邪猫無双 ~異界より降臨せし神~その1
よく分からん黒幕、ジェイダス神父とやらを吹っ飛ばした私は勝利のポーズ!
仁王立ちになって腕を組み、くはははは!
仄暗い祭壇の魔術的儀式を打ち破って、勝ち誇っていた。
勝利の余韻に揺れ動くネコしっぽがプルプルと震えてしまう。
さて、とりあえずすっきりした。
このまま栄光の手を全部封印してやろう――と。
そう思っていたのだが。
なにやら、瓦礫の中から回復系統の魔力反応が浮かんでくる。
地下監獄ダンジョンの最奥祭壇に、淡い聖なる輝きが広がり始めていたのだ。
「くっ……、なぜです、なぜ神の恩寵を得ているワタシの前に、このような試練が!」
崩れた祭壇の中から這い上がってきたのは、長身痩躯の男。
狂信的な神父ジェイダス。
彼は女教皇ラルヴァの力を借りた邪悪な魔導書に手を乗せ、体力と魔力を回復。肩を揺らしながら叫んでいた。
「ワタシを吹き飛ばした愚か者はどなたですか……っ、少し油断しただけ、とはいえ、まあ、誉めて差し上げましょう」
あ、こいつ聖職者だけあって結構回復能力高いな。
手加減したとはいえ、再起不能になるレベルの魔力を放ったはずだったのだが。
腐っても黒幕その一、といったところか。
まあ実際は邪神の恩寵と、召喚してあった悪魔と不死者に庇われていたのだろうが。
ともあれ私はドヤチャンスを見逃さず、すかさず前に出る。
『わたしだよ、わーたーしー! 君を吹っ飛ばしたのはこの偉大なる猫魔獣――』
「ええーい! 雑魚猫魔獣に用はないといっているでしょう!」
高位悪魔と上級ゾンビさんを再召喚しながら、神父はキョロキョロ。
犯人を捜しているのだろう。
「まあいいでしょう。不意打ちが成功したからと言って調子に乗らないことです。なぜなら、ワタシには神がお与えくださったこの預言の書があるのです。勝利は既に運命で決められている。負けるはずがないのですよ!」
やはり慇懃な姿勢を保っているが、その言葉は少し細くなっている。
結構ダメージを受けているのだろう。
しかし、運命が決められていると断言するとは――未来を指し示す預言、または未来の流れを決められる能力者が味方にいるという事か。
ますます私の推理は確信に至っていた。
まあ本来――未来を予測する能力は、きわめて強力なアビリティなのだが。
悪いんだけど、私相手では無駄なんだよね。
だって私。
行動するだけで自分も含めた周囲の因果律を書き換えちゃうから、未来予測なんて、何の意味もないんだよね。
あまりにも魔力が膨大なために運命を捻じ曲げてしまうのだ。
つまり。
勝手にぐちゃぐちゃに未来を書きかえちゃうので、事前に決められている勝利の預言通りに行動をしても……勝てるどころか、無駄行動ばかりになってしまうのである。
ある程度の強者同士の戦闘ならば常識なのだが――。
さてはこいつ。
主神クラスの敵と戦ったことがないな。
……。
いや、まあよく考えたら、そんな大物と戦った事のある人間なんてほとんどいないか。
そんな事を知らずに、ジェイダス神父は狂った笑みを浮かべて預言の書をペラペラペラ。
まあいいや、吹っ飛ばそう。
時間もないしね。
『魔力――解放』
ザザアアアァァァァァァァアアアアアァァァ!
渦巻く魔力が地下監獄と祭壇を揺らす。
慇懃を保っていたその貌が、びしりと歪んだ。
「バカな……!? なんなのですか、この魔力の奔流は……! あなたは一体、なにものなのです!? ただの猫魔獣ではないというのですか!?」
ぶにゃーはっははは!
さっきまで散々無視していたくせに、目を離せなくなってやんの!
この愛らしい私をスルーした罰なのじゃ!
さて、そろそろいいかな。
肉球のふくらみが分かる角度でビシ!
ネコ手を突き出し、世界が揺れる程の魔力を滾らせながら私は宣言する。
『我こそがケトス、我こそが大魔術師! 異世界の邪神にして、偉大なる御方に仕える猫魔獣! 大魔帝ケトスなり!』
「異世界の邪神だと!?」
『そういうことさ! じゃあ、もういいから消えちゃいなよ!』
名乗り上げの時点で詠唱は完了している。
肉球でむぎゅっと瓦礫を踏みしめた私は遠慮なく魔力をドーン!
放たれた私の魔術は三つ。
栄光の手対策に放った封印の札が、花吹雪のように飛ぶ。
続いて展開したのは、大いなる光の力を借りた人間たちを守る神の領域生成魔術。
周囲に浮かぶ魔力球は悪魔を滅する聖なる輝き――これも無論、私の放った浄化の奇跡である。
荒ぶる猫の無双魔術に、召喚されたばかりのゾンビさんと悪魔くんが騒ぎ立てる。
「まさか……っ、神域魔術!?」
「異なる属性の大魔術を並行して三つも同時に……っ」
「ジェイダス神父、ここは引くのが得策かと――この魔獣は、異常が過ぎます! 我らの力で……ぁ……――」
高位悪魔が余裕のない声を漏らすも、既に遅い。
その存在が私の光に浄化されて、ただの蝙蝠へと姿を変える。
次々と量産されていく蝙蝠たちを見て、神父は回復魔術を常に自身にかけ続け耐えながら――ギリリと歯を食いしばる。
「エイカドゥスの魔神を一撃で……っ、原初の姿に……? 大魔帝ケトス、その名、どこかで耳にした覚えがあります。いずこかの邪神だという戯言は、事実という事ですか」
神父が書を片手に対抗するも、まあただの人間に私の魔術が破られる筈もない。
相手の肉体を壊さず戦わなくてはいけなかった上での死闘とは違い、ここにいるのは手加減の必要のない相手ばかり。
いわゆる猫無双の時間なのだ!
『くははははは! 愉快愉快! 的がいっぱいなのじゃ!』
空飛ぶ栄光の手を封印し、徘徊する上級アンデッドを一撃の下で浄化する。
まあちょっと王国軍もパニックになりかけているけれど、気にしない!
こんかいはさんざんがんばったのだ。
手加減とか、壊さないようにとか。
そういう、むつかしいことを要求されていた私の猫頭はショート寸前だったのである。
『いままでの鬱憤をぜーんぶ、きさまで晴らしてくれるわ!』
「ええーい、一時退却です! 転移方陣を!」
叫ぶジェイダス神父の声が、魔術詠唱となって栄光の手たちを活性化させる。
願いを叶えるという魔道具の性質を利用し、逃げるつもりなのだろう。
わしゃわしゃわしゃ。
空飛ぶ黄金の手が魔術師の使う魔術印を刻み、空に複雑な魔方式を展開していく。
キィン。キィン。キィン……!
空間を捻じ曲げる程の力が、黄金でコーティングされた栄光の手から生まれ始めたのだ――。
が。
すっと肉球を翳した私は周囲の魔力に干渉。
『魔力よ――我が前に平伏せ』
紅い瞳を輝かせ――闇の中で獣が唸る。
『哀れな魔道具、栄光の手よ。汝らの願いは所詮、泡沫の夢――』
「そんなはずは……っ――栄光の手の制御が……っ、きさま! いったい、なにをしているのです!」
おー、いかにも小者が吐きそうなセリフである。
そんなダサい神父さんの前で、超カッコウイイ私はダンディな魔族幹部ボイスで告げる。
『さあ――もう疲れただろう。眠りたまえ』
肉球をクイ!
荒ぶる十重の魔法陣が祭壇を中心に螺旋状に放出される。
バリバリベキキキィィィィッィィイイイイイイイン!
転移魔法陣が歪な魔力音を立てて、崩れ去り。
浮かんでいた黄金のハンド・オブ・グローリーが魔力を失い、祭壇にカランカランカラン……と転がり落ちていく。
既に持ち主のいない――本来の腕の持ち主である遺骸を失っている栄光の手は、まるで自らの肉体を求めるように呻き。
指で周囲を辿り、やがて自分が人から切断されたただの手だったと自覚したのだろう。
天を呪うかのように空を掻き――やがて……。
塵となって消えていった。
『栄光の手。なんと哀れな魔道具よ――その恨み、その憎悪。我が必ずや代わりに果たすと約束しよう』
崩れる魔法陣を背景に、私は憎悪の魔性として本性を覗かせ――靡かせたモフ毛を揺らして敵をギロリ。
狂える神父と、その背後にいるであろう今回の事件の首謀者を睨む。
散っていく魔力の余波。
魔術を妨害された衝撃を片手で防ぎながら、ジェイダス神父がまともに顔色を変えて唸る。
「願いが……キャンセルされた!? ありえない! こんな桁違いな化け物がいるだなんて、聞いていませんよ! 預言にはなにも……っ、なにもないじゃありませんか」
『おや、君。まさか私ほどの強大な敵がいることを想定していなかったのかい?』
黒い影をジジジジジと揺らし。
私は闇の中で静かに佇んでいた。
神父の瞳には、愛らしいスマートな猫がじっと睨んでいるように見えているのだろう。
「何をしたというのですか……複数の栄光の手による願い、因果律にさえ干渉する奇跡は神だとしても破る事の出来ない大魔術。栄光の手に込められた力、願いを叶えるという魔力属性は外からの干渉を受けない! ねえ、そうでしょう! あの方もそう仰っていたその筈なのに!」
『膨大な魔力が込められた魔道具――栄光の手。確かにその力はキャンセルできないとされているね。運命を直接改変するからだ。けれど――私はやってみせた。栄光の手に込められた魔力を吸い込み、支配を解いた……つまり成仏するように干渉しただけだよ』
実際はかなーり凄いことなんだけど、まあ私だからね。
『君は誤解をしていたのさ。並の存在では栄光の手は止められない――力の発動に外からの干渉を与えることが出来ない、それは確かだ。でも、並以上の存在が干渉したら、因果律を操れるほどの大魔族が相手だとしたら……ねえ? 答えは簡単だろ』
「ひぃ……っ!」
ひた……ひた……。
闇の中を私は肉球で歩く。
猫の声が響いた。
私の猫魔獣としての本能が、闇の中で唸り声を上げていたのだ。
深淵で唸り輝く紅き光。
憎悪を滾らせし黒猫魔族――大魔帝ケトス。
「闇に這い寄る……紅き瞳の黒猫……」
その光景に、なにやら思い出した事があったのだろう。
ジェイダス神父は握っていた魔導書を手から落とし、言葉を漏らした。
「あなたは……まさか……っ、邪猫異聞録に記された……伝説の猫魔獣」
『おや、ようやく気付いたのかい。ちょっと遅かったね』
「荒れ狂う混沌――異界の魔王に従う殺戮の魔猫……まさか、実在していた、だなんて……」
膝から崩れ落ち、あまりの恐怖に金髪を白髪へと老化させ。
ああ、なるほど……それでは……と、ぶつぶつぶつと独り言を紡ぎ。
男は言った。
「神よ……、我が君よ。あなたの預言は、すでに、ずっと前から――この魔猫に乱され、狂い始めていた、のですね」
やはり。
この男は主からの預言に従っていただけ、かな。
『なかなか理解が早いじゃないか。しかし、君のその発言のおかげでようやく私も確信を得たよ。今回の事件の首謀者が誰なのかを……ね』
「異界の邪神よ、ワタシは……どうなるのでしょうか」
『そりゃあ君は愚かにも猫様に逆らったんだ。その末路は、まあ一つしかないよね』
私の影が壁一面に広がっていく。
禍々しいフォルムとなって浮かび上がった邪猫の影が――男の影に食らいついた。
神父の身体が動かなくなる。
死んだわけではない、私の闇で支配したのである。
『さてと――これで事件も解決かな』
祭壇はもうめちゃくちゃ。
相手にも何か作戦があったのかもしれないが、そういう隙を与えずに倒しちゃうのが手っ取り早いんだよね。
王国軍を守る結界もちゃんと張ってあるので、問題ない。
……。
暴れまわったせいで、彼らのこっちを見る目がちょっとジトーっとしているけど。
『で、これ誰なんだい?』
私は今更ながらに人間達に聞いてみる。
彼らはまだ、じとぉぉぉっとこちらを見ていたが――結界の中から出てきた神官長のミディアムくんが答えてくれた。
「大いなる輝き様を崇めていた筈の……ジェイダス神父。わたくしの前任だった貴族階級の神官長ですわ。力はまあそれなりにあったのですけれど……その地位に驕っていたのか粗暴な行動が目立ち始めて……」
『任を解かれたと、そういうわけか』
「ええ、まさか大いなる輝き様を崇める道を捨て、女教皇ラルヴァを崇める妖しげな宗教に身を染めていたとは……」
『いや、まだ大いなる輝きを崇めている……というか、おそらくこの神父さんは一番の信徒なんじゃないかな。可哀そうに、きっとこの男も一連の事件の被害者だね』
「え? それはいったいどういう……」
ラルヴァが眠っている筈の祭壇をペシペシしながら、私は抑揚のない声で告げる。
『そのままの意味さ。彼は神に忠実だからこそ、狂っていった。おそらく、啓示を下す神の言葉通りに動いていたんだろうね。ベイチトくん、顕現してきてくれ。ちょっと事情が変わったようだ』
言われた次の瞬間。
先導していた蜂の身体が分裂していき――ブゥゥゥゥゥゥゥン。
複数の蜂になった後、その蜂が一体の女帝蜂へと変貌していく。
蟲魔公ベイチトとして顕現した女王が、ギチギチギチと顎を鳴らし言葉を漏らす。
「大魔帝ケトス。なにが、あった?」
「このままラルヴァを滅する、それで終わりの筈」
「問題。我には理解できず。解答求む」
やはり、彼女は何も知らされていない。
『単刀直入に言おう。ここにラルヴァは眠っていない。君は――騙されていたんだよ』
「騙された?」
「否。我らは確かに女教皇ラルヴァをここに封印した。あれほどの戦い。忘れるはずがない」
「だが。たしかに。ここ、なにかがおかしい」
彼女も首をギチギチギチ。
直接に姿を現した影響だろう。
この地に眠っていた筈の大きな魔、その痕跡すらも消えていることに気が付いたようだ。
『君はラルヴァを封印した後、眠りについたんだろう? 同時に発生しないネモーラ男爵が顕現していたはずだからね。まあ……触手君は例外みたいだけれど。四大脅威としての使命を捨てない限りは、君達は同時に顕現はできない筈、どうだい?』
「肯定。あの時はまだ、我は蟲を増やすため、人間を使う気でいた」
「故に、四大脅威としての力。必要。魔王種――すなわち、魔の王としての地位を返還する必要、皆無」
「だから、この地に封印した後。我らの番になるまで、冬眠。たまに起きる程度」
ベイチトくんも混乱しているようだ。
それもそうだ。まさか、あれほどの存在がこんな事を企んでいたとは思わないだろう。
『君が眠りと、浅い目覚めを繰り返しているその隙に――ラルヴァを動かした者がいたんだろうね。おそらく君が四大脅威としての使命を捨て、裏切ることを想定していた――いや、未来を察知していたのかな。ご丁寧に、魔力を込めたラルヴァの神像を無数に設置することで、この世界にすらこの場にアレが眠ったままだと錯覚させていたようだ』
「そのような奇跡……」
「可能な人間。いない」
「ならば。犯人は……人間ではない強者」
ベイチトくんが蟲の眼を見開き、息を呑む。
「――ッ!」
「まさか! ならば、ラルヴァを動かしたのは」
「我が主。我らの創造主。我らの母――?」
創造主にして、母。
なら、やっぱり私の想像した通りかな。
この世界の人間たちには少し酷な現実だが。告げないわけにはいかないだろう。
今までの流れ。
歪められた運命を憤る者の一匹として――私は、口を開いた。
『そう――おそらく今回の事件、いや……もっと規模が大きいね。長きに渡る四大脅威と人間との戦いを仕組んでいたのは、この世界の主神』
天を呪い嘲るように睨み、告げる。
『大いなる輝きだよ』
私の言葉に――誰もが言葉を失った。




