滅びを謳う魔女 ~盗み食いスキル∞~
中をひょいと覗くと、騒ぎの張本人はすぐにみつかった。
「だからあ、この街がもうすぐ壊滅するっていってるわけよ! あー、もう! なんでわからないかなあ?」
尖がり帽子をかぶった魔女スタイルのムッチリ服な妙齢お姉さんである。古典的な格好だということはオーソドックスなオールド魔術の使い手だろうか。
私の天敵。猫追い出しのプロであるギルドの受付お姉さんに食い下がっているようだが。
「この街がピ・ン・チなの、分かったらとっとと偉い人を呼んできて!」
「えらいひと、ですかあ?」
「ギルマスよ、ギルマス! 普通分かるでしょ!」
「は、はあ……」
受付お姉さんもギルドの面々も食堂の面々も、しらーっとした顔で黙り込んでいる。
まあふつう信用されないよね。
しかし、チャンスだ!
にゃふふふと闇の中を這い、私はギルド食堂に侵入する。
騒ぎに客の視線が移っている間に、サササとテーブルの食事を失敬。ぐふふふ、冒険者の目は節穴であるな。
むっしゃむっしゃとポテトフライを噛み締める。
少し塩分は足りないが、なかなかの美味である。
ようやくありつけた名物料理を堪能している私の横で、魔女と受付お姉さんの会話が続く。
ギルドのお姉さんは困った様に頬を掻き。
「あのお、滅びると仰られましてもお……具体的にはどのような理由で」
「あー、もう急いでるのにぃイライラする! 魔女の占いはそこまで正確には未来を予知できないの、あんた、ギルドの受付ならそれくらい勉強しときなさいよ!」
「そんなあ、だって……魔女なんて古くて陰気で地味な職業、うちのギルドに登録してる人ほとんどいませんしぃ。ちょっと確認してみるのでお待ちください」
あ、魔女お姉ちゃんが般若貌で固まった。
この受付娘、わりと無神経なようである。
「えーと、あなたは魔女の……」
「マチルダよ」
「あー……怒らないで聞いて欲しいんですけどお。マチルダさん、あなたブラックリストにはいってますね。だから……そのぅ、だれもしんじないと思いますよ? あ、お金が必要でしたら山菜摘みのクエストとかもありますから!」
「結構よ!」
占い師がブラックリストに入っている。
ということは、このマチルダという名の魔女はかなり有能な占い師である可能性が高い。それも間違いなく善人だ。
ブラックリスト入りしている理由は簡単。
絶望的な未来。
起こりうるはずの悲劇を回避してしまうからだろう。
未来予知はあくまでも魔術やスキルの一種。未来の魔力の流れを魔術的観測と経験で把握する特殊能力である。単純に言ってしまえば、未来の魔力が荒れていれば悲劇が起こるというわけだ。
現実として未来を見てきたわけではない。
ようするに。
行動次第では回避が可能なのだ。
そこでまともな悪人なら、私のように無くなる前に名物料理を食べに来たり、滅ぶのが分かっている相手に借金などして踏み倒す。
そんな使い方ができる。
ただ。
悲劇を見過ごせない善人となると……彼女のように。
『おい、スケベな格好した、ねえちゃん! 金がないんなら今晩買ってやろうか?』
『まったく、まーたホラ吹いてるよこの人、嫌だねえ、迷惑ばかりかけて何が楽しいんだか』
『だれか、とっとと小銭でも渡して追い出してやれよ。飯が不味くならあ』
こんなヤジばかり。
有能で善人な未来予知能力者は昔から、こういうホラ吹き扱いになりがちなのである。
善人であれば悲劇を見過ごさない。
自己犠牲を厭わず、悲劇を回避してしまう。
結果。
悲劇は起こらず彼女はウソをついていることになり、このありさまだ。
まあ正直者がバカをみるのはどこの世界でも同じなんだろうね。
哀しいけど。
魔族である私には関係のない話だ。
「そういう酷い言い方はやめてあげてください!」
そう叫んだのは受付のお姉さんだった。
「たしかにマチルダさんはいい歳して破廉恥な格好をしていますし、いっつも嘘ばっかりついているようですけれど、これでも一応女の人なんですよ! それを寄ってたかって、やれ商売女みたいだ、やれタカリみたいだ、頭がかわいそうな人を虐めるなんてまちがっています!」
「フォ、フォローしてくれてる、のよね……あ、ありがとうお嬢ちゃん」
「どういたしまして! これでもあたしぃ、すんごい空気が読めるって家族にいわれるんですよお! この間もぉ、お隣さんのおじいちゃんがぁ」
言葉を遮り、魔女は顔をヒクつかせたまま言った。
「と、とにかくギルドマスターを呼んでちょうだいな。マチルダが来たって言えば分かると思うから」
「そこまで仰るのでしたら、わかりました……あ、でも本当にお金に困って詐欺しようとしてるんでしたら、しぃー……あんまりおおきな声じゃいえないんですけどぉ、ちょっとだけならお貸しいたしますよ、なにって、おかね。おかねですよ! その歳でからだをうるのはちょっとむずかしいでしょうし、魔女さんちょっとおかあさんに雰囲気にてますし。たにんとおもえなくて……だから、えんりょなく、いってくださいね」
小声で言ってるつもりのようだが、わりと大きな声である。
空気が読めないってレベルじゃねえな、と猫ながらに思ってしまう。
ともあれ。
魔女を揶揄していた周囲もいろいろと気が抜けてしまったのか、まあ勝手にしろと解散する。
もしこれを狙ったのなら大したものだが、まあさすがにないか。
「店長、店長、店長! あー、マスターって言わないと返事しないって怒ってるのか。マスター! マスター、マッスッター! おきゃくさんですよぉ、はやくきてくださあーい!」
奥から現れたのはストイックな銀縁眼鏡の似合う長身のダークエルフ。
話からすると彼がギルドマスターのようだが、はて、この土地でダークエルフ。珍しいというか人間と共に暮らしている事に違和感があるが……まあ、私が口を出すことではないか。
「何の騒ぎだ、またウチのバカ受付がなにか粗相を?」
「バ、バカってなんですか!」
「いいからお前は黙っていろ、話が長く、そしてややこしくなる」
「な! ちょっとダークエルフで強くてかっこういいからって、女の子にどんなこと言っても許されるとかおもってるんでしょお」
「頼む、本当に黙っていてくれ」
カチャリと眼鏡を指で直しながら、ダークエルフは心底疲れた様子でそう言った。
もう、とふくれっ面を作り退散する受付お姉さん。
そんな二人を気にせずに、魔女マチルダが妖艶にほほ笑んだ。
「久しぶりね、ギルマスさん」
「ああ、久しいな魔女よ。正直逢いたくはなかったが。お前が来たということはそれなりに大きな案件なのだろう。が、その前に確認させてほしい」
「なにかしら?」
「それはお前の使い魔か」
それ?
つつつつと、ダークエルフの視線を追ってみると……そこにいるのは、まあ私だよね。
ギルドの支配者の役職にある男なのだ、そこそこできるのだろう。
だがしかし。
私も魔王様の愛猫。できる大魔帝なのだ。
普通の猫のフリも完璧にこなしてみせる。
しぺしぺしぺ。
ちょっと脂のついた舌で毛繕い。
テトテトテトと店内を歩き、こてん、と転がり。
ぶにゃん!
「ぷぷぷ、やだ店長! こんなおデブちゃんが使い魔って、ダークエルフは長命ってはなしですけど、もしかしてボケちゃったんですかあ? おじいちゃんなんですかあ?」
「店長ではなくマスターと言え」
「もう、仕方ないなあ。ボケちゃっても店長のことは大好きですから安心してくださいね! てへ!」
「バカ受付、気色の悪い冗談はいいからとっととそれのスキルレベル鑑定をしろ。お前の唯一の取り柄だろうが」
「はいはいはーい、じゃあ猫ちゃんちょっとごめんねえ」
受付お姉さんは指で作った丸を眼鏡のようにパッチリとした目に当てて。
「レベル……1ですよ。持ってるスキルは、猫パンチとニャンズアイ? なにかを測るスキルみたいですけど、ぶっちゃけただの猫ちゃんです、はい」
「そうか……」
にょほほほほ。
鑑定妨害など私にとっては朝の欠伸よりも容易いのだ!
「全員いますぐに戦闘態勢をとれ、結界を張れる者は直ちに展開しろ! 生きて帰りたかったらな」
魔女のマチルダお姉さんがハテナを浮かべてギルマスを見る。
「どういうこと? わたしの探知魔術でも何も引っかからないけれど」
「なにいってるんですかあ店長、だぁかぁらぁ、この子はただのネコちゃんでえ」
冷静な口調でギルマスが応じる。
「レベル偽装だ」
「そんな特殊スキル。英雄クラスの冒険者だってなかなかもってませんよ」
「ならば聞くが。レベル1のただの猫が、どうやって高レベル冒険者たちの食事をバレずに盗み食いできるというのだ?」
空気が、変わる。
皆が自分の皿を眺め。
「「「――――……っ…………!」」」
一斉に、臨戦態勢を取った。
まさか盗み食いでバレるとは。んー、しまったな。
「もお、みなさん落ち着いてくださいよお。じゃあこの猫ちゃんのために、ちょっと本気でレベル鑑定しますから。誤解だってすぐ……に……っ、なに、これ……レベルが測れない……スキルは、神速に……空間転移……異界干渉……! こんなの初めて見たあ! すごーい! まだまだあるう!」
「おい、バカ受付け! それ以上はやめろ、取り込まれるぞ!」
「魅了に甘える……盗みぐいに、けづくろい? やだ、この子、神性までもって……ん、憎悪? ……憎悪と憎悪と憎悪と憎悪……あ……」
あ、鑑定受付お姉さんが倒れかける。
崩れるその背を。
『おっと危ない』
思わず、彼女がドデンと倒れないように人型に変身して支えてしまった。
……。
しまったああああああああああああああああ。
つい、うっかり。
みんな見るよね、そりゃ。
仕方なく、私はふっと魔族幹部スマイルを浮かべる。
少女を腕に抱きながら。
こっそりと神速でフィッシュアンドチップスの脂を口から拭い。
冷静な幹部っぽい礼をして見せる。
『よくぞ見抜いたね、私は猫魔獣ケトス。君たちのいうところの魔族さ』




