちゃってください!
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