対決ギルド戦 ~衣はサクッと中はパリ~
「魔族だと!」
誰かの上げた声が引き鉄となって、絶望がギルド内に広がった。
普段魔王城でのんびりゴロゴロしていると気付かないが、魔族という存在はそうそう人前に姿を現していいレベルの存在ではないのだ。
魔王様の加護を受けた由緒正しき闇の眷属。
それが魔族なのである。
「なぜ魔族がこんなド田舎のギルドに攻め込んでくるのだ」
銀縁眼鏡を光らせたダークエルフのギルドマスターが唸るように、言った。
魔女のマチルダお姉さんも小型のステッキを手にしながら、薄らと汗を垂らす。
「滅びの占いはこの事を予知していたのね……っ、こいつ、並の相手じゃない、格が違いすぎるわ!」
武器という武器がこちらに向いている。
いつかのヤキトリ姫みたいな特殊な武器がないかと探るが、とくにそういう珍しい武器はなさそうである。
紐がついた武器があったら持って帰りたかったのだが、まあ仕方ない。
『ふむ……まあ、待ちたまえ。やるにしてもこの娘を巻きこみたくはないだろう? 返すよ』
魔力そのもので作ったシャボン玉で彼女を包み、浮かせ、食堂の椅子へと運んでやる。防御結界のおまけつきだ。
にゃふふふふ!
これぞ格好いい魔族だ!
そして。
『さあ安心して掛かってきたまえ。一人でもいいし、全員同時でもいい。まあ君たちにその勇気があれば、だけれども――ね』
と。
魔族幹部的な冷笑を浮かべ。
ほんの少し、魔力を解放してやった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオ!
そんな擬音語が浮かぶほどの魔力音がギルド内を充満する。
気分はラストダンジョン中間セーブポイント直後のボス戦。
魔王様の部下として最高のポジション!
うっかり手を出して来たら殺すぞ。覚悟があるならまあどうぞ。
そういう意思表示、警告でもある。
「きゃああああああああああああ……っ、あ、スカートが……っ」
「な、なんだこの膨大な魔力は……っ」
崩れるテーブル。倒れる椅子。飛んでいく魔女お姉さんのスカート。
吹き荒ぶ魔力の渦が店内を駆け巡る。
どうせ床に落ちて駄目になってしまうのだ、食事はちゃんと全部、のこさずまるっと、私の暗黒空間に収納してやった! くぅぅぅぅ、さすが私、世界環境の味方だ!
徴収したお食事の数々に歓喜した耳と尻尾が、もふっと膨らむ。
にゃははははは!
保存食として、あとで美味しく召し上がってやるのだ!
魔力の波に耐えられたのは数人。
呪術師が高速詠唱で闇の結界を張り。暗黒騎士が騎士剣に唸る蛇の邪気をまとわせ、狂戦士が自らを昂らす鼓舞を発動している。
三人でパーティを組んでいるのだろう。
「「「我ら暗黒三兄弟の力、受けてみるがいい!」」」
「待て……! うかつに仕掛けるな!」
三兄弟を制止するギルドマスターの悲鳴に近い声が轟くが。
もう仕掛けてきちゃってるから、仕方ないよね。
ザッ――! ズズズズ、ドシュシュシュシュシュシュ!
呪術師の支援を活かしたなかなか素早い連携である――。
それにしても。
暗黒三兄弟って、名前ダッサいなぁ……。
サササと全ての攻撃をいなしながら、私は指をぐるぐると回す。
『ちょちょいのちょいっと』
闇の結界に息を吹きかけ逆に暗黒の牢獄結界に変換し。
騎士の蛇の邪気を本物の混沌邪蛇に置換し剣を腐らせ。
狂戦士の自己支援に対しては、睡眠の効果へと書き換えてやる。
これでなんちゃら三兄弟はしばらく、戦闘不能だ。
『それで終わりかい?』
にゃふふふふ!
クールに決めてやった!
魔女とギルマスは動かずにいるが。
ふむ。
人間としては高レベルなのだろうが。
一応、私、コネネコとはいえ魔王軍最高幹部クラスだし……ラスボスが最初の村に攻め込んできたぐらいの戦力差はあるだろう。
なんかこのまま私がここを滅ぼして、滅びの占いが成就される! という身も蓋もないオチじゃないだろうな……。
まあそういうお約束で滅ぼしてしまったら、魔王城に帰った時に怒られそうだから避けたいのだが。
ヤキトリ姫の時と違ってこいつらには別に恩もないしなあ……。
そんな私の考えを知ってか知らずか、
「命令を取り消す。全員、武器を下せ」
ギルマスがぼそりと呟いた。
動揺が広がる。
「死にたくなかったら早くしろ!」
魔力を込めた怒声による命令である。
『自分よりもレベルの低い味方に強制命令するスキルか、いいねえ。それ』
「コレは格が違うんじゃない、次元が違うんだ。どう抗っても届く領域の存在ではない。俺達が生き残るには、交渉……話し合いしかないだろう」
濃い脂汗がつつつ――と、端整な顔立ちを伝っている。
なかなか渋いハンサムさんだが私ほどじゃないな。うん。私はなんというか、こう、込み上げる知性ってもんがあるし。うん。
『へえ、なかなかいい判断だ。私も無駄な殺戮をしなくてよくなった方が助かるよ。あんまり暴れると部下に怒られるしね。さあいいよ、交渉をはじめたまえ』
「ここに来た目的をお聞かせ願いたい」
『どうしても知りたいかい?』
「何も知らされず、理由も知らされず殺されるのは納得できん。ここにいる全員もおそらく同じはずだ」
妙に重い言葉である。昔になにかあったのか。
まあそれはともかく。
素直に話すか。どうせ滅ぶし、ここ。
『フィッシュアンドチップスを食べに来たんだよ』
しばらくして。
「…………は?」
ようやく彼らは口を開いた。
『いや、だからね。占いでこの街が数日中に滅ぶってでてたからさ、滅びる前に名物料理を食べようかなあーーーって、来ただけなんだけど。駄目かい?』
「この街を滅ぼしに来たのでは」
ちらりと魔女のマチルダに目をやって彼は言う。
魔女は分からないと首を横に振り。
私はあからさまに鬱陶しそうに、ぶほんぶほんと尾を振った。
『なんでそんな面倒なことをしないとならないのさ。こんな田舎町、滅ぼすメリットもないし……。本当にただの観光だよ。ほら、沈む夕陽とか枯れて朽ちる花ってなんか見に行きたくならない? 終わる美しさって言うか、そういう感じかな』
「本当なのですか」
『逆に聞くけど、こんなド田舎の町に私クラスの魔族が重要な用事で寄ると思うかい?』
ふむ、とギルマスは小さく唸り。
「申し訳ありませんでした。ギルドを代表してお詫びします」
『詫びはいいよ。私が盗み食いしたのも事実だしね。これでお互い様さ』
「あの、無礼を重ねる様で恐縮なのですが……あなたも滅びの予兆を察知したというのは』
『本当さ。たぶん四日ぐらいで滅びるんじゃないかな』
「くそ……っ、優秀な魔女であるマチルダと力ある魔族のあなたが仰るのならば、滅びの予知は――」
『まず間違いなく回避しなければ的中するだろうね。うちの優秀な爺さん魔導士のお墨付きさ』
にゃははははと笑って言ってやる。
やーい、滅んじゃうぞぉと肉球おててを振ってからかってしまった。
ギルドの面々はちょっと嫌な顔をしているが、まあ価値観が違うのだから仕方がない。
そもそもからかいに来たんじゃないのだ。
こほんと咳払いし。
『そんなわけで、追加のフィッシュアンドチップスを用意してくれたら戦わずにおとなしく帰るけど、どうする? まあ逆にお前は信じられないだとか、魔族をどうしても許せない! っていうなら、さっきの続きをしても構わないけどね』
「どうすると言われても、こちらはあなたの願いを断れるはずがないでしょう」
『交渉成立だね』
ギルマス君は眼鏡をくいっと上げながらも安堵の息を漏らしている。
私はポンと猫の姿に戻り。
唖然としている冒険者の中を通り抜けて。
とてとてとて。
ちょっと背の高い椅子ににょきっと身体を伸ばし、ジャンプ。どでんと食堂の席に座り、偉そうに言ってやった。
『なら早く用意したまえ。私の腹はいつでもウェルカム。どんな量でも大歓迎さ。今度はタルタスソース多めで頼むよ、ちょっと味が薄かったし』
ふぃぃぃぃぃっしゅ、あぁぁぁぁぁんど、ちぃぃぃっぃいぃっぷす!
はーやーく、はーやーく!
と、肉球でつくえをバシバシ、催促してやった。
にゃはははは、あの天敵、ギルド受付けお姉さんはまだ寝ているし、今度は追い出されることもない!
これぞ私の勝利! 完全なる魔族の勝利である!
私をギルドから追放した愚かな人類に復讐してやったのだ!
「承知した、今から取り掛かるが少々時間を欲しい」
『おや揚げるのに時間がかかるのかい?』
「それもそうだが。なにぶん、あなたの魔力で荒れた調理場をまず直さないと調理ができないのでな」
『あー……にゃるほど』
もきゅん、と肉球を鳴らす。
世界から時が一瞬止まり。
次の瞬間。
魔力の渦で荒れた空間が荒れる前の食堂へと巻き戻る。これでキッチンも元通り。ヤキトリ姫との会話の最中に時間逆行の話がでたので、最近、ちょっと研究しているのだ。
まあ今回は私の魔力で乱れた場だったので簡単に戻せたが、普通の場所ならばこんなに短時間では干渉しきれないだろう。
ざわざわざわ。
お約束なような反応を示す周囲。
これぞ、自慢ポイントだ!
『にゃふふふ、どうしたのだ』
「今の魔術は……いったい」
さすがに冒険者だけあってそれなりに大きな儀式魔術だと察したようである。
隙あらば自慢、隙あらば見せつける!
これぞ猫散歩の基本なのだ。
偉い、すごい、かわいい! と思わせた方がご飯を多めにくれるだろうし。
私はヒゲをぴくぴく自慢げに揺らしながら、余裕をもった大人の声で言ってやる。
『にゃほほほほ、ただ時空に干渉して時間逆行をしただけさ。そんなことより、はやく食べたいのだが? おいしくお召し上がりになりたいのだが?』
「あ、ああ。すまない、すぐに取り掛かる」
と、ギルマスは腕を捲りキッチンに入る。
というか、お前が作るんかい。
いや、まあ誰が作ってもいいけど。どうせだったら女の子の方がいい。いや、上手な方がいいか。じゃあ上手な女の子が一番か?
『ん?』
ふと私はこちらをちらちらと眺めている魔女マチルダに目をやった。
「まさか……違うわよねえ、さすがに」
『なんのことだい?』
「いえ、なんでもありませんわ」
『魔女の娘よ、お前は作らないのか?』
「わたしはパス。ヤモリの丸焼きとコウモリの羽から媚薬をつくるっていうのなら話は別だけど。料理とかそういう家庭的なのは……ねえ」
こりゃ、結婚できないタイプだな。
なんてことを考えながら待っていたら。
しばらくして。
パチパチパチと、油で衣を揚げるいい音が私の猫耳を心地良く揺すり始めた。
あー。
なるほど。
このダークエルフ。エプロン姿が随分と様になっている。その手際は既に調理人そのもの。
だからこの受付娘、ギルドマスターのことを店長と呼んでいたのか。




