邪猫無双 ~異界より降臨せし神~その2
王国軍により解放された滅びた帝国ネイペリオン。
不死者たちの巣窟となっていたその地下深く、隠され眠っていた監獄と邪神の祭壇。
悪しき儀式が喰い止められた地にて。
黒猫魔族は静かに語る――。
この世界を守護している筈の主神こそが、一連の悲劇を企てた首謀者である――と。
世界の根底すらも揺るがすその発言の主は、異界より舞い降りた邪神――大魔帝ケトス。
その知的な黒猫の顔が、まあなんとも美しいこと。
スマートな身体にモフ毛を靡かせ、黒猫は人間達に目をやっていた。
……。
まあ私のことなんですけどね!
人間達は息を呑んでいたが――蟲魔公ベイチトくんは冷静に顎に節足を当て……ギチギチギチ。
蟲の顎を動かして複雑そうに髑髏の杖を握っている。
四大脅威の一柱。
当事者の一人としてベイチトくんも聞きたいことがあるのだろう。
「なるほど。たしかに、合理的な意見ではある。他に候補者該当なし」
「しかし。にわかには信じ難い」
「答えてほしい。大魔帝ケトス。我等と人間を闘わせる神、その行為により発生する、メリットとは」
人間達もベイチトくんの問いの答えが気になるのだろう。
私に目線を寄越してくる。
聖職者であり神官長であるミディアムくんにとって、主神、大いなる輝きを否定することは協議に反するのだろうが……。
彼女は凛と佇んだまま、私の言葉を待っていた。
もしかしたら、既に彼女は――神への不信や疑問を私以上に持っていたのかもしれない。
ただやはり。
聖職者としての立場が彼女の焦燥を煽り立てるのだろう。胸の前。不安そうに小さく握る手の震えが、その動揺を物語っていた。
私はあえて、彼女に目をやり逆に問う。
『人間達よ、答えて欲しい。大魔帝ケトスとして君達に問いかける。強大な魔族と戦うにあたり、君達はまず何をする?』
「それは――……」
言葉を濁す神官長ミディアムくん。
彼女の代わりに答えたのは、宮廷魔術師のワイル君だった。
「助力を得るために神への祈りを捧げる。神の力は神聖な属性。守りや加護、回復といった属性を多く含みますからね。まず間違いなく、優先される魔術ですし」
カルロス王が怪訝そうな顔で唸る。
「魔術? 神の力といえば奇跡や祝福ではないのか?」
「便宜上、引き出す魔力の先を区別してそう分類されておりますが。全ては魔術なのですよ。まあ、全ては奇跡や祝福、またはそれら全てを統一してスキルと分類する学説もありますが――ともあれ、どれも大きな力の源から魔力を引き出し魔法効果として発動させているに過ぎません。それは神の力とて同じこと」
ワイルくんの言葉を繋いで私が言う。
『そう。主神と崇められる存在も所詮は、聖なる属性と大きな力をもった存在というだけなのさ。私も異界の一部の国では神として崇められている。まあ邪神や破壊神といったカテゴリーだけれど……実際に神としての権能をいくつか行使もできる――魔族としての私がね。神というモノは何も特別な存在というわけでもない、魔族ですらなれてしまうのだからね。では、その力を溜めるには、神になるにはどうしたらいいだろうか』
「人間達の祈りを集める事ですわ……」
と――ミディアムくんは私の言いたいことを察したのだろう、軽く握っていた拳をほどいて悲しそうに息を吐いた。
『正しき補足をありがとうミディアムくん。そう――心を強さの源として使っている世界、そして神という大きな力に頼るシステムを使っている世界では、どこもそうなんじゃないかな。人間達の祈りや願い。信仰のエネルギーは心の力。神という存在にとっては奇跡を起こす力の源であり、糧であり、魔術属性の一つだ。かくいう私も、憎悪という人の心をエネルギーにしているわけだしね』
「なるほど。そういう――寸法ですか」
魔術師として論理的な思考を働かせるワイルくん。彼は魔術的な観点から今回の件のカラクリを見抜いたのだろう、苦々しい顔をして呟いていた。
対照的に。
魔術にそこまで詳しくないカルロス王が、のほほんとした顔で言う。
「助力を得るための祈りが、なんだというのだ?」
おそらくその場にいる聖職者たちも察したのだろう――。
代表し神官長ミディアムが淡々と応じる。
「神の力は信仰による影響が強く出ますわ……信仰心が増せば増すほど、信仰する人数が増えれば増えるほど……神という存在はより強力な力を得る。そもそも神とは、他者に強く信仰され、初めて手にすることのできる魔術属性なのです。信仰の力が集まれば神は大神に成長する、更に信仰と力が集まれば主神と呼ばれるまでに成長することが出来る……。魔術的な解釈から神を語ると……そう言う事になるのです」
『手っ取り早く信仰を集めるには――世界が不安定かつ、常に強大な魔と戦っている状況を作り出せばいいわけさ。そこに奇跡を名乗って手を差し伸べる……実際、人々の傷を癒し、時には蘇生し、時には巨悪を滅ぼし救ってみせる。するとどうなるか? 皆がその存在を神と崇めるだろう? 信仰や信頼はより強固となり、更に神としての力を増していく。それが大いなる輝きの選んだ答えだったんだろうね』
……。
まあ……私も意図したわけではないが。最近、なんか似たようなことをしている気もするけれど、気にしないでおこう。
カルロス王が頭の上にハテナを浮かべたまま、首を横に倒す。
たぶんこれ――この場にいる理解してない者のためにわざとやっているな。
『つまり――人間たちをわざと常に危機的状況において、祈らせ続けていたって訳さ。自分への信仰を糧とするためにね』
ここからはあくまでも超賢い私の推理だ、と前置きをし。
私はこほんと咳払い。
空中に魔術文字と絵図を刻んで説明する。
『いつからそんなことを企んでいたかは知らない。けれど信仰を効率よく集めようと大いなる輝きは暗躍した。神はまず四大脅威という魔を生み出し、彼等に植物としての使命と心を与えた。自らの種や思想、痕跡を増やし残そうとすることが生命の本懐、心を持つ生き物の性質だ。神は植物の本能に加え、それぞれの魔に心を植え込んだ――人間と闘わせるための心をね』
四大脅威の元の姿を映像として魔術で投影。
それぞれの植物。使った魔術。ただの植物を魔族化させる魔術式を私は書き込んでいく。
『ネモーラ男爵には野心満ちた人の心を。蟲魔公ベイチトくんには仲間を効率よく増やすための蟲の心を。ジーク大帝には、おそらく……あまり認めたくはないが、きまぐれに荒ぶる神としての側面を持つ猫の心を。そして、女教皇ラルヴァには子を失った母の心を――それぞれに与えたのさ』
魔力を灯し――四大脅威の映像を立体視させ、続ける。
『人の心を得た男爵と人間を戦わせるのは、まあ簡単さ。野心に満ちているからね。放っておいても人間と覇権を争い戦い続けるだろう。たぶん主神にとって一番使いやすい駒だったんじゃないかな? 実際、長期にわたり人間と戦いを繰り返していたようだし』
ネモーラ男爵の魔族としてのスキルやステータス情報を開示して私は言う。
次にベイチト君の姿とステータス情報を映し出し。
『ベイチト君には効率よく種……寄生先を増やそうとする性質がある。強力な蟲を確保するにもやがて限界が訪れる。すると次に考えられる行動は、より強力な蟲を養殖するために魔力持つ存在、人間に寄生し蟲を育てさせるか。または人間そのものを次の寄生先に選定するか。ともあれ、この世界を牛耳っている人間とは必ず覇権を争いぶつかる筈だ』
そして、次に……私はちょっとモフ毛をくねらせ悩んでしまう。
じゃがいもから作られた謎の触手君の情報を……出したい所なんだけど、私でもちゃんと鑑定、できなかったんだよね……。
『触手君――ジーク大帝は……これ、あの子は……本当になんで四大脅威に選ばれたんだろうね……。ちょっと過去の書籍や魔導書を漁ってみても、ただグータラグータラ、毎日を楽しんで遊んでいるようにしか見えないんだけど』
シリアスな場面なのだから、ちゃんと気を引き締めた空気でいたいのだが。
うーみゅと猫口を尖らせる私の代わりに、ベイチトくんがギチギチギチと語りだす。
「答えは知っている」
「異界のしょくぶつより生まれし大帝ジーク。彼は異界の邪神、邪猫異聞録に記載されていた魔――つまりあなたを参考にされて心を与えられた」
「当時の貴方は荒れ狂う魔猫として名を馳せていた。猫とは凶暴で情け容赦のない狩人だと、我が創造主は考えていたと想定される」
ベイチトくんは、ものすっごく気まずそうな顔で目線を逸らし。
「まあ。その。アレである。実際は失敗。猫の心は、向いていなかったと思われる」
「我らが創造主、大いなる輝きはアレの制御、放棄した。故に、放逐」
「以降、大帝は勝手に実力をつけた。異世界を自由に渡り歩くほどに」
なるほど。
やはり自由気ままなネコという繋がりがあったからこそ、私に懐いちゃったのか。
ていうか、あの子。じゃがいもだったのは知っていたけれど、野良ジャガイモだったのか――だから天才とはいえ、人間の錬金術師ファリアルくんの召喚にも応じたのかもしれない。
猫に期待した大いなる輝きが悪いよね……。
言葉を待つ人間達に、私は続ける。
『そして女教皇ラルヴァは、栄光の手――すなわち人の手を採取し、我が子と思い増やそうとする性質が与えられていた。子を失った母の気持ちを私は知らない……けれど、とても強い膨大な嘆きと絶望の力なのだろうと思う。ラルヴァはもう二度と子を失わないように、子を増やし続ける。人を狩り続ける。ターゲットが人間なわけだから、自然と衝突するだろうと考えたんだろうね』
だから、ラルヴァにとって人を狩り続ける事が母の愛であり、使命なのだ。
おそらくそれは――神に歪められた本能……。
この世界の主神は本当に惨い事をする。
ウチの世界のあの犬バカ女神……大いなる光も正直どーかと思っていたが、ここの世界の神よりは全然マシだったわけである。
ともあれ。
私はこちらの世界の邪神ともいえる主神の話を続けた。
『もっとも、神が想定した以上に母の心は強かったのだろう。眠っている筈だったのに何度も暴走をして、子を増やそうと這いずった。人類を滅ぼしかねない程の力を出し、実際に狩りをし続けてしまった――だから神は焦り、行動した。放逐した筈のジーク大帝、世界を襲っている筈のネモーラ男爵、そして休眠中だったベイチトくん。他の四大脅威を誘導し、ラルヴァを封印させることにした。それが狂える女教皇があの地に封印された経緯なんじゃないかな』
ベイチトくんが神器、邪杖ビィルゼブブから過去の映像を映しながら――頷く。
その映像には――ラルヴァを封印しようと戦う四大脅威と、その背後に揺らめく主神の輝きが揺らいでいた。
しかし、ほんとうにろくな事しないでやんの。
ここの主神。
滅ぼしちゃって、いいよね?
『これからちょっと嫌な表現をする。気分を悪くさせるだろうから、先に謝っておこう。ごめんね』
王様に目線を投げると、承諾したように彼は頷く。
『さて――じゃあ正直に告げる。もう理解をしている……というか薄々察しているとは思うけれど、この世界はおそらく……大いなる輝きの餌場なんだよ。常に四つの周期で目覚め続ける四大脅威。神の力を頼りに抗い続ける人間という輝き。終わらない死闘の中で、神に祈りを捧げさせ続ける世界。ここは――信仰という魔術エネルギーを運ばせるための巨大な蜂の巣。終わらない戦いを繰り返す人間という名の蜜蜂、君達は神にとっての働きバチなのさ』
人間達にさほどの動揺は見られない。
もちろん驚いてはいるようだが……。
ワイル君が魔術師としての理論で繋ぐ。
「なるほど――四大脅威が同時に顕現しないようになっていたのは人類を滅亡させないため、なのですかね。さすがに二体の脅威に侵食されたら、人類は持ちこたえることが出来なくなる。生かさず殺さずの環境を維持するには一体が丁度いい。その方が効率よく信仰を引き出せる。わたくし達は、文字通り、神の道具にされていたというわけですね」
自らの説を自分の中で整理するように、淡々と彼は続ける。
「そして陛下の封印王立図書館に与えられた制約……二つ以上の脅威の情報を保持してはならない。それは逆に、人間側が四大脅威に対し優位になり過ぎないようにとの考えだったのでしょう。情報は武器となります、他の四大脅威の情報から植物魔族に対する致命的な魔術を開発することとて、あり得ない話ではありません」
『たぶんそうだろうね。それに、他の四大脅威の情報をみることがヒントとなり……黒幕である自分の正体を察する者がでるかもしれない、そう危惧したんだろう』
私はこの世界の住人ですら未踏の地。
この世界全土の地図を魔術で投影し、語る。
『おそらく――別の大陸でも、何度か四大脅威による絶滅に近い滅び、そして神の恩寵による再生を繰り返していたんじゃないかな。地図を観察してみると文明が破壊され、植物のみが残された地の形跡が残っている。四つの植物魔族、四つの邪神。定期的に季節を変えるように、邪神を切り替え人々を切り替えて……大いなる輝きは信仰心を集め続けていた。滅びと再生の中で、自らの力を蓄えていた。図書館に眠る歴代の王は、この国ではなく、この大陸でもなく、別の大陸の別の王朝で――ネモーラ男爵以外の四大脅威と戦っていた可能性も高い』
ベイチトくんは何も言わなかったが――おそらく、聞けば答えてくれたのだとは思う。
まあ、もう共生の道を歩んでいるのだ。
そこを穿り返す必要などないだろう。
『永遠に続くはずだったこの信仰回収のサイクル。それが壊れたのはつい最近、とある事件が起きたからだ』
そして、私は口を開いた。
偉大なる大魔帝の名推理はまだ続く――。




