栄光の国にて ~にゃんこと蜂さんと王国軍~その1
目覚める巨悪を討ち滅ぼすため、我ら魔族と人間は朝の陽ざしの中を進む!
時はあの会議の翌日。
迅速に支度を整え、さあ闇が眠る場所へと進軍だ!
王の軍勢を見送る民たちの瞳は、力強く燃えている。
見送られる人間たちの瞳も燃えている。
明るい未来を指し示すかのような太陽に向かい、スゥ!
と。
王家の剣を引き抜くメルカトルの長。カルロス国王が渋く端整な顔立ちに覇気を乗せ、自らの率いる軍に向かい宣言する――。
「我、メルカトル=ヴィ=カルロスの名において宣言する。此度の遠征は人類の存続をかけた戦い。聖戦であると断言しよう。皆、あの恐ろしき脅威、女教皇ラルヴァの狂気を前にし、よくぞ我について来てくれた。感謝をする。改めて余は自らの幸福を知った。そして、余は誇らしく思うぞ! 我らが剣は正義の剣。今こそ、人間としての誇りとプライドを――」
と、格好よく進軍の合図を送っていたのだが。
凛々しき吠える獅子の横で、スマートクールで真っ黒なネコちゃんがモフモフ尻尾を靡かせ、うんしょ♪ うんしょ♪
魔力石灰を大地にバラマキ、空に星の砂を散布して、隠し味に魔力を一垂らし。
膨大な魔力を猫毛に溜めて――バチバチバチ。
おー、イイ感じにモフ毛に魔力が込み上げてきた。
てなわけで!
魔術儀式を開始――!
「皆の協力と勇気に感謝を――」
『あー、ごめんねーおっちゃん。そういうの時間かかるし。先に飛んじゃおっか。んじゃ、行くよ――ちょっと振動するけど、我慢してねえ』
王様の演説をキャンセル!
『それじゃあ、メルカトルのみんな! 留守番宜しくね~! 街には私の配下の魔族が大量に潜んでいるから、安心してくれていいよ! グルメ、期待してるからね!』
と、一方的に宣言。
モフモフ黒猫大魔帝ケトスこと、ブラックハウル卿を名乗る私は――八重の魔法陣を王国上空に刻み。
肉球の先から展開した魔術理論を発動させ、ザザザ!
キィィィィィィン――!
時間と時空を操作して、空間と空間を繋いで転移完了。
ネコちゃん三十秒、テレポーティングである。
◇
転移した先は栄光の国と呼ばれる、メルカトル王国とは国交のない地。
自然の要塞とも言える山脈に囲まれた帝国である。
見た目の印象は――大監獄。
外からの偵察を妨げるための高く堅牢な壁に覆われた、なにやら独裁軍事魔術国家を彷彿とさせる作りである。
で、今私達が降り立った場所はというと。
関所やそれに類似する施設なんて全部すっ飛ばして、その首都の城門前。
帝国の名前は……えーと……なんだっけ?
王様と神官長の両方から聞いたんだけど、んー……。
……。
記録クリスタルをカンニングしてぇ……ネイペリオン?
そうそう! ネイペリオン帝国!
いやあ! どうせラルヴァをぶっ叩いて消去したらササっと帰るつもりだったから、話半分にしか聞いていなかったんだよね。
本当は封印した場所に直接転移したかったのだが――。
どうもベイチト君たちが女教皇ラルヴァを封印したその後、あの厄介なマンドレイクが眠る地に帝国が建国されていたみたいなのだ。
王の軍勢を振り返った私は、ニャハっと声を上げる。
『さーて、とっととあの悪趣味マンドレイクを叩きのめして……って、どうしたんだい皆。そんな魔狐につままれたような顔をして』
既に遠征軍は目的地の城門前にいて、それに驚いているのだろうか。
皆は呆然と私を見ている。
いや、まあ鼓舞を含んだ演説途中だった王様だけは、掲げた王家の剣をちょっと切ない顔で見ているが。
精鋭のみを集めた部隊にもう一度目をやって――。
私はハテナを頭に浮かべ、ブニャンと首を横に倒す。
『もしかして、なんか忘れものでもした? だったら空間を繋いで取り寄せるよ?』
はて、こっちの世界はあんまり転移の魔術が得意じゃないのかな?
最近は町に住んでいる魔犬だって使えるのに。
まあ、私の配下のワンワンズだけど。
「いや――そういうわけではないのだが。のう? 他国の領域にあるから穏便に進みたいとは提案したが、まさか本当に百人以上の大隊を一瞬で転移させてしまうとは――はぁ……、ハウル卿が味方で良かったとワタシは改めて思うぞ」
と、白銀の鎧に身を包むカルロス王が、剣を仕舞いながら言葉を漏らし。
続いて戦闘服に着替えたミディアム神官長が微笑みながら言う。
「良かったですわね、陛下。初め、あの魔猫王城を見た時に戦いを挑もうなどと思わないで。ふふふ――、もしそうなっていたら、今頃わたくしたちはこの世に存在していない。少なくともこうして共に行動はできていなかったでしょうから」
余裕を見せて微笑む神官長とは対照的に、緊張に息を呑む宮廷魔術師のワイルくんは聖杖を翳し、周囲を魔術で探査しはじめる。
「しかし、我が国の守りは本当に大丈夫なのでしょうか。三傑の内、残りし魔女将軍が守備を固めているとはいえ――やはり不安が残ります。ネモーラ男爵の存在が消えた今、他国との睨み合いもありますゆえ。もし、野心滾らす人間に攻め込まれたりなどしたら……」
まあ、こっちが世界の危機に動いている最中。人間が人間としての利益と覇権を争うために、動く――なんてこともよくある話である。
彼の心配はあながち杞憂でもないのだ。
ワイルくんの心配そうな顔に王が告げる。
「案ずるな、宮廷魔術師団、団長。三傑のワイルよ。既に周辺諸国には新たな脅威の存在と復活の兆しを伝えてある。そして四大脅威が蘇る前に討つべく、今、我が国が全力をもって戦いに向かっている――とな」
「陛下、ならばなおのこと危険なのではありませぬか? 好機とみて、攻め込んでくる国もあるやもしれません――畏れながら申し上げますが、わたくしは人間という生き物をあまり信用してはいません。やはり人数をもう少し、防衛に割くべきではないかと具申いたします」
ちなみに。
遠征軍に参加をしているのは、女教皇ラルヴァの精神汚染に対抗できる者のみ。
いわゆる精神防御と魔術耐性の高い職業。
そして単純にステータスの高いハイレベルの人間で編成されている。むろん恐慌状態対策である。
体力的な問題と王国の守りに戦力を残したいという理由で、魔女の婆さんはさきほど話にでた通り、王国で留守番防衛中。
そして、ベイチト君はというと――別動隊として既に移動を開始している。
万が一と言う事もあるので、こちらが全滅したとしても動けるように闇の中に潜んで貰っているのである。
分裂状態の彼女は諜報活動にも向いているからね。
あの女教皇ラルヴァは性根が腐っても植物でありマンドレイクだ。大地に根付くという特性を生かし、地中に逃げようとする可能性もある。
そこを潜むベイチトくんが顕現し、一気にトドメ針を刺す――そういう保険を兼ねているのである。
あのラルヴァへの対策ができている。
つまり!
あの会議は無駄ではなかったという事だ!
うん。
ともあれ。精神防御に長けた者は、まあ実力者が多いので、自然と王国の守りが薄くなっているのは事実なのだ。
王は少し悪戯そうな顔をしてワイルくんを振り返る。
「武芸に長けるおぬしだが、政治の面ではまだまだ青いようであるな」
「と――仰いますと?」
「我が国に忍び込んでいたスパイを覚えているであろう? ハウル卿によって暴かれたあの者たちならば、あの時の状況を全て伝えるであろう。世界の危機――そして我が国に味方をする四大脅威、蟲魔公ベイチト殿。大魔帝ケトス様とその腹心、ブラックハウル卿の存在もな――必ずや伝えるはず。情報が欠けているベイチト殿はともかく……異界の破壊神、殺戮の魔猫の伝承を知らぬ国はあるまいて」
なるほど。
このカルロス王、なかなかどうして人心を掴むのがうまい。スパイとして入り込んでいた人間は一度、王の慈悲でその罪を見逃されているのだ。
恩を感じたスパイは、なるべくメルカトル王国との衝突を避けるため、強力な後ろ盾がある事を祖国に伝達すると踏んでいたのだろう。
「一時的とはいえ、大邪神が味方をしている国に攻撃を仕掛けてくる愚かな国などない――と、ワタシは信じておる。まあ皆無……とまでは言えんが、ほとんどおらんであろう。そして仮にだ、もし攻め込んできたとしても問題ないのだ。敵となろう国を早めに見極めることが出来るのだ。そして――防衛の件だが、これもおそらく問題あるまいて。我らが国には今、闇に蠢く強大な魔猫たちが自分の縄張りだと思って住んでいるのだからな」
言ってカルロス王は賢王と呼ばれるに値する知略を巡らせる顔で、にやり。
ハロウィンキャットの事だろう。
「あの者たちは強い。いや、一匹とて強力だ。おそらく、ここにいる人間の誰よりもな――アレは人の身で敵う存在ではない。大魔帝という名の猫の神を崇める、殺戮者としての一面ももっている……愛らしい彼等には申し訳ないが、守りの戦力として期待させて貰っているのだよ」
実際、私もちょっとバフを入れたとはいえ蟲魔公のベイチト君を倒したのは彼等だしね。
「なるほど――しかし、一つだけ不安……と申しましょうか、不満がございます」
「珍しいな、そなたがそこまで口に出すとは」
いささかムッとした表情でワイルくんは、王を見ながら真剣な顔で言う。
「いくら強力な存在だとはいえ。愛らしいモフモフ猫たちを戦いに巻き込むのは、あまりいい気分ではありませんよ」
おや、強い存在だとしてもあの子たちは可愛い猫。そこをちゃんと理解しているとは、素晴らしい!
なかなかどうして、青臭いが!
嫌いじゃない!
『さて、ネイペリオン帝国の皇帝君だか代表だか知らないけど。偉い人に事情を説明し、説得している時間はない。というか、面倒だし……とりあえず一時的に国ごと魅了して支配するけど、別にいいよね?』
そもそも既に国境を無断で越えてるんだよね、これ。
国同士の面倒なやりとりのしんどさを知っているのだろう、カルロス王が力強くうなずき同意する。
「まあ外交問題になるくらいなら、魅了していただいて穏便に進めて頂いた方が楽かもしれんな。なにしろ非常時だしな」
「そうですわね。いつものように、どつき倒して説得するのも品がありませんし。神も……まあどこかに御隠れになられているのですが、おそらく許して下さるでしょう」
さらっとどつき倒すとか言ってるよ、この神官長のミディアム女史。
そういや彼らが持っている伝説級の武器も、本来なら聖職者の持つべき聖杖をワイル君が持っているし……この姉ちゃん、白兵戦や肉弾戦の方が得意なのだろうか。
まあいいや。
いえ、やはり正当な手続きを踏んで――と騒ぎそうになるワイルくんの顔を、二人と一匹が睨んで黙らせて。
いざ! 魅了タイムじゃ!
魔猫としてのチャーム能力をスキルとして放とうとした私は、ネイペリオン帝国の結界の中に魔力を浸透させ――すべての国民と兵士に……って。
あれ?
なにか生命反応が……。
『ねえ、一つ訊きたいんだけど。この国、グレーターリッチとかヴァンパイアロードとかそういう不死者の王、アンデッドエンペラーの類が治めている死者の国なんてことはないよね?』
王様と、従者二人は顔を見合わせて。
「皆の者、防御陣形を――第二戦闘速度で後退せよ!」
王の宣言と共に――空気が変わる。
ネイペリオン帝国に渦巻く闇が、今、モフモフネコちゃんと王国軍に迫ろうとしていた。




